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昭和100年、時代は雨情の唄を求めている《映画探偵団》83

【コラム・冠木新市】2025年1月25日に開催する、雨情からのメッセージⅢ・詩劇コンサ一ト『空の真上のお天道さまへの旅』を準備中である。野口雨情没後80年、筑波節・筑波小唄誕生95周年記念のイベントなので、『80年』と『95年』を意識してきたのだが、来年は昭和100年の年でもあった。

雨情の新民謡などの多くは昭和初期に作られている。昭和5年(1930)に『筑波節』(映画探偵団22)、昭和9年(1934)に『水戸歩兵第二連隊歌』(同79)、昭和10年(1935)に『土浦小学校校歌』(同28)。いつの間にか、昭和初期の出来事に詳しくなった。

2023年にタモリが現代を『新しい戦前』と命名し、マスコミでも盛んにこのフレ一ズを使うようになった。私も時代の空気を言い当てていると思う。

国産レコード第1号と言われる『波浮の港』は、昭和3年(1928)に作られ大ヒット。雨情は、伊豆大島の現地に行かないで作詞した。後で地元の関係者からいつ大島にいらっしゃったのですかと聞かれ、慌てたとのエピソードが残されている。雨情は、『波浮の港』の詞を故郷磯原の海辺をイメージして書いた。

つまり、記念すべき国産レコード第1号の景色は、茨城県を歌ったものなのである。そう思うと曲の印象が変わってこないか。

市川崑監督の『ビルマの竪琴』

映画監督・市川崑が、『ビルマの竪琴』(1956)を作っていた時のことだ。現地ロケのためにビルマの実情を聞こうと、原作者の竹山道雄を訪ねた。すると、竹山から「ビルマには行ったことがない。すべて頭の中でこしらえた世界だ」と言われ、大変驚いたという。

『ビルマの竪琴』は学生時代、名画座で見て深く感動した。日本兵の水島は、戦死した日本兵の遺骨を慰霊する外国人の姿に衝撃を受ける。戦友たちは日本に帰国することになるが、水島は1人ビルマに留まり、戦友たちの慰霊を続けるという作り話だ。

白黒の画面と戦争経験者の役者の演技が相まって、非常にリアリティが感じられた。実話を基にした話と信じた人も多かったのではなかろうか。後からファンタジー物語だと知り、私も大変驚いた。

『枯れすすき』『磯原節』『磯原小唄』

今回、雨情の詩集『枯草』を始め、童謡、新民謡、連隊歌、校歌などを取り上げる。謎めいた詞が多く、出演者から質問され答えに窮したことが幾つもあった。もっともらしく解釈した話もあるのだが、そう限定すると雨情の世界が極めて狹くなってしまう。

今回イベントの第1部は講演で本当の話だが、第2部は作り話が入る。雨情を尊敬する、詩人志望で水戸歩兵第二連隊の生き残りだった男が生前にコンサ一トを企画するが、亡くなってしまう。孫の3姉妹は、祖父の遺志を継いで詩劇コンサ一トを開催する。

そこに、筑波節、水戸歩兵第二連隊、土浦小学校の関係者が集まるという観客参加劇の設定となる。

語られる作り話に何が出てくるかは秘密である。だが、きっと実話だと思うのではなかろうか。また雨情の真実が感じられると信じている。『枯れすすき(船頭小唄・完全版)』『磯原節(完全版)』『磯原小唄』は、めったに聞けない企画である。また、『筑波節』のお囃子(はやし)、「サイコドン ハ トコヤンサノセ」の意味も語るつもりでいる。(脚本家)

雨情からのメッセージⅢのチラシ

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