睡眠と覚醒を調整する重要な神経伝達物質、オレキシンを発見し、睡眠理解の飛躍的な進歩に大きく貢献したとして、筑波大の柳沢正史教授(66)が9日、米国医学会で最も権威ある賞、アルバート・ラスカー基礎医学研究賞を受賞した。柳沢教授は10日、筑波大で記者会見し、「出口が見えない研究だった」「今も森の中にいる」などと語った。
ラスカー賞は、受賞者のうち3分の1がノーベル生理学・医学賞を受賞するなど、ノーベルに次ぐ賞といわれている。柳沢教授はオレキシンの発見のほか、オレキシンの欠乏が、ナルコレプシー(過眠症)と呼ばれる突然眠り込んでしまう病気の原因となることを解明し、米スタンフォード大のエマニュエル・ミニョー教授と共同でラスカー賞を受賞した。柳沢教授らの研究により不眠症治療薬が開発されたほか、今年ナルコレプシー治療薬が薬事承認された。
柳沢教授は10日の会見で、オレキシン発見に至る経緯を改めて話した。神経伝達物質を「鍵」、神経伝達物質の受け口となる受容体を「鍵穴」に例え、米テキサス大准教授だった1995年当時、「相手の鍵が分かっていない鍵穴分子が多数見つかっていた。これまでの古典的な薬理学では、鍵分子が先に見つかって、その作用を調べる過程で鍵穴が見つかるが、私たちは逆方向の鍵穴分子から出発した」と述べた。
当時、ポスドクだった桜井武筑波大教授がテキサス大に来て、鍵穴を、鍵を見つけるための検出器として使い「桜井さんの検出で、当時まだ知られていなかった神経伝達物質が分かった」と言い、「桜井さんは筑波大に戻って、データ出しを全部やった。(オレキシン発見は)テキサス大だけでなく筑波大の仕事でもあった」と強調した。

この新しい神経伝達物資は、脳の中心の、本能や自律神経をつかさどる視床下部にあることが分かり、当時は「食欲を制御すると思った」と振り返り、「オレキシンはギリシャ語で食欲という意味。当時は食欲をつかさどる物質だと考え、オレキシンと名付けた」と明かした。
次の段階として、この神経伝達物質が欠損したマウスをつくって、食欲が減るのではないかと予測し実験した。「しかし何も起こらず、マウスは健康で異常は見つからなかった」と話した。「苦労して実験したので非常に悲しかった」が「あきらめず観察してみよう」と、マウスは夜行性なので「虚心坦懐に夜の行動を観察した」「わらをもすがる思い」だったと述べた。
発売されたばかりの安価な赤外線カメラを買って観察すると、マウスが急に動かなくなることがあった。最初はてんかん発作ではないかと思ったが、診断するには脳波をとらないといけない。当時、小さなマウスの脳波を測定できるラボは世界に数ラボしかなかったが、たまたまテキサス大にマウスの脳波をとっていた人がいて、その人に教わってマウスの脳波をとった。すると、てんかんの脳波ではなく、レム睡眠の脳波で、脱力発作と同時にレム睡眠が起こることが分かった。レム睡眠の時、人は夢を見るが、夢を演じるのは危険なので脱力が起こる。しかし当時は睡眠のことはほとんど分かっていなかった。柳沢教授は「睡眠の異常であれば『これはでかい』と感じ、ラボ全体を、食欲研究から睡眠研究にかじを切った」と話した。
柳沢教授はさらにナルコレプシーの原因を解明する。当時を振り返り「最初からゴールを目指した研究ではなかった。鍵穴分子を見つけるという宝探しを始めた」とし、ハワードヒューズ医学研究所から、自由に研究できる研究資金の提供をいただいたことが大きかったと振り返った。「基礎研究の中の探索研究はどこへ行くか分からない研究。そういう研究環境は大事」「出口はどこかとか、社会実装とかいわれると作文はするが、本当の研究はそういうものではない」と強調した。
脳の中には睡眠を維持する睡眠中枢と、覚醒を維持する覚醒中枢があって、睡眠中は脳の中で睡眠中枢が活性化して、覚醒中枢の働きが弱まる。覚醒時は逆になり、シーソーのように、常にどちらか一方の状態になっている。柳沢教授は、睡眠と覚醒の切り替えの仕組みを、竹筒の先端に水を入れ、水がたまると先端が下がって音が出る「ししおどし」に例え、「(ししおどしの)水に当たるものが脳内で何なのか不明、今はそこを研究している」とし、「そもそもなぜ眠らなきゃいけないのか、この二つのなぞが解けていない。私が現役のうちにだれかが解いてほしい」とし、将棋の藤井聡太さんの「頂上が見えないという点では森林限界の手前」という言葉を引用し「睡眠研究は森林限界を超えていない。自分の行く道は見えないし、ピークも見えない、周りは森しか見えない」などと話した。(鈴木宏子)





