水曜日, 3月 4, 2026
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コミュニティーバスの新顔「つちまる」 土浦市に発車

土浦市の新たなコミュニティーバス「つちまるバス」荒川沖駅ー霞ケ浦医療センター線が20日、運行を開始した。バス路線が廃止され公共交通不便地域となっていた中村南・西根南地区と、近隣の病院や商業施設、公民館などを結ぶ路線で、市南部の常磐線荒川沖駅から中心部の霞ケ浦医療センターまで約15キロを午前8時から午後5時45分まで1日10便運行する。

同市のコミュニティーバス(コミバス)は、NPOまちづくり活性化土浦が運行し中心市街地を巡回する「キララちゃんバス」の3路線に続いて4路線目。新路線のつちまるバスは、市の地域公共交通活性化協議会(会長・岡本直久筑波大教授)が運行主体となり、関東鉄道に運行を委託する。

バスは定員8人のワゴン車で、グレーの車体に「つちまるバス」の文字などが貼ってある。運賃は1乗車に付き大人200円、小学生100円、障害者は半額。キララちゃんバス(大人150円、小学生80円)より少し高めだ。乗車人数の目標は1便4人程度、年間1万4780人を目標にしている。今年度の運行委託費は準備期間も含め7月から来年3月までで約780万円。年間では約1600万円という。

運行拡大、市長選の争点にも

高齢化が進み2010年をピークに人口が減少に転じている土浦市は、バス路線の休廃止が許可制から届け出制になった2001年以降、40路線以上が廃止となっている。荒川沖駅と土浦駅を結ぶ路線バスは2004年と13年に2路線が廃止となった。

これに対し市は、駅やバス停から遠い地区を公共交通不便地域と定め、各地区にコミュニティー交通の導入を促してきた。2011年10月には地元商工会などが運営委員会などを組織してコミバス「新治バス」を試験運行したが、地元負担3割という条件の下、利用がふるわず2年半で廃止となった。

その後も市は、バス路線がない地域にコミバスの導入を働き掛けたが地元負担3割が壁となって導入が進まず、2019年11月の市長選ではコミバスの運行拡大が争点の一つになった。

改選後の2020年から市公共交通活性化協が新たなコミバスの導入に向けて検討を始め、公共交通不便地域の7地区を対象に、住民アンケート調査、高齢者の割合など地域の状況調査、バス利用の意向調査などを実施した。

調査結果をもとに7地区を順位付けし、バス導入の必要性が最も高い中村南・西根南地区から運行することを決めた。さらに地区長との懇談会、地元説明会などを開き、どこに立ち寄ってほしいかや停留所をどこに設置するかなどのアンケート調査をとり、路線や停留所を選定した。

残り6カ所の公共交通不便地域は、バス導入の必要性が高い順に、②右籾③乙戸南④並木・板谷④木田余東台⑥中高津・永国台・永国東町⑦神立中央・神立町の順。地元の意見を聞きながら順次、コミバスの導入を検討していく。(鈴木宏子)

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良好な景観と交通安全確保へ 街中で、LEDビジョンなどを用いて広告などを流す電子看板「デジタルサイネージ」の設置件数が増加する中、良好な景観を維持し交通安全を確保しようと、土浦市は2日、屋外などのデジタルサイネージの表示に関するガイドラインを県内で初めて策定した。 デジタルサイネージに特有の光のまぶしさ、映像の動き、音の大きさなどについての指針を示すもので、市内を、にぎわいを創出するエリア、自然と歴史のあるエリアなど4つに分け、エリアごとにそれぞれの指針を示している。デジタルサイネージは、人の視線や注意を特に引きつけるなどの特性があることから、景観維持のほか、ドライバーや歩行者の不注意による交通事故を誘発するのを防ぐことが目的。 具体的には ①夜間の光の明るさは、原則として1平方メートルあたり400カンデラ以下(スマートフォンを暗闇で光らせたくらい)とする ②光が夜空に拡散しないようひさしなどを付ける ③色や模様は、うずまき模様や細かい縞模様などは見る人に錯覚などを引き起こすことがあり好ましくない ④動きは、極端な点滅、高速で動く、クイズ形式などは、ドライバーに幻惑を誘発し交通事故を誘発する恐れがあるため避ける ⑤設置位置は信号機と重ならないようにする ⑥霞ケ浦や河川の水面に反射しないよう配慮する ⑦音は、駅前などにぎわいを創出するエリア以外は音を出さないーなど。 市内を駅前などにぎわいを創出するエリア、幹線道路沿いや工業団地などのエリア、霞ケ浦湖畔や筑波山麓エリア、落ち着きのある旧城下町エリアの4つに分け、それぞれエリアに応じた指針を示している。旧城下町エリアについては屋外広告物条例で設置そのものを禁止している。 これまで同市は市景観計画や屋外広告物条例で屋外広告物の大きさや設置位置などを規制してきた。現在、市内には17基のデジタルサイネージが設置されており、これまで市民から「まぶし過ぎる」などの意見が計5件、市に寄せられ、市はその都度、設置事業者に連絡などしてきた。今回のガイドラン策定を機に、17基の事業者のほか、新たに設置を計画している事業者にも周知を図っていきたいとしている。ただし強制力や罰則はない。 同様のガイドラインは全国で、さいたま市、千葉県柏市、名古屋市、大阪市などがすでに策定している。同市の特徴として、夜間の光の明るさについて、近くに別の光源などがある場合は一部、明るさの基準を緩和している。大学の研究結果などを取り入れた緩和で、全国初という。

「うつろ舟」享和3年 常陸国に漂着《ふるほんや見聞記》14

【コラム・岡田富朗】皇居向かいに位置する国立公文書館では2月28日から3月13日までの期間、所蔵されている『弘賢随筆』(ひろかたずいひつ)の原本から、「うつろ舟」が描かれている箇所(上の写真)が展示されています。「うつろ舟」の形は現代の人が見ると空飛ぶ円盤のようにも見えますが、江戸時代後期の1803(享和3)年2月22日、常陸国に漂着したとされる舟です。 漂着したのは、現在の茨城県神栖市波崎舎利浜(しゃりはま)ではないかと言われています。『弘賢随筆』は、幕臣で蔵書家としても知られる屋代弘賢(やしろひろかた、1758~1841)の手もとにあった雑稿を取りまとめ、不思議な出来事や変わった噂(うわさ)などが数多く収録されています。 55年前設置された国立公文書館 国立公文書館は、「公文書等の保存、閲覧・展示などへの利用、公文書の調査研究を行う機関」として、1971(昭和46)年7月に設置されました。今日では、公文書館は図書館・博物館とともに、文化施設を支える三本の柱の一つとなっています。 館内入口の展示スペースでは、常設展示に加え、1~2カ月ごとにテーマを変えた企画展や特別展が実施されています。常設展示では複製資料を展示していますが、期間限定で貴重な資料の原本が並ぶこともあります。 国立公文書館の設置に際し、その重要な一部門となった内閣文庫は、1873(明治6)年に太政官に置かれた図書掛に始まり、1885(同18)年の内閣制度創始と同時に内閣文庫となりました。以来、和漢の古典籍・古文書を所蔵する我が国屈指の専門図書館として、内外の研究者に親しまれてきました。 所蔵品のうち、日本の資料で最も古いものとしては、東大寺文書に含まれる908(延喜8)年の文書があるそうです。 1998(平成10)年7月には、筑波研究学園都市内に、つくば分館を設置し、書庫などの拡充を行いました。現在、175万冊が所蔵されており、うち50万冊が内閣文庫、125万冊が行政機関などから移管された公文書です。 3~5月に昭和100年記念特別展 データ化が進んでいるものの、毎年行政機関から4~5万冊の公文書を受け入れており、永久保存していく資料であるため、蔵書は増加の一途をたどっているそうです。そのため、既存施設の書庫が近年中に満架となる見込みであることを踏まえ、2029(令和11)年度末には、新館の開館を予定しています。新たな国立公文書館は、新たな憲政記念館と合築で整備され、展示スペースも広くなるそうです。 「公文書は保存するだけではなく、利用していただくことにも意味があるので、より多くの方に公文書館を訪れていただきたい」と、総務課広報の新井さんは話してくれました。「うつろ舟」展示終了後、3月20日~5月24日までは、昭和100年記念特別展「昭和の日本人とフロンティア―南極・深海・宇宙への挑戦―」が開催されます。(ブックセンター・キャンパス店主)