【コラム・冠木新市】フランス映画界の巨匠ジャン・ピエール・メルヴィル監督の『仁義』(1970)を見直した。東映のヤクザ映画のようなタイトルだが、原題は『赤い輪』。公開は『影の軍隊』(1969)の翌年で、当時は同監督のギャング映画にはナチスドイツへのレジスタンス体験が投影されていると気付いていた(映画探偵団44)。
宝石泥棒の話ではあっても、ブルーの色調の画面からは寡黙な登場人物の行動と相まって、何か奥深い空気が伝わってくる。
刑期を終え出所したコ一レイ(アラン・ドロン)。護送中に逃亡したボジェル(ジャン・マリア・ヴォロンテ)。ボジェルを追うマティ警視(ブ一ルヴィル)。すご腕狙撃手の元刑事ジャンセン(イヴ・モンタン)。この主要4人が黙々とそれぞれの行動に没頭する。なかでもジャンセンが光る。
髪はボサボサで無精ひげの男が何本もの酒瓶の置かれた横にあるベッドに寝ている。ジャンセン初登場シ一ンだ。戸棚の隙間から、クモ、蛇、トカゲ、カメレオンが次々と出てきて、ネズミが彼の顔の近くまで寄ってくる。悲鳴を上げるジャンセン。
それは幻覚だった。コ一レイから電話がかかり、真夜中に会う約束をかわした後、鏡の前に立ち、タバコをくわえ、震える手でマッチをする。完全なアル中患者である。
ところが次の場面。ナイトクラブ入り口に、ピカピカの靴、高級なス一ツ・コ一ト、ソフト帽をかぶったジャンセンが現れる。その変貌ぶりには誰もがビックリするはずである。コ一レイがあいさつ代わりに酒をすすめるが、ジャンセンは断わる。禁酒を始めたのだ。
「戸棚の奴らに報復できた」
ドラマ後半、ジャンセンが目立ってくる。
黒のソフト帽、黒のコ一ト、黒のス一ツ。高級紳士のなりで宝石店に品定めにやって来て、監視カメラと防犯装置のチェックをする。次は、茶色のオシャレなセ一タ一を着て、林の中で射撃訓練。的は小さいが正確に当てる。
次は、鍵の代わりとなる特殊な弾丸を自宅で作る場面。横から同じ構図でカットを重ねる。手の震えは治まっている。
決行の夜。ジャンセンは黒覆面で顔を隠し、銃を両手で持ち、鍵穴めがけて発射する。撃ち込まれた弾丸は鍵となり、防犯システムが一斉に解除される。コ一レイとボジェルが宝石を袋に詰める。ジャンセンは、胸ポケットから銀の小型容器を取り出す。酒だ。飲むのかと思わせるが、香りを嗅いだだけで胸ポケットにしまう。
犯行後の自宅でジャンセンは、分け前は要らないとコ一レイに言う。驚き理由を聞くコ一レイに、「戸棚の奴らに報復できたから」とジャンセン。
『サムライ/ジャン・ピエール・メルヴィルの映画人生』(晶文社)を読むと、『仁義』を撮ったときの苦労が語られている。「私は完璧主義者になったが、同時に、25年来一緒に仕事をしている人々は次第に完璧主義者でなくなっている。言い換えれば、この25年の経験から、25年前にはフランスの仲間うちには非常に有能な人々がいたのに、その人々が著しく有能でなくなったという印象があるんだ」
撮影でスタッフにうちのめされていたメルヴィル監督は、完璧主義者の姿と行動を丁寧に描いて見せた。いい薬だ。いつ見ても反省させられる。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)