水曜日, 4月 15, 2026
ホームコラム「保幼小連携」の推進を考える《令和楽学ラボ》28

「保幼小連携」の推進を考える《令和楽学ラボ》28

【コラム・川上美智子】保育園や幼稚園の5歳児と小学校1年生の間には大きな学びのギャップがあると言われ、そのギャップを埋めるため、幼児のアプローチカリキュラムと小学校1年生のスタートカリキュラムが始まり8年が過ぎました。この間に、新型コロナウイルスの流行などで中断を余儀なくさせられましたが、つくば市内では5歳児と小学校1年生の年2回程度の交流が始まっています。

本園の場合は、園児が香取台小学校を訪問し、1回目は小学生が制作した工作物を使ってお店屋さんごっこ遊びの体験交流をしました。2回目の訪問では、小学1年生がこの1年で勉強した科目ごとの学びを保育園児に紹介してくれました。

どちらの訪問も、園児にとって初めての小学校体験とあって、保育園で見せる幼い顔とは異なり緊張した面持ちで45分間をビシッと過ごし、1歳違いのお兄さん、お姉さんの立派な姿を前にして頑張りを見せてくれました。たった2回の交流でしたが、園児にとっては小学校のイメージをつかむ大事な機会となり、4月の入学を楽しみにしています。

ところで、8年前の幼保小連携のスタート時には、茨城県教育委員として県内のモデルとなる小学校をいくつか視察し、小学校入学時に求められる学習レベルの高さに驚かされました。

ゆとり教育の時代には、自分の名前が読めればOKと言われていたのに、現在ではひらがなの読み書きや数の理解など高度な力が求められます。幼児期は「学びの芽生え」として、「遊びを通して学ぶ」が強調されてきましたが、得手不得手もあり、遊びを通して自然に学ぶだけでは限界があるように思われます。ワークなどを使った系統的学び無しには、どうしても漏れが出てしまいます。

5歳~小1は人格形成の架け橋期

園では、3歳児から少しずつ楽しく学びを進めるカリキュラムを組み、年齢に合ったワークを活用してきました。また、興味・関心の幅を広げ、自ら主体的に取り組む何かを見つけるため、体操、リトミック、ヒップホップ、英会話、ピアノなどが学べる環境も整えてきました。

国が早期教育の重要性を認識し、保育園を幼稚園と同じ教育施設として位置づけ、「保育所保育指針」を改訂して就学前教育をスタートさせた2018年、各園には小学校へつながる学びの連続性を意図した「全体的な計画」の策定が義務づけられました。さらに国や県は「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」を提示し、年間保育計画を立てるよう求めました。

しかし、現場はまだ手探り状態で、指導者である保育士もこの大きな改革を十分理解はできていません。そのような中、さらに文科省は昨年「学びや生活の基盤をつくる幼児教育と小学校教育の接続について~幼保小の協働による架け橋期の教育の充実~」を公表しました。

それによれば、幼児期の教育は生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なものであり、5歳児から小学校1年生の2年間を「架け橋期」と称して、0歳から18歳までの学びの連続性に配慮しつつ「架け橋期」の教育の充実を図るよう求めました。

その重要性を理解しつつも、保育園も小学校も、現場が忙しい中でこれ以上推進を図ることの難しさを感じているのが現実ではないかと思います。私自身はこの3月末で園を去りますが、つくばに蒔(ま)いた種を、現場がしっかり引き継いでくれるよう期待しています。(茨城キリスト教大学名誉教授、みらいのもり保育園園長)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

2 コメント

2 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

46人の100作品を一堂に 「茨城現展」始まる 県つくば美術館

個性を尊重し自由な表現活動を行う美術家団体「現代美術家協会茨城支部」(佐々木量代支部長)の第42回茨城現展が14日から、つくば市吾妻、県つくば美術館で始まった。同支部会員など約46人の美術家による油絵、デザイン、立体作品、工芸、写真などさまざまなジャンルの作品計100点が一堂に展示されている。佐々木支部長は「具象よりも抽象の方が多くなっている。その中で若い人がどんどん伸びていっている」と話す。 同協会は1948年に創設され、全国で約400人の作家が所属している。「現展」は関西、名古屋でも移動展が開催されるほか、全国16支部で地域展が催されている 佐々木支部長の水彩画は「混沌からの飛び立ち」というタイトルで、F8号を2枚重ねた縦76センチ、横91センチの大きな作品。「現代は混沌とした状態が続いている。早く良い世界になって欲しい」という思いを込めた。絵は鳥をイメージしたものを切り張りなどしながら抽象画としてまとめた。完成まで1年を要した。 会場には本部賛助作品として、渡辺泰史さん、八幡一郎さんの作品が飾られ、ほかに前支部長の佐野幸子さん、元JAXA筑波宇宙センター地球観測研究センター長の福田徹さんの作品が飾られている。福田さんは、「光の競演」など宇宙をテーマにした写真などを出品した。初日の14日には元宇宙飛行士の若田光一さんも鑑賞に訪れた。 昨年に続き、つくば市の筑波山麓で有機農業をしながら絵を描いたり演劇活動をする障害者施設「自然生クラブ」の知的障害者が描いた作品も展示されている。「自然生クラブ」で絵画を担当する安部田奈緒美さんは「NHK Eテレの『あがるアート』という番組に出たことがきっかけで現代美術家協会からオファーをいただいた。(知的障害者たちの)色彩豊かな絵を見て、アカデミックな教育を受けた方はびっくりする。ぜひ皆にも見に来てほしい」と話す。 会場を訪れた市内に住む善里賢子さんは「知り合いが出展しているので、毎年来ている。絵は詳しくないけれど優しい感じがしてとても良い」と語った。(榎田智司) ◆同展は14日(火)~19日(日)まで、つくば市吾妻2-8、県つくば美術館で開催。開館時間は午前9時30分~午後5時(最終日は午後3時まで)。入場無料。問い合わせは電話029-876-0080(同茨城支部)へ。

詩劇「憎しみは愛によって止む」《映画探偵団》99

【コラム・冠木新市】現在、詩劇コンサート・つくばシルクロード2026「憎しみは愛によって止む」(5月16日)の準備をしている。 1月25日、つくば市北条・宮清大蔵での「北条芸者ロマンの唄が聞こえる」終演後、観客のスリランカ人から話があると言われ、その夜、台湾料理店で会った。スリランカを代表する歌手クリシャンタ・エランダカさんが来日するので、コンサートをプロデュースしてほしいということだった。「4月に開催したい。ぜひに」と懇願され、了承してしまった。 ところが、5月連休まで会場がどこも空いていなかった。結局、昨年「雨情からのメッセージⅲ/空の真上のお天道さまへの旅」でお世話になったサンスイグループの東郷治久代表に相談し、山水亭(つくば市小野崎)の宴会場が借りられることになった。 「北条芸者〜」の後始末をしながら、このコンサートの企画を練った。クリシャンタさんはスリランカでは有名な方だが、日本では知られていない。さて、どうしたものかと考えた。以前、コロナで公演を中止した金色姫伝説をスリランカのチャンナウプリ舞踊団で企画したとき、スリランカのことを調べたことがある。日本にとって大恩のある国なのだ。 終戦後の1951年、日本が五つの戦勝国に分割統治されそうになったとき、国連で、セイロン(当時)の財務大臣ジャヤワルダナ氏が「憎しみは憎しみによって止まず、愛によって止む」とのブッタの言葉を引用し演説したところ、参加者が感動し、分割構想が廃案となり、日本は独立することができた。 さらにセイロンは対日賠償放棄までしてくれた。ふと、今年がサンフランシスコ講和条約75周年目に当たることに気が付き、「これと関連付け、良いものができないか」と思った。 「憎しみは愛によって止む」は、ブッタの言葉をテ一マにした2部形式の詩劇コンサート。第1部「終わりの始まり」は、講和条約の話を舞踊と映像で構成する。第2部「平和の里を訪ねて」は、スリランカ共和国になった翌年1973年に生まれたクリシャンタさんの人生と同国の現代史を重ねて歌で構成する。 『…ハリウッドに最も嫌われた男』 構想を練りながら、憎しみと愛について考えていたとき、伝記映画『トランボ ハリウッドに最も嫌らわれた男』(2015年)を思い出した。 脚本家ダルトン・トランボは、1950年代に共産党員だったため赤狩りに遭い、映画界から干されてしまう。観客からコ一ラをぶっかけられたり、引っ越した家のプ一ルに隣人からゴミを投げ込まれたり、数々の嫌がらせを受ける。しかし、市民や業界人から憎まれても、トランボは怒りにまかせて対応したりはしない。 B級映画会社に売り込み、安い値段で脚本を引き受け、変名で次々と脚本を書き上げる。赤狩りされた仲間にも仕事をあっせんし、脚本の直しまで引き受け、抵抗を続ける。誰も憎まず、知恵と粘りで困難に立ち向う。トランボが怒り出すのは、バスタブにつかり脚本を書いているところに娘が入って邪魔した時だけだ。 「ローマの休日」「スパルタカス」「栄光への脱出」「フィクサ一」「パピヨン」「ジョニ一は戦場に行った」。トランポの描く主人公は実にたくましく忍耐強い。 「憎しみは愛によって止む」の愛とは、知恵、勇気、忍耐から来るものではないだろうか。予算も人材も時間も足りないイベントだが、トランボを見習って取り組んでいる。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家) <お知らせ>朗読者養成講座「つくつくつくばの七不思議」(参加費無料)講師:冬木周一(朗読家)日時:4月25日(土)午後1〜3時場所:カピオ小会議室1対象:朗読芝居に興味ある方主催:一般社団法人スマイルアップ推進委員会

7部署42人に6255時間 市職員の残業代未払い つくば市が全庁調査公表

約2年間で総額1490万円 生活保護業務を担当していたつくば市職員の告発に端を発する同市の残業代(時間外手当て)未払い問題で(24年5月9日付)、五十嵐立青市長は14日、市役所全体で調査した結果、2021年4月から23年4月までの間、7部署の42人に6255時間の残業代未払いがあり、未払い総額は1490万円になったと発表した。 昨年5月までに支払い済みの生活保護など担当の社会福祉課職員24人(未払い時間3851時間、約860万円)以外に(25年6月20日付)、新たに6部署の18人に2404時間分の未払いがあったことが分かり、今月8日に約630万円を支払ったという。 18人に対する延滞金(遅延損害金)は40~50万円程度になる見通しで、市は議会に報告し速やかに対応するとしている。さらに職員の処分についても今後検討していくとしている。 6部署は、社会福祉課以外の福祉部の1部署、建設部の2部署、都市計画部の1部署、消防本部の2部署。具体的な課の名前は現時点で公表しないとしている。 サービス残業が発生した具体的事案として▽課の残業代の予算が不足した際に、所属長が残業を制限する指示を出し、残業の申請が適正になされなかった▽市の規則で月45時間超える残業は原則不可となっていることから、所属長が理由を問わず一律に不可とし、サービス残業の時間数を翌月に付け替えるなど不適切な管理をした▽所属長が残業を把握していながら適切な申請を促さずサービス残業が発生した▽残業の申請は、事前申請を原則としていることから、所属長が事後申請を認めずサービス残業が発生した▽残業時間の削減について所属長が特定職員に実現可能な手段を明示せず、残業時間の削減のみを指示したためサービス残業が発生したーなどがあったとした。 原因や背景については「特定個人によって起こったというより、全庁的に慣習に従って行われた部分も多い」などとした。 その上で、残業代未払いは全庁的な規模の問題だとし、組織全体としてこれまでの慣習を払拭し、再発防止に向け、①誤った認識を払拭するための全庁的な制度の周知②管理職による残業の事前命令と事後確認の徹底③必要に応じた予算措置などのほか、必要に応じた適正な職員数の配置、職員の能力向上のための研修、相談体制づくり、生産性を意識した評価制度の検討などに取り組むとしている。 一方、所属長の処分については、全庁的な慣習のほか、必要性が低いのに職員が残業した事例もあったなどとして、「所属長に一律に責任を課すことには疑義が生じ、処分は慎重さが求められる」などとしている。 全庁調査は、社会福祉課で残業代未払いがあったことを受けて実施された。五十嵐市長の処分については、すでに同課で未払いが発覚した際に処分を実施したなどから、追加の処分は実施しないとしている。 「全て明らかになったと思わない」 一方、最初に告発した当時社会福祉課の男性職員(41)=現在は別部署に異動=は「今回の公表で全てが明らかになったとは到底思っていない。私たち職員が置かれていたのは、必要な残業を適正に申請するのか、それとも職場の空気に従って黙るのかを迫られる、まさに『踏み絵』のような状況だった。しかも、定期監査結果や、職員間で直接聞き取ってきたサービス残業の実態と比べても、今回公表された結果とは大きなズレがある。まだまだ拾われていない被害があると思う」とし「社会福祉課についても、声を上げられた人、申告や請求にたどり着けた人は全体の一部。申請できなかった人、職場の空気にのまれて諦めた人、声を上げれば不利益を受けるのではないかと黙った人がいた」とし「一番懸念しているのは、声を上げた人(公益通報者)が守られず、私の二の舞になってしまうこと。問題の本質は、個人・現場の問題ではなく、市役所全体の組織風土にある。自主的な幕引きではなく、第三者を入れた検証と、声を上げた職員が不利益を受けない仕組み作りが必要」だとしている。(鈴木宏子)

たまゆら《続・平熱日記》191

【コラム・斉藤裕之】「将来きっと青い絵を描くよ…」。ある彫刻家が私に言った。唐突に、なんの根拠もなく。あれから随分と時が経った。 まだ寒い3月初旬、パクと山口に向かう。山の中では弟夫妻が変わりない日常を過ごしている。長旅を終えたパクも再会を喜んでいた。 その日は野暮(やぼ)用があって街まで出かけた。かつてにぎわっていた繁華街も人通りはまばら。少し時間があったのでちょっと気になるところを車で通ってみた。「たまゆら」という看板が見えて店内の明かりがわずかに見えた。思い切って引き返して駐車場に車を入れた。 この辺りは小学生だった私の新聞配達の受け持ち地域だった。だから半世紀以上経った今も当時の街並みと店の名前をはっきり覚えている。「たまゆら」にも新聞を入れていたのだけれども、居酒屋や料亭などが多い通りなので昼間は開いていない店が多い。 だから「たまゆら」も子供心には十分に怪しげなその言葉の響きから、てっきりその類の店かと思い込んでいた。その後、たまゆらとは玉響と書き、勾玉(まがたま)同士が触れ合うかすかな音から、ほんのひとときや束(つか)の間という意味を持つ美しい言葉であることを知った。 ところがつい先日のこと、ネットに「たまゆら」の記事がアップされているのを見かけて「たまゆら」が実は純喫茶で、しかも今もなお営業しているということを知った。 「それいゆ」 客は私ひとり。ゴブラン織りの椅子に重厚な調度品。天井近くにある年代物のスピーカーからはクラシック音楽。そして半世紀の時が醸し出すどこか懐かしい匂い。そのうち2組の客が入ってきた。 確か代替わりされたと記事には書いてあったが、カウンターの中から数人の女性のにぎやかな話声が聞こえる。子供の頃に新聞を配っていた「たまゆら」の中はこんな世界が広がっていた。 あの彫刻家が未来を予言していたわけではないだろうが、「斉藤さんの青い絵がいい…」という声をこのごろ耳にするようになった。人は青に何を見るのだろうか。チルチルとミチルの探す「青い鳥」は幸せや希望の象徴として描かれる。 シャルトル大聖堂のステンドグラスは無垢(むく)で神秘的な青だ。もし、たまゆら色という色があるとすれば…、それは奥行きを感じる軽やかな青だろうか。 大きめのカップに入ったコーヒーを飲み干して店を出た。この並びには確か「それいゆ」という店もあった。当時はその意味も分からないでいたが、なかなか趣のある屋号の店が並ぶ街に新聞を配っていたんだな。 数日後、静かな入り江のある街で、これを吉兆とするほど信心深くないが、こういう偶然が物語の始まりになることはあるのかもしれない、青い鳥が飛んできて目の前の塀にとまった。ちょっとドキドキした。たまゆらのひととき。浜ヒヨドリという鳥だと後で知った。(画家)