サンスイグループが100周年 380人駆け付け記念祝賀会 つくば

創業当時のデザインを復元した法被を着て乾杯をする東郷治久代表(中央)ら=つくば市小野崎、つくば山水亭

【鈴木宏子】つくば市でホテルや料亭、専門学校などを経営するサンスイグループ(東郷治久代表)が今年創業100周年を迎えた。記念祝賀会が19日、グループが経営する同市小野崎の料亭、つくば山水亭で催され、県内の政財界関係者約380人が駆け付け、百年を祝った。

100周年記念祝賀会であいさつするサンスイグループの東郷治久代表=同

3代目の東郷代表は100年の歴史を紹介した上で、「初代の祖父も、父も、私もいくつかの業種に関わり、止むなく閉じたりする繰り返しだった。経営の多角化は生き残るための教え」と振り返り、「100年の時を刻むことができたのは地域の温かいご支援のお陰。少しでも恩返しすべく地域の発展のために努力したい」などとあいさつした。

祝賀会には、中村喜四郎、青山大人衆院議員、上月良祐参院議員、五十嵐立青つくば市長、神達岳志常総市長のほか、関正夫関彰商事会長など県内の政財界関係者が多数参加した。中村衆院議員は「3代にわたって時代の変化を的確に読み切って対応することによって100年を刻むことができた。初代は米穀業、2代目はサービス業、3代目は『つくば業』。周辺を巻き込んで、さらにつくば業を発展させてほしい」などと話した。

続いて創業当時の東郷商店で用いられていたデザインを復元した法被(はっぴ)を着て、鏡開きや乾杯が行われ、100周年を祝った。

サンスイグループは1919(大正8)年に当時32歳だった初代の勘治氏が、常総市水海道駅前に米穀や肥料を扱う問屋「東郷商店」を開いたのが始まり。直後に関東大震災、小貝川、鬼怒川の洪水に見舞われ、店舗を失うなど壊滅的な打撃を受けたが立ち直った。しかし第二次世界大戦による食料統制で、商店は国有化され事実上の廃業となった。戦後、勘治氏は常総筑波鉄道(現在の関東鉄道)の社長などを務めた。

一方、2代目の通行氏はサービス業に転換し、水海道にあった古い芝居小屋を買い取り、映画館に改装した。最盛期の1958年には県南、県西、水戸などで計17館の映画館を経営した。しかしテレビの普及により1983年までにすべての映画館が閉館となった。その間、筑波山にホテル山水荘(現在のつくばグランドホテル)を建て経営の軸足を移し、本拠地は土浦に移った。

3代目で現在の代表、治久氏は三菱商事で商社マンとして働いた後、父の病気を機に34歳で地元に戻った。つくば科学万博を機に山水亭を開業し、拠点をつくば市に移した。その後、犬猫の体験型テーマパーク「つくばわんわんランド」、ペット専門学校「つくば国際ペット専門学校」を開校。昨年4月には100周年記念事業として日本語学校「つくば国際語学院」を開校するなど、多角的な経営を展開している。