【コラム・浅井和幸】ある若いママさんがいました。産後鬱(うつ)まではいかないまでも、我が子が乳児のときは大きな不安を抱えながら子育てを頑張ったそうです。不安を払しょくするために、本やインターネットで情報を集めたそうです。友人にも、いろいろ相談をして何とか乗り越えました。
そのおかげで、大きな不安があってもその乳児は元気に育ち、来年は小学校に入る年となりました。自己主張もするようになってきた我が子に対し、また大きな不安がママさんには湧いてきました。それは、インターネットで見た「心の傷は一生治らない」というフレーズです。
子どものころに、ひどいいじめを経験することで、大人になっても苦しみ続けるというものでした。また、母親が何気なく言った一言が、人生を苦痛に満ちたものとする、毒親(どくおや)という親が存在するというものでした。
その記事を読んだママさんは、日に日にお子さんの顔色をうかがうようになりました。ちょっとでも心に傷を負わせてしまったら、母親である自分のせいで、我が子を一生苦しみ続けることになると信じたからです。
我が子の、ほんの少しの顔の陰りが恐怖となりました。泣かせてしまうなんて論外で、ちょっとでも嫌そうな顔をしただけで、それは一生治らない心の傷になり、生きている間は苦しみ続けることになる、それは母親である自分のせいであると、結論付けられてしまうからでした。
誤解を生みやすいフレーズ
さて、「心の傷は一生治らない」という言葉は事実でしょうか。これは大きな誤解を生みやすいフレーズだといえるでしょう。このフレーズの裏には、「体の傷は治るけれど…」という言葉が隠れています。
ですが、体の傷だって一生治らない傷だってありますよね。心の傷も同じです。心の傷も、体の傷も、数日で治るものから、一生治らない傷もあるでしょう。
「時間は薬。時がたてば心の傷は治る」というのも、極端な表現で正確ではありません。時間は傷の回復には必要ですが、傷を深めることにもなりかねません。時間を心が癒えるために使うか、傷口を広げるために使うかが大切になってきます。
うまくいっているときは、少々乱暴に捉えること、言葉に表現をすることで、次の良いことにつなげることができます。ですが、不安が大きいとき、悪循環に陥っているときは、言葉の表現を正確にしていくことが大切です。
最初のママさん。もともと勉強熱心な方だったので、事実の捉え直しをして、お子さんが膝をすりむいて泣いても動揺しなくなったのと同じように、少々お子さんが不安な顔をしていても、見守れるようになりました。
不安や失敗をした経験。そして、それを乗り越える経験が大切であることを受け入れられるようになっていきました。もちろん不安を抱えながらも、です。(精神保健福祉士)