土曜日, 10月 10, 2026
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世界のジンをつなぐ 大滝航さん 土浦発、オンライン書店を運営

作家の孤独に向き合う

土浦を拠点に、ニューヨークや香港、韓国など国内外のアートブックフェアを巡り、世界中の作家と直接やり取りを重ねる土浦市在住の大滝航さん(42)。個人や小規模の団体が少部数で制作する作品集や同人誌などの小冊子、ジン(ZINE)の出版・販売を手掛け、主にアート系の作品を販売するオンラインショップ「クレバス(crevasse)」を一人で運営する。扱うのは、世界各地で孤独に向き合い、生み出された作品だ。

深い氷の裂け目を意味する「クレバス」という名前には、作品作りに打ち込む作家の孤独を重ねている。誰かに頼まれたわけでもなく、自宅で一人、作品を作り続ける。そんな姿を大滝さんには「谷に落ちている」ようだという。「この話、すぐ伝わる人と、全然伝わらない人がいる。でも、一瞬で分かってくれる人もいる。そういう人とは波長が合うんですよ」と大滝さんは笑う。

2022年に出展した米国ニューヨークでのアートブックフェア(大滝航さん提供)

「間違っていない」と伝えたい

「写真を見て良いと思ったら『この本を買いたい』とメッセージを送る。返事があれば見積もりを出してもらって『ペイパル(オンライン決済サービス)で払うね』ってインスタのメッセージでやりとりする。その人がどこの国に住んでいても変わらない」と大滝さんが話す。作品集などの写真は、オンライン上で見たり、イベントなどで実際に見て判断している。

クレバスの販売サイトを開くと目に入るのは、国内外の作家が手がける、大きさや形も様々な写真集だ。今を生きる若者たちのリアルな日常を映し出すものや、写真や本のあり方を根本から問い直すものなど、多様な世界に触れることができる。

「作品は、そこに行き着くストーリーがあって、嘘がないものがいい」と話す大滝さん。写真家の林朋奈さんによる「母子手帳」は、直径8センチほどの、円形の写真集だ。単語帳のように金属リングでとじられたページには、幼い子どもを抱きながら、もう一つの手に持つスマートフォンで、街中にある鏡に映る林さん自身の写真がある。対になるのは、おもちゃやベビー服など、子どもが使う日用品。それぞれが、明るい原色の背景とともに映し出されている。

「子育てが始まりカメラを持ち歩けない中で、アイフォンで撮ったのがこの写真。大きさ、丸い形、ポップな色使い、どれも写真のテーマとマッチしてる。表現するのに不必要なものがない。美しさを感じる」と大滝さんが解説する。

「合理性を無視して作るのがジン。自分の表現のために、一人、黙々と。その過程で孤独を感じる人に、『俺はいいと思った』と伝えたい。『この作品はいい。間違ってない』って」

ジンとの出合い

現在はオンラインショップを軸に、国内イベントに毎月出展するほか、年に数回、海外でのブックフェアに出展する。作家のジンを制作したり、買い付けたジンを国内外の書店に卸したり、作家とのイベント企画も手掛ける。「出版業でもデザイナーでもなかった僕が、出会いをきっかけに必要なことを少しずつやってきた」と話す。

ジンの魅力を「文化的背景を取り込みながら、それぞれの国や地域で生まれる異なる人のあり方を見ることができる、民主的に、自然発生的に生まれてくる本。手に取った人が、自分でもこんなものを作りたいとその気をさせてくれる」と語る。

大滝さんが制作するカセットテープサイズの写真集

福島県出身の大滝さんは大学進学を機に茨城県に移ってきた。高校で絵を学び、大学でも美術を専攻した。学外で個展を開催し、友人の展示を企画するなど活動を広げてきた。卒業後は一般企業に就職し、一時活動から距離を置くこともあったが、2016年にクレバスを立ち上げた。現在、専業で活動する。

初めてジンと出合ったのはクレバスを始めた前年のことだ。古書店で何気なく手にしたのが、コラージュ作品が掲載された20ページほどの手製の本だった。調べると、スイス・チューリッヒに拠点を置く独立系出版社ニーブスが作ったジンだった。

「200部、150部しか作っていない。僕自身が創作活動をしてきて、例えば自宅で作った200部ほどの二つ折りの本が地球の裏側に届くなんて想像もできなかった。自分もやりたいと思ったのが、活動のきっかけ」だと振り返る。

オンライン書店からスタートした。活動の中で出会った作家たちが作る本を販売したかった。さらに、ニーブスのように地球の裏側へも届けたいと思い、書店にも売り込んだ。でも返ってきたのは「アート系って売れないんだよね」という冷たい反応ばかり。「いいと思ってるのは自分だけなのか…」と、気持ちは落ち込んだ。

転機は2018年、初めて出展した海外のブックフェア。場所はドイツのベルリンだった。「僕が好きな日本の作家の作品を持って行った。日本では冷たい反応ばかりだったけど、ドイツのお客さんは『こんなのあるんだ!』って喜んでくれた。いいと思っていたのは僕だけじゃない。世界のどこかに同じ思いを持つ人がいる」。その経験は、大滝さんの考え方を変えた。「理解されない人を説得するより、価値観を共有できる人と出会えばいい。それならできると思った」

取り扱う写真集を確認する大滝さん

うれしいのは「本が売れたとき」

大滝さんが扱う作品は、すでに広く活躍している作家もいれば、無名の作り手の作品もある。「僕が光を当てたいなんて、相手が有名な方だったらおこがましい話。ただ、作った本を誰も見てくれない作家がいて、でも僕がいいと思ったら伝えたい。この作品がいいんだよって言うだけ。お前は間違ってない、って伝えたい」

大滝さんにとって一番うれしいのは「本が売れたとき」だ。「自分と同じように『いい』と思ってくれる人がいるなんて、ぜいたくすぎる喜びでしょ。ノリが合う人と、作品を通じて少しずつ、つながっていく。こんな喜びはない」

8月、土浦で巡回展

8月1日と2日、土浦市で開かれる「土浦キララまつり2026」に合わせて、同市中央のイベントスペース「がばんクリエイティブルーム」で、ジンの巡回展「フロットサム ジンズ ツアー(flotsam ZINES tour 2026)」を開く。東京・杉並区の写真集専門書店「フロットサム ブックス(flotsam books)」が企画し、2022年から続くこの巡回展は今回で4回目。青森から福岡まで、5カ月かけて全国18カ所を巡る大規模なツアーだ。大滝さんは、このうち茨城会場の運営を担う。過去2回、水戸で開催してきた。

近年「ジンが流行っている」とメディアで取り上げられることはあっても、大滝さんの実感としては、あくまで「クラスに1人、2人」にすぎない。「好きな人はいるけど、バラバラにいる。だから、イベントがあれば、1日や2日、無理してでも来てくれる。初対面でもウェルカムです。変に敷居を感じないで、興味があったら来てほしい」。大滝さんは「世界各地で孤独に生まれた作品と、その作品を待っている誰かが出会う場所をつくりたい」という。(柴田大輔)

◆ジンの巡回展「フロットサム ジンズ ツアー(flotsam ZINES tour)2026」の茨城巡回展は8月1日(土)、2日(日)、土浦市中央1-13-52のがばんクリエイティブルーム1階で、1日が午後1時~6時、2日が午前10時~午後6時まで。入場無料。詳細はクレバスの公式サイトへ。

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