水曜日, 1月 14, 2026
ホームつくば一人ひとりの物語残したい つくばの尾曾さん 日系ブラジル人の語りを動画に

一人ひとりの物語残したい つくばの尾曾さん 日系ブラジル人の語りを動画に

日系ブラジル人の歴史と今の姿を知ってもらいたいと、つくば市の尾曾菜穂子さん(25)が動画制作に取り組んでいる。「当事者の語りを動画に残し、日系人が生きた足跡を後世に伝えたい」と語る。

今年3月ブラジルに渡り、2週間にわたって取材した。当初は10人ほどに証言してもらう予定だったが、協力者が増えて35人の日系人から話を聞くことができた。完成したインタビューは「ブラジル日系人の歴史と今の記憶」と題して15分程度の番組にし、随時動画共有サイトで無料配信する予定だ。

すでに公開している初回の動画には、福島県出身の夫婦が登場する。戦後、農業の担い手となる「コチア青年」としてブラジルに渡った夫(91)と、「花嫁移民」として移住した妻(88)の会話から2人が歩んできた道のりをたどる。当時の苦労を口にしつつも夫は「今の生活は天国」と話す。ブラジルで出会い結婚したとばかり思っていた妻に対し、実は夫は、日本にいた時に花婿の候補だったがブラジル行きが決定していたため結婚を断った経緯があったことをインタビューで初めて明かし、2人の運命的な関係に妻が感激する場面もあった。

配信された1回目の動画。ポルトガル語と英語訳も表記している

尾曾さんは「100分のインタビューを15分にまとめる作業が大変だった。どこを切り取るか迷ったが、できるだけ視聴者が共感しやすいエピソードを盛り込んだ。日系人の歴史に初めて触れる人にも分かりやすい内容を心掛けた」と話す。

取材は日本語とポルトガル語の両方の言語で書いた質問状を用意し、移住の経緯や家族構成、仕事内容、将来の夢などを質問した。過去を思い出して言葉に詰まったり沈黙したりする人もいたが、無理に言葉を引き出すことはしなかった。「初対面の日本人の私に人生を打ち明けてくれる。ありがたいこと。移住当初は似たような境遇でも、それぞれ考え方や現状が異なり多様な人生に触れることができた」と語る。

若者の生きるヒントになれば

つくば市で育ち古河市の小学校に入学した尾曾さんは、学校という小さなコミュニティーの中に居心地の悪さを感じ早く抜け出したいと思っていた。中学で英語に出合い、それまで生きてきた世界とは異なる文化があることに改めて気付いた。海外への憧れが募り、留学を後押ししてくれる県外の高校に進学。ブラジルに留学した先輩の体験談を聞き興味が湧き、大学に進学する前の1カ月間ブラジルを旅した。折しもカーニバルの時期で町はにぎやか。耳に入るポルトガル語の響きも心地よかった。外国人の自分に現地の人は「どこの国から来たの」ではなく「どこに住んでいるの」と聞いてくれた。国籍ではなく個人として見てくれたことがうれしかった。人々の懐の深さに触れ、一気にブラジルという国にのめり込んでいった。

大学卒業後の2022年から1年間、ブラジル日本交流協会の研修生としてサンパウロ州ピラール・ド・スールの語学学校で日本語を教えた。学校の敷地内にはさまざまな年代の日系人が集う場所があり、そこに通う人たちと親しくなった。その中の一人に、60年ほど前の16歳の時に家族と共に生活の糧を求めて鳥取県から移住した男性がいた。学校の勉強が好きではなかったという男性は、日本の社会科の教科書に載っていた大型のトラクターの迫力に釘付けになった。将来は農業をやるとの思いを強くし、その夢を持ってブラジルへ渡り希望を現実にした。

「大変な苦労があったと思うが、その人の言葉でいつも明るく前向きな気持ちにさせてもらった」。文化が異なる異国でたくましく暮らす男性の生きた言葉に勇気づけられ、自分も同じように大きな夢を持ち、その実現のために行動したいと思ったという。

現地で多くの日系人の人生に触れ、個々のライフストーリーこそが日系人の歴史そのものだと痛感した。「ポジティブに人生を切り開いた人の言葉は、前向きに生きるヒントがつまっている。かつての自分と同じように生きづらさを感じている若者の背中を押すきっかけになれば」と制作への思いを語る。

現在、尾曾さんは奈良県の種苗会社のインターンシップに参加している。働きながら見識を広げ、日系ブラジル人のストーリーを広める活動を展開している。「日本に滞在するブラジル人にもインタビューしたい」。誰かが記録しなければ消えてしまう一人ひとりの物語を残したいという。

動画は1本あたり15分程度。写真や資料を交えながら日系1~3世のインタビュー動画をユーチューブチャンネル「OSO NAOKO」で紹介する。4月から来年7月までに15本配信する予定。現在2話が公開されている。

ブラジルへの集団移住は1908年に始まり、主に農工業に従事した。外務省によると現在約270万人の日系ブラジル人が現地で暮らしており、海外で暮らす日系人数の半数以上を占める。(泉水真紀)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

ロウバイが満開 筑波山梅林 早春の訪れ告げる

つくば市沼田、筑波山中腹の梅林でロウバイが満開となり見頃を迎えている。1月中旬は暦の上では小寒から大寒に向かう冬のさなかだが、標高約250メートルにある筑波山梅林では、ろう細工のような、ロウバイの光沢のある黄色い花が甘い香りとともに早春の訪れを告げている。 ロウバイは梅林の筑波山おもてなし館付近の斜面に数十本が植えられている。つくば市観光コンベンション協会によると、正月過ぎから見頃となっている。開花状況は平年並み、見頃は2月初旬ごろまでという。 3連休初日の10日は筑波山神社の参拝客や登山客などで梅林の駐車場は満杯。ロウバイが咲く梅林では、家族連れや写真愛好家などが、青空と黄色のコントラストをカメラやスマートフォンなどで写真に納める姿が見られた。 石岡市から来た藤井浩一さん(63)は「毎年ロウバイを見るために梅林に来ている。これだけたくさんのロウバイが咲くところは貴重だ。今日は珍しいヤマホウジロの写真も撮れたのでうれしい。ロウバイの写真ももっと撮っていきたい」と話していた。 ロウバイは中国原産で、梅に似ているが、梅がバラ科なのに対し、ロウバイはロウバイ科に属する。 筑波山梅林は約4.5ヘクタールの広さがあり、中腹の斜面に約1000本の白梅や紅梅が植えられている。10日時点で、早咲きの紅梅はまだ開花していない。第53回目になる今年の筑波山梅まつりは2月7日から3月15日まで開催される。(榎田智司)

つくば文化会館アルス《ご近所スケッチ》21

【コラム・川浪せつ子】つくば駅近くの図書館と美術館から成る「つくば文化会館アルス」(つくば市吾妻)は、ステキな建物です。この分野では老舗の石本設計事務所(1927年創立)が設計しました。つくば市周辺には、同社のような日本を代表する事務所がいろいろな建物を設計しています。 近くにあるつくばセンタービルは、建築界のノーベル賞と言われる「プリツカー賞」を受賞した磯崎新さんが設計した作品。つくば市には後世に残したい素晴らしい建造物が多いですが、そのような歴史に残るような建物を「描く」のって、至難の業なのです。 私は若いころから、建築の完成予想図を作成する仕事をしてきましたが、今回はそれがアダになりました。上の絵は何度も描き直して、なんと4枚目です。悩みに悩んで、お正月明けにスケッチしました。どうも、面白くない絵になってしまうのですよね…。 ステキな建物とそこに憩う市民 創作活動は何でもそうだと思いますが、自分の表現したいもの、表現したいこと、表現したいテーマは何か―それが重要だと思うのです。創作活動とは、誰かに認めてもらいたいということでなく、自分の「思い」が込められたものを創ることではないでしょうか。そして、たどり着いたテーマは「ステキな建物とそこに憩う市民」です。 緑の季節には葉っぱが多くて建物が見えません。冬は落葉して見えますが、もうひとつインパクトが出ません。そんなジレンマの中、そこに憩う方々をたくさん配置したところ、どうにか納得するものに。「まだまだ」の自分ですが、悩みながら、さまよいながら、つくば市周辺の良さを表現できたらと思っています。(イラストレーター)

まさかの「第5回富士山景クラシック展」《続・平熱日記》188

【コラム・斉藤裕之】昨年秋、「第5回富士山景クラシック」展をやるぞ!と、突然メールが入った。この画展、上野谷中の居酒屋でフランスから帰国したばかりの私が、同級生を前に「みんなで富士山を描こう!」なんてノリで言っちゃったのがきっかけ。まさかギャラリーで展示までして、それも足掛け30年で5回目にもなろうとは…。 なんで富士山なんて言っちゃったのか。例えば、最近では愛犬パクと山口から帰って来る時の新東名。突然、目の前にでっかい富士山が現れる。あまりの雄大さに呆気にとられてしまう。憧れの女性が突然目の前に現れたのと同じで、ただアタフタとその場を繕うしかない。 葛飾北斎の富嶽三十六景。誰もが知る富士山を描いた名作だが、あれは富士山を憧れの女性に例えるなら、遠巻きにしていろんな所からのぞき見している。つまりおっかけ。大体、富士山はどこから見てもあの形。まさに二つとない不二の登録商標で、誰が見ても富士山だとわかる。 北斎は、その富士山を大きな波の向こうに、桶(おけ)の輪の向こうに、いろんなところから遠巻きに描いた。その証拠に、正面から堂々と描いた富士は赤面している。 ここ茨城からも富士山は見える。朝、車に乗って仕事に行く途中、スカイツリーの向こうにきれいな富士山。しかし、それははるか遠く、手の届かない映像のような富士山。でも案外、私にとって富士山は昔から、そしてこれからも、そんな憧れの人でよいのかもしれない。 オジイサンの鼻息は荒い しかし、前回展で一応の区切りを付けたはずの富士山景クラシック展。今回のDMはがきに「第二章」とあったのが気になる。もしかして6度目も…。そういえば、何回目かの時に「次はフィレンツェでドゥモを描こう!」とか「台湾でグループ展だ!」と盛り上がっていたっけ。 フジサンは今も姿を変えずそこにあるが、若者たちはオジサンになり、今やオジイサンと言われても仕方ない年齢になってしまった。しかし、本人たちの鼻息は荒い。以前、ある彫刻家の先輩方がグループ展に「R70」という粋なタイトルを付けていらしたことを思い出した。 北斎は三十六景を描くために、車もない時代に一体どれほどの距離を歩きまわったのか(72~74歳、千葉、東京、神奈川、山梨、静岡、愛知)。一昨年、長野県小布施に、北斎の絵を訪ねた。80歳を過ぎて、山々を超えて信州まで絵を描きに行く、その情熱と馬力に私自身にもムチを入れざるを得ない気分だった。オチをつける気はなかったが、午の年が始まる。 30年前の夏、富士山を描こうと沼津に連れて行った長女。高温多湿の海辺の街からは富士山を見ることはかなわず、漁港で食べた超ビッグなエビフライと同級生の実家である幼稚園のプールで沐浴(もくよく)をしたことはよく覚えている。多分、展示が始まるころには、その長女が3人目を産んでいるはずである。もしかして、丙午の女の子? 今の時代、そのぐらいでちょうどいい。(画家) 第5回富士山景クラシック展:1月19日(月)~31日(土)、GALERIE SOL(東京都中央区新富1-3-11)

親子連れ70人がカヤ刈り 地元の文化財「五角堂」修理の材料に つくば

江戸時代後期につくばで活躍した発明家、飯塚伊賀七(いいづか・いがしち)が建てた「五角堂」のかやぶき屋根を修理する材料にしようと、ススキが自生する近隣の原っぱで12日、カヤ刈りイベントが開催され、地元の親子連れなど小学生から70代まで約70人が、刈り取ったススキを集めて束にするなどの作業を体験した。 伊賀七は当時の谷田部新町村の名主で、からくりの和時計、測量器具、地図、農業機械の自動脱穀機などを発明した。五角堂は伊賀七の生家に建てられた。何のために建てたのか分かってないが、床面が正五角形と当時は建築が難しく、独自の構造で建てられている。1958年に県指定史跡になり、89年に解体修理されたが、かやぶき屋根の傷みがひどくなり、五角堂を管理する同市が昨年、屋根の一部を修理した。残りの部分を、今回刈り取ったススキで修理する予定だ。 カヤ刈りイベントは、石岡市を拠点にかやぶき屋根の保存活動に取り組む市民団体「やさと茅葺き屋根保存会」(萩原寿盈会長)とつくば市教育委員会が共催した。場所はつくばエクスプレス(TX)みどりの駅近くの市立みどりの義務教育学校に隣接する未利用の原っぱの一部約200平方メートルで、市民ボランティアを募って実施した。 学校脇の原っぱにススキが茂っていることを知った市内に住む同保存会事務局の仲村健さん(44)が同校と市教委などに働き掛け、昨年、同保存会が同所でカヤ刈りを実施し、石岡市内のかやぶき屋根を修理する材料にした。その後、地元に住む谷田部地区活性化協議会の牧野秀宣会長(70)から「地元のカヤで五角堂を屋根を修理してはどうか」と提案があり、イベント開催に至ったという。 12日は午前中に同保存会が仮払い機でススキを刈り、午後に親子連れ約70人が刈り取られたススキを拾い集めて、ひもで縛り、束にした。2時間ほどの作業で121束が出来上がった。 刈り取ったカヤは、同保存会の会員が自宅の風通しのよい場所で保存する。さらにワークショップを開催し、屋根で作業しやすいようカヤの長さをそろえて束にする「かやごしらえ」を実施する予定だ。 母親と参加した近くに住む小学3年の戸田結斗さんは「学校でちらしをもらって参加した。カヤの束を積み上げた上に座って楽しかった」と話し、家族で参加した近くの会社員、藤尾友彦さん(42)は「毎日犬の散歩で通るところなので、普段できない経験をしたいと参加した」と語り、長女で小学3年の晴香さんは「ススキを束ねてぎゅっと結ぶのが難しかった」と話していた。 同保存会の仲村さんは「カヤ刈りを通して身近な歴史や文化を知り、それが現在や未来につながるものだということを感じてもらえたらうれしい」と話し、同活性化協議会の牧野会長は「地元のものを地元の材料で修理すると、親しみができる。小学生も参加し、自分たちが取り組んだもので修理できれば地元の歴史にもっと親しみがわくと思う。すごくありがたいし、子供たちがいっぱい参加してくれてよかった」と語っていた。 市文化財課によると、刈り取ったカヤは同保存会に約1年間保存してもらい、2027年度に五角堂の残りのかやぶき屋根の修理を実施する予定という。(鈴木宏子)