【コラム・三橋俊雄】今回はALS(筋委縮性側索硬化症)の方のお話です。ALSは、筋肉を動かす運動神経だけに障害が生じ、徐々に全身の筋肉が動かせなくなっていく、進行性の病気です。
1998年、京都で、あるお医者さんから紹介されたのがALSのTさんでした。彼は88年の秋に発病。ろれつが回らない、飲み物が喉を通らないという症状が、この病気の始まりでした。翌年、運動神経の異常もあらわれ、91年には自立歩行が困難に、94年には気管切開を受けて人工呼吸器をつける状態になりました。
食事は、鼻からチューブを挿入して栄養剤を注入する経鼻経管栄養が用いられ、唾液(だえき)、痰(たん)の吸引はこまめに行われることに。また、関節が硬くなるのを防ぐための鍼灸(しんきゅう)マッサージ師による治療や、ヘルパーによる週1回の手浴・足浴・清拭サービスも受けているとのことでした。
このような状況でも、Tさんは時間を無駄にしないように1週間のメニューを作り、規則正しい生活(月:絵画制作、火:医師の診察、水:絵画制作、木:気功治療、金:診察、土日:絵画制作と休養)を心掛けていました。
一方、Tさんの意思伝達方法は、目の動きに合わせて奥さんが透明板の文字を読み上げる(上の写真)というもので、私も挑戦してみましたが、経験を積めばうまくやれそうに感じました。また、通常の私との会話は、少し時間はかかりますが、下唇の微細な動きでマイクロスイッチを作動させながらパソコンを操作して発信するというものでした。
しかし、Tさんがパソコンに向かって仕事をしていると、唾液が首、肩、背中に回り、一晩に2、3回パジャマを着替えることも珍しくないとのこと。そこで彼からの提案もあり、自力で唾液を吸引できる装置のデザインを検討することになりました。
自力唾液吸引装置のデザイン
唾液吸引用チューブは口腔内に留めたまま使用するため、シリコーン製の医療用カテーテルを用い、①チューブ先端部が口内を傷つけない形状に、②唾液を吸引しやすい穴径と穴の数を検討、③吸引中にチューブの穴が内壁に吸い付かないこと、④チューブの太さが口にくわえて違和感がなく、かつ、粘液性の唾液が通りやすいこと、⑤チューブ洗浄のため吸引器との着脱が容易であることなどを考慮しました。スイッチのオンオフは、眉のわずかな動きを利用しました(上図)。
その結果、Tさんは下唇でワープロ操作をしながら、同時に眉の動きで唾液吸引作業を行えるようになり、特に夜間のワープロ作業中など、3~4時間、奥さんを起こさなくても済むようになりました。(ソーシャルデザイナー)