木曜日, 4月 24, 2025
ホームつくば重度障害もつ高岡杏さん 筑波大の2020年度学園祭実行委員長に

重度障害もつ高岡杏さん 筑波大の2020年度学園祭実行委員長に

【山口和紀】筑波大学の学生で重度の障害を持つ高岡杏さん(19)が、2020年度の同大学園祭「雙峰祭」の企画・運営を行う学園祭実行委員会の委員長になることが決まった。次期学園祭をとりまとめる。

高岡さんは人間学群障害科学類1年。重度の脳性まひがある。都内の高校を卒業後、同大に入学した。現在は同大の学生宿舎で1人暮らしだ。車椅子を使って生活する。一人だけでは食事をしたり、トイレに行ったりすることはできない。そのため重度訪問介護などの公的な介助サービスを利用している。明瞭な発声が出来ないため肘(ひじ)を使ってタブレット端末「iPad(アイパット)」に話したいことを打ち込み、聞かれたことには首を振ってイエスやノーを伝えることでコミュニケーションをする。

パワフルさをアピール

次期委員長を決める選挙は昨年12月6日に行われた。「皆さん、はじめまして。高岡杏です。私はうまくしゃべることが出来ないので、こうやってiPadで演説させていただきます」。事前に台本を作っておき、iPadの文字読み上げ機能を使ってしゃべった。

「私には障害があるので、皆さんは『本当にやりきれるのか』と不安かもしれない。けれど、体力には自信がある。テスト期間で徹夜してもへっちゃら。明日も早起きして大阪まで行きます」と持ち前のパワフルさをアピールした。「忙しくてきつい。そんな実行委員のイメージを良くする」「全体の仕事を透明化する」と運営方針も明確だ。

演説後の質疑応答では「『少しでも障害のイメージを良くしたい』とのことですが、障害のある委員長ということをアピールしていくのですか」と質問が挙がった。それに対しては「障害があっても私は普通に大学生。私が障害者であることとは関係なく、普通に委員長をやるだけ。それに意味があると思う」と返答をした。

結果は無事当選。「とても緊張した。改革をして再来年の1年生がいっぱい入ってくれるように頑張りたい」と抱負を語る。

「将来の夢は脚本家」

高岡さんの日常生活を介助するヘルパーの多くは、同じ障害科学類の同期や先輩だ。高岡さんは「気を使う必要がなくて楽で良い」と感じている。アイドルグループ「嵐」の大ファンで「小学生の頃から好き。ちなみに相葉くん推し」と満面の笑み。学生介助者の1人は「高岡さんのヘルパーに入ると嵐に詳しくなれる」と話す。

将来の夢は脚本家。高校の時には英語部に所属し「英語の映画」を作った。大学に入ってからは映画サークルで「ショートフィルム」を撮ったという。「次は障害のある大学生の日常を描く映画を撮る」と意気込む。筑波大で学ぶ障害学生たちの生活を追うドキュメンタリーだ。

卒業論文を執筆中の他の障害学生(右)と会話をする高岡さん(中央)=青山奈央さん提供

介助制度に課題

活動をしていく上での困りごとも少なくない。「(制度の運用上)サークルの時間はヘルパーを使えない」と制度の問題を語る。サークルの時間に介助の必要な場合は「面倒だけれども一旦宿舎に戻って支援を受けて、そこからまたサークルに戻ったりしている」という。

高岡さんは「公的な介助サービス」と「筑波大学が提供する支援」とを組み合わせて生活しているが、問題は制度の間にある「隙間(すきま)」だ。

公的な介助サービスである「重度訪問介護」。自宅のほか外出時も利用できる制度だ。しかし、同制度では厚生労働省が利用要件を制限しているため「学業」や「通学」は支援の対象外だ。

その一方で、同大は障害のある学生の修学のサポートとして、授業中に有償ボランティアが代わりにノートを取る「ノートテイク」の提供や試験時間の延長措置、バリアフリー化などを行う。

しかし、休み時間の「食事」「トイレ」などの介助は、これらの制度を利用できない支援の「空白」になってしまっているという。

支援の「空白」を埋めるため、国は2018年度から「重度訪問介護利用者の大学修学支援事業」を整備した。これにより、学内でのヘルパーの利用が制度上は可能になった。「画期的な制度」とされる。しかし、事業の実施主体であるつくば市がこれを「実施しない」とした。そのため、現在のところ高岡さんはこの制度を利用できていない。

そこで、同大では高岡さんが大学で学べるよう、大学側の負担で授業時間に合わせて必要な介助を提供する。昼休みの「食事」や「トイレ」の介助などだ。ただし同大は「つくば市がサービス実施を決定するまでのあくまで暫定的な措置だ」としているそうだ。この措置においてもサークル活動には支援の提供がなされていないという。

もちろん、公的なサービスであるからには「どこまで支援をするか」という線引きは重要だ。予算が際限なくあるわけではないのだから「つくば市が悪い」「筑波大の対応が不十分」などと断ずることはできない。しかし、「食事」や「トイレ」などの支援は、本人がどこで何をしているかには関係なく必要になる。そして、どこまでが「修学」で、どこまでが「生活」なのか、明確な線引きはできない。

高岡さんは「サークル活動も学生生活の大切な一部だ」と語る。だからこそ「もっと柔軟にヘルパーを利用できる形になっていってくれたら」と話す。

そのうえで「仕方のないことだが学園祭実行委員会の仕事が遅くなったり、突然入ったりするので、(宿舎での)ヘルパーさんの日程調整が難しい。自分勝手に変更は出来ない」と活動をしていくうえでの悩みを語った。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

ロボッツ、ホーム最終戦で千葉に逆転負け

男子プロバスケットボールBリーグ1部(B1)の茨城ロボッツは23日、今季ホーム最終戦として、水戸市緑町のアダストリアみとアリーナで千葉ジェッツと対戦し70-84で敗れた。これで茨城の通算成績は13勝43敗で東地区7位、B1全体では24チーム中22位。今季は下部リーグへの降格は行われないため、茨城は来季もB1で戦うことが決まっている。 2024-25 B1リーグ戦(4月23日、アダストリアみとアリーナ)茨城ロボッツ 70-84 千葉ジェッツ茨城|19|24|16|11|=70千葉|14|19|20|31|=84 茨城は第1クオーター(Q)、立ち上がりから中村功平の3点シュートや平尾充庸の速攻などで千葉を引き離した。第2Qにはロバート・フランクスと陳岡流羽がそれぞれスチールを決めるなど守備からの攻撃が機能し、43-33と10点差に広げて前半を折り返した。だが第3Q、ファウルトラブルからフリースローで点差を縮められ、第4Q開始2分過ぎにまたもフリースローで逆転を許すと、その後は徐々に点差を広げられていった。 「前半は頭から選手が頑張ってしっかりと守れ、攻撃も自分たちの強みであるトランシジョンからスコアを積み重ねた。後半はファウルトラブルで相手にボーナスポイントを与えてしまい、第4QもファウルでDFがプレッシャーをかけにくい状況にされ、自分たちのやりたいバスケができなかった」とクリス・ホルムヘッドコーチ(HC)の総括。ファウルがかさんだ要因については「相手はアタックを強くして、審判にどんどん笛を吹いてもらおうとしたのだと思う。その通りになってしまった」と推察した。 中村は、相手の対応のうまさと自分たちの疲れを指摘した。「相手は第4Qで、攻撃ではビッグマン同士のピック&ロールを多用し、守備ではスイッチディフェンスでずれが見えにくいようにしてきた。疲れが見えてくるとみんなの足が止まったり、ボールの動きが悪くなることが結構ある。止められてもそれを引きずらないよう、攻守の切り替えでしっかり対応し、チームで守って粘り強く戦いたい」 落慶久ゼネラルマネージャーは、「相手が個の力で打破してくるのは分かっていて、結果としては押し切られたが、強豪相手にもブローアウトせず最後まで戦い抜くことができた」と評価し、「先月半ばあたりから守備的な戦いでの勝ち方が身に付いてきた。久岡幸太郎や駒沢颯ら若手の成長も実感している。今の強度を保って残り試合を一つでも多く勝ちたい」と今季の締めくくりについて展望した。 茨城の残り試合は4つ。4月26・27日は越谷市総合体育館で越谷アルファーズと戦い、5月3・4日は札幌市の北海きたえーるでレバンガ北海道と対戦する。北海道戦2試合はパブリックビューイングも開催される。会場は水戸市南町のM-SPO(まちなか・スポーツ・にぎわい広場) ユードムアリーナ、参加無料。(池田充雄)

体験通じ五感で楽しめる施設に ツムラ漢方記念館リニューアル

漢方薬品メーカー、ツムラ(本社 東京都港区 加藤照和社長)が、阿見町吉原にある同社茨城工場内の医療関係者向け見学施設「ツムラ漢方記念館」を17年ぶりにリニューアルし、22日メディア向けに初公開した。刻んだ生薬を使って模擬調剤を実習できる模擬調剤コーナー「TSUMURA KANPO LABO(ツムラ漢方ラボ)」などが新設され、実務実習にあたる薬学部の学生らが調剤を体験することができる。 医療学ぶ学生3000人が来訪 同記念館は、ツムラ創業100周年記念事業の一環として1992年に作られた施設。2008年に全面リニューアルした際には、漢方・生薬に特化した世界で唯一の記念館として日本デザイン振興会が主催するグッドデザイン賞の公共空間・土木・景観を受賞している。 延べ床面積1611メートル、2階建ての施設内には、漢方の原料となる生薬や、江戸時代に国内で刊行された中国の古典医学書「傷寒論」「金匱要略」などの歴史的書物、同社で製造する漢方製剤の製造工程や品質管理に関する資料が展示されている。医療を学ぶ学生をはじめ、医療従事者らが関東を中心に毎年3000人ほど訪れているという。 入り口を入ると大きく吹き抜けになった広い空間に、ガラスの筒や小瓶に入った100種以上の生薬が展示されている。風邪に効くとされる葛根(かっこん)湯に使われる「葛根」や、東南アジア原産で独特の清涼感ある香りが特徴の「薄荷(はっか)」、日本特産の多年草でセロリに似た香りを持つ「当帰(とうき)」など植物由来のものから、動物由来の、セミの抜け殻である「蝉退(せんたい)」やカキの殻の「牡蛎(ぼれい)」、鉱物の「石こう」など多岐にわたる生薬を間近に見ることがでる。小瓶に入る生薬はふたを開けて実際に匂いをかぐことができる。 その他、2階にある大型モニターを使った映像やイラスト、写真を通じて同社の歴史や取り組みを知ることができる。記念館の裏側にある「薬草見本園」では栽培される約300種類の薬用植物を間近に見ることができる。 記念館館長の吉田勝明さんは「今回のリニューアルでは漢方薬やツムラの取り組みを、よりわかりやすく楽しみながら伝えることを目的に、体験コーナーなどを用意した。夏休みには、昨年に続いて今年も、小中学生を対象としたイベントを、ウェブ配信と現地見学の両方で行う予定。現地見学では実際に漢方薬や生薬に触れて、においを嗅ぐなど薬草見本園での植物観察を交えた楽しめる体験を企画する。様々な体験を通じて五感で楽しめる施設にしていければ」と話した。 ツムラは1893年創業で、奈良県出身の津村重舎が、東京・日本橋に津村順天堂を開業し、婦人薬である生薬製剤「中将湯」を販売したのが始まり。中将湯は現在も同社で販売されている。医療用漢方製剤における同社の国内シェアは2023年度末時点で84.2%。厚生労働省が認可している医療用漢方製剤148処方のうち、129処方を製造・販売している。従業員数は約4000人で、茨城工場には、研究施設と工場施設を合わせて約1100人が従事している。(柴田大輔) ◆ツムラ漢方記念館は医療関係者向けの施設で、阿見町吉原3586の茨城工場内にある。一般向けにはバーチャル漢方記念館が公開されているほか、夏休みに小中学生向けの見学イベントが開かれる。 ➡ツムラ漢方記念館の過去記事はこちら

性的マイノリティ学生を支援するガイドブック 筑波大の研究者らが作成

誰もが安心できる大学に 大学が、性的マイノリティ学生を支援するためのガイドブック「LGBTQ学生支援指標」を、筑波大学人間系助教の河野禎之さん(45)らによる研究グループが作成した。当事者学生や支援者、専門家から聞き取った経験談などをもとに今年3月に発表した同グループの論文を土台とし、大学内の場面に応じて必要な支援の指針となる47の指標と、課題の具体例を解説する17のコラムからなっている。 研究・作成にあたったのは筑波大助教の河野さんと、同大人間系研究員の渡邉歩さん(35)、同大人文社会系助教の土井裕人さん(48)、立命館大人間科学研究科准教授の佐藤洋輔さん(33)ら4人の研究者。今後、国内の大学が支援方針を策定する際の指針にしたい狙いがある。 河野さんと土井さんは2015年に、国内の大学として初となる性的マイノリティ学生支援の基本理念と対応ガイドラインを筑波大学で作成した経験がある。その後、大学関係者有志のネットワーク「大学ダイバーシティ・アライアンス」をつくり、性的マイノリティ支援の情報を共有するなど取り組みを進めてきた。河野さんは「すべての学生、教職員、大学関係者がそれぞれに尊重され、安心して過ごすことができる大学キャンパスの実現につながることを心から願っている」と思いを語る。 ガイドブックは、A5判、40ページ。大学の「組織」「場」「学生」の三つに分けて構成され、「組織」は大学での学生支援に関する方針や体制に関する7つの指標、「場」は大学の施設や設備、意識啓発、居場所に関するハード、ソフトの環境面に関する12の指標、「学生」は入学してから卒業後までの生活、授業、行事、就活支援など学生のあらゆる場面に関する28の指標が記載されている。 指標は質問形式で、「差別を禁止しているか?」「性的マイノリティの相談担当者は専門的な研修・訓練を受けているか?」など大学が組織として定めるべき事柄や、トイレや寮、更衣室などの学内施設の課題、本人の同意なしに性的指向や性自認を周囲に暴露する「アウティング」やハラスメントに関する防止策などがある。各指標のチェック欄も設けられ、大学は、各項目に付された補足と望まれる取り組み事例をもとに、学内の現状をチェックし改善に繋げられる仕組みになっている。 例えばトイレの利用に関しては、「学生がトイレ利用で困難が生じる際、本人から申し出があれば大学と本人が協議し出来る限り柔軟な対応を行っているか」「多目的トイレなど性別に関係なく利用できるトイレの設置場所を一覧や地図として公開しているか」など2つの指標を設け、発展型として「本人がどのトイレを利用したら居心地が良いか、悪いかを大学が一緒に検討する」「施設を新設または大規模改修する場合、性別に関係なく利用できる多目的トイレなどを設置する方針をもつ」などを提案している。 当事者の声を重視する 「支援はしたい。でも、実際に何から始めればいいのかわからない」― 性的マイノリティへの関心が高まり、全国の大学で当事者学生への支援が広がる中で、このような声が上がっているという。河野さんは「(当事者の学生を支援する上で)具体的に必要なこと、大切になる基準となる考え方が大学間で共有されていない現状がある。共有できる指標が必要と考えた」と、制作のきっかけを話す。 一連の研究活動の中で河野さんらが重視してきたのが、「当事者の声や意見を反映すること」だという。学内で当事者学生との交流を重ねる土井さんは、「学生の意識の変化は大きい。(支援する大学側の)認識がずれると、取り組み自体が当事者のニーズに合わなくなる」と話す。学生の変化について土井さんは、「学生が(自身の性を)自己規定する際に、ノンバイナリー(自認する性が男女に当てはまらない)という言い方をするようになっている。支援にあたる人の中には『LGBTの4種類でいい』と認識する人もいるが、それでは困る。当事者像は常に変わりうる。きちんと変化を見極めなければ支援が的外れになりかねない。ガイドブックは、いかに学生に寄り添えるかを重視し、大切にした」と話す。 差別や偏見に対し科学的情報示す また、ガイドブックに込めた思いとして河野さんは「性的マイノリティに対するバッシングがあり、そこで言われる偏見や誤解に対して科学的な情報を提供したかった」と話す。その具体的な対応を、さまざまな事例をもとにコラムとしてまとめたのが、性的マイノリティの学生支援に取り組んできた渡邉さんだ。 近年、誤った認識のもとで差別的に取り上げられるトイレや入浴施設の利用やカミングアウト、性自認などのテーマに対する意見と対策を、実例を踏まえて取り上げながら、「当事者抜きで語る」ことの問題性や、課題は学生個人の問題ではなく、環境を作る大学側に根本があると指摘する。「インタビュー調査を通じて、他者に恋愛感情を抱かなかったり、性的なアイデンティティを持たなかったりするなど、多様な当事者の声を聞いた。そうした学生の意見を踏まえたからこその表現をしている。多数派と少数派の間で権力勾配がある中で、権力を持つ側が人を単純化して理解することはしたくなかった」とし、「バッシングも含めて、質問に対して、担当する職員ができるだけ理論的に返答するための根拠資料として使えるようにも書いた」と話す。 学生にも読んでもらいたい 土井さんはガイドブックの作成は、「『大学がきちんと課題に取り組んでいる』と、学生に伝える」意味もあると話す。「学生が感じる息苦しさは周囲の学生との関係だけでなく、社会状況にも依存する。(少数者を排除する)トランプ大統領の政策に辛さを感じる学生もいる。学生には『我々は、活動を後戻りさせないように計算して取り組んでいる』と伝えている。ガイドブックは学生の安心感につながる大事な機能、役割がある。今後、大学としてマイノリティ性が問題にならない環境をどう作っていけるのかが重要」だと指摘する。 心理学の面から課題に取り組む佐藤さんは、「偏った理解が浸透することで、学生が傷つく可能性がある。LGBTQ学生支援で忘れてはならないのは、当事者の学生が安心し、自分らしい学生生活を送れる環境を整えること。そのためには学生との対話を重ね、大学が実情にあった支援を実施することが必要になる。大学には何かしたいと思う学生、教職員がたくさんいる。思いを持つ人たちがつながり利用できる媒体として、このガイドブックを役立ててもらいたい」と語る。(柴田大輔) ◆「LGBTQ学生支援指標ー大学における性的マイノリティ学生の支援に向けた環境整備に関する 47の指標活用ガイドブック」は筑波大学人間系ウェブサイト内の専用ページで無料で公開されている。

お子様ランチ卒業式《短いおはなし》38

【ノベル・伊東葎花】 パパと会うのは、いつも同じレストラン。ピンクのテーブルクロスの真ん中に、可愛いキャンドル。パパとママが仲良しだったころに、3人で行ったレストラン。わたしはいつもお子様ランチを注文した。小さなハンバーグとエビフライ。ニンジンは星の形で、ハートの容器に入ったコーンサラダとリンゴのゼリー。プレートには夢がいっぱいで、パパとママも笑顔がいっぱいだった。 パパとママが離婚して、4年が過ぎた。ママと暮らすことになったわたしは、月に一度パパと会う。いつも同じレストランなのは、わたしがこの店のお子様ランチが好きだから。……と、パパが思い込んでいるから。 正直もう、お子様ランチを食べるほど子供じゃない。焼肉やお寿司の方がずっと好き。だけどパパがうれしそうにお子様ランチを注文するから、言えずにいる。「ユイ、学校はどうだ」「ふつう」「ふつうってなんだよ。いろいろ教えてくれよ」パパの話はいつも同じ。ちょっとうんざりする。「好きな男の子はいないのか」うざい。いたとしても、言うわけないじゃん。そろそろ月に一度じゃなくて、3カ月に一度、もしくは半年に一度くらいでいいかな……と思う。 食事のあと、パパが急に神妙な顔をした。「ユイ、じつは今日、ちょっと話があってさ」「なに?」「うん、実はパパ、再婚することになって」「えっ?」「もちろん、再婚してもパパはユイのパパだ。何も変わらない。だけど、再婚相手の女性には、8歳の女の子がいてね」「8歳…」パパとママが離婚したときの、わたしの年齢。「うん。だから、パパはその子の父親になる」「ふうん」「ちょっと体の弱い子でね、空気がきれいな田舎に引っ越して、一緒に暮らすことになったんだ」「ふうん」「だから、その…、今までのように、ユイに会えなくなる。もちろん、ユイが望むなら、パパはいつでもユイの力になるよ。でも、月に一度の面会は、ちょっと無理だな」ふうん…。 「いいよ。わたしも中学受験で忙しくなるし、ちょうどよかった」「中学受験するのか。大変だな」「べつに、ふつうだし」「またふつうか。今どきの子はふつうが好きだな」パパが、拍子抜けしたような声で言った。わたしが泣くとでも思っていたのかな。 「デザート食べるか?」「いらない。わたし、コーヒーがいい」「コーヒーなんか飲むの?」「うん。家でママと飲んでるよ。甘いジュースより、ずっと好き」「そうか。もう、お子様ランチも卒業だな」パパは、少し寂しそうに笑った。 強がって飲んだコーヒーは、やっぱり苦かった。それでも精一杯大人のふりをした12歳のわたし。何となく寂しくて、何となく悔しくて、「おいしかった」と言えなかった。最後のお子様ランチだったのに。 街は鮮やかな緑であふれ、手作りのこいのぼりをかざした子供が通り過ぎた。迎えに来たママに見られないように、帽子でそっと涙を隠した。パパと過ごした最後の日、わたしはお子様ランチを卒業した。 (作家)