【コラム・田口哲郎】
前略
年末に、NHKでフジコ・ヘミングさんのドキュメンタリー番組「ETV特集 フジコ〜あるピアニストの軌跡〜」が再放送されていました。初放送は1999年です。このドキュメンタリーが放送されたことで、不遇のピアニストだったフジコさんに注目が集まり、世界中で演奏会を開く人気ピアニストになりました。
最初のCD「奇蹟のカンパネラ」は200万枚を越える大ベストセラーになりました。私はリアルタイムで放送を見ていて、感動し、CDを買いました。代表曲の「ラ・カンパネラ」は圧巻でした。
ピアノはもちろん素晴らしいのですが、ドキュメンタリーで目引いたのは、フジコさんの下北沢の自宅のインテリアでした。お母さんが買い取った劇団の稽古場が自宅でしたが、稽古場らしい広い部屋にグランドピアノが置かれています。壁にはたくさんの写真が額に入れられて、かけられています。アンティークの家具はウィーンの古いカフェで使われていたものらしい。
ヨーロッパ風の部屋もすごいのですが、夜ごとにフジコさんがピアノを弾くシーンはさらにすごかったです。間接照明で少しほの暗い室内、窓には三日月の形をした電球が連なっています。いまでは北欧系の雑貨屋さんで売っている電球も当時は珍しく、簡単には手に入りませんでした。
そんなフジコさんの部屋のインテリアは、フジコさんが長年ドイツで身につけた文化として、視聴者に迫ったのだと思います。
欧文化としてのクラシック音楽
もうひとつ、ドキュメンタリーで印象的だったのは、フジコさんが「私の国は天国だよ」と言っていたことです。フジコさんは長い間才能を認められずに不遇だったので、とある事情で無国籍になり難民としてドイツに留学せざるを得なかったので、この世では報われないので、あの世での希望を願うから言っているのかなと思いました。
でも、フジコさんは成功してからも、変わらずに居場所は天国だと言っていましたし、天国でショパンやベートーベンに会って話すのが楽しみだと言っていました。フジコさんはクリスチャンだったそうですが、これはフジコさんの信仰だったと思います。
フジコさんのドキュメンタリーは、フジコさんを育て、フジコさんが背負っていたヨーロッパ文化を従来のクラシック音楽とは違った形で視聴者に見せたので、大きな反響を呼んだように思います。日本ではクラシック音楽はハイソで宗教性は削がれていますが、フジコさんが見せたいわば文化は、弱者に寄り添う、宗教的なやさしさのあるものだったと言えるでしょう。
フジコ・ヘミングさんは本当に素敵なピアニストですね。ごきげんよう。
草々
(散歩好きの文明批評家)