水曜日, 6月 11, 2025
ホームつくば点字本で「宇宙と物質の起源」 高エネ機構、筑波技術大と共同制作

点字本で「宇宙と物質の起源」 高エネ機構、筑波技術大と共同制作

「私たちはなぜ存在できているのか」という根源的な問いに迫る研究の成果を、視覚障害のある人にも共有してもらおうと高エネルギー加速器研究機構(KEK、つくば市大穂)素粒子原子核研究所(素核研、齊藤直人所長)が点字本「宇宙と物質の起源 『見えない世界』を理解する」を制作した。点訳や図版を触ってたどる触図化などに筑波技術大学(技大、つくば市天久保)障害者高等教育研究支援センターのチームが共同で取り組んだ。

素核研は素粒子、原子核、宇宙という微細と広大の両極を対象に、理論と実験の両側面から研究を行っている。点字本プロジェクトは2022年春に始まった。人文科学系の図書は点訳が比較的容易だが、自然科学系の図書は内容に精通した点訳者が少なく点訳や触図作成が難しいため、あまり流通しておらず、視覚障害者が物理学など自然科学に触れるのは難しい状況だった。

点字本「宇宙と物質の起源」収録の触図(同)

研究が宇宙と物質の起源という「見えない世界」を扱うこともあって、宇宙や物質について「もっと知りたい、学びたい」という視覚障害者の思いにこたえるべく点字本を企画した。同書の原本になる同名タイトルの書籍は今年3月、講談社ブルーバックスシリーズから発刊になっている。研究者がこれまでの知見や、今後の研究で解明が期待されることなどをやさしく解説した入門書となっている。

点字本は、書籍の本文部分が掲載された点字版と、書籍の図の部分が掲載された触図版で構成されている。研究者10人が「宇宙は何でできているのか」「元素の起源」「質量の起源」「力の起源」などのテーマごとに分担して執筆した原稿を、技大のチームが点訳を行った。元素の遷移を元素・陽子・電子・ニュートリノなどの記号を用いて解説したり、物質に質量を与えるとされるヒッグス場のポテンシャルエネルギーを示す式を提示したり、丁寧に説明している。

技大では、在籍する視覚障害の学生たちのために普段から教科書などの点訳を行っているが、素粒子分野の点訳を執筆者と共同で行うことは初めて。一般的な点訳は、すでに出版されている書籍が対象のため、障害者にわかりづらい文章や図の表現が含まれている。そのような場合、点訳者が原本を解釈して点訳を行い、点字本を作成する。しかし今回は、執筆者が原稿を執筆した後、視覚障害当事者による試読を経て文章を校正し、障害者にわかりやすい表現に修正した。

点訳チームと触読校正者が点字、触図を確認している様子(同)

特に、書籍中のグラフや概念図のほとんどを省略することなく、文章と触図で表現した。点字の専門家である大学教職員と素粒子分野の専門家である執筆者が昨夏の1カ月間、議論を重ねたという。

点訳チームのメンバーの一人で、視覚障害当事者でもある技大の田中仁講師は「点字は創案以来、見えない人たちの新たなチャレンジとともに進化してきた。言葉、楽譜、数式、化学式、情報処理、図・表にわたる点字表現の豊かさはそのチャレンジの証です。点字表現の可能性を信じて点訳した」とコメントする。

素核研の齊藤所長は「今回とても印象的だったのは、視覚障害者が視覚以外の情報から対象を理解しようとするその集中力と情熱の深さ。もともと目には見えない素粒子や量子場を研究している我々は、いわば手探りで理解を積み上げていくという意味では、視覚障害者と同じ立場にある。力を合わせて一緒に探求できれば、新たな理解が生まれるのではないか」と期待を述べた。

触図版は個人や大学、研究機関などに貸し出しが可能。「宇宙と物質の起源 『見えない世界』を理解する」(新書判320ページ、定価1320円=税込み)で執筆者の受け取る印税は全額、寄付され、視覚障害者向け図書普及のために使われるそうだ。

◆素核研の点字本プロジェクトポータルページはこちら

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

コメントをメールに通知
次のコメントを通知:
guest
最近NEWSつくばのコメント欄が荒れていると指摘を受けます。NEWSつくばはプライバシーポリシーで基準を明示した上で、誹謗中傷によって個人の名誉を侵害したり、営業を妨害したり、差別を助長する投稿を削除して参りました。
今回、削除機能をより強化するため、誹謗中傷等を繰り返した投稿者に対しては、NEWSつくばにコメントを投稿できないようにします。さらにコメント欄が荒れるのを防ぐため、1つの記事に投稿できる回数を1人3回までに制限します。ご協力をお願いします。

NEWSつくばは誹謗中傷等を防ぐためコメント投稿を1記事当たり3回までに制限して参りましたが、2月1日から新たに「認定コメンテーター」制度を創設し、登録者を募集します。認定コメンテーターには氏名と顔写真を表示してコメントしていただき、投稿の回数制限は設けません。希望者は氏名、住所を記載し、顔写真を添付の上、info@newstsukuba.jp宛て登録をお願いします。

0 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

左足の骨折から4カ月《ハチドリ暮らし》50

【コラム・山口京子】左足の骨折から4カ月が経ちました。治ってきたものの、体力、気力、筋肉の低下に驚いています。歩ける距離が短くなりました。歩き方はゆっくりというか、オタオタというか。以前は重たいと感じなかった掛け布団が重く感じられます。疲れやすくもなりました。これらはフレイル(虚弱)の症状ではないかと不安になっています。 だんだんと老いるのか、病気やケガをきっかけに急に老いが進むのか。年をとるほど健康状態の個人差が開くのが分かります。普段の暮らしを持続させるため、意識的に体のことを考えないといけないと…。体力や筋肉を取り戻すには、まずは歩くこと、食事をしっかりとることでしょうか。 昨年は65歳以上の高齢者が3625万人になったそうです。要介護認定を受けた人が約700万人。長生きすればするほど、介護が必要になる人が増えます。その原因は、認知症、脳血管疾患、骨折・転倒、高齢衰弱、関節疾患などです。 一番多い認知症ですが、昨年、「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が施行され、新しい認知症観が提起されました。「認知症になっても、一人ひとりが個人としてできることややりたいことがあり、住み慣れた地域で仲間などとつながりながら、希望を持って自分らしく暮らし続けることができる」ことを掲げています。 そして7つの基本理念のもとに、認知症本人の意思を尊重することを地域や家族に求めています。認知症と診断されても症状は多様ですし、軽度から重度まで幅広く、一人ひとりに寄り添った対応が大事になるでしょう。 親や連れ合いの認知機能が衰えた場合、間違ったことを言ったとしても否定しない、急かさない、話を合わせ、できるだけ落ち着いてもらう。そして、できることは続けてもらう。それが本人も家族も穏やかに暮らせるヒントかなと…。 平均寿命、平均余命、死亡ピーク 自分は何歳まで生きるのかしら?と思ったとき、厚生労働省が出している2023年簡易生命表の概況を見ました。 平均寿命(ゼロ歳の赤ちゃんがこれから生きるであろう寿命)は男性が81歳、女性が87歳です。平均余命は、例えば70歳の人なら、男性はあと15年、女性はあと19年生きるそうだと。80歳であれば、男性はあと8年、女性はあと11年生きるそうです。死亡ピーク年齢は男性が88歳、女性が92歳となっています。 まだまだ山あり谷ありのことでしょう。大事なのはこれからの人生をどうしていくかという心構えでしょうか。(消費生活アドバイザー)

茨城町の「秋葉犬」《続・平熱日記》181

【コラム・斉藤裕之】久しぶりに愛犬パクの育った茨城町の古道具屋を、野暮用で山口から来ていた弟と訪ねてみることにした。実はここの御主人は一昨年、はるばる山口までトラックでやって来たことがある。以前何度か、この欄にも登場した粭島(すくもじま)の古屋に不要な家具があるという話をしたところ、ちょうど広島に引き取るものがあるから山口まで行くというのだ。その時に弟が現地で世話をしたこともあって、弟とはそれ以来、緩くつながっている仲。 しかし残念なことに、弟はよんどころない用事が出来て急きょ山口に帰ることになって、仕方なく私ひとりで訪ねることとなった。 車の荷台には不要な椅子を三脚と古い電灯を積んだ。捨てるには忍びないオンボロだけど、お店に置いていただければどなたかが引き取ってくれるだろう。看板もないお店は木々に囲まれたお社の様な雰囲気の場所にある。無造作に青く塗られた扉を開けると、犬たちがほえ始めた。 ここの御主人は仕事の傍ら保護犬のお世話もしていて、パクもここで私と出会った。私はご主人に山口のワサビ漬けを渡し、弟が来られなくなった旨を伝えるとご主人は残念がっていた。それから、犬たちとも会ってくれというので店の奥に行くと、そこにはパクと一緒に暮らしていた3頭と、新入りの犬が1頭いた。 「そういえばテレビで野良犬のニュースをやっていて、偶然にもこの茨城町と私の故郷である周南市の野良犬問題がいつも出るんですよね…」と私。「茨城町に秋葉というところがあって、そこに野良犬の群れがいるんですよ。この新入りもそこの野良犬で…」とご主人。「ところが、その犬たちが性格もよくてほえないし、人気が出ちゃって、秋葉にいるから『秋葉犬』というように呼ばれ始めて、今やちょっとしたブランドになっているんです…」 うちのパクは高貴な犬? 犬を飼っていると言うと、「何犬?」と聞かれる。「種類なんかないよ。犬だよ犬!」と言うと「雑種?」と聞かれるから、意地になって「だから犬だって」と答えてしまう。そもそも、生物学的には全ての犬は同じ種というではないか。普段、野良犬の姿を見かけることはなくなった。それはいいことだと思う。ただペットショップで犬を買うというのもなんかちょっと…。 先日、奈良県桜井市で卑弥呼と暮らしていた?という犬の復元模型が公開された。骨が出土した遺跡の名を取って「纏向(まきむく)犬」と言うそうだ。その纏向犬、色こそ違え、大きさ、形は我が家のパクにそっくりではないか(友人のマヨねえさんはパクのことを気品があるだの高貴な気がするだのと言っていた)。「まあ何犬だろうといいんだけどね」。パクはそう言いたげに今日も犬らしく我が家の一風景となっている。(画家)

免許失効したまま公用車など運転 つくば市職員 今度は7カ月間

つくば市は9日、市教育局の職員が昨年10月末から約7カ月間にわたって、自分の運転免許証が失効したまま、公用車や自家用車を運転していたことが分かったと発表した。 今月6日、本人が自分の運転免許証を確認し、昨年10月26日で失効していることに気付き、所属長に報告したという。 職員は今後、免許センターで早急に運転免許証の更新手続きを行うとしている。再発防止策として市は全職員に対し、運転免許証の有効期限の確認を徹底するよう通知し再発防止に努めるとしている。 同市では今年1月にも別の市職員が、運転免許証を失効した状態で約1カ月間、自家用車を運転していたことが発覚した。その際市は、全職員に対し運転免許証の有効期限を確認するよう注意喚起し再発防止に努めるとしていた(1月24日付)。

今こそ日本の食と農を守ろうー東京で緊急総会《邑から日本を見る》183

【先﨑千尋】今から100年以上も前の1918(大正7)年に起きたホンモノ(?)の米騒動。米不足と日本軍のシベリア出兵に伴う投機で米価が高騰し、富山県魚津町での騒動が全国に波及し、一部では地主や米穀商への打ち壊しなどが行われ、軍隊も出動、死者も出た。 では「令和の米騒動」はどうか。騒動と言うけれど、どこでも騒動は起きていない。小泉農相の一声で始まった価格破壊の備蓄米放出で、5キロ2000円の米を買うのに朝早くから行列。買えた人は喜び、買えなかった人は落胆する様子がテレビで放映されている。喜んだり悲しんだりするのではなく、怒るべきではないのか。国民はなぜ怒らないのか。 「米作り農家は、時給10円では生活できない」と、3月に東京など全国14か所で「令和の百姓一揆」が繰り広げられたが(コラム181)、その後も米価は下がらず、日米関税交渉で農産物の輸入拡大が焦点になってきている。これは大変だと、百姓一揆実行委員会と日本の種子(たね)を守る会、農協有志連合の呼びかけで、6月4日に東京の参議院議員会館で緊急集会が開かれ、全国から100人が集まった。 生産者の声を聴いて! 集会では、常陸農協の秋山豊組合長ら9人が、現地からの報告や消費者からの提言を行った。秋山組合長は「米不足だというのに、現在でも農家は35%の減反を強いられている。そのことを消費者は知らないでいる。米の価格が急騰したのは異常気象により政府の需給見通しが狂ったからなのにもかかわらず、それを政府は認めず、転作を緩めなかったからだ。 政府が備蓄米を放出しても、7月から9月までの絶対量は57万トンも足りない。米作り農家が生産を維持できる適正価格は、玄米60キロ当たりで2万4000円、消費者価格では5キロ3420円(いずれも税抜き)。消費者価格をそれよりも下げるには政府の対応が必要になる」と、現状とこれからの見通しを述べた。 静岡県の米農家 藤松泰通さんは「周りでは耕作放棄地が増えている。また、大規模農家や米の業者の倒産、廃業も続いている。肥料などの生産資材や石油、種子などは大半が輸入に頼っており、それが入らなくなったら日本の農業はアウトだ。食料も海外依存。止められたらどうするのか。それでいいのか」と、怒りをあらわにしていた。 新潟県の石塚美津夫さんは「かつては水路や農道の整備は集落ぐるみで行っていたが、ムラ社会が崩壊し、それができなくなっている。政府はスマート農業や大型の圃場整備を進めているが、その補助金はメーカーや土木業者に行くだけではないか」と訴えた。 その他、「消費者もマスコミも価格だけに目が向き、生産者の顔や声が見えない、聞こえない。輸入米を増やす話があるが、農薬漬けで恐ろしい。食べ物は水や空気と同じで、商品ではない。米の問題は農政ではなく、生産者、国民に対する社会保障政策と考えるべき。EUやアメリカなどのように生産者への所得補償政策を進めなければ、農業生産は維持できない。5000億円の予算があればできる」などの声が出された。 最後に、令和の百姓一揆実行委員会代表の菅野芳秀さんが「百姓一揆の行動はこれからも連続して続ける。有史以来の危機なので、命がけで行動しよう。国会議員も一緒にやろう」と呼び掛けた。(前瓜連町長)