土曜日, 11月 29, 2025
ホームコラムつくばの街づくり 迷走する市の計画 《吾妻カガミ》109

つくばの街づくり 迷走する市の計画 《吾妻カガミ》109

【コラム・坂本栄】TXつくば駅前に新装オープンした「トナリエ クレオ」をのぞいてみました。撤退した西武百貨店では「デパ地下」だった1階には、食品スーパー「ロピア」のパワフルな食材が並び、以前とは大分違った雰囲気でした。茨城初の同店が核店舗として入り、つくばセンター地区は平成のころとは違ったまちに生まれ変わるような予感がします。

徒歩や自転車で行ける「クレオ」

トナリエ・クレオ開店の様子は、本サイトの記事「クレオ3年ぶりに再オープン」(5月19日掲載)をご覧ください。新しい家主「日本エスコン」の伊藤社長のあいさつが引用されていますが、「大型百貨店などのGMS(ゼネラル・マーチャンダイズ・ストア)を核とする構成から、地域住民に欠かせない食品スーパーを核とするNSC(ネイバーフッド・ショッピング・センター)に構成を変えていく」との考え方には、なるほどと思いました。

業界用語NSCとは、食品スーパーを中心にして、近隣住宅街などの小商圏をターゲットとする商業施設のことだそうです。大商圏を想定して高級品も扱う百貨店とは違ったコンセプトです。中部電力系の東証1部上場不動産会社・日本エスコンとしては、つくば駅周辺に林立するマンションに注目(自らもクレオ隣りに建設中)、勢いのある食品スーパーを誘致したようです。

この地区には、カスミ・フードスクエア学園店、ヨークベニマル・つくば竹園店、西友・つくば竹園店など、有力な食品スーパーがひしめいています。そこに新たなNSCをぶつけてきたことに、エスコンとロピアの気合いを感じます。クレオに徒歩あるいは自転車で来られるエリアに、これからもマンション、戸建住宅が増えると読んだからでしょう。

これらの店の大商戦によって、つくば駅周辺が活気ある「オフィス+マンション+飲食店+小売店」地域になればと思います。

市の無為は「まちづくり」にプラス

こういった絵を描いていたら、2年半前に、五十嵐市長が「つくば駅周辺にマンションを建てさせない」と言っていたのを思い出しました。この計画がまだ生きているとすれば、進出会社の読みに狂いが生じます。そこで市長にただしたところ、マンションを規制する方針は変わっていないということでした。どうやら、市は民主導の「まちづくり」が面白くないようです。

市主導の「まちづくり会社」による「クレオ再生計画」が失敗した後、コラム「クレオ問題 そして祭りは終わった?」(2018年11月5日掲載)の中で、「市は時間軸を曖昧にしたまま、つくば駅周辺にマンションを建てさせない用途制限措置を導入しようとしている。これでは、建設を誘導しているようなものです」と指摘しました。

その後の推移を見ると、市はマンション規制に動かず、市長発言によって逆に建設が促され、マンションの集積が進むことになりました。市長の言行不一致=無為が「まちづくり」にプラスになったわけです。

エスカレーター問題で迷走するセンター地区再生計画もそうですが、市は余計なことをしない方がよいようです。この際、お荷物の「センタービル」の再生も、市主導の「まちづくり会社」ではなく、知恵と力がある民間会社に頼んだらどうでしょうか。この提案、コラム「センタービル再生の問題点」(2020年8月3日掲載)でも書きました。(経済ジャーナリスト)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

47 コメント

47 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

「来年はもっとバージョンアップ」 関彰商事とハノイ工科大 スポンサー契約を更新

日本商工会議所が関心 関彰商事(本社 筑西市・つくば市、関正樹社長)つくば本社で28日、同社が包括連携協定を結ぶベトナム・ハノイ工科大学とのスポンサー契約更新の調印式が催された。関社長は「ハノイ工科大学とは10年の付き合いがあるが、来年はもっとバージョンアップいきたい。今回、日本商工会議所が関心をもってくれたことが成果。日本とベトナムの架け橋になれるようがんばっていきたい」と話した。 調印式には同大からヴー・ヴァン・イエム副学長ら3人が出席し、同社社員らがベトナムの国旗を持って一行を出迎えた。関社長は「壁は日本語、さらに多くの学生が日本企業で活躍できることと、この事業が持続していくことを期待している」と述べた。 同大からは、優秀な学生に奨学金を出し最終的に日本企業に貢献してもらうことや、高校生の交換留学を進めることなど二つの提案があった。 同社は2016年にハノイ市に事務所を開設し、ベトナムでの事業をスタートした。グループの人材派遣会社である「セキショウキャリアプラス」が、今年第12回目の合同企業説明会「セキショウ ジョブ フェア」をハノイ工科大学で開催。日系企業によるベトナム人大卒エンジニアなど高度外国人材採用や、ベトナム人求職者の就労をサポートしている。18年にはハノイ工科大学を支援するスポンサー契約を結び、継続している。 同大は1956年に設立されたベトナム初の技術系総合国立大学で、同国の理科系大学では最難関とされる。学生数は4万人以上を超え、1学年600人余りが日本語を学ぶ。11月2日と3日に同大で開催されたジョブフェアには2000人以上が参加している。日本では東京工業大学、慶応大学などが姉妹校となっている。 同社の寄付金により同大に建設中の日本とベトナムの文化交流施設「越日スペース」は、来年8月に完成が予定されている。施設は2階建てで、日本語学習や関連セミナー、文化交流などのイベントが開催されることになっている。(榎田智司)

つくばセンター地区と水戸芸術館に見る「理想の終わり」《水戸っぽの眼》7

【コラム・沼田誠】現在、水戸芸術館(水戸市五軒町)では「磯崎新:群島としての建築」展が開催されています。今回コラムでは、この企画展を見て考えたことを踏まえ、つくばセンタービル(1983年開園)と水戸芸術館(1990年開館)を比較してみたいと思います。様々な要素の併置両建築には二つの共通項があるように感じています。一つは「複数の異なる機能や要素を、同じ場所に置く」という特徴です。様々な機能や意匠が、統一された秩序の下に配置されるのではなく、まるで島々のように並び立っているということです。 これは、磯崎が1970年代末から展開した「群島」という思想に基づくものです。都市はもはや単一の理念や価値観では成り立たず、異なる文化や論理が、時に緊張関係をはらみながら併置される―そのありさまを建築で表現しています。 もう一つは、広場に立った時の「静謐(せいひつ)さ」です。センタービルも、水戸芸術館広場も、アラン・ポーの小説『アルンハイムの地所』に描かれるような、外界から隔絶された「閉ざされた理想郷」の趣があります。 例えば、センター広場で行われるイベントの多くは、広場そのものではなく、その周囲のペデストリアンデッキなどで展開されています。ある出展者にその理由を尋ねたところ、「センター広場だと音も外に伝わらず、イベントの開催に気付かれないから」とのことでした。人を選別する空間広場とは本来、誰にでも開かれた空間であるはずです。しかし、二つの広場は、どこか「理性的にふるまう者」だけが立ち入ることを許された場所として造られているからではないか─そんな気がしてなりません。そして何より、そのことに誰よりも自覚的だったのは、磯崎自身だったはずです。 その証左として、磯崎自身が制作した版画作品「廃墟と化したつくばセンタービル」(1985年)があります。センタービルが完成する前から、彼はその廃墟としての姿を想像していました。それは、建築が制度や理性の象徴として立ち上がりながら、同時に崩壊へ向かう運命にあることを暗示しています。 つまり、センター地区における「群島」とは、単なる多様性の象徴ではなく、統合する理念が失われた後の「残骸」の姿でもあるわけです。それは、多様性を認めながらも他者との交わりを恐れる、近代的な知性の孤独と言えるかもしれません。 あるいは、無目的=屹立(きつりつ)した個性が明確でないことに対する「恐れ」も含んでいるのではないかとも感じます。かつて「多目的ホールは無目的ホール」という言葉が関係者より繰り返し語られていたことが思い出されます。廃墟から再構築へ一方、水戸芸術館には、同じ群島的構成でありながら、こうした「廃墟」のイメージや関連作品が見当たりません。その理由をあえて想像するなら、芸術館が計画された時代背景(1980年代後半)が大きい気がします。そのころ日本は、バブル景気による過剰な繁栄に包まれ、世界では冷戦が終結し、崩壊の予感よりも明るいムードが満ちていました。 こういった時代を受け、磯崎は「理性の限界を嘆く建築家」から「異なる文化をつなぐ媒介者」へと、立場を変えていったのではないかと想像します。 「廃墟」はもはや前提として内側に沈み込み、それを踏みしめながら、もう一度秩序を構築しようとする意思へと転じたのではないでしょうか。個人的には、合理的な西洋近代に代わるものとして、東洋的な思考、具体的には「風水」的な意匠を水戸芸術館に取り入れようとしたのではないかと感じています。 まとめると、つくばセンタービルは「終わりを見つめる建築」。水戸芸術館は「終わりを越えて立ち上がる建築」。二つの建築は、崩壊と再構築の間に立つ人間の葛藤を、静かに示しているように思います。(元水戸市みとの魅力発信課長)

免許返納後は公共交通でお出掛け 土浦のバス事業者が「乗り方教室」

免許返納後はバスに乗る生活にスムーズに移行してほしいと、土浦市でコミュニティバス「キララちゃんバス」を運行するNPOが27日、高齢者を対象に初めてバスの乗り方教室を開催した。 NPO法人まちづくり活性化土浦(同市中央、横山恭教理事長)が実施した。同NPOマネージャーの金澤敦子さん(53)は「免許返納時に初めてバスに乗るのでは戸惑ってしまう。車を運転しているうちに、並行してバスに乗り慣れる生活を送ることが大切。いつでもバスの生活にシフトできるよう、乗り方教室を企画した」と狙いを話し、「キララちゃんバスの乗り方がわからず、利用しない人もいる。乗り方を覚えるきっかけさえあれば利用してくれるはずという思いもあった」と語る。 27日開催されたバスの乗り方教室には、シニア団体、同市港町三丁目寿会の70代から92歳までの男女17人が参加。同NPOの横山理事長は「キララちゃんバスは市ではなく、まちづくり活性化が運行している。足として、キララちゃんバスを利用していただいて、安心して暮らせる環境作りをしたい。今日は実際に乗っていただき便利さを実感してほしい」とあいさつした。 参加者は港町三丁目バス停から乗車。バスを待つ間、バス停の時刻表に掲載されているQRコードを読み取ると、バスが今どこを走っているかがわかる最新のバスロケーションシステムについても、各自自分のスマートホンをかざして体験した。 乗車する際は、前扉から乗車して乗車券を見せる、降車するバス停名がアナウンスされたら降車ボタンを押して降りるといった流れも体験した。乗車料金の支払い方法として交通系ICカードをタッチしたり、現金で払ったりなどさまざまな方法があることも同法人スタッフから説明を受けた。キララちゃんバスに初めて乗ったという参加者からは「知らなかった」といった声も上がっていた。 バスに乗車すると、窓から見える街並みを見ながら話が弾んでいた。約15分後、ショッピングセンター、ピアタウン(同市真鍋町)で下車して30分ほど買い物やお茶などを楽しんだ。再びピアタウンからバスに乗り、港町三丁目のバス停に戻った。バス代として同法人が1日乗車券を用意した。 乗り方教室に参加した82歳の女性は「初めてキララちゃんバスに乗った。ピアタウンまで近いので驚いた」と話す。78歳の女性は「わいわいと皆さんと楽しく乗れてよかった。今度は仲間でキララちゃんバスに乗ってランチを食べに行きたい」と笑顔で語った。 港町三丁目寿会会長の黒田千勝さん(82)は「半年ほど前にキララちゃんバスから乗り方教室をやりませんかと言われた。会員は高齢者が多いので、免許証を返納して後々バスにお世話になる人も多い。バスは乗り方のコツを覚えれば便利だと思う」と語り「自ら運転するより、バスの方が安全だと思う。キララちゃんバスはコースによっては時間がかかるが『楽しんで乗る』と考えを変えるのもよいのでは」と話した。副会長の結城由行さん(82)は「町内ではキララちゃんバスの認知度は低かったと思うので実施してよかった。寿会だけでなく町としてやるのもいいと思う」と語った。 寿会は、地域の60歳以上の会員48人で構成され、普段は茶話会などで公民館に集まっている。同NPOが乗り方教室を寿会に依頼したのは、港町の区長がキララちゃんバスの取り組みに賛同し、町内会では初めてサポーター会員になってくれた縁もあったという。 同NPOの金澤さんは「今年8月、視察に行った山形県の庄内交通でバスの乗り方教室を開催しているのを見て、今回の開催の背中を押された」とし、「今後はNPOの理事が住んでいる町に呼び掛けて乗り方教室を開催し、バス利用者を増やしていきたい」と意気込みを語った。(伊藤悦子)

交通インフラで地域を変える 小田川つくばみらい市長【キーパーソン】

鉄道や道路といった交通インフラは、通過する地域や周辺を大きく変える。伊奈町と谷和原村が合併して誕生した「つくばみらい市」は来春に市制20周年を迎えるが、開通から20年が経ったTX(つくばエクスプレス)みらい平駅周辺は一大住宅地域に変貌した。TXなどの交通インフラによって同市がどう変わったのか、これからどう変わるのか、小田川浩市長に聞いた。 みらい平地区と旧伊奈の間に新住宅地 2006年3月の町村合併時、新しい市の人口は4万1200人だった。それが今では5万3700人になっており、20年弱の間に1万2500人増加した。死亡者が出生者を上回る人口の自然減を加味すると、それ以上増えたことになる。 「みらい平駅周辺の人口は1万6000人を想定していたが、現在の人口は1万7700人を超えている。市全体の人口の3分の1がTX周辺の新興住宅地(200ヘクタール)に住んでいることになる。TXがなければ、これほどの発展はなかっただろう。まさにTXが『まちづくり』をけん引した」 現時点での問題はTX駅周辺の住宅用地が足りなくなっていること。「これを解決するため、みらい平地区と伊奈東市街地の間にある土地を住宅地にする。駅から1.5キロのところにある約19ヘクタールの土地を開発、完成すると800世帯程度が住めるようになる。来年度には地権者による土地区画整理組合が発足する予定だ」 来年秋にスマートICが開通 つくばみらい市にとって、来年度最大のイベントは常磐道のスマート・インターチェンジ(IC)開通。東京寄りの谷和原ICから3.7キロ、水戸寄りの谷田部ICから7.5キロの地点で整備が進んでおり、秋には「つくばみらいスマートIC」が開通する予定という。 「開通に伴い、インターチェンジ周辺の約60ヘクタールを産業・商業用地として開発、工場や商業施設を整備する構想を立てている。市のほぼ中央部に新ICができ、その周りに商業施設を整備すれば、東京圏からやって来る人も増える。このスマートICは、取手市や龍ケ崎市の人にとっても常磐道に一番近いICになり、これら地域の方にも便利になると思う」 Ⅰ期とⅡ期の工場団地は完売 市を東西に常磐道が貫き、西隣りの常総市や北隣りのつくば市を圏央道が横切ることもあり、つくばみらい市は工場建設の人気エリアだ。旧町村に適地が多かったことが、工業団地整備にプラスになったと言える。 「8年前に土地区画整理組合による区画整理事業で32ヘクタールを工場用地に造成したところ(第Ⅰ期)、短期間のうちに7社の企業立地が決まった。第Ⅱ期区画については県による工業団地造成が進められ、日清食品、ダイキンなど大手企業7社の企業立地が決まった」 第Ⅲ期の工場用地開発があるのか聞いたところ、「今のところは無い。大型工業団地を用意して工場を誘致するのはⅠ期とⅡ期で一段落した。ただ、企業から工場用地がないかと相談があれば、市内の適地を探して要望に応えていきたい」 15年先の人口は20万人? TX、常磐道、圏央道という交通インフラによって、つくばみらい市は「白紙に絵を描くような」まちづくりを進めてきた。15年先、2040年の人口はどのくらいになるか質問したところ、同席していた担当課長に「20万だっけ?」と笑いながら聞き、「冗談、冗談。5万6000人ぐらいかな」と修正した。これまでの勢いが維持されれば、20万人も夢ではないかもしれない。 【おだがわ・ひろし】明治大学大学院ガバナンス研究科修了。会社員、会社役員を経て、2012~17年、つくばみらい市議。2018年から市長、現在2期目。旧伊奈町生まれ、58歳。 【インタビュー後記】埼玉県にも伊奈町があり(いずれも江戸幕府関東郡代伊奈氏の領地)、私の娘家族が住んでいる。圏央道開通前、孫たちに会いに行くのに一般道を使い、片道2時間半もかかった。今では圏央道経由で1時間10分。片側2車線化が完成すると、1時間に短縮される? 交通インフラの充実は生活の形を変える。(坂本栄)