水曜日, 5月 14, 2025
ホームコラム裁判所は水俣病患者を救済しないのか《邑から日本を見る》157

裁判所は水俣病患者を救済しないのか《邑から日本を見る》157

【コラム・先﨑千尋】いつものように3月下旬には水俣から甘夏が届く。「他人に毒を盛られた者は他人に毒を盛らない」。50年近く前、海で魚を取れなくなった水俣病の患者たちは、そういう思いで陸に上がって甘夏を作り続けてきた。その甘夏を口に入れる。甘酸っぱい果汁が口の中いっぱいに広がる。何度も通った水俣のミカン畑に思いをはせる。

そんな折、ショッキングなニュースが届いた。先月22日に、熊本地裁は水俣病患者の訴えを退ける判決を下した。この裁判は、2009年施行の水俣病被害者救済特別措置法(特措法)に基づく救済策の対象外となった144人が、国と熊本県、原因企業のチッソに損害賠償を求めていたもの。同様の裁判で、原告全員を救済した昨年9月の大阪地裁判決とは大きく異なる判決となった。

原告側は、チッソ水俣工場から不知火海(しらぬいかい)に排出されたメチル水銀を、魚介類を通じて摂取したことによる水俣病だと主張。大阪地裁は原告側が訴える手足の感覚障害の原因を検討し、「水俣病以外の原因では症状を説明できない」として法律の線引きを一蹴し、原告全員を水俣病患者だと結論づけた。

しかし今回の熊本地裁判決では、疫学調査の結果や地元医師の診断書の信用性を疑問視し、25人のみを水俣病と認めた。そして、不法行為から20年経つと損害賠償請求権が消滅すると定める民法の「除斥期間」の起算点について、水俣病を発症した時期(大阪地裁は水俣病と診断された時点)とした。

このため、熊本地裁は水俣病と認めたものの、全員が発症から20年以上経過しているという民法の規定を適用し、賠償請求は棄却された。

環境省は特措法を遵守せよ

水俣病が公害病として認定されたのは1968年。しかし、いまだに被害の全体像がつかめず、国による救済策の対象外となった人たちは、これまで繰り返し司法に訴えてきた。特措法では居住地や出生年で線引きがあり、救済を受けられないまま取り残された人たちは裁判に訴えざるを得なかった。

そして、不知火海沿岸に住んでいた人の健康調査を速やかに行うと定めた法施行から15年経っても、実施のめどが立っていない。

私は、同じ趣旨の裁判なのにどうして裁判官によって結論が違うのかを考えてみた。判決文を書く基準の民法も特措法も同一だ。特措法の狙いは「あたう限りすべて救済する」だ。それなのに結論は真逆。裁判官の解釈によって結論が違うのだ。原告の1人は、判決後に「予想外の結果だ。頭が真っ白になった」と語っている。一方、環境省の担当者は「勝った」と話していると新聞は伝える。

なるほど、国は「勝った」。しかしその国とは何なんだ。森友事件に巻き込まれて自死した赤木俊夫さんは常に「私の雇用主は日本国民。その国民のために仕事ができる国家公務員に誇りを持っている」と話していたと聞く。裁判官も環境省の役人も、本来、国民のために仕事をするのが務めのはずだ。

水俣病の患者たちは法に触れることはしていない。チッソがまき散らした有機水銀を摂取した魚を食べ、身体がおかしくなった。その人たちをあたう限り救うために特措法ができたはずなのに、健康調査を15年もほったらかしにしている。それを裁判官も環境省の役人も認めず、環境省の役人は罰せられない。おかしいではないか。(元瓜連町長)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

3 コメント

コメントをメールに通知
次のコメントを通知:
guest
最近NEWSつくばのコメント欄が荒れていると指摘を受けます。NEWSつくばはプライバシーポリシーで基準を明示した上で、誹謗中傷によって個人の名誉を侵害したり、営業を妨害したり、差別を助長する投稿を削除して参りました。
今回、削除機能をより強化するため、誹謗中傷等を繰り返した投稿者に対しては、NEWSつくばにコメントを投稿できないようにします。さらにコメント欄が荒れるのを防ぐため、1つの記事に投稿できる回数を1人3回までに制限します。ご協力をお願いします。

NEWSつくばは誹謗中傷等を防ぐためコメント投稿を1記事当たり3回までに制限して参りましたが、2月1日から新たに「認定コメンテーター」制度を創設し、登録者を募集します。認定コメンテーターには氏名と顔写真を表示してコメントしていただき、投稿の回数制限は設けません。希望者は氏名、住所を記載し、顔写真を添付の上、info@newstsukuba.jp宛て登録をお願いします。

3 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

JICA筑波内のレストラン「NERICA」《ご飯は世界を救う》67

【コラム・川浪せつ子】我が家の近くにJICA(国際協力機構)筑波センター(つくば市高野台)があります。今回はそこにあるレストラン「NERICA」(ネリカ)を紹介します。JICA は開発途上国の開発を支援する日本の国際協力機関です。こういった仕事をODA(政府開発援助)と言い、現在では150以上の国や地域を支援しているそうです。 レストランの名称「NERICA」は、アフリカの食糧事情を改善するために開発された稲の品種の総称です。変な名前ですが、この稲がアフリカの食糧事情を大幅に改善したそうです。日本でのお米づくりは主に水田ですが、「NERICA」は畑のような場所に植え付ける陸稲だそうです。 世界でお米を主食にしているのはほぼアジア。アフリカには収穫量が少ないお米しかなかったそうですが、日本人が開発・育成した「NERICA」によって米食が普及しました。 ご飯は人々の心も救う JICAは青年海外協力隊なども運営しており、開発途上国の経済支援に貢献しています。日本には、筑波センターを含めて17の関連施設があるそうです。4月には、筑波センターで施設紹介のイベントがありました。そのとき、一般人もレストランを利用できると知り、大ファンに。 メニューにはいろいろなエスニック料理があり、とてもおいしいです。「おいしい」は、世界中一緒ですね。今回、NERICA開発の話を読み、粘り強い新種の稲開発に感動しました。NERICAの開発普及を通して、アフリカの食糧事情が豊かになったことも知りました。 手前みそですが、「ご飯は世界を救う」っていうことですね! この新種開発、その普及活動を通して、8組の方々が人生のパートナーを得たそうです。まさに「ご飯は人々の心も救う」ですね。(イラストレーター)

市職員の告発文書につくば市総務部長が注意喚起、市議「公益通報に対する威嚇だ」

市長の海外出張めぐり つくば市職員を名乗る人物から、市議の自宅に告発文書が郵送され、受け取った市議が自身のSNSで告発文書を発信したことをめぐって、市総務部長が4月4日「市職員は行政文書や行政情報を、上司の承諾なく、正当な理由なく、外部に提供してはならない」などとする通知を各部長らに出していたことが分かった。告発文書を受け取った酒井泉市議(新・つくば民主主義の会)は「総務部長の通知は市職員の公益通報に対する威嚇で、公益通報保護法に違反する」と指摘している。 告発文書は、つくば市長らの海外出張に高額な旅費が使われていることなどを指摘する内容で、今年1月18~25日まで8日間、五十嵐立青市長がスウェーデンとフィンランドに海外出張した際の旅行代金内訳表が同封されていた。ビジネスクラスの航空運賃や宿泊・滞在費用と、随行職員の費用など合計356万円の旅行代金が記され、添えられた手紙には「自分の私利私欲のために市の税金を使っているとしか思えません」などと書かれていた。 酒井市議は、旅行代金内訳表などの文書が間違いでないことを確認した上で、一部個人名などを隠して、2月に自身のX(旧ツイッター)で発信した。 その後4月4日、市総務部長名で各部長などに通知が出された。通知は、つくば市職員からの行政文書がSNSで発信される事例があったとし、不確実な情報と共にSNSで拡散される場合があり、地方公務員法の信用失墜行為の禁止に抵触する可能性があるので、各部長などは市職員に、安易に市民に行政文書を提供しないよう指導を徹底し、厳正な職務規律の保持に努めるよう求める内容だったとされる。 通知について、9日の市長定例会見で塚本浩行市総務部長は通知を出したことを認め、「注意喚起するために流したもの」だとしている。五十嵐市長は「市職員の公益通報には適切に対応している。(酒井市議に郵送された文書は)内容に問題が多く、公益に資するものではない」などとしている。 これに対し酒井市議は「(告発文書は)市長の海外出張の宿泊費が、市の規則に規定された上限の料金を超過するなど法令違反について指摘しており、公益通報に当たる。総務部長の通知は、市職員に通報を躊躇(ちゅうちょ)させたり、通報しないように仕向ける効果があり、職員を威嚇するもの。市長に都合の悪いことを公益通報した市職員を処罰するというのであれば大きな問題となる」などと話している。 一方、市長の海外出張については市議会2月定例会議の一般質問で山中真弓市議(共産)が取り上げ、五十嵐市長は直近3年間で計5回の海外出張を行い、2365万円の市税を使っていたことを指摘している。今年1月のスウェーデンとフィンランドの市長の宿泊費については、1泊2万400円から5万4000円かかっており、市職員旅費規則に定められたヨーロッパ諸国の宿泊費規程の1泊1万8800円を超過し、市の規定が骨抜きになっていることから、旅費規程の見直しが必要だ、などと指摘していた。(鈴木宏子)

国重文2種の「原器」ご開帳 メートル条約150周年に産総研

産業技術総合研究所(産総研)計量標準総合センターは12日、つくば市梅園のつくばセンター中央事業所で保管している国の重要文化財「メートル原器」と「キログラム原器」の封印を解き、初めて同日公開を行った。 「世界計量記念日」の5月20日に、メートル条約が締結されてちょうど150年となることから、計量標準の象徴である2つの原器を通じ同条約の果たしてきた役割を紹介したいと報道陣向けに公開した。 メートル条約は1975年5月20日、当時17カ国の間で締結された。日本は1885年(明治18年)に加盟、今年4月現在、加盟国は64カ国、準加盟国は37カ国となっている。国によって長さや体積、質量などがまちまちだと貿易や製品製造などの障壁となることから、各国で一致した計量標準を定めようとした取り決め。 メートル条約の下、1890年にメートル原器とキログラム原器が加盟国に配布された。日本はこのとき両原器の配布を受けた初期の加盟国の一つ。メートル原器はフランスで30本製作されたもののうちNo.22を、キログラム原器は40個作られた複製のNo.6を、それぞれ受領した。共に白金イリジウム合金製、経年変化や熱膨張係数が少ない素材で作られた。 原器は、例えば都道府県等の保有する測定器との校正を行う際などに用いられるが、40年に一度フランスに里帰りして定期検査を受ける。普段は室温や湿度、防塵管理の厳格な場所で保管されている。日本では戦時中、都内から石岡市(柿岡)の地磁気観測所に「疎開」して戦災を避けようとした歴史もある。 「現物がそこにある意味」 国際的な計量標準は国際単位系(SI)が体系化され、最新の科技術をベースにした定義の改定が進んだ。「原器」を計量標準に用いたのは、長さ(メートル)と質量(キログラム)だけ。 メートルは元々子午線の長さを基準に定められたが、メートル原器が出来てからは原器に刻まれた2本の目盛線の中心間の、温度0℃のときの距離との定義が約70年間使われた。1960年になって、クリプトン光の波長を基準とする距離に改定され、1983年からは一定の時間に光が真空中を進む距離による定義になっている。 一方、キログラム原器は2019年までの約130年間、質量の基準としての役割を担ってきたが、原子1個の質量に関連する物理定数「プランク定数」に基づく定数に変わった。産総研の計量標準総合センターの研究グループが、シリコン単結晶球体を用いて高精度なプランク定数の測定に成功したことで、改定に大きな役割を果たしている。 こうして役目を終えたメートル原器は2012年に、キログラム原器は2022年に、それぞれ国の重要文化財に指定された。計量標準で「原器」の考え方はとらなくなったものの、特にキログラム原器は完全に引退したわけではない。非常に優秀な分銅として、現在でも産業の現場などで役立っているという。 このためキログラム原器の保管はとりわけ厳重で、つくばセンター中央事業所の地階の厳重な扉のなかに保管され、塵芥を避け、湿度は0%に保たれている。12日はこの施錠を解いての公開となった。庫内にはキログラム原器のほか、副原器、尺貫法時代の貫原器2点の合わせて4点(いずれも重要文化財)が公開された。 計量標準総合センターの臼田孝センター長は「物理量と違って現物がそこにある意味は大きい。150年変わらず維持してくれた関係者がいたわけで、その象徴としての原器を今後とも大切にしていきたい」と語っている。(相澤冬樹)

年金受給額と生活に必要なお金《ハチドリ暮らし》49

【コラム・山口京子】定年後の暮らしを考える金額として、日本年金機構が発表する公的年金の受給額、国税庁の「民間給与実態統計調査」、総務省が調査している「家計調査(家計収支編)」などの数字があります。 2025年の公的年金受給額モデルでは、国民年金の老齢基礎年金は、20歳から60歳まで保険料を納付したとして、月額6万9308円。厚生年金は、会社員の夫と専業主婦の妻をモデルにした夫婦世帯計算で、23万2784円。その内訳は、夫婦2人分の老齢基礎年金と夫の厚生年金部分の9万4168円。 この金額の前提となる保険料納付の条件は、男性の平均的な収入(平均標準報酬=賞与含む月額換算=45万5000円)で40年間就業したケースです。単身男性の厚生年金月額(老齢基礎年金を含む)は17万3457円。単身女性では13万2117円と記されていました。 厚生年金の額は現役時代の保険料額や納付期間で決まります。国税庁の「2023年分民間給与実態統計調査」によると、平均年収は460万円、中央値では351万円でした。正社員の平均年収は530万円、非正規社員の平均年収は202万円です。 高齢夫婦無職世帯の家計の収支状況を総務省の家計調査で見ると、2024年では月3万4058円の赤字。2020年は1111円の黒字でした。2020年はコロナ禍で1人10万円の定額給付金が出たため、黒字になったと思われます。 6月には年金額改定通知が届きます 話題になった「老後2000万円」不足の根拠となったのは、2017年の総務省家計調査です。高齢夫婦無職世帯は月5万4519円の赤字で、これを30年続けると約2000万円が不足すると言われました。この時の調査では、貯蓄額平均は2000万円を超えていました。現在は約2500万円となっていますが、高額貯蓄者が平均額を押し上げているためで、中央値は1600万円台とされています。 当時、「老後2000万円」問題が独り歩きし、大問題になりましたが、最近は2000万円でも足りないとも聞きます。しかし、赤字が続くと思えば、私たちは節約したり、収入を増やすなど様々な行動に出るでしょう。統計数字は参考にはなるものの、大事なのはわが家の生活です。年金はどうなっているのか、それ以外の収入があるのかで、それぞれの家計は変わります。 6月には年金機構から「国民年金・厚生年金保険 年金額改定通知書」が届きます。そこには、改定前と改定後の国民年金と厚生年金の額が記載されています。そして、毎年資産のたな卸しをしましょう。ざっくり、資産額の時系列変化を意識してください。家計の足元をしっかりさせて暮らしたいものです。(消費生活アドバイザー)