火曜日, 4月 22, 2025
ホームスポーツ先輩たちの偉業断ち 一戦必勝で臨む 土浦日大 小菅監督【高校野球展望'24】㊥

先輩たちの偉業断ち 一戦必勝で臨む 土浦日大 小菅監督【高校野球展望’24】㊥

高校野球県南強豪チーム監督インタビューの2回目は、昨年の茨城大会を制し、甲子園で4強入りして土浦日大旋風を巻き起こした土浦日大の小菅勲監督。その後の国体でも優勝(順延のため仙台育英と2校優勝)し、小菅監督としてもキャリアハイを経験した。

中でも、茨城大会準決勝から決勝にかけては、正捕手でキャプテンの塚原歩生真選手が、頭部死球によって決勝には出場できなかったり、代役として出場した飯田捕手が神がかったプレーをするなど、県大会準決勝と決勝は後世に語り継がれる内容だった。今年のチームはどのように仕上がっているのか。

ー昨年の茨城大会では準決勝で塚原歩生真選手が頭部に死球を受けて、飯田将生選手が決勝戦まで代役を務め大活躍しました。

小菅 昨年4月から5月の時点で「この選手の中で明日からでも夏の大会に出られるのは飯田だ」と言っていたほど、飯田はいつでも出場する準備が出来ていました。彼があの場面で出ていく台本が用意されていたのではないかと思うくらいです。あの場で塚原の代わりに出場しても本人もチームも全く不安はありませんでしたし、結果的に塚原以上の活躍を見せてくれました。塚原は決勝戦にはドクターストップがかかって出られなかったのですが、塚原を甲子園に連れて行こうとチームがまとまりました。

ー飯田選手は出塁したらファーストベース上でベンチに向かってガッツポーズをして雄叫びを上げていました。彼が流れを呼び込んで来ているように見えました。

小菅 何かが乗り移っているようでしたが、飯田はもともとガッツを前面に出す選手ではなく、どちらかと言うと元気を出そうぜと言われる側でした。自分の中で思うところがあったのでしょう。 3年生になって全くの別人になりました。

ーその決勝戦は0対3の劣勢のスコアから9回表に5点を奪って大逆転勝利を収めました。見ていて鳥肌が立ったのを覚えていますが、なぜあのような大逆転勝利が生まれたのでしょうか。

小菅 決勝戦での最大のポイントは最終回に先頭バッターが出塁した後に飯田が続けて打ったことです。彼が打ったことがみんなに勇気を与えました。それにみんなもつられて、飯田が出来るのだから俺たちもという雰囲気が生まれました。あの瞬間に「これは絶対にいける」と思いました。私は普段の年は試合のビデオは見ないのですが、去年ばかりはどうなっていたのか確認したくて後から見直しました。ワンフォアオール オールフォアワン(一人はみんなのために みんなは一人のために)とよく言葉では使っていますが、あの場では言葉がすんなり体に入ってきていたように思います。緊張するというよりも、塚原をなんとか甲子園に連れて行ってやろうとチームが一体になってオールフォアワンを体現できていました。

校長室に飾られていた茨城大会の優勝旗

ー昨年の甲子園ではベスト4まで勝ち上がる快進撃でした。

小菅 甲子園に滞在した3週間で選手は急成長しました。自分たちで練習をつくって、次に対戦するピッチャーについても対策を自分たちで立てて練習内容をリクエストしてくる。データミーティングをやると普段は私たちスタッフからデータ類を提示するのですが、ビデオも癖も対戦相手のデータも既に選手間で共有していました。甲子園で試合が終わってバスに乗るとすぐにバスの中で選手が次の試合に向けてミーティングしていました。守破離(しゅはり)を体現した素晴らしいチームになっていたと思います。

ー勝ち上がれた要因は何だと思いますか。

小菅 この場で、この期に及んで、大舞台でこんな良いプレーが出来るんだという驚きというよりも、このチームなら、この選手なら、やっぱりできるよなということの連続でした。甲子園の前まではたまに出来ていたということが、甲子園では常に出来たと思います。平常心とか不動心とかよく言いますが、普段どおりにできたことが勝ち上がれた要因だと思います。

ー甲子園から戻って翌日に県南選抜大会(新人戦)という過密スケジュールでした。

小菅 去年は茨城のチームが甲子園で勝ち上がることを想定していない日程で県南選抜大会が組まれていました。大変体力的に厳しかったので、今年は甲子園出場校には考慮していただきたいという意向は大会前の会議で述べさせていただこうと思います。

中本の逆転ホームランを拍手で称える小菅勲監督(右端)=J:COMスタジアム土浦

ー今年の1年生は何人入部しましたか。また、甲子園4強入りの影響を感じていますか。

小菅 新入部員は34人です。一般入部の選手が影響を受けて選んでくれています。1年生に話してもらう抱負はこれまで「甲子園に出場したい」だったのですが、今年は「甲子園で優勝したい」に変わりました。これまで先輩たちが積み重ねてきたものが後輩たちに良い影響を与えていると感じています。

時間と自信

ーあれだけ甲子園で勝ち上がったので1年生には甲子園で勝つイメージは湧きやすいでしょうね。それでは今年のチームについて伺います。今年のチームづくりにおいて重きを置いたことは何でしょうか。

小菅 時間と自信です。去年の甲子園が終わって新チームを預かった時に「このチームが成熟するには夏の大会の直前までかかる。時間が必要だ」と思いました。というのも、レギュラー1年目の選手が多く、自信がおぼろげな選手が多かったのです。時間をかけて練習と試合を繰り返しながら夏の大会の直前まで来て、ようやく夏に優勝を狙えるチームになってきたなと思います。

後は自信です。自信は実際のシチュエーションでしかつかめないことなので、大会の時に逆境を乗り越えながらつかんでもらいたいと思います。自分の役割を理解してそれを貫き通してくれたら結果は自ずと付いてくると思います。

チーム変える特効薬

ー春の大会では秋から大胆なコンバート(守備位置の変更)がありましたが、その狙いを教えていただけますか。

小菅 チームを劇的に変えるための一番の特効薬はコンバートでセンターラインを固めることです。中本佳吾のウィークポイントであるスローイングをカバーするために、センターにコンバートしてバッティングにより専念してもらうこと。さらにキャプテンである彼にセンターからチームを見てもらおうという意図もあってのコンバートでしたが、これが大変はまっています。

セカンドからセンターにコンバートされたキャプテンの中本佳吾選手

大井駿一郎についても中心選手ですからサイドにいるよりはセンターラインに来てもらって内野をより活性化させようという意図で春はショートで使いました。大井はスタメンで出るべき実力がありますから、その分、セカンド、サード、ファーストに競争が生まれました。そのような経緯を経て、この夏、大井はピッチャー専任でいきます。中本はセンターで、大井はピッチャーでという形に落ち着いています。

粘り強く戦える集団にはなった

ーどんなチームに仕上がりましたか。

小菅 打撃か守備かで言うと守備のチームです。地味ではありますが、個々の選手が自分のやるべきことを分かっているチームです。大井という投打の中心選手はいますが、毎年のようにスター選手は不在で、だからこそみんなで泥臭く繋いでいこうとしています。最後の仕上げは夏に戦いながらやっていくのですが、それに耐えられる粘り強く戦える集団にはなったかなと思います。

ー各選手について個別に紹介も交えながら教えていただきたいと思います。大井駿一郎投手をエースに据えるということでしたが、どういうタイプのピッチャーでしょうか。

小菅 剛速球やキレ味が鋭い変化球というタイプではなく打たせてとるピッチャーです。結構出塁を許すのですが、打たれ強くて最後は最少失点で切り抜けるということが多いです。

エースで4番の大井駿一郎投手

ー大井選手がエースで4番の中心選手という形ですか。

小菅 そうですね。大井におんぶに抱っこにならないようにチームづくりをしてきてはいたのですが、大井と中本がクリーンアップを打つことがチームとして落ち着いた感じになったので、4番に大井がいて打線が機能するという形です。

ー春までエース番号を背負っていた小島笙投手についてはどうでしょうか。

小菅 小島は球威で押してきりきり舞いさせるピッチャーではなく、変化球と真っ直ぐのコンビネーションで乗り切るピッチャーです。よく打たれるのですが、打たれても最後にホームを踏ませないという大井と似たところはあります。自分でも最近になってタイプが分かったようです。本人としては打たれるのが嫌で奮闘していたのですが、打たれ強ければ良いんだと、最後に点をやらなければ良いんだという考え方に到達したので、打たれながらも抑える投球ができるようになりました。自分の良さを生かして投げてもらえるように本人に考えてもらおうと思って、エースや準エースはこういう投球をしていかないといけないんだよということを1年間かけて学んでもらいました。今はようやく自分のスタイルはこれですと言える域に到達しました。それで良いと思います。

ー3番手は右サイドの笹沼隼介投手でしょうか。

小菅 そうですね。4番手には左の山崎奏来と今本大翔のどちらかが食い込んでくると思います。いずれも3年生です。

大橋の成長がチームの成長

ー続いて野手の話をお願いします。中本選手と大井選手がクリーンアップだとお聞きしましたが、他に打線のキーマンはいますか。

小菅 1番から9番まで全員がキーマンだと思っていますが、打線の中に未熟な者がいるなとこの1年間思っていました。特に期待をかけて上位を任せている石﨑瀧碧と島田悠平の2人がボール球を振ってしまうとか、狙い球が定まらないとか、基本中の基本が秋から春にかけてできていませんでした。しかし、ようやく自分を俯瞰(ふかん)して見られるようになって、やっていることは間違っていない段階に来ていますので、夏に結果が出る形までは持って来られたかと思います。あとは夏の大会中に化けてもらうことを祈るばかりです。本人たちにもそのように話しています。

あとは2年生なのですが、キャッチャーの大橋篤志です。大橋の成長がチームの成長だとチーム設立当初から公言していました。大橋がプレッシャーに捉えて萎縮することなく、前向きに捉えて伸びてくれたら優勝もあり得ると思っています。

さらにファーストを守る2年生の梶野悠仁ですね。大橋と梶野という2年生レギュラーがいかに存在感を現すかが鍵になると思います。

ー春の大会を振り返って所感をお聞かせ願います。

小菅 春も失点もエラーも少なかったと思いますし、守備力は手応えを覚えました。攻撃力については低反発バットに変わるということで冬の間は打撃強化に努めていたのですが、各自で自分のバッティングができるようにはなりましたし、繋げるようになりましたので、一定の成果は出たかなと思っています。準々決勝の鹿島学園戦では打力が課題となって1点しか取れなかったですが、鹿島学園の投手陣に対してあと2点や3点をどうやって取りにいくかというのが課題になりましたので、春は非常に良い宿題をもらったと思っています。春以降の練習試合では打力だけにとらわれずに走力や小技を絡めた上での得点力にこだわって取り組んで来ました。

飛距離にして10%程度マイナス

ー新基準のバットに変わってどのような感想をお持ちですか。

小菅 春先に導入されたばかりの頃は長打が激減していましたが、高校生には順応性がありますので今はだいぶ慣れてきました。しっかりとコンタクトして、飛んでいくボールに関しては以前のバットと同様の飛距離があります。ただ、いい加減に打った打球というか、小手先だけで打ったものは思った以上に飛距離が伸びません。飛距離にして10%程度マイナスになっていると感じます。試合中も「前のバットだったら抜けていたね」というやりとりがあります。だからこそしっかりとコンタクトすることを心掛けています。

マインドセットが出来るようになった

ー夏の大会に向けての意気込みをお願いします。

小菅 去年の甲子園4強という結果からどうしても無意識のうちに今年もだとか、2連覇だとかというマインドになってしまいます。先ほどお話しした1年間かけてチームづくりする必要があると思ったのは、まずはそれをリセットしないといけないと感じたことが発端でした。

ここ最近になって、自分たちの代は先輩たちの結果を追い求める訳ではなく、自分たちのやれることをやるんだと、ようやく先輩たちの偉業と自分たちの代とのことを断ち切れてきましたので、この代の良さが出るのではないかと思います。このチームで一期一会にしてこのメンバーで初めて出場する甲子園という捉え方をしています。もちろん今年も茨城の優勝旗を奪いに行くことが目標なのですが、あくまで一戦必勝で臨みます。

ー選手が常に先輩の築いた結果を重く受け止めていて、使命感に駆られていたということですか。

小菅 そうです。ようやくそういうのがなくなってきたなと感じる部分がありまして、良い形でチームが仕上がってきたと思います。これだけ結集した力を精一杯出そうねというところまで今来ているので、それを夏に貫き通してくれたらいいなと思います。最後に戦った後に、やはり常総学院が強かったで終わるのは良いと。ただし、うちが本来の力を出せずに終わるのはダメだろうと、自分の力を出そうというマインドセットが出来るようになってきました。

認知行動療法で思考の可視化を手助け

ーマインドセットとは。

小菅 認知行動療法というものです。例えば、昨夏甲子園の準決勝で、慶應義塾のものすごい応援をどう捉えますかと聞かれたときに、今自分がやるべきことはこれだとそこでマインドセットする。私はよく「種」というのですが、自分の種は何か、それを貫き通すことで結果はやってくると言っています。私自身は選手たちの青春時代に花を添える人間です。こういうことをやったら上手くなるよ、こういう風にやったら良いことがあるよとやってきた結果が甲子園ベスト4だったということですから、その物事をどう捉えるかが大事だということです。

ー思考の整理の手助けをするということですか。

小菅 思考の可視化の手助けをするとはいいますね。大事な試合の前に「今100%のうちどのくらい緊張しているか」と問うたときに、90%と言った場合は、90%は線路に飛び出して今にもひかれる時のような絶体絶命の時だよと教えます。じゃあ、それに比べて今はどうなのと問うと、大抵は30%となります。物事の恐怖の尺度が30%ならば自分の力が出るそうだよと伝えてあげると、「ああ、そうなんですか」と平常心を取り戻してくれたということはありました。

昨夏甲子園2回戦での専大松戸戦でのエピソードです。台風の影響で本校も専大松戸も応援団がたどり着けなくて、静かな試合だったんです。

最初に先制されて、次にうちが逆転したら球場全体で拍手してくれて。その時にエースの藤本が私に「いやあ、夜の甲子園って良いですね。阪神タイガースってこんなところで試合できて良いですね」と、試合中にこういう捉え方をしたんです。だからこそ本来の力が出せたのではないかと思います。台風で1日延びたおかげで夜の応援団なしの一球一打の音を体感する甲子園が経験できて、お互いに敵味方ではなくて野球の現場を盛り上げてくれるという、それに呼応するかのように選手も躍動するという、それに20時になると涼しいですから良かったですね。甲子園でかなうなら2部制も最高ですね。

今年は教育実習生として2020年のコロナ直撃で甲子園がなくなった世代の笠嶋大介(仙台大野球部4年)が来てくれたんです。この間、私と笠嶋君で「君たちは甲子園を目指せるだけで幸せなんだよ」、「とにかく試合に出られるだけで良いじゃないか」という、あの時の気持ちを2人で涙ながらに語って選手に聞かせるミーティングをしました。あの当時、今の現役選手は中2、中1、小6だったのですが、2020年世代のリアルな思いをどれだけ聞き入って気持ちをつくり上げてくれるか楽しみにしています。今年笠嶋と出会ったことがきっかけとなって、野球が出来るだけでありがたいと骨身に染みて思ってくれたら、よい結果が待っていると思います。(聞き手・伊達康)

続く

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第1回はレストラン編 車椅子のまま着席できるスペースを用意したり、太いペンで大きな文字を書いて筆談するなど、事業者と障害者が話し合いながら、障害の特性に応じてバリアを取り除く「合理的配慮」が昨年、民間事業者にも義務化され、4月で1年を迎えた。25日、つくば市内の障害者らでつくる市民団体「障害×提案=もうちょい住みよいつくばの会」が、制度の浸透を目的としたイベントをつくば駅前のつくばセンタービル内 市民活動拠点コリドイオで開催する。 第1回目は「レストランの困りごと編」で、障害者が飲食店を利用した際に直面する「困りごと」を参加者同士で出し合い、話し合いの中で改善策をまとめ、行政に伝える。 主催団体の世話人で、障害当事者団体「つくば自立生活センターほにゃら」代表の川島映利奈さん(42)は「さまざまな障害のある人に参加してもらい、それぞれが直面している困りごとを出し合いたい。地域の事業者や市議会議員の方などにも参加していただき、障害の当事者との対話を通じて一緒に『合理的配慮』を進展させていく場になれば」と語る。 今回のイベントでまず「レストランの困りごと」を取り上げるのは、2024年のつくば市長選・市議選の際に同つくばの会が候補者に実施した公開質問で、市役所本庁舎のレストランの改善を提案したことから、「市役所本庁舎のレストランを、民間事業者による合理的配慮のモデルケースにしたい」のだと、川島さんは言う。 無人化に不安 今回の企画に参加する、同会のメンバーで自身も障害当事者である生井祐介さん(48)は「合理的配慮の義務化を受けて、レジに(イラストや絵を指差して意思を伝え合うための)指差しコミュニケーションボードが置かれたり、入り口にスロープがつくなどした店舗が特に大手では進んでいる印象がある。杖をついていると、『手伝いましょうか』と声を掛けられる場面も増えた」と話す。 一方で、飲食店で客自身がタッチパネルを操作して会計をしたり、ロボットが配膳をするなどの店舗の無人化が広がることに対して「手の力が弱かったり、視覚に障害があるとタッチパネルを操作できず、自分で立てないとセルフレジに届かない。自動運転バスなどでも広がるかもしれない無人化への不安はある。新しいシステムを導入する際には、障害者の意見を聞いてほしい」と思いを語る。 選挙で政策提言を公開質問 同つくばの会は、2018年に市内の障害者の呼び掛けに応じた当事者、家族、支援者らが集まり生まれた。障害者が暮らしやすいまちづくりを進めようと、障害者の意見を市政に届ける活動を続けている。 2020年の市長・市議選では、障害者の社会参加を目的としたタクシー利用時の市の運賃助成制度をバスや電車でも利用できるよう、ICカードとの選択制にすることや、スマートフォンやタブレット端末を用いた市役所での遠隔手話通訳サービスの導入など、障害者の意見を元に6項目の政策提言を作成した。すべての候補者に公開質問として政策提言を投げ掛け、3人の全市長候補、41人中27人の市議選候補者から回答を得た。選挙後「重度障害者に対するICカード乗車券運賃の助成」「つくば市遠隔手話サービス」など4項目が実現している。 2024年の市長・市議選の際にも、市役所本庁舎レストランの改善など「市役所本庁舎のレストランにコミュニケーション支援ボードを導入し、民間事業者における合理的配慮の普及につなげる」や、「つくば市バリアフリー条例を制定し、今後、計画的に市内をバリアフリー化していく」などの6項目を、他自治体の先行事例を示しながら提言し、公開質問として、2人の市長候補者と48人の市議選候補者に投げ掛けた。市長・市議選の候補者24人から集めた回答は選挙期間中に同団体のウェブサイトで公開した。 当事者と対話を 同会では今後、第2回目として、昨年の選挙で提案した6項目の一つでもある「市の健診・検診時に合理的配慮を提供する」について、当事者の意見を聞く場を設ける予定だ。車椅子を利用する世話人の川島さん自身、市の健診を受けた際に車椅子対応の体重計がなかったために体重が測れず、検査台に乗れないことから胃や腸の検査を受けられなかった経験がある。他にも、自力で立ったり座ったりできないことから婦人科検診のマンモグラフィー検査や子宮がん検診を受けられなかった。そのため、追加料金を自費で負担し、胃カメラ検査やエコー検査を受けた。「代替えとなる検査が自分の希望であれば有料であることに納得がいくが、理由が障害があることなわけなので、何らかの他の方法を検討してもらえたら」と改善を訴える。 一方で川島さんは「合理的配慮がそもそも事業者に伝わっていないという面もある」とし、「新しいものを買ったり、大規模な施設の改修をしなければならないなど、難しく考えてしまう人が多いのかもしれない」と言い、「(段差があるなどで)車椅子で入れないお店の場合は、介助者などに店内の陳列商品を写真で撮ってきてもらい、店外でそれを見て買う商品を選ぶことができる。合理的配慮で大事なことは、事業者が障害者と話をすること」だと話す。 生井さんは「障害の当事者は、こんな時はどうすればいいのかというアイディアを持っているので、『うちは無理です』と断らずに、まずは当事者と対話をしてほしい」と言い、川島さんは、「今回のイベントは、(合理的配慮の趣旨である)さまざまな当事者の声を聞く場所でもある。障害のある人、そうでない人を含めて、多くの方に参加していただき、これからのまちのあり方を一緒に考えていきたい」と語る。(柴田大輔) ◆「住みよいつくばの会 レストランの困りごと編」は25日(金) 午前10時からから正午まで、つくば市吾妻1-10-1 つくばセンタービル 市民活動拠点コリドイオ内 つくば市民センター大会議室で開催。Zoomを利用したオンラインでの参加も可能。参加費は無料。イベントの詳細、参加申し込みは専用サイトへ。申し込み締切は23日(水)午後5時まで。問い合わせは「障害x提案=もうちょい住みよいつくばの会」(電話029-859-0590、メールcil-tsukuba@cronos.ocn.ne.jp、FAX029-859-0594)へ。

川内優輝、2度目の優勝で復活ののろし かすみがうらマラソン

1万5832人がエントリー 「第35回かすみがうらマラソン兼国際ブラインドマラソン2025」(土浦市など主催)は20日、土浦市川口の川口運動公園J:COMフィールド土浦を発着点として開催された。フルマラソン、10マイル(約16キロ)、5キロの各部門で昨年より多い総勢1万5832人がエントリーし、フルマラソン男子は川内優輝(38、埼玉県・あいおいニッセイ同和損害保険)が2時間19分10秒の記録で13年ぶり2度目の優勝を果たした。 川内はかつて「公務員ランナー」として名をはせ、ボストンマラソン優勝など数々の輝かしい戦績を持つ。かすみがうらは2012年大会で自身初のフルマラソン優勝を達成した思い出あるコース。負傷からの再出発にこの舞台を選び、見事復活ののろしを上げてみせた。 スタート直後から独走態勢に入った。「前半はある程度速めのペースでしっかりやって、後半の向かい風で粘ろうと思っていた」。大会直前には奄美大島で1週間の合宿にも臨んだ。「かすみがうらと同じような風や湿度のある環境で練習できたことが生きた。今日も奄美の風を思い出しながら走れた」。ここを足がかりに、2028年のロス五輪を目指すという。 女子は遠藤知佐が初優勝 フルマラソン女子は遠藤知佐(36、東京都・PTC)が2時間46分38秒で優勝。かすみがうらは2017年に続く2度目の参加で、前回の記録は3時間半ほどだった。「最初に大学時代に出た東京マラソンでは5時間台で、そこからサブ4、サブ3とタイムを上げてきた」。いわゆる皇居ランナーで、クラブチームの仲間と競い合って成績を伸ばしてきた。フルマラソンの参加は年1回。きついコースであえて自分を鍛えるのが狙いという。昨年優勝の松村幸栄さんからアドバイスをもらい「前半の登りで足を使ってしまわないよう抑えて、後半の直線でリズムに乗って淡々と走った」ことが優勝のカギとなった。 10マイルはラシュトンと位田 10マイル男子はシドニーからの招待選手シアラン・ラシュトン(20)が49分38秒で優勝。「10マイルレースに勝利しとても幸せ。私の日本での初めてのレースで、とてもエキサイティングだった。来年もう一度このレースに戻ってきたい」とコメントした。 10マイル女子は大学招待選手の位田明優(19、東京都・拓殖大学)が59分33秒で優勝。「前半は目標とした選手にうまく付いて走れ、中盤で離されかけたが落ち着いて挽回し勝ちきれた。今年の目標は5000メートルと1万メートルでインカレ出場、駅伝では全日本大学女子と富士山女子で3位以内を目指している」 5キロ女子は5連覇経験の松本 5キロ女子は松本恭子(54、千葉県)が18分37秒で1位。去年は10マイルを走ったが、今年は5連覇の経験もある5キロに戻ってきた。「負傷明けなのでスピードがもつか心配だった。追いかけてくる若い子たちに抜かれないかとドキドキしながら走った」 男子は1~3位とも県勢 5キロ男子は1~3位とも県勢。タイムはそれぞれ1秒差の接戦だった。優勝は15分51秒の斉藤直希(28、日立市・ひたち医療),「去年と同じ1秒差で連覇を達成できた。去年は28年ぶりの大会新記録となる15分05秒を出せたので、その更新を狙っていた」。2位は15分52秒の伊藤遼佑(28、筑西市・つくばウェルネス整形外科)。「3年前に優勝したが、その後2年続けて1秒差で優勝を逃してきた。今年も1秒差で敗れて悔しい」。3位は15分53秒の麻生拓茉(26、取手市・麻生歯科医院)。「格上の2人に対しどう勝つか展開を考えて走った。集団をコントロールしてペースを抑え、惜しくも負けたが最後まで競ることができた」。3人とも医療系で年も近く普段から仲良し。茎崎運動公園の練習会などで一緒に走っているという。(池田充雄)