火曜日, 10月 13, 2026
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つくばのトリマー 篠崎涼太さん 世界大会で個人3位に

日本チームは2位

つくば市学園の森のトリミングサロン「カリフォルニアドッグ」のトリマー 篠崎涼太さん(28)が、9月25日にマレーシアで開催されたFCI(国際畜犬連盟)主催のトリミング世界大会「グルーミングワールドチャンピオンシップ」に日本代表5人のうちの1人として出場し、個人3位を獲得した。国別で日本チームは団体2位に輝いた。

篠崎さんは、日頃の犬の被毛管理状態の良さ、犬の取り扱い方、左右対称のバランスのよさ、頭の毛が美しく伸ばせているかなど、トリミングの完成度などを高く評価されて3位に入賞した。「3位はうれしいけれど、もっと上位を狙っていた。目指すのは1位だった」とし「隣でトリミングを行っていた中国と韓国のトリマーが素早かったため、焦ってしまった」と悔しさをにじませる。

世界大会には日本を始め、中国、台湾、韓国、フィリピン、マレーシア、オーストラリアの7カ国から約35人が出場した。篠崎さんは3月に催されたジャパンケネルクラブ(JKC)主催の全日本トリミング競技大会で優秀技術賞を受賞し日本代表メンバーになった。団体1位は台湾、3位はマレーシアだった。

大会の審査はカットの技法などで5つカテゴリーに分けられる。①ミニチュアシュナウザーなど硬い被毛を抜く技術②アメリカンコッカースパニエルなどに施すスキバサミの技術③プードルに限定した技術④プードル以外のビションフリーゼなどの犬種への技術⑤一般的なペットカット技術の五つ。制限時間は2時間で、トリミング技術の他にも犬の日頃の管理や犬の扱い方、道具の扱い方なども審査対象になる。篠崎さんはプードルに限定したカテゴリーで自身の飼い犬(オス、4歳)と出場した。

世界大会で愛犬にカットを施す篠崎さん(本人提供)

犬の健康にも欠かせない

コンテストでのトリミングは、犬種それぞれに設定された基準のスタイルを目指す。一方で日常のペットのトリミングは、さまざまな状況の犬を取り扱う。飼い主の希望を取り入れながら、例えばその犬の胴が長いなどの欠点をカバーしつつ良いところを目立たせてバランスよく仕上げることが大切だという。

さらにシャンプーで汚れなどを落とし、不要になった毛や伸び過ぎた毛をカットすることで、食べ物や排泄物の付着を防ぎ清潔を保つ役割もある。抜け毛を取り除いて皮膚の蒸れを防ぐ目的もある。

全身をくまなく触り、犬の状態をチェックするのもトリミングには重要だ。飼い主だけでは難しい被毛や皮膚などのケアをトリマーが行うことで、犬の健康状態をより適切に管理していくことができるという。

アルバイトし高校生の時 愛犬を購入

篠崎さんは子どもの頃から犬がずっと好きだった。トリマーになろうと思ったきっかけは、高校生の時にアルバイトで得た自分のお金で買ったヨークシャーテリア犬だった。ヨークシャーテリアはトリミングが必要な犬種で、時々トリミングサロンに連れて行った。篠崎さんは「トリミングはただ見た目をきれいにするだけではない。健康に生きていくためにもトリミングは犬にとって必要不可欠だと実感した」と語る。

動物の専門学校への進学が決まり「技術と知識で安心して任せられるトリマーになりたいと思った」と話す。現在、トリマー歴は8年になった。自宅では、トリマーになるきっかけになったヨークシャーテリアと、プードル2匹を飼っている。

「トリマーとしてうれしいのは、飼い主さんに犬が篠崎さんに会うのを楽しみにしている、カットのもちが違うと言われること」だと笑顔で話す。今後は「さらに信頼してもらえるトリマーになり、日本一、そして世界一を目指す」とし「そのためにも技術を磨く訓練はもちろん、セミナーなどにも積極的に参加し、視野を広げるためにも海外にも勉強しに行きたい」と抱負を語った。(伊藤悦子)

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