水曜日, 7月 29, 2026
ホーム土浦土浦花火百年を振り返る 最古の大会パンフなど55点展示 市立博物館

土浦花火百年を振り返る 最古の大会パンフなど55点展示 市立博物館

土浦市立博物館(同市中央)で11日からテーマ展「土浦花火百年」の展示が始まった。11月1日に開かれる第94回土浦全国花火競技大会が100周年を迎える節目の年であることから、1925(大正14)年に初めて花火大会を開催した同市文京町の神龍寺住職、秋元梅峯の肖像写真や競技大会初期の記念写真、現存する最古の第2回大会プログラムなど計55点を展示する。2001年に撮影した3人の花火師たちへのインタビュー映像も放映する。

展示は「序章」から第3章までの4部構成となっている。序章「花火大会前史-江戸時代の花火」では、現在の花火につながる江戸時代の花火資料を展示している。墨田川にかかる両国橋での花火大会に集まる人々の様子が細かく描かれた同館所蔵の『江戸名所図会 巻二 両国』や、江戸時代末1858(安政5)年の両国花火の浮世絵写真パネル、旧宍塚村(現在の同市宍塚)で1862(文久2)年に花火が上げられていたことを記した「諸用日記」などを展示する。

第1章の「霞ケ浦海軍航空隊と町のにぎわい-海軍航空隊の玄関口・土浦」では、大正時代から昭和にかけての霞ケ浦海軍航空隊関連の資料として、1924(大正13)年のパンフレット「霞浦航空隊めぐり」や、同年の土浦の映像などを展示する。隣接の阿見村(当時)に設置された霞ケ浦海軍航空隊は大正時代から昭和にかけての同市の発展に関わり、花火大会のきっかけの一つになったのが殉職者の慰霊だった。

第2章「秋元梅峯と花火大会-慰霊と振興の花火」は、現在の土浦花火競技大会の始まりとなる大会を霞ケ浦湖畔で開催した秋元梅峯の肖像画や花火師たちが写る1931(昭和6)年大会の記念写真などを展示している。秋元住職は、航空隊殉職者の慰霊のほか関東大震災の影響で経済が落ち込んだ市の活性化のために私財を投じて大会を開催した。

第3章「花火師たちの競演」は、1927(昭和2)年の第3回花火大会から1975(昭和50)年までのプログラムや大会記録簿、花火師が受賞したトロフィーなどを展示する。第3回大会のプログラムからは、上空高く上がり、大きく開く尺玉、八尺玉や、仕掛、早打などを上げていたことがわかる。

1975年の第44回大会で北島義一さんが「連射連発」(スターマイン)部門で優勝した際の盾

参考展示として、農村の花火でもある、同市大畑の国選択・県指定無形民俗文化財「からかさ万灯」の模型なども展示する。

映像展示では記録映像の「土浦の花火 伝統花火から全国花火競技大会まで」「花火師たちの記憶」「大畑のからかさ万灯」を上映する。「花火師たちの記憶」では、2001年に撮影した花火師、野手保さん、武藤輝彦さん、箱守彰さんらのインタビュー映像を見ることができる。終戦直後の花火大会で「進駐軍にナイアガラ花火を早くやるように言われた」といったエピソードも聞くことができる。映像を編集した茨城ビデオパック制作の岩崎真也さんは「戦前戦後の花火師の証言や紫の煙が出る昼の花火『ブドウ煙』の再現に苦労した話など貴重なインタビュー映像」だと語る。

展示する映像を編集した茨城ビデオパック制作の岩崎真也さん。映像は、再現した紫の煙が出る昼の花火「ブドウ煙」=同

同館学芸員の萩谷良太さんは「花火の関連資料は実は意外と残っておらず、今回の展示は貴重」とし「国内でも最高峰といわれる花火師たちによる土浦全国花火競技大会の100年の軌跡を、博物館の展示を見て知ってもらいたい」と来場を呼び掛ける。(伊藤悦子)

◆「土浦花火百年」は10月11日(土)から11月24日(月)まで同市中央1-15-18、市立博物館で開催。開館時間は午前9時から午後4時半。入館料は一般200円、高校生以下は無料。11月3日(月・祝)と13日(木・県民の日)は入館無料。問い合わせは電話029-824-2928(同館)へ。
▽展示案内会を11月1日(土)午後1時から開催する。
▽土浦二高茶道部による呈茶「お茶を一服いかがですか-花火に寄せた茶会」を11月3日午後1時から展示ホールで開催する。定員50人。茶券は200円。
▽演劇「つち浦々まちなか演劇めぐり」を10月18日(土)19日(日)、博物館展示ホール・視聴覚ホールで開催する。上映時間は同館ホームページへ。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

3 コメント

3 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

世界のジンをつなぐ 大滝航さん 土浦発、オンライン書店を運営

作家の孤独に向き合う 土浦を拠点に、ニューヨークや香港、韓国など国内外のアートブックフェアを巡り、世界中の作家と直接やり取りを重ねる土浦市在住の大滝航さん(42)。個人や小規模の団体が少部数で制作する作品集や同人誌などの小冊子、ジン(ZINE)の出版・販売を手掛け、主にアート系の作品を販売するオンラインショップ「クレバス(crevasse)」を一人で運営する。扱うのは、世界各地で孤独に向き合い、生み出された作品だ。 深い氷の裂け目を意味する「クレバス」という名前には、作品作りに打ち込む作家の孤独を重ねている。誰かに頼まれたわけでもなく、自宅で一人、作品を作り続ける。そんな姿を大滝さんには「谷に落ちている」ようだという。「この話、すぐ伝わる人と、全然伝わらない人がいる。でも、一瞬で分かってくれる人もいる。そういう人とは波長が合うんですよ」と大滝さんは笑う。 「間違っていない」と伝えたい 「写真を見て良いと思ったら『この本を買いたい』とメッセージを送る。返事があれば見積もりを出してもらって『ペイパル(オンライン決済サービス)で払うね』ってインスタのメッセージでやりとりする。その人がどこの国に住んでいても変わらない」と大滝さんが話す。作品集などの写真は、オンライン上で見たり、イベントなどで実際に見て判断している。 クレバスの販売サイトを開くと目に入るのは、国内外の作家が手がける、大きさや形も様々な写真集だ。今を生きる若者たちのリアルな日常を映し出すものや、写真や本のあり方を根本から問い直すものなど、多様な世界に触れることができる。 「作品は、そこに行き着くストーリーがあって、嘘がないものがいい」と話す大滝さん。写真家の林朋奈さんによる「母子手帳」は、直径8センチほどの、円形の写真集だ。単語帳のように金属リングでとじられたページには、幼い子どもを抱きながら、もう一つの手に持つスマートフォンで、街中にある鏡に映る林さん自身の写真がある。対になるのは、おもちゃやベビー服など、子どもが使う日用品。それぞれが、明るい原色の背景とともに映し出されている。 「子育てが始まりカメラを持ち歩けない中で、アイフォンで撮ったのがこの写真。大きさ、丸い形、ポップな色使い、どれも写真のテーマとマッチしてる。表現するのに不必要なものがない。美しさを感じる」と大滝さんが解説する。 「合理性を無視して作るのがジン。自分の表現のために、一人、黙々と。その過程で孤独を感じる人に、『俺はいいと思った』と伝えたい。『この作品はいい。間違ってない』って」 ジンとの出会い 現在はオンラインショップを軸に、国内イベントに毎月出展するほか、年に数回、海外でのブックフェアに出展する。作家のジンを制作したり、買い付けたジンを国内外の書店に卸したり、作家とのイベント企画も手掛ける。「出版業でもデザイナーでもなかった僕が、出会いをきっかけに必要なことを少しずつやってきた」と話す。 ジンの魅力を「文化的背景を取り込みながら、それぞれの国や地域で生まれる異なる人のあり方を見ることができる、民主的に、自然発生的に生まれてくる本。手に取った人が、自分でもこんなものを作りたいとその気をさせてくれる」と語る。 福島県出身の大滝さんは大学進学を機に茨城県に移ってきた。高校で絵を学び、大学でも美術を専攻した。学外で個展を開催し、友人の展示を企画するなど活動を広げてきた。卒業後は一般企業に就職し、一時活動から距離を置くこともあったが、2016年にクレバスを立ち上げた。現在、専業で活動する。 初めてジンと出会ったのはクレバスを始めた前年のことだ。古書店で何気なく手にしたのが、コラージュ作品が掲載された20ページほどの手製の本だった。調べると、スイス・チューリッヒに拠点を置く独立系出版社ニーブスが作ったジンだった。 「200部、150部しか作っていない。僕自身が創作活動をしてきて、例えば自宅で作った200部ほどの二つ折りの本が地球の裏側に届くなんて想像もできなかった。自分もやりたいと思ったのが、活動のきっかけ」だと振り返る。 オンライン書店からスタートした。活動の中で出会った作家たちが作る本を販売したかった。さらに、ニーブスのように地球の裏側へも届けたいと思い、書店にも売り込んだ。でも返ってきたのは「アート系って売れないんだよね」という冷たい反応ばかり。「いいと思ってるのは自分だけなのか…」と、気持ちは落ち込んだ。 転機は2018年、初めて出展した海外のブックフェア。場所はドイツのベルリンだった。「僕が好きな日本の作家の作品を持って行った。日本では冷たい反応ばかりだったけど、ドイツのお客さんは『こんなのあるんだ!』って喜んでくれた。いいと思っていたのは僕だけじゃない。世界のどこかに同じ思いを持つ人がいる」。その経験は、大滝さんの考え方を変えた。「理解されない人を説得するより、価値観を共有できる人と出会えばいい。それならできると思った」 うれしいのは「本が売れたとき」 大滝さんが扱う作品は、すでに広く活躍している作家もいれば、無名の作り手の作品もある。「僕が光を当てたいなんて、相手が有名な方だったらおこがましい話。ただ、作った本を誰も見てくれない作家がいて、でも僕がいいと思ったら伝えたい。この作品がいいんだよって言うだけ。お前は間違ってない、って伝えたい」 大滝さんにとって一番うれしいのは「本が売れたとき」だ。「自分と同じように『いい』と思ってくれる人がいるなんて、ぜいたくすぎる喜びでしょ。ノリが合う人と、作品を通じて少しずつ、つながっていく。こんな喜びはない」 8月、土浦で巡回展 8月1日と2日、土浦市で開かれる「土浦キララまつり2026」に合わせて、同市中央のイベントスペース「がばんクリエイティブルーム」で、ジンの巡回展「フロットサム ジンズ ツアー(flotsam ZINES tour 2026)」を開く。東京・杉並区の写真集専門書店「フロットサム ブックス(flotsam books)」が企画し、2022年から続くこの巡回展は今回で4回目。青森から福岡まで、5カ月かけて全国18カ所を巡る大規模なツアーだ。大滝さんは、このうち茨城会場の運営を担う。過去2回、水戸で開催してきた。 近年「ジンが流行っている」とメディアで取り上げられることはあっても、大滝さんの実感としては、あくまで「クラスに1人、2人」にすぎない。「好きな人はいるけど、バラバラにいる。だから、イベントがあれば、1日や2日、無理してでも来てくれる。初対面でもウェルカムです。変に敷居を感じないで、興味があったら来てほしい」。大滝さんは「世界各地で孤独に生まれた作品と、その作品を待っている誰かが出会う場所をつくりたい」という。 ◆ジンの巡回展「フロットサム ジンズ ツアー(flotsam ZINES tour)2026」の茨城巡回展は8月1日(土)、2日(日)、土浦市中央1-13-52のがばんクリエイティブルーム1階で、1日が午後1時~6時、2日が午前10時~午後6時まで。入場無料。詳細はクレバスの公式サイトへ。

涼しさを演出するタペストリー つくば駅前の商業施設に展示

日本国際学園大の学生がデザイン 涼しさを演出する試みとして、日本国際学園大学(つくば市吾妻)の学生がデザインした幅6メートル、高さ2.7メートルの大型タペストリーの展示が28日から、つくば駅前の商業施設、トナリエMOG(モグ)1階のプラザ・パフォーマンス・ギャラリーで始まった。 つくば都市交通センターと同大が2015年から連携して実施している取り組みで、両者による「タペストリーアートコンペティション」で優秀賞を受賞した2作品を9月8日まで交互に展示する。今年応募があった同大学生の7作品の中から、現地での投票用紙による投票(計28票)と、ウェブでの投票(計163票)、さらに選考会による審査で2作品が選ばれた。 28日から8月18日まで展示されるのは、同大経営情報学部ビジネスデザイン学科2年、千葉千鶴さん(19)の「夕暮れ」。入道雲とヒマワリが夕日に照らされている風景をイメージし、暖色を多く使い、ノスタルジックな田舎の風景が思い起こされるような雰囲気を意識した。千葉さんは「祖母のいる行方市の田舎を思い浮かべながら描いた。受賞はとてもうれしい。絵を描くのが好きで、デジタルで描く。将来もそんな仕事がしたい」と話す。 8月18日から9月8日まで展示されるのは同大同学科3年、田村理帆さん(20)の「きらめく夏の記憶」。花火大会、海水浴、スイカ割り、夏祭りなどの夏の思い出をシャボン玉に詰め込み、水面に浮かべた作品だ。田村さんは「受賞はびっくりしたが、選んでもらってとてもうれしい。テーマの通り、この場所が涼しくなるようなイメージをして描いた」と話す。将来はデザインに関わる仕事をしたいという。 コンペの審査委員長を務めた都市交通センターの関俊介理事長は「受賞した作品はそれぞれ構成がすばらしく、またデザイン性に優れている。見に来た方を楽しませてくれるものと考えている」と述べた。 同大の高嶋啓教授は「学生たちは日々、自分のために描き続けていると思うが、誰かがそこに来て、涼しい気持ちになればいいな、というような作品作りをするのは、社会と関わる意味でも素晴らしい体験ではないか」と話した。(榎田智司) ◆「TUTCタペストリーアートコンペティション」優秀賞受賞作品による大型タペストリー展は、つくば市吾妻1-6-1 トナリエつくばスクエア トナリエMOG1階プラザ・パフォーマンス・ギャラリーで9月8日(火)まで開催。千葉千鶴さんによる「夕暮れ」は7月28日(火)から8月18日(火)まで、田村理帆さんによる「きらめく夏の記憶」は8月18日(火)から9月8日(月)まで展示される。入場無料。

世代をつなぐコミュニケーションの本質《安全の窓》2

【コラム・佐々木哲美】近年、多くの企業でコミュニケーション研修や外部講師による教育が盛んになっています。年配者にコーチングを学ばせ、マンツーマンで若手を育てようとする試みもあります。背景には、後継者育成や技術継承が進まず、「社内では教えにくい」「外部に頼りたい」という空気があります。しかし現場では、若い人に話しても反応が薄く、思いが届かないという声が絶えません。本来コミュニケーションは双方でつくるものですが、これら研修では「教える側が変わりなさい」と語られることが多く、違和感を覚えます。 世代間ギャップを生んだ時代の変化 昭和の現場では上下関係が明確で、経験者の言葉は自然と重みを持っていました。しかし1990年代以降、成果主義やIT化が進み、年齢と権威は結びつかなくなりました。2000年代には若者の情報量が逆転し、2010年代にはパワハラ概念が広がり、強く言うことがリスクとなりました。こうした変化が、「教える側だけが変わるべき」という偏った風潮を生んだのです。 一方、若者は危険体験が乏しく、長い説明を処理する力が育ちにくい環境で育っています。スマホ文化で短い情報に慣れ、SNSでは沈黙が安全。正解を当てる教育で育ち、自分の意見を持つ訓練も十分ではありません。つまり、若者が「聞かない」のではなく、「聞きづらい時代」なのです。このギャップは安全にも直結し、危険の重みを知らない若者と、伝わらない疲れを抱える年長者の組み合わせです。 年長者も若者も心に痛みを抱える 年長者が若者と関わりたくない背景には、伝わらない疲れ、反論への不安、パワハラへの恐れ、価値観の違い、自分の衰えを見せたくない気持ちがあります。若者の沈黙に、「自分の役割は終わったのでは」という喪失感を生むことさえあります。 元巨人軍監督の家庭内トラブルで、娘が大人に相談できずAIに頼った事例は、若者が身近な大人に悩みを打ち明けにくい社会の象徴です。さらに、関係機関が“機械的に判断”したことで、当事者の心情が置き去りになりました。職場でも同じ構造が起きており、双方が孤立すれば、安全文化は崩れてしまいます。 歩み寄り型コミュニケーション 解決の鍵は、どちらか一方が変わることではありません。教える側は短く具体的に伝え、否定せず補いながら若者に合わせて工夫し、教わる側は主体的に学び質問し、失敗を共有し経験を尊重して自分の言葉で考えることです。双方が歩み寄ることで、安全につながる学び合いが生まれます。年長者の経験は若者にとって“安全を守る宝”です。その宝を受け取りやすい形にして渡すことが技術継承の第一歩です。 外部講師の活用も手段の一つですが、最終的に現場を守るのは、現場で働く人同士の信頼と歩み寄りです。互いを尊重する姿勢こそ、安全文化を次の世代へつなぐ力になるのです。(労働安全コンサルタント)

合併ムーブの仕掛け人 前かすみがうら市長・宮嶋謙さん【キーパーソン】

かすみがうら市長と同議会議長が、土浦市長と同議会議長に合併協議と検討の場を設けるよう求める要請書と要望書を提出(6月17日付)してから1カ月半。両市合併に向け全市議を「合併賛成」にリードした前市長の宮嶋謙さんに、任期最終日の22日夕、土浦との合併が必要と強く思うようになった理由を聞いた。合併話よりも驚いたのは、自分が中心になって政治団体を立ち上げ、2年後の参院選に全国区候補を立てるという政治構想だった。 市の人口構成はコマのような形 今後の政治活動の話にインタビュー時間を割いたこともあり、合併話に当てる時間は予定の半分ぐらいになった。 「かすみがうら市の人口構成は、団塊の世代(1947~1949年生まれ)の膨らみが大きいので全体がコマのような形になっている。若い層の割合がこれから減っていく構成であり、将来のことを考えると、財政的にもこの市は持ちますか?ということ。土浦市も基本的に同じ形だから安心してはいられない。合併して魅力的な市になれば若い層が集まるようになり、新市のポテンシャルは両市の『合計』以上のものになる」 「合併のメリットは事務効率化などによる経費減らしだけでない。土浦市は土地開発をしたくてもその余地が少ない。逆にかすみがうら市にはたくさんある。かすみがうらは農産物の大生産地であり、土浦はそれらの大消費地。両市には補完性があり、合併すれば広域での地産地消も実現する」 県南に永続的な自立都市が必要 合併の利点は両市が抱える問題の解決だけでなく、県や国が抱える問題の解決にもつながると言う。政治団体の立ち上げが頭にあったのか、こちらの方にも力が入った。 「東京首都圏との近さ、TX延伸効果などを考えれば、県南のポテンシャルはとても高い。このエリアに人口50万以上の行政体をつくり、『エンジン』として機能させれば、県南への投資を内外から呼び込める。そうして経済の好循環が生まれれば、県南エリアが県全体をけん引できるようになる」 「東京に人口が集中しているのは若い層が地方の将来に不安を感じているからだ。安心して住めるまちを地方につくれば、東京一極集中で生じる問題も解決できる。県南はその最適地であり、県南に永続的な自立都市を実現させることが望ましい。標語風に問えば、『人が逃げるまち』か『人が集まるまち』かだが、後者のために全精力を傾けたい」 次の参院選で全国区候補を擁立 市長退任と同時に立ち上げた政治団体について聞いたところ、名称は「自由と調和」、政治的な立ち位置は「保守とリベラルの真ん中」と言う。近くつくば市竹園に事務所を設け、8月中旬に水戸市内で記者会見を開く。 「自民は2月の衆院選で票を稼いで暴走。野党勢はバラバラあるいは消滅。既存政党には頼れないので新しく立ち上げる。政策としては、憲法9条に自衛隊の存在を明記、株式配当や売却益課税は一律20%でなく累進制を導入、消費税のうち食料品は恒久無税に―などを掲げる」 「今秋の茨城県議選や来春の統一地方選では、我々の候補を立てるか他の候補を推薦する。次の参院選を最初の国政ターゲットに設定し、全国比例で1議席=100万票を取りたい。実現すれば『自由と調和』は国政政党に変身する」 【みやじま・けん】1984年、明治学院大中退、印刷関連会社に就職。その後、出版社などに勤務、フリー編集者としても活動。宮嶋みどりさんと結婚し宮嶋姓に。2010年、かすみがうら市長選で義父の光昭氏が当選。自らは同市議を2期務めたあと、22年の市長選で当選。26年7月、任期満了により退任。埼玉県浦和市(現さいたま市)生まれ、62歳。かすみがうら市在住。 【インタビュー後記】無投票で宮嶋後継市長になった金子敏明さんは、合併は選択肢の一つとしながらも、これまでの経緯などを精査したいと、合併への熱量は宮嶋さんよりも低い。合併による財政負担を懸念してか、土浦市長の安藤真理子さんも慎重なスタンス。ただ、自市の生き残りを考えれば、金子さんは「最期の市長」として名を残した方がよい。また、県南大都市形成を見据え、「つくば市との交渉力」を確保するため、安藤さんには賢い戦略(合併による人口拡大)が求められる。(経済ジャーナリスト、坂本栄)