木曜日, 3月 26, 2026
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中村吉男氏 最後の訴え 全文文字起こし 茨城6区 衆院選’26

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皆様こんにちは私、中村吉夫と申します。このたび第51回衆議院選挙最終日、無事、皆様の力添えを賜り、またご支援も賜りながら、選挙期間、無事闘い抜くことができました。まだ残すところ若干の時間ございます。明日投票になります。

今までこの三十有余年、こちらの石岡で、それ以前ですね、生まれ育ち育んでいただいた、そしてこの6区で皆さんと共にお祭りを楽しんだり、そういう思い出がぎっしり詰まったこの石岡から公示日を迎えさせていただいて、そして、この6区の中を、この27日からの2月8日の投票日まで、この時間、皆様と共にいろんな選挙区を回らせていただいて、思いを伝えてまいりました。

いろんな思いがあります。皆様に伝えたいことはまだまだたくさんあります。この地場にしかできないこと、そしてこの地場から未来へつなげていけること、この2つをですね、私のその、いろんな盛衰というものがございます。栄枯盛衰というものは、時代時代にございます。その栄枯盛衰をずっと見つめてきた中で、これからの、未来につなげる道は一体何だろうか、ということを考えてまいりました。そしてその思いを伝えてまいりました。

そして9条、やはりこの12年間という時間軸だけを、まず私の当選後は憲法改正、交戦権という部分ですとか、もちろんその、戦力を陸海空の戦力を保持し、永久にこれを放棄したり、保持しないとか、憲法前文の、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し、我らの安全と生存を保持しようと決意した、この前文だったり、9条の部分だったりとか、生存権だったりとか、いろんな、その権力と差別のお話の中で、私の思いを、思い思いを皆様に伝えてきたところでございます。

これ何としても、国の基盤である9条、この憲法の部分を、これは一から全部変えるということではなくて、戦後レジーム、80年からの脱却、その以前はですね、大日本帝国憲法というのがあった、ここから日本書紀、古事記、それこそ神代、古代と、ずっとこう、あの学校でも教えてないような、このお祭りのあるようなこの地元から、またいろんなことが、こう発信できるんじゃないかと思うんですね。政治とはつまり、この祭りごとを収めるということだと思います。そして国家観念の表出、これが政治の本来の政治家のあり方じゃないかと思います。

時に歯に衣着せぬ言い方もしなければならない。そういう中で、これからの未来をどう描いていくか、その未来を、この国土から世界に発信するためにどういう未来を皆様に伝えていくかということを、これからもどんどん疑問提起をしながら、問題提起をしながら、航空宇宙開発、そして私の最終的な、政治家、政治家は、憲法9条までなのか、それとも航空宇宙産業開発のところまで行けるのか、ここは3つであります。

政治家としては憲法9条、この改正までは何としても、私が12年という時間軸で、前倒し有りです、後ろ倒し無しです、12年がMAXというその時間軸だけは皆さんにお伝えしながら、この時間と空間という、この時空を超えた航空宇宙産業の開発、最近もブラックホールがいっぱい見つかったりとか、その質量がどんどん日に日に広がっていく、この広大無限な宇宙開発、広大無限な航空宇宙産業の開発というところを主眼にですね、これからどんどん広げていければというふうに考えております。

そして最終的には未来を創造という実績が伴わないと、なかなか出版して書店で買ってもらえるかどうかというのは分かりませんけれども、どこにでも売っているような書物を置いてですね、上巻下巻みたいな形でね、ちょっと変遷を、ほとんど変遷だと思うんですけれども、未来を書くことは、例えば、30ページに満たないんじゃないか、上巻下巻でも。そんな中で、皆さんが何かつまずきそうになった時に、これ刺さるんじゃね?なんて言いながら、若い人たちが、これ刺さるよね、この言葉。俺これだよ、俺の境遇でこれだよとか言えるような、そういう未来につなげられる、そういった続きというか、そのto be continuedみたいな、そういう書物を残していきながらですね、ということを考えながら、まず何にもかににも、このターニングポイント、9条を改正するときが大きなターニングポイントになります。私はアンカーポイントをそれぞれ置いてきます。その時々に、まず最初の第一歩が、これ小さな一歩です。

私のできることほんの小さなことかもしれないです。これから議会に、私は国政の、皇居の隣にある国会議事堂に大正12年、13年に、12年だと、すいません、ちょっと1年前後していたら、立ち上がった関東大震災後から歴史を繰り返す、ペリー提督が来たような歴史を繰り返さずに、何とか食い止めた帝国ホテルで炊き出しをやったという、そういうホテルマンをスタート、京王プラザホテルがスタートだったんですけれども、そういう中で戦後レジームからの脱却をしてですね、私をどうか国政の舞台に、ベクトルの中に置いてみてください。

本当に時間が、アンカーポイントを、まず第一点そのアンカーポイントを置いてみてもらって、構図をそこからどんどん整えて、皆さんでこのデザイン志向というか、そのグランドデザインを、私がこうやって、あのざっくりとしたグランドデザインしかお伝えすることできないですけれども、いろんな議案が出てくるのが、社会保障の問題ですとか、夫婦別姓の問題ですが、いろいろ出てきます。戸籍法の問題とか、過去があるから今があって、今があるから未来へつながる、過去全部なくしちゃったら未来もなくなっちゃうんで、まず過去を振り返りながら未来へつなげていけるという、そういう視点というか視座を共有しながら、皆さんとともにこれから時代を創生したり、創生しながら皆さんとともに時代を描いていけたらという風に考えております。

何にせよ、国会議事堂に私を送ってみていただいて、まずシームレスな時間が、なんでこんなにあかんだろうとか、なんかこう頓挫しちゃってるよねとかいうのが、なんか知らないけれども先に進んでるよとか、いうことがあると思います。

あともう一点は、今どうしてもこれをお伝えしたいこと、この選挙でお伝えしておきたいこと。当選したいです。皆さんの清き一票、熱き一票が必要です。ただ私が行くことによって何ができるのかというのは、これ未知数であります。未知との遭遇もあるかもしれません。未知数であります。創造の目というものはそういうものだと思っております。前例踏襲というのが、ああいう世界ではもう100%、120%かもしれません。でもその創造の目というのは、その未知数ですとか、前例踏襲の中を精査して検証して、これは残して、これは、とかいう、そういう目が必要じゃないかとも思うんですね。

だから私みたいな、一人のそういう人間を、その歴史からなんか紐解けるような、そういう存在っていうのも、私も使命をずっと考えてまいりまして、私の使命は政治家一択だなということで、出馬させていただいております。

なのであと1点、高市総理の時にこの北朝鮮問題、国交正常化できる、本当に今この軍事が、地勢学的バランスが、核と、拉致と、本当に目の前に問題があります。この問題を解決するためにも高市総理の時にですね、ぜひ、要するにというか、全員、拉致の方が、生存権とか国としての体をなしてないという、そういう問題になってきてしまっているんです。

戦後レジームからの脱却、自虐史観なんです。日本人のポテンシャルというか、潜在的にある国土といい、海洋国家の中にある日本人というのは自虐史観というもので、どうしても、その、伏し目がちというか、そういう感じになってしまっております。

だからアクセルとブレーキをとにかく一旦、同時に思いっきり踏み込まないで、一旦力を抜いていただいて、私をまず送ってみてください。そこから見通しが、私も見通しを皆さんに伝えていきます。そして大変相互するわけじゃないです、大風呂式広げるわけじゃないです、できることはほんの少しだけなんです。あの国会議事堂のベクトルの中に私を置いていただければと、何かしらそこから皆さん、それぞれ私の名前を書いていただいた方、この方は私はこれ約束できるかどうかがないです。アイデアというか、発想の中で、私の名前を書いていただいた方は、自分たちの境遇の中で、あれ吉男、そういえばあんたこういう、こんなこと言ってたな、あいつ政策でこんなこと言ってたな、グランドデザインを描く、グランドデザイン、こんなグランドデザインを描いていたなという、なんかこうそのアイデアがどんどん発想というか出てきて、じゃあ私の境遇ではこういうこと、あいつこういうこと言ったら、私の境遇はこういうことできるんじゃん、私の経験値とか、そういうところから、これかなとか、そういうことができるんじゃないかと思っております。

そんなもんです、私の存在っていうのは私の存在意義いというのをずっと自分の中で見てきたんです。自分というものを俯瞰してみることもできます。なので医療介護ですとか、そういった難しさというのもあったりするのもあります。社会保障制度とか若者が悲鳴を上げていて、この社会保障制度を税からどうしようとか、今この部分もすごくクローズアップされているかと思います。

そういったことも社会実装するために、社会実装して皆様の暮らしに反映するためにも、まず私の名前を書いてください。選挙に行ってみて私の名前を書いてみてください。死票にしないでください。無所属です。

政党政治、大事なんです。この人間というのは社会動物ですから、政党政治こそ大事なんです。ただ赤信号みんなで渡れば怖くない、じゃあ、これ赤だよね、青だよね、いやそりゃ赤なんだよって言っても、いやこれ青じゃんって、青なんでしょって、渡ってみてくださいとしか言えないんです、私も。

政治は国民のものです。皆さんの一票一票が私を支えていただき、ご支援していただき、そういえば、政治は現実でもあります。リアルとバーチャルの乖離というのも、理想と現実というのも、そこで少しずつ乖離を認識齟齬だったり、埋め合わせをしていって、徐々に自分の暮らしの中に落とし込んでいただいて、そして幸せを実感できるような、まずいなぁとかいうのも、やっぱり愛は食卓にあるじゃないですけれども、おいしいものがある、家庭があって結婚出産、子育てがあって、そしてその子供たちが、いろんな方との出会いの中から、社会人に出て、結婚出産して、そしてまた老後を迎えて、そしてまたという、そういうサイクルをですね、悪循環じゃなくてですね、いい循環を、負のスパイラルじゃなくて足し算にもなるし掛け算にもなるよと、引き算じゃないでしょうというような、そういうその時代を創生していければという風に思っております。

なのでまず清き一票、熱き一票で私を国政に、国会議事堂に送り込んでいただいて、現実の国会議員の中村吉男、中村吉男なんだと、国会議員なんだ、国会議員、中村吉男を、この6区からどうぞ国政のあの舞台に。舞台袖から、私はできること、ほんのちょっとです、議員一年生です。議員、政治経験もないです。ただいろいろ見てきた経験ですとか、見てきたものは伝統古来なものですとか、伝統として必要なものとか、ここは残しといた方がいいんだろうな、ここはアホだと思うんだよな、渡っちゃった方がいいんじゃないかなとかいう、そういうその、ご提案とか提起とか疑問提起とかはしながら、皆さんと共に煮詰めて、焦げ付く前に、美味しいスープを冷めない距離で、美味しいねという共感しながら言えるような、そういうその、ちょっと料理で例えてしまいますけれど、そういう時代を想像していければという風に考えております。なので、まずは現実の、国会議員中村吉男として、この6区からどうぞ押して押して押し上げていただいて、投票にはそういう未来を想像するためにも、もちろん前例踏襲というのも大事です。前例踏襲でいい部分悪い部分でPDCAを回しながらプラン・ドゥー・チェック・アクション、プラン・ドゥー・チェック・アクションとか、ぐるぐるぐるぐるやりながら、検証したり、また行ってみて、これはいいね、これは悪いねということを検証しながら、時間の中でともにいろんな懸案事項ですとか、共有しながら、私がご提案しながら、行き来しながら皆さんに伝えていこうかと思っております。

これから、どうぞ皆さん、もう明日には結果が出ます。本当に私の思いはこれからどんどんどんどん、この地上にいる間は、皆さんにどんどん伝えていきたいと思います。こうあるべきじゃないかなと、いや違うんじゃないのとか、そういうキャッチボールをしながら、まずは私中村吉男に未来を託してみてください。この地元を託してみてください。よろしくお願い申し上げます。政党政治は大事です。政党政治は大事ですが無所属です。私はいろんなことを広く見ました。やはりこの、挙党一致なのか、憲法9条改正は挙国一致なのか、ここは非常に大事なんです。挙国一致で非常にセンシティブな問題でもあります。挙党一致なのか挙国一致なのかいろんな問題があります。なので党議拘束ですとかいろんなことも考えました。

私は野に出て、無所属でこの憲法改正を、私の使命というものを感じまして、この選挙で皆さんにこの思いをお伝えしながら訴えて訴求しつつ、どうぞ私、中村吉男にこの未来を託していただければというふうに思い、今日は最後の最後のお願いでございます。

これで私はマイクを収めます。一旦マイクを収めます。どうか皆さん、石岡の皆さん、そしてこの茨城衆議院、第51回衆議院議員茨城6区から出馬させていただいたこの6区のご協力、ご支援いただいて、私を見ていただいた皆さん、育んでいただいた皆さん、どうぞ最後の最後までご支援賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。この6区には私中村吉男あり、無所属ですが、政党政治大事です、死票にしないでください。どうか私中村吉男に、清き一票、熱き一票を投じていただければと存じます。よろしくお願い申し上げます。

最後の最後のお願いに参りました。どうぞよろしくお願い申し上げます。中村吉男でございます。よろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。今後ともご支援賜りますよう重ね重ねよろしくお願い申し上げます。

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市は反訴へ つくば市のごみ焼却施設、つくばサステナスクエア(同市水守)で2022年12月、高圧線から電気を受け取り低圧に変換する受電設備が故障し、施設に電気が供給できなくなった事故をめぐって、当時、市から施設全体の包括的運営管理業務を受託していた事業者が昨年末、同市を相手取って、受電設備の復旧費用約2億2300万円の支払いを求める訴えを東京地裁に起こしていたことが分かった。 これに対し市は反訴する方針で、25日開かれる同市議会で議決されれば、事業者を相手取って損害賠償請求を起こす。 つくば市を訴えたのは、NKKS・NSES・KSE特定業務共同企業体(代表・日本管財環境サービス、東京都港区)。当時、市のごみ焼却施設、リサイクルセンターなどの運転管理、補修、一部機器の更新工事を含めた維持管理業務を請け負っていた。当時2020年度から24年度まで5年間の委託料は約50億円弱。 事故は2022年12月12日に発生した(22年12月23日付)。受電設備が故障し、12日から約1週間、ごみ焼却炉が停止し、市内から収集された可燃ごみは、一時的にごみをためる「ごみピット」にためられた。 12月18日に仮設の発電機を設置し、19日からごみ焼却炉の運転を一部再開。翌23年1月12日に復旧した。 ごみの量が増える年末年始に重なったこともあって、この間、市は可燃ごみの一部の処理を外部に委託した。焼却炉の停止により蒸気の供給を停止したことから、隣接のスポーツ施設「つくばウエルネスパーク」の温水プールと温浴施設の営業も一時停止。さらにごみを燃やして発電できなくなったため市の公共施設への電気の供給や売電もストップした。 復旧後の2023年8月、復旧にあたった事業者から市に対し、復旧費用の支払い請求があった。双方で話し合いが行われたが折り合いがつかず、24年7月からは双方とも弁護士を付けて示談交渉が行われが折り合わず、昨年12月26日、事業者側が市を提訴するに至った。 受電設備が故障した原因をめぐって、市が事業者と締結した包括的運営管理委託業務の範囲内に復旧工事が含まれるか否かで見解が分かれているとみられる。 故障の原因について市サステナスクエア管理課は「今後の裁判に影響する恐れがあるので(言及を)控えたい」としている。 市が提起する反訴については、ごみ焼却炉が停止したことにより市が負担した▽可燃ごみ処理の外部委託費約740万円▽ウエルネスパークのプールと温浴施設が休業したことに伴う指定管理者への運営補償金約250万円など計約1090万円を事業者に損害賠償請求する方針だ。(鈴木宏子)

私を見て《土浦一高哲学部「放課後の哲学」》1

【コラム・3年 神谷洞窟】散歩が好きだ。特に深夜に歩く。できるだけ、知らない人のいない時間がいい。もちろん、知っている人も。むしろ知っている人が、いない方が好ましい。人と関わることは嫌いだ。こう言うと心の優しい人は、「嫌い」という表現は言葉が強いから、「苦手」と言い換えたらどうか、と感じるかもしれないが、私は決して人付き合いが苦手ではない。これは意地を張っているのではない、むしろ苦手ではないからこそ、嫌いなのかもしれない。というのも、高校に入学してから周りに合わせ、大きな声で笑い、それなりの返事をするのが圧倒的に上手くなったからだ(勘違いではないと信じたい)。それは、嘘(うそ)をつくことが上手くなった、という風に言い換えることもできる。このように、私たちを取り巻く世界では、対人関係の場において特に、嘘をつくことが必要不可欠となっている。しかし嘘をつくことで結ばれる関係なんて、それ自体嘘でしかない。なぜなら、嘘をつくことで他者と結びついている私は、私ではなく、私が演出した「私という虚像」でしかないからだ。 散歩しているとき、いつも自分のことを考えている。このように言うと「げーっ、自分大好きかよ」と思われてしまうかもしれないが、事実なので仕方がない。想像の中で、私はテレビにインタビューを受けている。え?好きな画家ですか?ゴーギャンです(笑)彼の描く女性には生命力が……とまあ、このようなことを長ったらしく語るのである。余談だが、最近見た映画の中で、若いうちに他者と深い関係を築くことができず、テレビを見ることだけが生きがいの老婆が、痩せてテレビに出演するために麻薬漬けになっていくという節があった。もしかしたら、私は出演料を請求しても許されるかもしれない。若いうち、他者に本当の自分を表明することができなかった者、そんな自分を受け入れられなかった者は、理想(それは、妄想と言い換えることもできる)の世界に閉じこもるしかないのである。 このように、他者と関わることが嫌いな私は、他者を前提にして生きている。これは不思議なことだ。人付き合いなんて嫌いだと声高に宣言している人間が、毎夜他者に、自分について興味を持たれる妄想をしている。そこには大きな矛盾があるように思われる。思えばずっと、私は他者と関わり続けてきた。それは、嘘をつくことが嫌いなために他者と関わることを嫌ってきた私が、他者に嘘をつき続けてきたが故に、他者に本当の自分を表明することに取りつかれてしまったからである。 私には趣味が二つある。そのうちの一つは「小説を書くこと」で、これは読み手がいることを前提とした行為である。もちろん書いた小説を絶対に見られたくないという人も中にはいるのだろうが、私の場合はそれ用のサイトに投稿までしているのだから決して言い逃れはできない。残りの一つは「哲学」だ。私の中で哲学は、他者の存在、特に「他者に見られること」と深く結びついている、こちらのコラムに寄稿させていただいていることからも分かる通り。また、私が高校で所属しており、大学で哲学を志すきっかけともなった哲学部では、メーンの活動として哲学カフェが行われている。何人かで集まって、一つの議題について徹底的に思考を練り上げるのである。そこでは私は主にたくさん発言をするタイプのファシリテーター(司会)を務めていた。ファシリテーターは人によってかなり個性が出る。もちろんあまり自分の意見は言わず、話の流れの整理にとどまって活躍される人もいる。しかし私はとにかく自分を語った。表面的な部分から、それこそ、私を構成する核に至るまで。ここからも私がいかに自分を他者に開示することに取りつかれているかが分かるだろう。思えば、私はこれまでずっと他者に本当の自分をわかってもらいたかったのだ。他者と本質的な関係性を築きたいと思うのに、本当の自分が否定されたら耐えられない。だから嘘をつくしかない。しかしそれでは他者と深い関係を作ることはできない。いつだって、これらの矛盾の出発点にあるのは、私の中の「本当の私を理解してほしい」という、ただそれだけの話なのだ。 哲学カフェの中で、私は特に「私を逐一監視している、私の意識の中の私」についてたびたび発言してきた。これはどういうことかと言うと、私が何か少しでも非道徳的と判断され得る行動をした際に、私の意識の中に存在している私が、一斉に私に向かって石を投げ始めるのである。つまるところ、私は、「清く正しくいなくてはならない」という私の意識に縛られているのだ。 思えば、どうして私はこのような意識を構築するに至ったのだろう。 ジークムント・フロイトという精神分析者がいる。彼は社会通念上の道徳が規範意識として内面化されたものを「超自我」と呼んだ。つまり、私は、この超自我が一般より強く機能しているのだ。そこにはきっと、他者からの視線が関係している。私は善人ではない。私は子どもと小動物が好きではない。私は、たとえ道端で傷ついて泣いている人がいても、私には関係ないからどうだっていいと思う。家族でさえ、突き詰めていけば私にとっては他人だ。しかし、他者は私に「善人」でいることを期待する。そして、そんな他者の視線はいつの間にか「他者」という存在を超え、私の中に一定の規範意識を構築するに至った……それに、それはもしかしたら他者ではなくて、初めから、他者になりすました私だったのかもしれない。これは、私自身が持っている「理想の私」という虚像を実現するために、他者とは別に現実の私を監視している私がいるということだ。昔から変わっていると言われることの多かった私は、自然と自分に「常識に反してはならない」という枷(かせ)を強制するようになった。人間のふりをしている、という風に言い換えてもいい。「普通の人はこうするだろう」、「普通の人はああするだろう」。私が世間一般から逸脱しないように本当の私を封じ込めているのは、もしかしたら初めから他者などではなく、私に他ならなかったのかもしれない。 とにかく― このように、私という意識は私ではなく、他者として機能することがある。私にとって、私は私であって、私ではない。 他者が求める私は決して私ではない。他者は私の全てを知っているわけではないからだ。同じように、私が求める私も決して私ではない。私から、私に対する先入観を取り除くことはできないからだ。私は、「私とはこういう存在である」という意識を抜きにして私と向き合うことはできない。私の中の「普通でいなくてはならない」という枷は、もはや私の無意識の部分までをも侵食してしまっているからだ。それでは、私とは一体誰なのか。他でもない私をメタ的(高次的)に眺め、今このコラムを執筆しているはずのこの私は、一体誰なのか。この疑問について考えていくことこそが、他者の視線、ひいては自分の視線と上手く関わることのできない私にとって、大きな前進をもたらす契機となるような気がする。 この文章が、私と同じように、他者に本当の自分を開示できない寂しさと、行き過ぎた超自我を抱えている方にとって、何かしらになることを期待している。