水曜日, 2月 11, 2026
ホームつくばウクライナ留学生のニキタさん 故郷を語る 筑波学院大

ウクライナ留学生のニキタさん 故郷を語る 筑波学院大

展覧会「ウクライナの子どもたちの絵画展」(12月13日付)の関連イベントとして、ウクライナ出身で筑波学院大学(つくば市吾妻)に留学中のトロプチン・ニキタさん(19)が17日、「日本で暮らすウクライナ人学生の現在」と題し講演。先が見えない状況への不安や、日本の支援に対する感謝などを語った。

ニキタさんはできるだけ多くの機会を捉え、ウクライナのことを日本の人たちに伝えたいと活動している。この日も、ニュースだけではウクライナという国のイメージが伝わりにくいと考え、同国の歴史や文化、人々の暮らしなど幅広い話題を提供。ウイーンで世界初のカフェを開いたのがウクライナ出身のコサック兵だったことや、ハルキウの郵便局で世界で初めて郵便番号が使われたといった豆知識も披露し、身近な国であることを印象付けた。

避難生活を送るウクライナの少女が描いた絵の前で撮影に応じるニキタさん

「来日したときはウクライナの状況が盛んにニュースで流れた。そのころと比べてニュースは減っているが、戦いはずっと続いている。そんな中で日本は、民間も政府も財界も私たちに寄り添ってくれている。大変ありがたい。今はガザ地区に世界中の目が向いているが、ウクライナのことも忘れないでほしい」

ニキタさんはドニプロ州ポクロヴ市生まれ、4歳からキーウで育った。キーウ市立ボリス・グリンチェンコ大学に在学。昨年2月のロシア侵攻はキーウに戻る列車の中で知り、家族と合流後、なるべく早くキーウを離れようと、友人の家に避難した。

日本への留学は、大学で日本語を学んでいたという縁もあった。筑波学院大がウクライナの学生を支援する目的で留学生を募集し、これに応募する形で昨年7月、母と妹と共につくばに来た。特別奨学生として学費と生活費の支援を受けながら、筑波学院大では経営学を学ぶ一方、キーウの大学の課題もオンラインでこなしている。

絵画展の会場を訪れたつくばに住むウクライナ人の留学生仲間とニキタさん(左から3人目)

父はキーウでタクシードライバーとして働いているが、いつ戦争に動員されないとも限らない。母と妹は父が心配で一時帰国し、ニキタさんは今つくばで一人暮らしだ。結婚した姉もキーウで暮らしており、叔父の一家も戦地に近いところに住んでいるため、心配は絶えないという。「日本は安全に暮らせるが、土地に根差して生きるウクライナ人の心情として、危険があっても生まれた土地を離れたくない」と話す。

先が見えない状況にニキタさんは今、大学を卒業後、日本で就職することも視野に入れ始めているという。「一番怖いのは戦争に慣れてしまい、日常になってしまうこと。それが問題」と、警鐘を鳴らす。(池田充雄)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

1コメント

1 Comment
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

末期がんと診断されてしまいました…《ハチドリ暮らし》58

【コラム・山口京子】末期がんと診断され、生活が変わりました。昨年12月、痔の治療のつもりで病院を訪れたところ、「痔ではなく、大腸がんです」と、医師にあっさり説明されました。そのあとの血液検査と内視鏡検査で分かったのは、進行性の直腸がん。 「ここでは治療はできないので、紹介状を書きます。どこの病院を希望しますか?」と言われても…。がんだから、専門の病院がいいのか、家から通いやすい病院がいいのか…。 家に近い総合病院の名前を伝えると、受付の方がそこに連絡し、予約日を決めてくれました。紹介状を受け取り、帰宅したものの、実感はありません。確率的にはおかしくはないけれど、自分にもホントに来たのだな…。 体の感覚は昨日と変わらないのに、がんと診断されたことで、何か変わってしまいました。この原稿を書いているときも、がんが増殖中と思うとおかしな気分。昨年は体調不良を感じていたけれど、左足の骨折や夏の暑さのせいと思い込んでいました。 4日後、総合病院で検査。10日後、直腸がんであること、肝臓・肺・リンパに転移し、ステージ4との検査結果。治療しないと余命8カ月、治療してうまくいけば2年半。治療方針は、化学療法で転移を抑え、経過を見るとのこと。年明けに入院し、抗がん剤治療を始める日程。説明を涙ながらメモしている娘。 2週間を1クールとして治療 期間限定の人生になったらしい…まだ信じられない。でも人生は期間限定。死亡率100%なのだし…。副作用の説明もあったけれど、具体的にはどんな症状が出るのか。痛みに弱い、ヘタレな自分がどこまで治療についていけるのか。 がんと分かってから、がん関連の本を何冊も読んでみました。標準治療に対する評価、抗がん剤に対する考え方、先進医療や代替治療、食事やサプリメント、漢方薬など。さまざまな見解がありましたが、とにかく抗がん剤治療を受けることにし、仕事は12月で辞めました。 入院は1月6日。CVポート(皮下埋め込み型カテーテル)を装着し、2日後に抗がん剤の点滴を開始。4日間入院して点滴を受け、退院後の10日間は静養。この2週間を1クールとして治療を続けていく段取り。これから、どのような経過をたどるのでしょう。(消費生活アドバイザー)

デジタル技術を駆使 アニメ、ゲーム、広告デザインなど展示 日本国際学園大

日本国際学園大学(つくば市吾妻)でデザインを学ぶ3、4年生が、日ごろの学習の成果を発表する作品展「2026コンテンツ デザイン エキシビジョン」(同大経営情報学部ビジネスデザイン学科主催)がこのほど、同市吾妻、中央公園内のつくば市民ギャラリーで開かれ、アニメ、ゲーム、メタバースなど最新のデジタル技術を駆使した作品や、想定した架空の店舗や商品のブランド価値を高める広告デザインなどが展示された。 1月31日から2月6日まで開催され、学生17人が作品約40点を展示した。同展は毎年開催され今年で15回目。4年生にとっては卒業制作展になる。 展示されたのは、楽曲に合わせて容姿が変化していくキャラクターを描いたアニメ作品、音楽に合わせてキャラクターや背景を動かすなどデジタルアートの制作過程そのものを映像にした作品、AIを使って小説のシナリオとキャラクターを制作したノベルゲームなど。 広告デザインは、つくば駅近くに架空のカフェがオープンしたと想定し、店舗のロゴやチラシ、缶バッチやシールなどを実際にデザインしたものや、土浦や水戸、常陸太田、龍ケ崎など、県内各地の昭和レトロな商店街を実際に訪ね歩き、それぞれの魅力を紹介したガイドブック、架空の水戸納豆のオリジナルキャラクターや商品パッケージなどをデザインした作品などが展示された。 インターネット上の3次元の仮想空間、メタバースの中で参加者を募り、参加者の分身であるアバターの撮影会や交流会を主催するなど2年間にわたる活動記録をポスター展示した4年の姜翔(きょう・しょう)さん(21)は「メタバースでは、いろいろな人が参加できるように企画を考えてイベント開きコミュニティを引っ張ったが、毎日のように反省点が出てきた」と活動を振り返った。 情報デザインやメディアアートを指導する同大の高嶋啓教授は「4年生にとっては、新型コロナの行動制限が始まった最初の年を1年生として過ごした。表現したいという強い気持ちが現れた作品や、センスが面白い作品があるので、これを引き継いでさらに深めていってくれれば」と話していた。

焼き芋ブームを「食文化」に《邑から日本を見る》191

【コラム・先﨑千尋】「焼き芋がブームになって20年。それを食文化に定着させよう」。今やスーパーの店頭だけでなく、コンビニやドラッグストアでも焼き芋が売られている。その火付け役となったのが「なめがた農協(現なめがたしおさい農協)」だ。 行方市で焼き芋サミット その本拠地の行方市にあるレイクエコーで、1月16日に「全国焼き芋サミット」が開かれ、全国から、焼き芋愛好家や生産者、行政、農協関係者、焼き芋業者、研究者など350人が集まり、焼き芋について熱く語り合った。開催は昨年に続いて2回目。主催は同実行委員会と行方市。 サミットの冒頭、同農協の金田富夫組合長が「農協では約30年前、それまでは主食用だったサツマイモを焼き芋として販売しようと考え、スーパーの店頭で売ることを考えた。しかし、焼き方や品種などで、1年を通しておいしい焼き芋を提供するのは難しかった。工夫を重ね、マニュアルを作り、今では全国約4000店舗で通年販売している。焼き芋をブームで終わらせるのではなく、食文化にしていきたい」と話した。 サミットでは最初、茨城県職員時代にサツマイモの病害虫研究に携わってきた東大大学院特任教授の渡邉健さんが、サツマイモ栽培で問題となっている「基腐(もとぐされ)病」などについて「必要以上に怖がらないように。病原菌を持ち込まない、増やさない、残さないが基本だ」と注意を呼び掛けた。 あるとうれしい⇒あって当たり前 基調講演は、サツマイモに特化したイベント「さつまいも博」を2020年に始めた石原健司さんが「焼き芋を『あるとうれしいもの』から『あって当たり前』に。生活を豊かにするものと消費者が考えられるようになれば、ブームから文化に定着したと言える。そのためには、客層を固定客だけでなく、子供世代やインバウンド(訪日客)などまで視野を広げていく必要がある」と訴えた。 「焼き芋業界のいま、そしてこれから」というテーマのトークセッションでは、龍ケ崎市や行方市の生産者や焼き芋業者らが登壇。それぞれが「原料のイモを安定して供給することが大事。そのためには土づくりが欠かせない。後継者が残れるために外部から呼び寄せることも必要。『焼き芋で笑顔に』を合言葉に、全国各地の百貨店やイベントに出店し、イモの皮まで旨(うま)味や香りを感じる焼き方を、生産者の思いも伝えながら全国の焼き芋ファンに届けている」などと話し合った。 サミットの最後は分科会。参加者が、生産、焼き芋市場・消費トレンド、地域・観光・体験農業、暮らしと女性の視点の4つに分かれて討議した。私が参加した生産の分科会では、基腐病や立枯病などの対策に関する質問や意見が多く出された。 サミット終了後、会場を隣の「なめがたファーマーズヴィレッジ」に移して交流会が開かれ、参加者は、サツマイモ料理や焼酎、いろいろな品種の焼き芋などを味わいながら、焼き芋談義で楽しんだ。(元瓜連町長)

紅梅満開 白梅咲き初む 筑波山梅まつり開幕

第53回筑波山梅まつりが7日、筑波山中腹にある筑波山梅林(つくば市沼田)で始まった。今年の開花状況は例年より1週間か10日ほど早く、紅梅はほぼ満開、白梅は咲き始めているという。1月初旬に満開となったロウバイは見頃が続いている。 7日は雪がちらつく中、開園式が催され、同梅まつり実行委員会の神谷大蔵委員長は「雪の開園式というのは私の知る限りはじめて。今年はずっと暖かったので花が咲き始めている。開催中大きな事故がないように務めていきたい」とあいさつした。式典には関係者約50人が参加した。 梅まつり期間中、がまの油売り口上、つくばのおさけで乾杯!(2月28日と3月1日に開催)、百人きものPresents/青春フォト(3月1日)などのイベントが開かれる。園内をつくば観光ボランティア298が案内する。ご当地土産品販売、筑波山おもてなし館での「梅Café」、梅を使用した期間限定メニュー「梅食」なども用意される。3月7日にはジオパーク企画として認定商品の販売、ジオパークの特設ブースも開設する。さらに隣接のアウトドアパーク「フォレストアドベンチャー」がリニューアルされ、往復180メートルの新ジップスライドが加わった。周辺店舗ではつくばうどん特別企画や、筑波山梅まつり宿泊プランなどが用意されている。 筑波山宮前振興会の渡辺伸一会長は「来た人に満足して帰っていただけるように努力したい。今年は梅食や梅ドリンクなどを用意した。福来みかんの素材を使ったものも、バージョンアップしているので期待してほしい」と話している。 梅まつりは3月15日まで。筑波山梅林は標高約250メートル付近にあり、中腹の斜面に広がる4.5ヘクタールの園内には約1000本の白梅や紅梅がある。