解体が進むつくば市内の公務員宿舎に焦点を当てた映像と写真などによる二つの作品展が同市吾妻、県つくば美術館で、同時開催されている。市内在住の美術作家、河津晃平さん(27)と、つくば出身の作家、松﨑綱士さんによるもの。変化する研究学園都市の姿を異なる視点で捉えた作品が並ぶ。
建物が持つ「気配」を表現
第1展示室で開かれているのが、河津さんによる「あなたの灰の中の骨へ 骨の中の灰へ」。役目を終えて解体を待つ公務員宿舎が持つ「気配」を、写真や動画、オブジェなど約30点を通して表現する。
福岡県出身の河津さんは2015年、筑波大進学を機につくばに来た。卒業後は東京芸大大学院に進学し、修了後はつくば市を拠点に作家として活動を続けている。
今回の展示作品のモチーフとなった公務員宿舎への関心は、筑波大在学中、教員に連れられ解体現場を見たのがきっかけになった。住む人がいなくなった無数の空き部屋から人が暮らした痕跡を取り除いた時に何が残るのか。その先で感じる気配を感じたかった。
大学時代は自転車で国内外を旅していた河津さん。作品制作のスタートは、学部時代に制作した1本の映像作品だった。7分28秒の作品には、大学内の教室や廊下、集合スペースなどから人が消えた無人空間が映し出される。主に、コロナ禍で学生がいなくなった大学内で撮影した。非日常の中で河津さんは、静寂に包まれたかに見える場所から聞こえてくる音に気がついた。自動販売機や空調、屋外で揺れる木々の音。それまで気づかずにいた空間にある多様な「気配」に美しさを感じた。その感動が、河津さんの、その後の制作活動の原点になった。
今回展示されている作品制作は、許可を得て、200軒あまりの公務員宿舎の空き部屋を訪ね、その中で約100軒の部屋で人の痕跡に向き合うように室内を清掃することから始まった。その様子は動画として記録し、解体される宿舎の映像とともにスクリーンで流される。また、掃除を経た室内の写真が大判プリントで壁面に展示される。
河津さんは「(作品の)モチーフである空間が解体を迎えるという現実にどう向き合えばよいか考えるようになった」という。そして「都市が新陳代謝しているのを前にして、この街に暮らす一人として、それをただ傍観するのではなく、どんな眼差しを向けられるのか。そこにどう参加しアプローチができるのかを作品を通じて一緒に考えていけたら」と話す。
解体される「故郷」を記録
第2展示室では、つくば市出身の作家、松﨑さんが記録した、解体される宿舎の写真と映像作品約50点が展示されている。6、7歳まで自身が暮らしていた「故郷」の記録でもある。「個人的に記録しておきたい」と考えたのがきっかけという撮影は、2018年から始まり、コロナ禍を経て23年末まで続いた。写真作品は、細部まで鮮明に記録することができるフィルムの中判カメラを使用した。
「ロケットには宇宙人が住んでいるという噂があった」と話す。自宅があった宿舎からもよく見えたという、つくばエキスポセンターに現在も立つ高さ約50メートルの実物大のH2ロケット。90年代に過ごした街の記憶が、解体途中の建物の背景に写される。
来場者からは「何気なく横を通っているだけでも、公務員宿舎があるだけで良かった」「まだ住めた。もったいなかった」という声もあったという。松崎さんは「人が暮らすことがなくなっても、地域にはそこを拠り所にする人がいるのだと知った。意味がある場所だった」と感じたと話す。近所に暮らしていた人との思わぬ再会があったのも、つくばで展示をしたからこそだった。
写真には、自身のノスタルジックな感情はあえて入れずに客観性を大切にしたという。「何かメッセージがあって撮ったわけではないが、記録として見て、何かを感じてもらえたら」と松崎さんは呼び掛ける。(柴田大輔)
◆河津さんによる作品展「あなたの灰の中の骨へ 骨の中の灰へ骨」は、県つくば美術館第1展示室で6月30日(日)まで。松崎さんによる作品展「アーキテクチュラル・パリンプセスト」は、同第2展示室で23日(日)まで。それぞれ、開場は午前9時半から午後5時まで。最終日のみ午後3時まで。月曜休館。入場無料。