木曜日, 1月 15, 2026
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自治体営繕課による意欲作【つくば建築散歩】3

つくば国際会議場

筑波研究学園都市中心部にあるつくば国際会議場(エポカルつくば)は、1999年に開館した。学園地区の公共建築整備のガイドラインの一つであり、周辺の公園や市街地に圧迫感を与えず、街並みと融合するような軒高を与えられている。この施設の建設に当たって民間から、現在つくばセンタービルの改修を手がける坂倉建築研究所が参加したが、設計主体は茨城県土木部営繕課だ。

現実超えた過剰性

【鵜沢隆 筑波大名誉教授コメント】つくば市で坂倉建築研究所が実現した最大の建築空間。国際会議場という特異な施設機能がつくばで成立しうるか否かについては、計画当初から熾烈(しれつ)な議論があった。そうした議論をねじ伏せるかの如く、茨城県が推進したこのプロジェクトを坂倉建築研究所は具体的な空間としてデザインした。この施設の膨大な空間的ボリュームを、都市と調和的に馴染ませる空間配置の設計手法は、成功したかに見える。

しかしながら、既に計画当初から指摘されていたこの施設の特殊性が、竣工直後からすでに問題を顕然化させることとなった。つまり、つくばの地に主要な国際会議が招致できないというジレンマに直面することとなった。茨城県の潤沢な予算を受けて坂倉建築研究所が設計した国際会議場という施設は、街の風景に紛れてはいるが、有効活用されぬままに、つくばの過剰な施設となった。

国際会議場の充実した設備は、繰り返される小規模の集会程度では、完全に消化不良をきたしている。ここでしばしば開催されている、和服の着付け教室やら美容講座など、目を覆いたいほどの現状である。現実を超えたこの施設の過剰性がこの建築の全てであり、茨城バブルの建築的象徴である。

つくば市に坂倉建築研究所が実現した多数の建築群の中でも、その初期の南1駐車場の設計思想と比較すると、この国際会議場には明確な設計理念は認められない。ぜいたくな仕上げ材やほとんど人気のないうつろで巨大なホワイエなどが目立つだけである。つくば市の国際会議場という非日常的な機能を、新たな建築的空間として提示し得なかっただけでなく、単に都市の風景の中に埋没させただけである。

つくば国際会議場 会議室内観(同)

東京都に続き設計競技方式を駆使

【建築散歩】地方自治体による公共建築設計は、80年代に東京都財務局が設置した建築設計候補者選定委員会が、若手建築家の発掘や国際レベルの設計競技を実施し活躍した。この動向に続いたのが茨城県。土木部営繕課が様々な設計協議方式を駆使して、県内の大型建築でそれにふさわしい設計者を選出した。県土木部には内製で設計を手がけるという事例もあり、地方公共団体としては優秀な技能士職員が育っていた。

つくば国際会議場1階空間(同)

国際会議場もそのひとつ。この当時、営繕課担当者からうかがったエピソードは「会議場の1階空間を通して、建物内外の壁や窓の感覚的な隔たりを無くしたい」というものだった。その発想が、1階フロアの広々とした間取りと、そこから眺めることのできる竹園公園やつくば公園通りとの連続性をもたらしているが、樹木が成長した現在は、2階フロアからの眺望が、学園都市の緑被率の高さを再認識できる。(鴨志田隆之)

続く

➡つくば建築散歩1 槇文彦、筑波大学大学会館はこちら 
➡つくば建築散歩2 鵜沢隆、筑波大学総合研究棟Dはこちら 
➡つくば建築散歩4 谷口吉生、つくばカピオはこちら 
➡つくば建築散歩5 伊東豊雄、南3駐車場はこちら 
➡つくば建築散歩6 妹島和世、ひたち野リフレはこちら 
➡つくば建築散歩7 磯崎新、つくばセンタービルはこちら (敬称略)

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江戸時代後期につくばで活躍した発明家、飯塚伊賀七(いいづか・いがしち)が建てた「五角堂」のかやぶき屋根を修理する材料にしようと、ススキが自生する近隣の原っぱで12日、カヤ刈りイベントが開催され、地元の親子連れなど小学生から70代まで約70人が、刈り取ったススキを集めて束にするなどの作業を体験した。 伊賀七は当時の谷田部新町村の名主で、からくりの和時計、測量器具、地図、農業機械の自動脱穀機などを発明した。五角堂は伊賀七の生家に建てられた。何のために建てたのか分かってないが、床面が正五角形と当時は建築が難しく、独自の構造で建てられている。1958年に県指定史跡になり、89年に解体修理されたが、かやぶき屋根の傷みがひどくなり、五角堂を管理する同市が昨年、屋根の一部を修理した。残りの部分を、今回刈り取ったススキで修理する予定だ。 カヤ刈りイベントは、石岡市を拠点にかやぶき屋根の保存活動に取り組む市民団体「やさと茅葺き屋根保存会」(萩原寿盈会長)とつくば市教育委員会が共催した。場所はつくばエクスプレス(TX)みどりの駅近くの市立みどりの義務教育学校に隣接する未利用の原っぱの一部約200平方メートルで、市民ボランティアを募って実施した。 学校脇の原っぱにススキが茂っていることを知った市内に住む同保存会事務局の仲村健さん(44)が同校と市教委などに働き掛け、昨年、同保存会が同所でカヤ刈りを実施し、石岡市内のかやぶき屋根を修理する材料にした。その後、地元に住む谷田部地区活性化協議会の牧野秀宣会長(70)から「地元のカヤで五角堂を屋根を修理してはどうか」と提案があり、イベント開催に至ったという。 12日は午前中に同保存会が仮払い機でススキを刈り、午後に親子連れ約70人が刈り取られたススキを拾い集めて、ひもで縛り、束にした。2時間ほどの作業で121束が出来上がった。 刈り取ったカヤは、同保存会の会員が自宅の風通しのよい場所で保存する。さらにワークショップを開催し、屋根で作業しやすいようカヤの長さをそろえて束にする「かやごしらえ」を実施する予定だ。 母親と参加した近くに住む小学3年の戸田結斗さんは「学校でちらしをもらって参加した。カヤの束を積み上げた上に座って楽しかった」と話し、家族で参加した近くの会社員、藤尾友彦さん(42)は「毎日犬の散歩で通るところなので、普段できない経験をしたいと参加した」と語り、長女で小学3年の晴香さんは「ススキを束ねてぎゅっと結ぶのが難しかった」と話していた。 同保存会の仲村さんは「カヤ刈りを通して身近な歴史や文化を知り、それが現在や未来につながるものだということを感じてもらえたらうれしい」と話し、同活性化協議会の牧野会長は「地元のものを地元の材料で修理すると、親しみができる。小学生も参加し、自分たちが取り組んだもので修理できれば地元の歴史にもっと親しみがわくと思う。すごくありがたいし、子供たちがいっぱい参加してくれてよかった」と語っていた。 市文化財課によると、刈り取ったカヤは同保存会に約1年間保存してもらい、2027年度に五角堂の残りのかやぶき屋根の修理を実施する予定という。(鈴木宏子)