日曜日, 3月 15, 2026
ホームつくば議会から違和感相次ぐ「市民活動よりオフィスに重点?」 つくばセンタービル改修

議会から違和感相次ぐ「市民活動よりオフィスに重点?」 つくばセンタービル改修

【鈴木宏子】つくば市中心市街地活性化の担い手として、同市が来春設立予定のまちづくり会社(地域運営会社)と、同まちづくり会社がつくばセンタービル1階アイアイモール部分と4階吾妻交流センターを改修して貸しオフィスとして運営する事業計画について、五十嵐立青市長は25日、市議会12月議会閉会後開かれた議会全員協議会で説明した。

議会からは、4日にようやく示された、つくばイノベーションプラザ部分1~3階を新たな市民活動拠点にするというリニューアル計画と合わせて「市民活動よりオフィスの比率が大きいと感じる」「高齢者、障害者、中高生など、幅広い世代や多様な市民が集える場なのか」「日本エスコンが開発する商業・業務の複合施設クレオとの連携を図るべき」「磯崎新氏の思想が込められた建築にエスカレーターはいるのか」などの意見が相次いだ。

一方、市が当初検討していた、市所有の地下駐車場と1階アイアイモールの床の区分所有権を、まちづくり会社にあげて現物出資する案について五十嵐市長は、現物出資と賃貸を比較した結果、賃貸することが望ましいとした。現物出資に対しては、12月議会一般質問でも、まちづくり会社が破綻したらどうなるのかという懸念が出ていた。五十嵐市長は「破綻した場合(地下駐車場と1階アイアイモールの)区画がつくば市のものから第3者にわたる可能性があるため」だとした。

議会での説明によると、1階アイアイモール2500平方メートルには、シェアオフィス約1300平方メートルとコワーキングスペース約400平方メートルが整備される。改修費は約2億7300万円で、来春設立される地域運営会社が改修工事をし、利用料をとって貸しオフィスを運営する。吾妻交流センター部分もシェアオフィスにする計画だが、センタービル内の他の場所と等価交換する場合もある。

シェアオフィスの利用料は1坪(3.3平方メートル)月額1万3000円、コワーキングは1人月額1万3000円で貸し出し、5年目の想定として、シェアオフィスは9割、コワーキングは個人40人、法人20社強が利用し、貸しオフィスの利用料収入と駐車場利用料収入として年間約1億1500万円の賃料収入を想定しているとした。

まちづくり会社7つのプロジェクト

まちづくり会社の出資者は、市が6000万円を出資するほか、沼尻産業、関彰商事と、AIのベンチャー企業LIGHTz(ライツ)が各3000万円を出資する。ほかに数社が出資予定で、資本金計2億円と7000万円の融資を受けて資金計2億7000万円でスタートする。ただし7000万円の融資の保証や担保等をどうするかについて市は明らかにしなかった。

社員は7人程度で、社長はまちづくり事業に精通している人を当てる、市から2人、ほかの出資会社から数人出向し、直接雇用は1~2人。経費のうち人件費(当初)は年2400万円で、市から出向の2人の人件費は市が全額負担する。年間維持管理費は計約6830万円。

地域運営会社は、つくばセンタービルでの貸しオフィス運営のほか、中心市街地全体を活性化するため、②中央公園でわくわくする場をつくる③センター広場で人がつながる場をつくる④中心市街地全域で生活に役立つ情報を発信する⑤アプリや電子看板など情報発信のベースをつくる⑥科学を遊びながら体験できるAI学習室など子供が体験する場をつくり、ゲストハウスをつくる⑦多様な住み方を支えIot住宅などシェアハウスをつくるーなど7つのプロジェクトが示されたが、具体的に、何を、いつ、いくらでつくるのかなどの事業計画は示されなかった。

1983年に建築されて以来、初めて実施されるつくばセンタービルの本格的なリニューアルについて、全体の具体案が示されたのは今回が初めてだが、五十嵐市長は25日の記者会見で住民説明会は実施しないとした。一方、市議会は12月議会最終日の同日、「つくば中心市街地まちづくり調査特別委員会」(ヘイズ・ジョン委員長)を設置した。小久保貴史議長は「(今回出された)市執行部の提案内容についてさらに情報共有しながら、内容についていろいろ協議したい」としている。来年1月中にも同調査特別委を開くという。

活動スペースは用意する」

25日の全員協議会のやり取りは以下の通り。敬称略。

山中真弓市議 (地下駐車場の区分所有権をまちづくり会社に現物出資しないで賃貸することになったのに)駐車場料金がまちづくり会社の収入に入っているが、どういうことか。

五十嵐市長 駐車場の利用料がまちづくり会社の収入に入る。市には、駐車場をまちづくり会社に貸すお金が入る。

山中 中央公園でのプロジェクトなど7つのプロジェクトは(今回示された)まちづくり会社の収支に入っているのか。

市長 含まれない。(収支は)順次示す。ふわっとやるのではなく、経営としてやっていく。

川久保皆実市議 (シェアオフィスが9割の入居を想定している等)稼働率の根拠は何か。

市長 周辺の同様の施設やアンケートのデータを踏まえた。

川久保 子連れで働ける環境とあるが、どういうものか。

市長 保育所と同じように子供を一定時間預けて仕事に集中したり、子供を横で遊ばせながら仕事をするスペースを用意する。

川久保 機密性の高い仕事もあり、音が漏れない個室のニーズがあるのではないか。

市長 そういう場所も用意する。

川久保 子連れで働く人が利用できる子供の月齢はどれくらいからか、授乳はできるのか。

市長 まちづくり会社で検討する。

つくばセンタービル

小森谷さやか市議 コロナで就業形態が変わり、つくばに移住する人が増えているということだが、どのくらい増えているのか。

市長 正確な数字は把握していない。問い合わせはある。

小森谷 まちづくり会社に(アイアイモール部分などを)いくらで貸し出すのか。

市長 固定資産税の2.5%。(収支見通しの中の)運営コストの中に入っている。これから不動産鑑定する。かなり安い金額になる。

黒田健祐市議 (7つのプロジェクトが)重要になる。体制やイメージ、どう稼いでいくのか。

市長 天下りOBのような3セクとは一線を画す。(まちづくり会社の社長には)民間で起業した経験があり、まちづくりに精通している人を代表取締役にする。会社設立の際に、一瞬、私が社長になる場合もあるが(自分は)経営はしない。

山本美和市議 日本エスコン(のクレオ)との調整だが、情報共有し、(中心市街地の活性化のため)巻き込んでいかなければならない。センター広場のエスカレーターだが、何でエスカレーターなのか。つくば市は国際会議場から中心市街地に名だたる建築家の建築が並んでいて、思いがこもっている。つくば市民だけではなく日本のまちづくりに大きな意味がある。

市長 エスコン(のクレオ)は来春オープンできると聞いており、随時情報共有している。つくばセンター地区活性化協議会にも加入してもらっている。クレオとセンタービルは双子の兄弟姉妹のようなもの。エスカレーターはセンター広場の課題の一つ、1階と2階の動線に弱さがある。どこから下りていけばいいかわからない。1階と2階を結んでいくことを重要視している。(つくばセンタービルの)意匠はできる限り継承する。(磯崎新氏から)ライブなどをやる北側の階段はさわらないで継承してほしいという意思を受けている。

山本 (リニューアル計画は)オフィスや働く人を支えるという重点が大きいと感じる。クレオの中にもオフィスは入ってくる。旧ライトオンビルも(商業ビルから)オフィスになった。さらに市がこれほど入れる必要があるのか。

市長 エスコン(のクレオ)もオフィスになるが、区画が大きい。かなり大きな企業がフロアを使う。センタービルはシェアオフィスなど区画が小さい。

山本 (センタービル周辺地域の)全体としての貸しオフィスのすみわけがどうなっているのか、概要を出してほしい。

川村直子市議 (リニューアル計画は)働く人を支える重点が大きい。全世代に役立つことが重要だ。高齢者や、リタイアして元気な人が交流するという視点はあるか。高校生の娘がいるが、つくば駅は中継点になっていて、相当数の高校生がつくば駅を通る。中高生の居場所はあるか。

市長 市民活動拠点があり、高齢者が新しい活動をしてみようという場合、最初の窓口になる。中高生のフリースペースは用意しており。300平方メートルを超えるスペースになる。中高生が勉強や自習をしたり、若者が活動するスペースは用意する。

川村 高齢者が働くこと(を支援すること)も検討してほしい。中高生はフリースペース、勉強部屋を用意するだけでなく、居場所となるような、親や教師と違う大人と話をする場という視点も必要だ。

橋本佳子市議 中心市街地を活性化する団体の形態として、調整する機能と実行する機能があり、人やコトをつなぐコーディネート、専門組織が必要とある。(改選前の)中心市街地まちづくり調査特別委員会の中では、プロジェクト2のわくわくする場をつくる、プロジェクト3の人がつながる場をつくるとなるが、(今回のセンタービルのアイアイモールを改修してつくる)働く場は、それとぷつっと切れる。AI学習室とかいろいろな近未来的なものをつくるのか、会社として(貸しオフィスを)運営していくのか、にぎわい、わくわくするものをつくるのか。

市長 (会社として運営するのかという質問は)順番が逆。市民のニーズを満たし、ビジョンや戦略を実現する事業を行う中で収益を上げる。市民ニーズを満たす中で、どのような事業があるか精査して、まちづくりに資する事業を行い、適正な利益を確保する。まちのために事業がある、経営のためにあるのではない、

橋本 (イノベーションプラザ部分の)市民が活動する場についてだが、(市民には)さまざまな人がおり、高齢者や障害者も活動できる場を増やしていかなくてはならない。市民が活動する場と、働く人の場の比率をもう少し考えられないか。

市長 ニーズとして(オフィスの)スペースが必要。高齢者や、企業や研究所で働いた人が、市民活動の場から流れて働く場につながっていくこともある。障害者がフリースペースを使ってイベントを開催したり、市民活動と働く場を切り離すのではなく、副次的に、働く場がリタイア後の活動の場になる。

浅野英公子市議 人件費が2400万円ということだが内訳はどうか。男女共同参画センターをつくってほしい。新しいスペースを生かして(男女共同参画の)展示、相談機能をもたせることを実現してほしい。

市長 人件費はプロパー社員の人件費と、出資会社から出向する社員の一部を負担する。男女共同参画センターは(リニューアルにあたって)最後まで検討したが、DVなど難しい相談が多い状況なので人目に付くとかえって活用はしぼんでしまうので、市役所の中で対応していく。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

4 コメント

4 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

「真のプロフェッショナルに」つくば国際ペット専門学校で卒業式

185人が巣立つ つくば国際ペット専門学校(同市沼田、東郷治久理事長)の卒業式が14日、つくば市竹園、つくば国際会議場で催された。185人の卒業生を前に高橋仁校長は「皆さんが手にした卒業証書は、全国から注目を集める本校で実践教育を受けた証し。ペット業界の未来に貢献していく人材となった。次の目標に向かってがんばってほしい」とエールを送った。 東郷理事長は「動物に関する技能は教科書を読むだけでは決して身に付かない。優れた環境で勉強された皆さんは、真のプロフェッショナルになるための必要な愛情を身に付けたことと思う。ペット業界で必要とされるあらゆる技能を現場で集結できるはず」と卒業生に祝辞を述べた。 卒業生代表として答辞を述べたドッグトレーナーコースの河口青波(せいな)さんは「ライセンスを取得する時に、パートナーの犬に思うように指示が伝わらず、互いの心が通わないもどかしさで自分を責めたこともあった。しかし諦めずに粘り強く向き合い続けた結果、合格をいただけた時の達成感は今も鮮明に覚えている。つくば国際ペット専門学校の卒業生であることに誇りを持ち、これからも努力を忘れずに精進していくことを約束します」と語った。 式典では、訓練士などの公認資格を授与しているジャパンケネルクラブの藤田透専務理事が、トリマーB、C級、ハンドラーC級、愛犬飼育管理士の合格者にライセンスを授与したほか、ビジネス能力検定3級、愛玩動物看護士の表彰も行われた。 式典の最後に、在学中の思い出を振り返る映像が会場の大スクリーンに流されると、卒業生に向けて、参加した保護者や在校生らからも大きな拍手が起こった。教員らのメッセージも紹介された。 式典に出席した愛玩動物看護師コースの原香織さんは「やりたかったことが学べ、無事、国家試験も合格できたのでとても良かった」などと振り返った。動物病院に就職することが決まっているという。 同校は1997年にトリミングスクールとしてスタートし、県内初の動物分野の専門学校として2006年に開校した。現在「ドッグトリマー」「ドッグトレーナー」「ペットケア総合」「愛玩動物看護師」「動物看護福祉」の5コースのほか、22年4月に開設された日本初の通信制コース「通信制ペット学科(3年制)」に約450人が在籍する。授業中も放課後も生徒1人が1頭の子犬と共に生活する「パートナードッグシステム」が特色であるほか、学校の隣りにはグループ企業が運営する犬のテーマパーク「つくばわんわんランド」(同市沼田)があり、日頃から実習を積むことができる環境が整っている。(榎田智司)

土浦の花火100年の紡ぎ(3)功労者たち《見上げてごらん》50

【コラム・小泉裕司】今回は戦後の競技大会を牽引した功労者を取り上げたい。最初は、このコラムで何度も紹介した北島義一だが、その経歴は以下のようになる。 土浦創業の北島煙火 ▽1936年 霞ケ浦湖畔の岡本埋立地で「北島煙火店」として創業▽1945年 社名を「土浦火工株式会社」に変更▽1946年 全国に先駆け、中断されていた土浦の花火を復活▽戦後の競技大会化で強力なリーダシップを発揮▽1955~73年 北海道から中部地方まで広く事業を展開▽高度成長期の旺盛な需要に応え、各地の花火大会を受注▽両国(現・隅田川)の花火大会で開催された日本一決定戦で優勝▽輝かしい実績により「土浦の花火」の名声を全国的なものに 下妻の野手煙火 土浦全国花火競技大会が産声を上げたころ、土浦の花火文化を支えていた煙火業者がいたことをご存じだろうか? 1932年発行の『土浦商工會史』の業種別人名録「煙火の部」に唯一登録されているのは、田宿町(現大手町)の野手勝一氏。のちに野手煙火土浦支店を担う人物だ。 野手家は、下妻で明治中期から花火作りを学び、代々煙火業に携わってきた家系である。1933年に下妻町(現下妻市)に野手煙火工場を設立。1962年に社名を野手火工株式会社(社長・野手保)へと改めた。 歴史は古く、1926年に桜川畔で開催された第2回全国煙火共進會の打揚番組(写真)を見ると、「尺玉の部」に初代・野手喜一郎氏と二代目・勇治氏、「八寸玉の部」には勝一氏の名が刻まれている。 その後も、第54回、第55回大会で最高賞の通商産業大臣賞を連続受賞するなど、野手家はめざましい功績を残した。しかし、経営上の課題や後継者問題といった時代の荒波もあり、2013年、惜しまれつつも、その長い歴史に幕を下ろした。 土浦市は、1961年の第30回記念大会で、大会の発展に寄与した花火師として、北島氏らとともに勝一氏を表彰している。野手家は土浦の花火の草創期を支えた功労者であり、その歴史を語るうえで欠かすことのできないキーパーソンなのである。 北島の師匠、青木義作 大正末から第2次大戦にかけて、土浦や笠間をはじめ、全国各地で花火大会が大きな盛り上がりを見せた。このころは、のちに北島氏が師事する「花火の神様」青木儀作氏ら、花火史に名を残す名工たちが次々登場した時代でもあった。 しかし、1937年に日中戦争が勃発すると状況は一変する。火薬製造の取り締まりが厳しくなり、笠間、大曲、両国の大会など、大きな大会が次々と中止に追い込まれた。 こうした中、土浦市発行の「花火と土浦」の年表によれば、詳細は不明ながら、戦前の土浦では1940年まで開催されたと記録されている。これについて、筆者も当時の新聞記事などを調べたが、裏付けとなる事実は確認できていない。 戦火が激しくなると、細々と続けてきた花火も1941年には中止に追い込まれ、花火師たちも戦場へ駆り出されるなど、日本の花火史上、もっとも長く厳しい「失われた5年間」が訪れたのである。 「みんなが爆弾なんかつくらないで きれいな花火ばかりつくっていたら きっと戦争なんて起きなかったんだな」。花火を愛した放浪のちぎり絵作家・山下清画伯が残したこの名言を添え、本日はこれにて、打ち留めー。(花火鑑賞士、元土浦市副市長) <参考文献>「土浦商工会史」(土浦商工会事務所、1932年刊)「茨城の諸職」(茨城県教育委員会、1989年刊)「日本の花火のあゆみ」(武藤輝彦、あずさ書店、2000年刊)「大曲の花火 100年の魅力」(秋田魁新報社、2010年刊)「花火と土浦」(土浦市、2018年)

49年 市民が清掃活動 水戸街道の松並木守る 土浦

文化財愛護の会 土浦市東若松町にある市指定史跡「水戸街道松並木」で14日、市民団体「土浦市文化財愛護の会」による清掃活動が実施された。清掃活動は1977年の同会発足以来、49年間にわたって続いている。現在、旧水戸街道で松並木が残っているのは、この東若松町~板谷七丁目周辺だけ。 江戸時代から続く貴重な景観 水戸街道は、江戸時代初期の1604(慶長9)年、幕府により千住(東京都足立区)―水戸間の29里19町(約116km)が整備された。脇街道という位置付けで、東海道などのいわゆる5街道に次ぐ主要な街道だった。江戸時代の街道には、通行人を暑さ寒さから守るために松並木が整備されていた。 「ただし木自体はマツクイムシなどの被害により植え替えが進み、江戸時代のものはおそらく残っていない。それよりも、松並木の景観を守り伝えることこそが重要」と、愛護の会副会長の小林静さん(80)。 この日は会員約30人が参加し、プロテリアル金属(旧日立電線)入口から「板谷の一里塚」までの1キロメートルほどの範囲を手分けして清掃。午前9時から11時までで、90リットル入りのビニール袋70個分ほどの枯れ松葉を集めた。例年は100袋ほど集まるのでやや少な目だそうだ。袋は軽トラック3台に山積みにされて清掃センターへ運ばれた。 会員の一人、塙秀弥さん(23)は筑波大学の4年生で4月からは大学院に進む予定。学芸員の資格取得のため文化財について学んでおり、地域の文化財がどのように守られているか興味があって入会したという。「この並木道に来たのは初めてで、太い幹が残っているのを見て驚いた。普段は素通りしてしまうものに目を向けるきっかけにもなった。清掃活動は誰かがやらないと景観を損ねてしまう。やってよかったし、これからも参加していきたい」と感想を話した。 史跡の手入れやパトロールも 会員の一部は松並木の作業を終えた後、同市小高の高崎山古墳でも清掃作業をした。今年は一色家住宅(西真鍋町、国登録有形文化財)、鉄砲塚(都和一丁目、市史跡)、大岩田の一本松(通称・予科練の松)なども予定するほか、文化財パトロールも随時行っていく。以前は地主や地域の手で管理されていたものが、人手不足により行き届かなくなるケースが増えてきているという。 愛護の会の会員数は、各研究部会を合わせて250人ほどになるが、高齢化も進んでいることが悩み。もっと認知度を高め、会員を増やして活動を継続させていきたいと、市の産業祭や各中学校区の公民館祭りに参加し、地域の文化財を紹介するといったPR活動にも力を入れ始めている。(池田充雄) ◆活動は会員外の見学・参加も歓迎。問い合わせは土浦市文化財愛護の会事務局(上高津考古資料館・古橋さん、電話029-826-7111)へ。

お上の悪には善では勝てぬ《映画探偵団》98

【コラム・冠木新市】1969年、篠田正浩監督が近松門左衛門作の人形浄瑠璃「心中天網島」をモノクロで映像化し、キネマ旬報ベストワンを授賞、映画界の話題を独占した。そして1970年には、河竹黙阿弥作の歌舞伎「天衣粉上野初花」をべースにした寺山修司脚本の「無頼漢」(カラー)が公開された。 「無頼漢」は、闇に浮かぶ浮世絵師・絵金の絵を効果的なセットに使い、原色の衣装などで天保時代の江戸文化を再現し、華麗な世界を作りあげた。しかし、「心中天網島」に比べると観客の盛り上がリは今ひとつ起きなかった。 「無頼漢」公開1年後の4月23日、私は篠田監督にTVスタジオで偶然に出会い、話をすることができた。「心中天網島」よりも「無頼漢」が気に入っていると伝えると、「うれしいですね。無頼漢のよさ分かってくれるとは」と言って、胸ポケットから封筒を取り出し、英語の新聞記事を見せてくれた。 「これ、ニューヨ一クで当たっているんですよ。すごい褒め方だ」。そこで「篠田さん自身、心中と無頼漢、どちらが好きですか」と尋ねると、「無頼漢に決まってますよ」と言い切った。 虚構の世界で悪役が活躍する時代 「無頼漢」は、役者志望の遊び人・直次郎(仲代達矢)、妻と息子を亡くした暗闇の丑松、水野忠邦の体制を批判して追われる三文小僧、数寄屋坊主の河内山宗俊(丹波哲郎)、こわもて商人・森田屋清蔵、御家人くずれの金子市之丞、この6人の悪党がお上に対抗する物語である。 直次郎が主役で「芝居小屋の外で芝居をする役者になりたい」と言わせている。河内山宗俊は、上州屋の一人娘が奉公先の武家屋敷で殿様から妾になれと言われて困っていることを聞きつけ、二百両で助け舟を出す仕事を引き受ける。直次郎は侍にふんし、河内山と一緒に屋敷に向かう。つまり、芝居小屋の外で人助けの芝居をうつことになる。 だが後半は、河内山が目立ってくる。御知僧に化けた河内山の正体がばれ、武家屋敷の玄関先で侍に取り囲まれ、啖呵(たんか)を切る丹波哲郎が圧倒的によい。「ええ仰々しい、静かにしろ。悪につよきは善にもと、世のたとえにもいうとおり、親のなげきがふびんさに…」 当時、丹波哲郎の名調子を褒める評論は多かった。「お上の悪には善では勝てぬ」と、悪党・河内山の痛快さは魅力的だ。江戸でも現代でも、虚構の世界で悪役が活躍する時代とは、管理体制と秩序でがんじがらめとなり、自由を失った証しではなかろうか。 もし、つくば市でリバイバル上映するとしたら、人形浄瑠璃の「心中天網島」と歌舞伎の「無頼漢」どちらが受け入れられるだろうか? サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家) <物語観光講座「つくつくつくばの七不思議」のお知らせ>▽講演「つくば市章に隠された記号の謎」▽映画『サイコドン』上映とおしゃべり▽3月28日(土)13時半~15時半、カピオ小会議室2、参加費無料