月曜日, 10月 12, 2026
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本当の勉強とは何か《土浦一高哲学部「放課後の哲学」》3

変わりつつある教育と、変わらない現場の違和感

【コラム・2年 竹内琉瑛】読者の皆さんは高校生にどのようなイメージを抱くだろうか。漫画のように勉強・部活・恋愛に全力で向き合う青春の時期、友人とバカなことをして深く考えずに今を楽しむ若さの象徴、義務教育を終え自分の将来を考え始める青年としての節目―。

これらはどれも、高校生活という限られた時間でしか得られない大切な経験だ。そんなかけがえのない毎日を過ごす中で、ふと考えることがある。

部活は楽しく夢中になれる、恋愛は初めてのときめきに満ちている、友達と遊ぶ時間は心を満たしてくれる。では、なぜ勉強だけがこんなにも重く感じられるのだろう。

「本当の勉強」とは何なのだろうか。それは、現在の日本の教育システムの中で本当に実現されているのだろうか。本稿では、日本の教育の目的の変遷を整理した上で、変革期にいる一人の高校生としての実感と疑問を述べたい。

最初に、そもそもの教育の目的について話をしたい。それは時代とともに大きく変化してきた。戦前であれば、日本の教育は国家のために人を育てるものだった。教育勅語には、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」とあり、国家に尽くす国民の育成が明確に目的とされていた。一方、戦後の教育基本法では次のように定義されている。「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」。ここで重要なのは、教育の目的が「国家への奉仕」から「人格の完成」へと大きく転換した点である。この理念は、義務教育だけでなく高校・大学教育まで含めた、今の日本の教育全体の根本にあり、これからも維持されるべきだと考える。

では実際に、今の日本ではどのような教育を目指しているのだろうか。2017年に告示された新学習指導要領で、教育の目的が「知識の量」から「資質・能力」へと明確にシフトしたことが読み取れる。その背景には、次のような理由がある。まず、予測困難な時代の到来。AIやグローバル化の進展により、将来を正確に予測することは困難になった。そのため今の社会では決められた正解を覚える力ではなく、自ら課題を見つけ、主体的に解決する力が求められている。次に、Society5.0への対応。仮想空間と現実空間が融合する社会Society5.0では、単なる労働力ではなく、多様な個性を生かしイノベーションを生み出す人間が必要になる。そして画一的教育への反省。「みんなと同じ」を過度に求める一斉指導は、不登校やいじめ、生きづらさの一因 になってきた、という反省から、「個別最適な学び」への転換が求められている。これらは実際に文部科学省が正式に明言していることだ(*脚注)。

しかし、変革のただ中にいる高校生として正直に言うと、体感としては何も変わっていない。確かに探究学習は通常授業に組み込まれ、茨城県では、生徒の探究心を応援するため、平日に学校を休んで校外学習をすることができる「ラーケーション」というシステムの導入も始まった。それでも、多くの生徒の意識は従来のままだ。その理由として、日本の大学入試制度が変わっていないということが挙げられるだろう。総合型選抜や推薦入試が拡充されつつあるとはいえ、実際にそれを利用するのは「一般入試でも余裕で合格できる上位層」がほとんどである。何をすれば評価されるのか分からないし、失敗したときのリスクが大きいし、勧めてくれる大人もいない。そうなると、「とりあえず勉強しておく方が確実だ」という判断に落ち着くのは自然だろう。だから推薦を利用する人たちももっと安心して受けられるような入試制度にするべきである。

安心して受けられる推薦入試―。それは、一見もっともそうな主張に思える。しかし本当に日本が求めているのは、こんな入試制度が生み出す人材なのだろうか?

本来、社会を変えてきた技術や発明に、最初から成功の保証などなかった。インターネットも、ロボットも、AIも、すべて未知への挑戦から生まれている。それにもかかわらず、日本の若者は「確実」「安心」を求める方向へと強く誘導されているように感じる。背景には、日本人の特性もあるが、バブル崩壊や就職氷河期を経験した親世代の不安もあるだろう。その不安が、僕たち若者を、この不安定な世界にはどこにも存在しない「安全な正解」へと縛りつけている。そして不確定な選択を避けさせようとする。

この不安定な世界において、本当に日本の教育が向かうべき先は、模範解答を見せて推薦入試に皆が手を出せるようにするようなことではない。そうではなくて、生徒の主体的な取り組みを正しく評価することである。僕はこのことを一人の高校生として強く主張したい。この不確実な日本の環境の中で、一歩勇気を持って前に踏み出した人に対して、最大限応援する姿勢、これが未来を創る人間を育てるためにも、それぞれの個性を尊重する教育を実現するためにも、大事なのではないだろうか。

日本は世界でもトップクラスの技術力と課題解決能力を持つ国だと、私は思っている。自動車、半導体、宇宙産業など、さまざまな分野で日本製の部品や素材が存在感を示している。これは間違いなく、日本の大きな武器である。しかし、それらの多くは、海外企業が設計した製品や市場の中で、「この部品を作ってほしい」と依頼されたものを高品質で供給しているに過ぎない。つまり現在の日本は「他国の課題を解決する巨大な工場」になってしまっている。

日本は「課題を定義する側」ではなく、「課題を解く側」に回っている。他国の課題ばかりを解いていては、自分たちの本当の課題は見えてこない。そしてもし、世界の主戦場が変わり、日本に課題が供給されなくなったとき、日本の産業は行き場を失うことになる。本来、日本ほどの技術力を持つ国であれば、自ら課題を定義し、新しい産業や市場を作る側に回ることができるはずだ。「何を作るか」を他国に決められる国ではなく、「何を作るべきか」を自ら定義する国へ、そこに、日本の次の成長の鍵があるのではないだろうか。

僕は、日本に今本当に必要なのは、自分たちの社会の課題を見つけ、解決し、より良くしていこうとする主体性のある人材だと思う。「本当の勉強」とは、不確実を避けて安定した道を知ることではない。不確実な世界に飛び込み、自分の頭で考え、試行錯誤し続ける力を育てることだ。教育がそのための場所になる日は、まだ来ていない。だからこそ、今の教育に違和感を覚える声が、無視されてはいけないのだと思う。

こうした現状を前に、少なくとも僕は、「確実さ」や「正解」に守られた道を選び続ける生き方はしたくないと思っている。不確実な選択を避け続けることは、一見賢明に見えるが、自分自身の問いを持たないまま社会に適応していくことでもあるからだ。そして僕は、与えられた課題をただこなすのではなく、自分の違和感や疑問を起点に問いを立て、それに向き合い続ける生き方を選びたい。失敗や遠回りを恐れず、自分の頭で考え、試行錯誤を重ねる。その過程こそが「本当の勉強」であり、その積み重ねが、社会をより良く変える力になると信じている。教育の現場がまだその理念に追いついていないのなら、まずは自分自身が、その理念を体現する存在でありたい。

*脚注 Society 5.0に向けた人材育成に係る大臣懇談会、新たな時代を豊かに生きる力の育成に関する省内タスクフォース「Society 5.0に向けた人材育成~社会が変わる、学びが変わる~」2018、総合科学技術・イノベーション会議「Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」2022を参照した。

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