日曜日, 3月 29, 2026
ホーム土浦空気汚染の健康被害を知ってほしい 市民科学者、故 津谷裕子さんの著書を公開

空気汚染の健康被害を知ってほしい 市民科学者、故 津谷裕子さんの著書を公開

有害化学物質による空気汚染の被害者で、2021年2月に92歳で死去した土浦市の市民科学者、津谷裕子さんが、化学物質による健康被害について知ってほしいと09年に執筆した著書「絵でとく健康への環境対策ープラスチックからの新しいVOC空気汚染」(A5判、98ページ、社会評論社)が、「忘れるな 杉並病・寝屋川病~プラスチックリサイクルで生活を奪われないために」と題したウェブサイト内でこのほど全面公開された。

公開したのは東京都千代田区の市民団体「化学物質による環境汚染を考える会」代表の森上展安さんだ。森上さんは1990年代後半、当時住んでいた東京都杉並区で津谷さんと共に、プラスチックなどの不燃ごみ圧縮・詰め替え施設で健康被害を受けた周辺住民の実態調査や原因究明に取り組んだ。「杉並病」と呼ばれた健康被害だ。

公開された著書は、アレルギーやアトピーなどの患者が増える中、身の回りのさまざまなところから、これまで無かった、ごく微量の揮発性有機化合物(VOC)が発生し、新たな空気汚染が広がっている実態を知ってほしいと執筆された。

東京都杉並区の施設周辺住民の健康被害の調査結果や、プラスチックごみの圧縮や詰め替えで揮発性化学物質がなぜ発生するかをまとめている。その上で「プラスチックは不完全な加熱や機械的処理では、多種類で多様のVOCが発生し、毒性がごく強いものに変質することもある」などと指摘し、今日推進されているプラスチックのリサイクルについても疑問を投げ掛けている。

予防、救済、解明へ

ウェブサイトでは、著書に対する補足・説明を加え、公式には認められていない津谷さんオリジナルの考えもあると指摘する一方、大気汚染がどのように広がったのかについて津谷さんが「空気汚染が一様に拡散して広がるものではない」「空気中でとても薄い濃度だと分析されても、物やほこりの表面ではびっしりと汚染分子が並んで高濃度になって、表面に付いたり離れたりするので、人の周りの汚染濃度は高い」と記していることについて、「まさにその危険性を、マイクロプラスチックが海洋動物に与えるリスクとして、今、研究が進められている。杉並病からこの可能性を発見したのは、まさに先見の明でしたが、それゆえに当時の人たちには理解されにくかったのでしょう」と解説している。

さらにウェブサイトでは、杉並病と同様の健康被害が発生した大阪府寝屋川市の「寝屋川病」と呼ばれる健康被害や、原因物質と拡散の仕組み、プラスチックリサイクルの問題点などを指摘し、空気汚染と健康被害研究の第一人者である柳沢幸雄東京大学名誉教授が「本サイトで化学物質による環境汚染の理解が深まり、健康被害の予防、救済、解明につながることを祈ります」とメッセージを寄せている。

亡くなる直前まで草の根で測定活動

津谷さんは、つくば市の元通産省工業技術院機械技術研究所(現在は産業技術総合研究所)の研究者で、1996年、東京都が杉並区に建設した不燃ごみを圧縮・詰め替えする中継施設近くに住み、健康被害を受けた。当時、原因が分からないまま、先頭に立って住民の健康調査を実施し、97年、国の公害等調整委員会に公害調停を起こした。2002年、施設の操業に伴って排出された化学物質が健康不調の原因であることを認めさせる裁定を勝ち取った。

ただし原因となった化学物質が何であるかは特定されず、裁定では「この化学物質の数は二千数百万にも達し、その圧倒的多数の物質は毒性を始めとする特性は未知の状態にあるといわれている。(中略)今後、化学物質の解明が進展し、被害の救済につながることを強く期待する」とされた。

津谷さんはその後、土浦市に移り住み、2010年にNPO法人「化学物質による大気汚染から健康を守る会」を立ち上げ、亡くなるまでの10年余り、同NPO茨城事務所長を務めた。

この間、土浦市内の自宅兼茨城事務所を拠点に、化学物質過敏症の被害者の相談に乗ったり、全国各地の空気汚染の裁判を支援したり、海外から揮発性有機化学物質を測定する測定器を購入し、草の根で身の回りの空気汚染の調査を行ってきた。さらに測定データを集めて行政に対策を働き掛けたり、国と話し合いなどをしてきた。近年は、香害といわれる柔軟剤の臭いに悩む全国各地の住民からも相談を受けていた。

二度と起こらないように

森上展安さん(平野晋子さん撮影)

著書を公開した森上さんも1990年代後半、不燃ごみの中継施設があった場所から2キロ南に住んでいた。仕事で主に区外に出ていた森上さんには症状はなかったが、家にいた妻や中継所に隣接する公園で遊んでいた当時小学生の息子に発熱など風邪のような症状が続き、引っ越すと症状が無くなったと話す。

森上さんは津谷さんら地域住民と98年に「杉並病をなくす会」を立ち上げた。2002年の公害調停の裁定後も津谷さんと共に、現在まで、化学物質による健康被害について考える活動を続けている。

森上さんは「杉並で健康被害にあって泣き寝入りした人がいっぱいいる。住んでいるところを追われて、その後も体が良くならないという人の話も聞いている。二度とこのようなことが起こらないように、サイトを見てこういったことがあったということを多くの人に知ってほしい」と語った。

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塗装完了、ライトアップ再開 つくばエキスポセンター H2ロケット

40周年、エメラルドグリーンに つくば駅近くの科学館、つくばエキスポセンター(同市吾妻)のシンボルであるH2ロケット実物大模型の全面塗装工事が25日完了し、約4カ月間の工事を経て、一新された姿が披露された。同日夜にはライトアップも再開され、エメラルドグリーンの光が高さ約50メートルのロケットを照らし出した(25年12月11日付)。 今回の全面塗装は2014年以来、11年ぶり。昨年11月25日から足場の組み立て作業が始まった。1990年に同所にH2ロケット模型が設置されて以来、おおむね10年ごとに、基部から先端部分まで全面的に塗り替えが行われてきた。 ライトアップは工事完了に伴い、25日夜から再開された。今年エキスポセンターは、1986年4月の開館から40周年を迎えることから、ライトの色を、ロゴや看板、横断幕などに使用される40周年記念イメージカラーのエメラルドグリーンとした。これまでも、乳がん啓発月間にはピンク、世界糖尿病デーには青など、イベントに合わせてテーマカラーに変えながら常時、ライトアップを行ってきた。 館内では40周年を記念して、来場者用の記念スタンプや、館内限定で利用できる特設オンラインフォトフレームなどが用意されている。 今回の塗り替えについて、エキスポセンターの中原徹館長は「つくばエキスポセンターのH2ロケットの再塗装が無事終了した。つくばのランドマークであるロケットをきれいな姿で皆様に披露できることをうれしく思っている。是非、新品のようになったロケットを見にきていただけたら」と語った。 エキスポセンターは、1985年に開かれた「科学万博つくば’ 85」の第2会場として建てられ、万博閉幕翌年の1986年に科学館として再オープンした。当時、世界最大だったプラネタリウムをはじめ、万博関連資料が展示されているほか、最先端の科学技術をわかりやすく紹介している。 今回、お色直しされるH2ロケットの模型は、初の純国産大型ロケットとして1994年に1号機が打ち上げられた「H2」を模したもので、1989年の横浜博覧会で展示された模型を1990年6月にエキスポセンター屋外展示場に移設した。(柴田大輔)

J:COM茨城が「JCOMマーケティング茨城支社」に 4月から

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