水曜日, 3月 4, 2026
ホームつくば子どもたちに多様な選択肢を 不登校支援団体が第3回合同説明会 23日つくば

子どもたちに多様な選択肢を 不登校支援団体が第3回合同説明会 23日つくば

1カ所増え県内3カ所で

不登校など学校に悩みを抱える子どもや保護者と、フリースクールや各自治体の教育相談室などの支援団体をつなぐイベントが、23日につくば市の市立桜総合体育館、10月19日に筑西市の県県西生涯学習センター、11月23日にひたちなか市のスポーツ&カルチャーしおかぜみなとで開かれる。

県内で活動する支援団体や保護者などでつくる「不登校・多様な学びネットワーク」が主催する。3回目の開催となる今年は、600人余りが来場した昨年より会場が1カ所増え、県内3カ所での開催となる。参加するのは、フリースクール、通信制学校など民間の支援団体75団体と、つくば市や土浦市など県内9市の教育相談機関で、それぞれ相談ブースを構えたり、資料を置いたりする。

ひとりで悩まないで

県南エリアリーダーの松崎貴志さん(松崎さん提供)

同ネットワークの県南エリアリーダーで、子どもが中学生のころ不登校を体験したつくば市の松崎貴志さん(44)は「ひとりで悩まないでほしい。身近に寄り添える場所があることを多くの方に伝えたい」と思いを述べる。自身の子どもに対しては、学校に行けない間も一緒に食卓を囲み、買い物など外出を共にするなど、無理をさせずに寄り添っていたという。

松崎さんは「みんな学校に行っている中で、学校に行けない自分は他の人とは違ってしまったと、子どもが苦しんでいた」と当時を振り返り、「子どもは、親や周りに迷惑をかけてしまっているのではと思ってしまったのかもしれない。不安の中で自分を苦しめていた」と語る。

そんな中で助けになったのが周囲のアドバイスだった。勧められた通信制の高校に進学し、そこで自分に合った学び方を選択し、現在は専門学校の卒業を控えて内定を得た企業への就職が決まり、社会に羽ばたこうとしている。松崎さんは「親である私は周りに伝えることで自分の気持ちが楽になった。家族だけで抱え込まずに誰かに相談してもらいたい」と話す。

参加団体の中には、感覚が繊細で刺激が苦手な子や発達・学習障害児などに対する支援団体、性的マイノリティの当事者団体など専門分野に特化した団体も複数参加している。専門家による講演会のほか、つくば会場では不登校の子を持つ保護者らによる座談会も予定されている。フリースクールに通う子どもたちによる手作りのゲームやグッズの販売、キッチンカーの出店など誰もが楽しめる企画も用意している。

松崎さんは「不登校に限らず、子育てに悩んでいる方にも来ていただきたい。行政の相談窓口もあるし、ほかにも寄り添い相談を受けてくれる団体がたくさんある。『これを聞いたら恥ずかしい?』と思わずに、困った時にはここに相談すれば少しは楽になるかなというところを見つけにきていただきたい」と言い、「不登校は決してダメではない。不登校だから学べないわけではなく、多様な学び方がある。それがイベントのキーワード。子ども達の選択肢を増やしてもらいたい。そのためにいろいろな人とつながってほしい」と話す。

◆「第3回不登校・多様な学びーつながる“縁”日」は▷9月23日(月・祝)=つくば市金田1608の桜総合体育館で午前10時から午後4時まで▷10月19日(土)=筑西市野殿1371の県政生涯学習センターで午前11時から午後4時まで▷11月23日(土)=ひたちなか市牛久保1-10-18のスポーツ&カルチャーしおかぜみなとで午前11時から午後4時まで。それぞれ入場無料。詳しくは特設サイトへ。

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