火曜日, 7月 14, 2026
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まちづくり会社社長に内山博文氏 クレオ再生計画立案 つくば市

【鈴木宏子】つくば駅周辺の中心市街地活性化に取り組むため、つくば市が4月1日付で設立を予定している第3セクターのまちづくり会社について、五十嵐立青市長は4日、社長に、筑波大学出身で、都内で不動産コンサルタント会社を経営する内山博文氏(52)が就任する予定だと発表した。内山氏は、2018年のクレオ再生計画立案で統括的役割を果たしたという。

新会社の名称は「つくばまちなかデザイン」で、つくばセンタービル内に本社を置く。出資金は市が6000万円、関彰商事、沼尻産業、AIベンチャーのLIGHTZ(ライツ)がそれぞれ3000万円の計1億5000万円を出資する。市は40%の筆頭株主となる(20年12月25日付)。4日開かれた市議会全員協議会で報告した。

内山氏は、18年に市から「クレオ再生手法検討調査業務」を請け負ったHEAD(ヘッド)研究会(東京都千代田区)会員。五十嵐市長が同年9月に発表した、市がクレオを取得し、市出資のまちづくり会社が体験型商業施設として運営するという再生計画立案(18年9月28日付)の際、全体のマネジメントを担ったという。同再生計画はその後、市民や議会の反対で白紙撤回された。現在クレオは、日本エスコンが取得し、今春、複合商業施設としてリニューアルオープンする予定(21年2月2日付)。

同じ18年度にHEAD研究会は、市が発注した「つくばセンタービルあり方検討業務」を請け負い、同センタービルを、新たに起業する人のビジネス拠点や地域のコミュニティ拠点としたり、センター広場に屋根を掛けて改修したり、マネジメント組織を設立して運営する計画を立案した(20年6月26日付同6月28日付)。屋根を掛ける案はその後、取り止めになった(20年12月4日付)。

五十嵐市長は内山氏について、まちづくりに知見があり、会社を起業し経営の実績がある、地域運営会社のリーダーとして必要な条件を満たす人だとした。

内山博文氏

内山氏は筑波大学体育専門学群卒。横浜市の横浜みなとみらい造船ドッグ跡地のリノベーションや、金沢市のビルをリノベーションしシェア型ホテルとして運営する再生事業を手掛けた。社長の任期は2年間。

内山氏は記者団の取材に「つくばセンタービルは建築的にも名がある。かなり老朽化していたり、今の時代にそぐわない設備もあるが、一部ハードの改修をしっかり行うことで、その後の運営をスムーズにつなげていきたい。市民や市の将来にとって有意義な結果をもたらすような運営形態をとって、地域や市民に開いた施設にすることで、様々な方々のコミュニケーションのきっかけを構築する場にしていきたい」とし、「市中心部でいろいろな起業家や地元企業が活躍しやすい環境を取り戻していきたい。市民活動や働いている方々をサポートしていくようなプラットフォームになる」などと抱負を話した。現在都内で会社を経営しているため、つくば市には最低限、週1回は来て、指揮を執るという。

新会社の取締役は4人で、専務は市学園地区市街地振興室の小林遼平係長(38)が派遣される。ほかに関彰商事と市から社外取締役が就任、沼尻商事から監査役が就任する予定。設立時の専任職員は4人で、市、関彰商事、沼尻産業から1人ずつ派遣されるほか、1人を直接雇用するとしている。

「不明な点多く説明不十分」

まちづくり会社の役割について市は、つくばセンタービル1階のアイアイモール部分約2500平方メートルを改修してシェアオフィスやコワーキングスペースとして運営するほか、中心市街地にわくわくする場をつくったり、人がつながる場をつくったり、情報を発信したり、ゲストハウスをつくったり、シェアハウスをつくるなどして中心市街地を活性化するとしている。

市が昨年12月に示した収支計画によると、当初の施設改修費は約2億7300万円、人件費や運営コストなど年間維持管理費は約6830万円。一方、収支計画で示されたのは、改修費や貸しオフィスの運営費などだけで、中心市街地をどう活性化していくのか、具体的な事業や収支計画はまだ示されていない。現在開会中の3月議会一般質問でも「不明な点が多く説明が不十分」「経営が厳しくなったらどうするのか」などの意見が出された。

まちづくり会社の今後のスケジュールは、4月以降、つくばセンタービル施設内の一部解体や設計を実施し、その後改修工事に着手する。2021年度末か22年度始めごろ第1期をオープンし、22年度中に第2期、23年度に第3期をオープンさせる計画。内山氏は「半年から1年かけて改修し、事業を本格的に立ち上げるのは1年後になる。目に見えて成果が出るには2年か3年かかる」と話している。

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