日曜日, 2月 22, 2026
ホームつくば一人ひとりの物語残したい つくばの尾曾さん 日系ブラジル人の語りを動画に

一人ひとりの物語残したい つくばの尾曾さん 日系ブラジル人の語りを動画に

日系ブラジル人の歴史と今の姿を知ってもらいたいと、つくば市の尾曾菜穂子さん(25)が動画制作に取り組んでいる。「当事者の語りを動画に残し、日系人が生きた足跡を後世に伝えたい」と語る。

今年3月ブラジルに渡り、2週間にわたって取材した。当初は10人ほどに証言してもらう予定だったが、協力者が増えて35人の日系人から話を聞くことができた。完成したインタビューは「ブラジル日系人の歴史と今の記憶」と題して15分程度の番組にし、随時動画共有サイトで無料配信する予定だ。

すでに公開している初回の動画には、福島県出身の夫婦が登場する。戦後、農業の担い手となる「コチア青年」としてブラジルに渡った夫(91)と、「花嫁移民」として移住した妻(88)の会話から2人が歩んできた道のりをたどる。当時の苦労を口にしつつも夫は「今の生活は天国」と話す。ブラジルで出会い結婚したとばかり思っていた妻に対し、実は夫は、日本にいた時に花婿の候補だったがブラジル行きが決定していたため結婚を断った経緯があったことをインタビューで初めて明かし、2人の運命的な関係に妻が感激する場面もあった。

配信された1回目の動画。ポルトガル語と英語訳も表記している

尾曾さんは「100分のインタビューを15分にまとめる作業が大変だった。どこを切り取るか迷ったが、できるだけ視聴者が共感しやすいエピソードを盛り込んだ。日系人の歴史に初めて触れる人にも分かりやすい内容を心掛けた」と話す。

取材は日本語とポルトガル語の両方の言語で書いた質問状を用意し、移住の経緯や家族構成、仕事内容、将来の夢などを質問した。過去を思い出して言葉に詰まったり沈黙したりする人もいたが、無理に言葉を引き出すことはしなかった。「初対面の日本人の私に人生を打ち明けてくれる。ありがたいこと。移住当初は似たような境遇でも、それぞれ考え方や現状が異なり多様な人生に触れることができた」と語る。

若者の生きるヒントになれば

つくば市で育ち古河市の小学校に入学した尾曾さんは、学校という小さなコミュニティーの中に居心地の悪さを感じ早く抜け出したいと思っていた。中学で英語に出合い、それまで生きてきた世界とは異なる文化があることに改めて気付いた。海外への憧れが募り、留学を後押ししてくれる県外の高校に進学。ブラジルに留学した先輩の体験談を聞き興味が湧き、大学に進学する前の1カ月間ブラジルを旅した。折しもカーニバルの時期で町はにぎやか。耳に入るポルトガル語の響きも心地よかった。外国人の自分に現地の人は「どこの国から来たの」ではなく「どこに住んでいるの」と聞いてくれた。国籍ではなく個人として見てくれたことがうれしかった。人々の懐の深さに触れ、一気にブラジルという国にのめり込んでいった。

大学卒業後の2022年から1年間、ブラジル日本交流協会の研修生としてサンパウロ州ピラール・ド・スールの語学学校で日本語を教えた。学校の敷地内にはさまざまな年代の日系人が集う場所があり、そこに通う人たちと親しくなった。その中の一人に、60年ほど前の16歳の時に家族と共に生活の糧を求めて鳥取県から移住した男性がいた。学校の勉強が好きではなかったという男性は、日本の社会科の教科書に載っていた大型のトラクターの迫力に釘付けになった。将来は農業をやるとの思いを強くし、その夢を持ってブラジルへ渡り希望を現実にした。

「大変な苦労があったと思うが、その人の言葉でいつも明るく前向きな気持ちにさせてもらった」。文化が異なる異国でたくましく暮らす男性の生きた言葉に勇気づけられ、自分も同じように大きな夢を持ち、その実現のために行動したいと思ったという。

現地で多くの日系人の人生に触れ、個々のライフストーリーこそが日系人の歴史そのものだと痛感した。「ポジティブに人生を切り開いた人の言葉は、前向きに生きるヒントがつまっている。かつての自分と同じように生きづらさを感じている若者の背中を押すきっかけになれば」と制作への思いを語る。

現在、尾曾さんは奈良県の種苗会社のインターンシップに参加している。働きながら見識を広げ、日系ブラジル人のストーリーを広める活動を展開している。「日本に滞在するブラジル人にもインタビューしたい」。誰かが記録しなければ消えてしまう一人ひとりの物語を残したいという。

動画は1本あたり15分程度。写真や資料を交えながら日系1~3世のインタビュー動画をユーチューブチャンネル「OSO NAOKO」で紹介する。4月から来年7月までに15本配信する予定。現在2話が公開されている。

ブラジルへの集団移住は1908年に始まり、主に農工業に従事した。外務省によると現在約270万人の日系ブラジル人が現地で暮らしており、海外で暮らす日系人数の半数以上を占める。(泉水真紀)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

新党「中道」はこれからどうなる《文京町便り》49

【コラム・原田博夫】唐突に始まり、2月8日が投開票日だった総選挙は、自民党の歴史的大勝で、高市早苗首相の賭けは見事に当たった。急ごしらえの野党第一党、中道改革連合は壊滅し、議席数では3分の1に落ち込んだ。これほどのコントラストは、国民一般のみならず永田町の消息通や選挙プロも、事前には予想できていなかった。 実体のなかった新党「中道」の敗北を受けて、共同代表の野田佳彦(旧、立憲)氏と斉藤鉄夫(旧、公明)氏は責任を取り、ともに退任。敗退の原因は解明しきれず、「中道」の認知度も低いままだが、その新代表に小川淳也氏(香川1区、54歳)が選出され、幹事長には階毅維氏(盛岡1区、59歳)が指名され、新執行部が発足。翌18日には、特別国会で首相に指名されて、第2次高市内閣が発足した。 しかし、衆院を基盤とする中道は存在するも、参院では立憲と公明は継続し、国会議員総体では3党の連絡協議の場が設けられることになった。さらに、1976年総選挙以来の慣例で第2会派に当てられてきた衆院副議長ポストに関しては、打診された立憲・元代表の泉健太氏(京都3区、51歳)が拒否したため、石井啓一氏(比例北関東、67歳)が就くことになった。 気になる政治家、小川新代表 というわけで、新党・中道の船出は甚だ厳しい。小川新代表は、不退転の覚悟で議論を尽くして党内融和を図り、18日の議員総会では「巨大与党の権力の横暴や怠慢は絶対に許さない。権力監視の先頭に立つ」と言っているが、このスタイルは旧来の野党色を引きずっている印象がある。こうした対決色は果たして、有権者とりわけ20~40歳代にどれだけ届くだろうか。言い換えれば、無党派層に刺さるだろうか。 ここ数年の国政選挙で、国民民主、維新、参政、みらいなどの一点突破型新党が順繰りにそれなりの議席を確保してきたことを踏まえると、その時々のテーマやイシューに躊躇(ちゅうちょ)なく取り組む、進取性が求められる気がする。そうした潮目の変化を「つかむ」「引き出す」柔軟さと戦略性こそが、巨大与党に対峙(たいじ)するには必要ではないか。 たまたま私は、小川新代表と2000年ごろ、ロンドンで交流があり、その誼(よしみ)で夏の週末、リッチモンド野外で開かれたコンサートを家族連れで楽しんだことがある。 その時の小川氏の真摯(しんし)かつ謙虚な言動に感心し、政界に転じた後も折々の活躍を気にしてきた。この際、経済学者リカードの比較優位(自分の相対的に優位な分野に特化すべし)原理に基づいて、ご自分のキャラクターと年来のスタイルを貫き、かつグローバルに激動の時代の息吹を感じ取る柔軟性を発揮してもらいたい、と祈る。(専修大学名誉教授)

雪と氷とコハクチョウ《鳥撮り三昧》10

【コラム・海老原信一】今回の題は「雪と氷とコハクチョウ」ですが、北国に行けば普通に見られる光景です。県南地域ではどうでしょう。寒さが募る1~2月、時々雪が降り、公園の池や沼も結氷します。洞峰公園の沼でも、日陰になる場所の雪や氷が溶けることなく、厚さを増すことがあります。そんなときはカモたちの様子を楽しめます。 しかし、ゼロではありませんが、つくば市の洞峰公園の沼にハクチョウが飛来することはあまりありません。20数年前に数羽の飛来を確認できたのに、連続しての飛来がなかったのは残念です。 水戸市の大塚池や旧瓜連町の古徳沼は、ハクチョウの飛来地として知られています。土浦市の乙戸沼もハクチョウの飛来を楽しめる場所です。私の記憶では、主にコハクチョウでしたが、数羽で飛来したハクチョウが20~30羽に増え、多いときには90数羽にもなりました。 私が観察を始めてから数年、20羽前後で飛来していました。しかし、ここ数年は減っており、「気候温暖化」の影響かなと思っています。少なくなったものの、今でも12月末には飛来し、乙戸沼を散策する人たちは、2月中旬ぐらいまでハクチョウを楽しめます。 ところが、2025年12月末~26年1月初旬、その姿が見られませんでした。この原稿を書いている1月18日には飛来しているのか、分かりません。近日中に行ってみるつもりです。 降雪後の晴れて冷えた朝 乙戸沼でのことですが、「雪と氷とコハクチョウ」を経験できたことがあります。22年1月の雪が降った後の晴れて冷えた朝、水面は全面結氷。コハクチョウが数羽、岸近くの日が当たりそうな氷の上に身を伏せ、じっとしていました。 長い首を水中に差し込み、水底の水草の根などを食べる彼らにとって、氷が解けないことには食事ができません。人が与える食べ物を得るにしても、足元が氷では思うように動けません。身を守る上でも不利と思っているのでしょう。ひたすら氷解を待っていると、私は見ていました。 こういったコハクチョウの様子をうれしそうに見ている私を、彼らは「ひどい奴だ」と思っていたかもしれません。それでも「これからも来てほしい、楽しませてほしい」と、彼らの飛来を願っている私。そのために何ができるのかを考えながら、野鳥の観察を続けたいと思っています。(写真家) 追記:1月20日、11羽の乙戸沼飛来を確認し一安心。

つくば市平沢で林野火災 女性がやけど

【差し替え:21日午後2時35分】20日午後2時14分ごろ、つくば市平沢の山林で火災が発生、約3800平方メートルが焼けた。この火事で女性(73)がやけどを負い病院に救急車で搬送された。 火は同夜11時42分、延焼の危険がない鎮圧状態となり、21日午後0時半時点でほぼ鎮火した。市消防は完全に鎮火が確認されるまで引き続き巡回を続ける。 市消防によると、現場は社会福祉法人筑峯学園北側の山林で、市消防本部と消防団から消防車両14台と消防隊員ら75人が出動し、ジェットシューター(背負式消火水のう)などで消火活動を実施したほか、県防災ヘリコプターが上空から放水した。 鎮圧後も、残り火やくすぶりを完全に消し止める残火処理を含め、翌21日午後0時半まで、消火活動が実施された。 近くの人が庭先でごみを燃やし、燃え移ったのが原因とみられている。20日は筑峯学園の利用者らが一時避難した。

高市首相に土浦のレンコンをお届け 安藤市長ら

土浦市は、安藤真理子市長らが17日、高市早苗首相を表敬訪問し、生産量日本一のレンコンとレンコンの加工品を届けたと発表した。レンコンと花火を全国にPRしようと、安藤市長のほか、JA水郷つくばの池田正組合長、土浦商工会議所の中川喜久治会頭、市議会の勝田達也議長らが首相官邸を訪れた。 市によると、安藤市長らが、レンコンは穴が空いていることから先の見通せる縁起物の食材であることを説明したところ、高市首相は「今後、地方自治体の事業者の予見可能性を高めるべく、予算の組み方をがらっと変える」などと話したという。 表敬訪問にあたり高市首相には、贈答用の箱入りレンコン4キロ、レンコンが入ったレトルトカレー、レンコンの粉末が入ったバームクーヘンとサブレ―、レンコンと牛すね肉の煮物のレトルトパック、薄くスライスしたレンコンを油で揚げたレンコンチップスを贈呈したほか、今年度のれんこんグランプリ(1月30日付)で市長賞を受賞した羽成純さんのハス田で採れたレンコンを使ったきんぴらと酢の物を試食してもらったという。 土浦市長が首相を表敬訪問したのは初めて。地元選出衆院議員の国光あやの外務副大臣がとりもったという。