火曜日, 10月 6, 2026
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サイエンス高をつくば市の人気校に《竹林亭日乗》16

【コラム・片岡英明】2023年に開校した「つくばサイエンス高校」の2年連続定員割れについて、問題点の指摘や批判、中には否定的な意見も聞こえてくる。しかし、県立高校不足に悩むつくばの小中学生のことを考えると、第三者的な冷たい評論では県立高問題を解決できない。

私は、県がサイエンス高の定員増(4学級→6学級)と学習指導の充実を図った点を評価している。今回は、この2つの芽と開校後2年の経験を生かし、サイエンス高がつくばの人気校になるような方策を考えたい。

受験生からのメッセージ

サイエンス高は、東京都が2001年に2つの工業系都立高校を統合・新設した都立科学技術高校を参考にしている。都立科学技術高の当初定員は科学技術科35人✕6学級=210人だったが、24年度からそのうち1学級を創造理数科40人とし215人になった。このことから、学校の基本は少人数の進学型専門高といえる。江東区大島にあり、地下鉄住吉駅より徒歩8分と通学に便利だ。

つくばサイエンス高は、2020年8月の県高校改革実施プランⅠ期(第2部)に基づき、つくば工科の学科を改編して23年に開校した。その基本的な考え方の一つは「TX沿線地域の人口増加に伴う県立高等学校への大学進学ニーズの高まりに対応する」となっており、地域の声を取り入れた学習指導充実を加えた。

前身のつくば工科は、18年までは受験者が定員の160人を越え、19・20年は入学157人とほぼ定員を確保した。しかし、改革実施プラン発表後の21年は150人、サイエンス高設置前年の22年は134人と減少した。

つくば工科は資格を取り就職したいという地元の生徒には人気のある学校であった。それが、「研究者や高度技術者を育て、起業家精神を持つ生徒」の育成を目標とする理系の進学型専門高校となり、受験生に不安が生まれた。この結果、定員を240人にした23年度(1期生)は前年の134人から88人に減り、24年度(2期生)は77人に減少した(充足率32%)。

つくばサイエンス高は、つくば市で最も子どもが増えている谷田部地区にある唯一の県立高校であり、地域の期待も高い。それなのに、定員を増やした新設高校で大きな定員割れが起きている。ここから、軌道修正を求める受験生からのメッセージを読み取りたい。

理系進学科+普通科の2学科制

以下、現在のサイエンス高が持っている2つの芽を生かし、地元の人気校になる案を示したい。

(1)科学技術科を少人数学級にして、理系志向の生徒に充実した教育を行う。具体的には30人✕4学級=120人とし、学科定員を絞る。1年次は共通とし、2年次以降は理系進学探求コースと技術を磨くマイスターコースを設け、就職希望者には工業系の資格も取らせる。

(2)絞った定員の残り分を生かし、要望が強い普通科を併設する。そこで新体制の2年間で作り上げた学習指導体制を生かす。

(3)普通科定員を5学級200人、全体定員を80人増の320人とする。但し、25年度からの定員増が難しい場合は、既存の240人定員のうち3学級120人を普通科とし、26年度から5学級とする。また、2年進級時に学科変更を認めるなど柔軟な体制をとる。(元高校教師、つくば市の小中学生の高校進学を考える会代表)

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