日曜日, 9月 13, 2026
ホームコラム入沢弘子霞ケ浦から桜川へ自転車散歩 《ポタリング日記》1

霞ケ浦から桜川へ自転車散歩 《ポタリング日記》1

入沢弘子さん

【コラム・入沢弘子】高架道でまちを抜けると霞ケ浦が見えてきました。こんな快晴の日の湖面は透明感のある瑠璃色。沖には数隻のヨットの白い帆がくっきり。今日は湖の近くを走ってみましょうか。

りんりんポート土浦の駐車場は、県外ナンバーでほぼ満車。ロードバイクのサイクリストの間で車から自転車を降ろします。さっき見えた土浦港に行ってみようかな。隣接する三帆ひろばでラクスマリーナのヨットを撮影。見晴らしがよく気持ちがスッとします。

停泊するモーターボートを眺めながら港沿いを行くと、日本三大水天宮の水天宮に到着。水神宮と稲荷大明神と三社が並んで見送ってくれました。近くの出島状に湖に突き出た港町地区には湖岸道があったはず。ジョギングや散歩の人たちがちらほら。岸から釣り糸を垂らす人がたくさん。小さな船だまりの木造船の先に養殖さおや漁網もあるのは、漁をしていた頃の名残かな? 湖面を渡る風は、かすかに潮の香り。

おやつは「リンリンチョコ」

秋は土浦全国花火競技大会が開催される時期。今年も中止だけれど、会場付近の様子を見に桜川を上ってみましょう。桜川堤の右岸は歩行者と自転車のみ通行可能な道が整備され、自動車も通行可能な区間は、河川敷の道に降りられるので安心。約500本の桜並木の堤防は、昔からのお花見の名所で有名です。

港町から水郷橋のたもとを渡り、常磐線の橋梁をくぐり、桜川橋、匂橋、銭亀橋、土浦橋を通過すると学園大橋に到着。この辺りが花火大会の時は桟敷席になる場所です。来年は夜空に咲く大輪の花が見られますように。

広い河川敷で休憩。土浦駅前の老舗・高月堂で買った「リンリンチョコレート」でおやつタイムです。特産品のレンコンのチップ入りチョコは食感が楽しく、まろやかな甘さに癒されます。さあ、この後はどこに行こうか。町なか探検をしようか…。

自転車と泊まれる駅のホテル

日本で2番目に大きな湖・霞ケ浦のほとりにある城下町土浦市。世界に誇る「ナショナルサイクルルート」に認定された「つくば霞ケ浦りんりんロード」の玄関口です。JR土浦駅は日本で唯一のサイクリスト仕様のアトレ(「プレイアトレ土浦」)。部屋に自転車と泊まれる星野リゾートのホテルも開業しました。

サイクルウェアに身を包み、輪行バッグで改札口を通る人も多く、市内の店舗のサイクルラックにも、ロードバイクが停められている「自転車のまち」。

駅前の図書館に勤務していたころは、土浦が「自転車のまち」として変貌するのを他人事のように見ていましたが、次第に自転車ライフを楽しみたくなり、駅ビルの店で自転車を購入。小型自転車BROMPTON(ブロンプトン)は、折りたたんで車に乗せられる気軽さをとても気に入っています。

これから、土浦市やその周辺を自転車散歩した様子を「ポタリング日記」として記していきます。本格的な自転車乗りの方には物足りないと思いますが、ご容赦ください。(広報コンサルタント)

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