水曜日, 3月 29, 2023
ホーム コラム 柚のランドセル 《短いおはなし》1

柚のランドセル 《短いおはなし》1

伊東葎花さん

【ノベル・伊東葎花】

わたしの名前は柚(ゆず)。4月から小学生になるの。

ママにもらったランドセルはオレンジ色。

太陽の色だねってママが言った。

わたしはママとふたり暮らし。

ママは隣町の研究所で働いているから、わたしはいつもお留守番。

だけど寂しくないわ。だってもうすぐ小学生だもの。

今日、ママは会社をお休みした。

「柚、いっしょに小学校へ行くわよ」

ママはそう言って、よそ行きのお洋服を着せてくれた。

小学校へ行くのは初めてだったから、すごくうれしかった。

ママはわたしの手をぎゅっと握った。顔が少し怖い。

小学校は、とても大きかった。広い庭を囲むように、桜の木が植えられている。

まだ3分咲き。入学式にはきっと満開ね。

ママは、口をぎゅっと結んで職員室に入った。

「教頭先生、入学を承認して下さい」

「またあなたですか」

窓辺に座っていた教頭先生が、あきれた顔をした。

「今日は娘を連れてきましたの。ほら、見てください。どこから見ても立派な6歳児でしょ。他の子と、何ら変わりありません。お願いします。柚を入学させてください」

教頭先生は、困ったようにため息をついた。

「確かにこの子はよくできています。人間そっくりだ」

「人間ですよ。年齢に合わせて成長させるし、感情だってあるんです」

「どんなに人間そっくりでも、ロボットの入学は認められません」

「柚は人間です」

「参ったなあ」と、教頭先生は頭をかいた。

「ちょっと調べさせていただきましたが、あなた、数年前に娘さんを亡くされてますね。小学校の入学前だったとか。それで娘さんそっくりのロボットを造った。お気の毒だと思います。お気持ちはわかりますよ。だけどね、その子は人間じゃない。どんなに高性能でも機械だ。残念ですが、何度来ても答えは同じです」

ママは唇をかみしめて、今にも泣きそうな顔をした。

帰り道、ママは手をつないでくれなかった。

ただ悲しそうに、桜の花を見上げていた。

家に帰っても、ぼんやり空を見ていた。

顔をのぞき込むと、ママは泣いていた。

わたしが小学校へ行けないから。わたしがロボットだから。

悲しい気持ちは理解できるけど、わたしの目から涙は出ない。

いっしょに泣いてあげられなくてごめんね。

西の窓から夕陽が射し込んで、ランドセルを照らした。

「ママ見て。夕焼けとランドセル、同じ色だね」

ママは振り向いて、少し笑った。

そしてわたしをぎゅっと抱きしめて「ごめんね、柚」と何度も言った。

きっとわたしじゃなくて、天国の柚に言ったんだ。

柚が行くはずだった小学校。柚のランドセル。

夕焼け空が、夜の色に変わっていく。

ねえママ、明日もわたし、ママの子どもでいいんだよね。(作家)

【いとう・りつか】小説ブログを始めて12年。童話、児童文学、エンタメ、SFなど、ジャンルを問わずに書いている。文学賞にも挑戦中するもやや苦戦気味。第19回グリム童話賞大賞、第32回新見南吉童話賞特別賞、第33回日本動物児童文学優秀を受賞。妄想好き。猫好き。趣味は読書と太極拳。東京生まれ、美浦村在住。伊東葎花はペンネーム。

1コメント

guest
名誉棄損、業務妨害、差別助長等の恐れがあると判断したコメントは削除します。
NEWSつくばは、つくば、土浦市の読者を対象に新たに、認定コメンテーター制度を設けます。登録受け付け中です。

1 Comment
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー

注目の記事

最近のコメント

最新記事

音楽家たちに発表の場を つくばのカフェで演奏会

カフェやレストランなどを使って音楽家が発表する場をつくりたいと、つくば市内で飲食店を経営する飯泉智弥さん(49)が音頭をとり、同市竹園の商業施設、ヨークベニマルタウン内のエヌズ カフェ(N's Café)で20日、家族連れや関係者を招いたミニコンサートが開かれた。 飯泉さんは2017年に、小学1年生から大学生までの「筑波ジュニアオーケストラ」の立ち上げに尽力した(2017年10月27日)。21年にはつくば駅前の商業施設トナリエつくばスクエア・クレオに地元の音楽愛好家たちのためストリートピアノ「つくぴあ」を設置した。 その後、ストリートピアノの利用者たちの間から、定期的な音楽会をやってみようという声が上がったという。 飯泉さんは、どんな形で開催できるか、まずは試しにやってみようと、自らがオーナーとなっているカフェをプレ・イベントの開催会場とした。 店内のどの場所で演奏するか探りながら、当日はカフェの中央にステージを作った。来店客は、テーブルに座って食事をしながら音楽を聞く形になった。

3回目の桜《短いおはなし》13

【ノベル・伊東葎花】 早春の公園。青空に映える満開の桜。 私は公園のベンチに座って、砂遊びをする息子を見ていた。 「見事に咲きましたなあ」 隣に座る老人が話しかけてきた。 老人は、息子を見ながら言った。

数センチの隆起や沈下を面で可視化 「地殻変動の地図」公開

国土地理院 人工衛星データを解析 国土地理院(つくば市北郷)は28日、日本全国の大地の動きを可視化する「地殻変動の地図」を公開した。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が運用する陸域観測技術衛星2号「だいち2号」の観測データ8年分を用いて作成された変動分布図で、地形のわずかな隆起や沈下を彩色によって分かりやすくとらえられるようにした。 公開された全国地殻変動分布図は「地理院地図/GSI Maps」により一般にも簡単にアクセスし閲覧できる。 地殻変動分布は「だいち2号」の合成開口レーダー、SAR(Synthetic Aperture Radar)技術によって得られた。人工衛星から地表に向けて電波を照射し、戻ってきた電波を受信し、往復にかかる時間により地表までの距離を面的に観測するセンサーの一種。人工衛星では、地球を周回しながら同一地点に異なる方向から電波を2回、照射し観測することで、大きな開口を持ったアンテナと同様な解像度を得る。 微小な地形の変化を正確に読み取るには、統計的処理のために大量のデータが求められた。2014年8月から8年以上の観測データを得て、時系列解析を行った。国土地理院宇宙測地課、佐藤雄大課長によれば、衛星からの撮影は約1500回に及び、画像枚数にして6400枚のデータを得たという。

仕様書不備で落札決定取り消し つくば市

つくば市が3日に開札を実施した同市佐地区と上菅間地区2カ所にある生活排水路浄化施設の維持管理業務の一般競争入札で、同市は28日、業務委託の仕様書の中で、汚泥の処分方法を「産業廃棄物として処分する」など明記すべきところを明記していなかったとして、落札者の決定を取り消し、入札を不調にしたと発表した。 市環境保全課によると業務委託の内容は、2カ所の浄化施設を今年4月から来年3月までの1年間、維持管理点検し、汚泥を清掃し処理するなどの業務で、2月10日に一般競争入札が告示された。予定価格は約276万円で、3者が入札に参加。今月3日に開札が行われ、落札業者が決定していたが、28日までに仕様書の記載内容に不備が確認されたとして、落札者の決定を取り消す。 今後の対応について同課は、入札業者に事情を説明すると共に、4月以降の業務について、数カ月間は随意契約とし、その間に入札の準備を進めて、改めて入札を実施するとしている。 再発防止策として、仕様書を作成する際は複数名により記載内容の確認を徹底し、適正な仕様書を作成することで再発防止に努めますとしている。

記事データベースで過去の記事を見る