物質・材料研究機構(NIMS、つくば市千現)は5日、新型コロナウイルスの簡易診断の感度を劇的に向上させる材料の開発に成功したと発表した。NIMS機能性材料研究拠点のグループリーダー、荏原充宏さんらとエジプト肝臓病センター(ELRIAH)の共同研究による成果。
いわゆるPCR検査は、遺伝子の特定領域を数百万から数十億倍に増幅させる反応で感染を検出する方法だが、一般に検査用の装置が高価なため、途上国などで簡便に検査を行うことができなかった。
PCR検査以外の検出方法もあるが、感染してからの日数、採取の仕方、用いる検査薬などの違いによるばらつきも大きいため偽陰性が出やすく、感度も60-70%程度と低いのが現状という。簡便で安価な方法である抗原検査(※メモ)を用いたいが、感度の悪さから抗原量の少ない陽性患者を見逃しがちなため、新型コロナの診断には使えなかった。特に抗原濃度が低い鼻腔や咽頭の拭い液を用いる場合は、検出感度の低さが障害となった。
そこで共同研究では、低濃度の抗原を、目視の抗原検査で陽性が判断できるレベルまで濃縮・精製することができる手法を開発した。荏原さんが長年研究してきた「スマートポリマー」と呼ばれる特殊な高分子材料を用いた。温度に応答して水への溶解性が劇的に変化する性質を有している。
スマートポリマーにコロナウイルスの抗体を結合させると複合体(Smart Cov)ができる。この材料は、温めると水に不溶化して沈殿する。これによって誤診断の要因となる余計な物質を取り除くと同時に、抗原を濃縮できるのだそう。
従来は1ミリリットル当たり500ピコグラムの抗原濃度を下回ると陽性・陰性を目視で判断するのが難しかったが、この濃縮技術により、同50ピコグラムという抗原濃度でも陽性ラインを目視できるレベルまで感度が向上した(1ピコは1兆分の1、ナノより1000分の1小さい)。「簡易抗原検査の感度を従来法に比べて約10倍に向上させる」技術といえるという。
研究成果はすでに特許出願済み。荏原さんはこれまでも、スマートポリマーをがん治療に利用する技術を考案するなど、多くの病気をターゲットにして研究してきた、昨年から新型コロナウイルスを対象とした研究を始め、今回は特に大きな手ごたえを感じているそうだ。基本的にこの技術は感染症全般に使えるものだそうで、「安価で安全なポリマー材料を使うメリットはSDGsでもある。世界中誰でもどこでも使える医療を目指すうえで重要と考えた」という。
エジプトの病院と連携したのもそんな意図から。現在ELRIAHにブランチラボを建設中で、これができるとアフリカでの大型の治験ができるようになる。将来的には偽陰性患者を大幅に減らし、感染拡大と重症化を未然に防ぐ新たな診断ツールとして実用化を目指していくとしている。(相澤冬樹)
※メモ 抗原検査
検査したいウイルスの抗体を用いてウイルスが持つ特有のタンパク質(抗原)を検出する検査方法。イムノクロマトグラフィー法は妊娠検査などにも利用されている。PCR検査に比べ検出率は劣るが、少ない時間で結果が出る、特別な検査機器を必要としないことから速やかに判断が必要な場合等に用いられることが多い。