月曜日, 3月 23, 2026
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まちづくり会社社長に内山博文氏 クレオ再生計画立案 つくば市

【鈴木宏子】つくば駅周辺の中心市街地活性化に取り組むため、つくば市が4月1日付で設立を予定している第3セクターのまちづくり会社について、五十嵐立青市長は4日、社長に、筑波大学出身で、都内で不動産コンサルタント会社を経営する内山博文氏(52)が就任する予定だと発表した。内山氏は、2018年のクレオ再生計画立案で統括的役割を果たしたという。

新会社の名称は「つくばまちなかデザイン」で、つくばセンタービル内に本社を置く。出資金は市が6000万円、関彰商事、沼尻産業、AIベンチャーのLIGHTZ(ライツ)がそれぞれ3000万円の計1億5000万円を出資する。市は40%の筆頭株主となる(20年12月25日付)。4日開かれた市議会全員協議会で報告した。

内山氏は、18年に市から「クレオ再生手法検討調査業務」を請け負ったHEAD(ヘッド)研究会(東京都千代田区)会員。五十嵐市長が同年9月に発表した、市がクレオを取得し、市出資のまちづくり会社が体験型商業施設として運営するという再生計画立案(18年9月28日付)の際、全体のマネジメントを担ったという。同再生計画はその後、市民や議会の反対で白紙撤回された。現在クレオは、日本エスコンが取得し、今春、複合商業施設としてリニューアルオープンする予定(21年2月2日付)。

同じ18年度にHEAD研究会は、市が発注した「つくばセンタービルあり方検討業務」を請け負い、同センタービルを、新たに起業する人のビジネス拠点や地域のコミュニティ拠点としたり、センター広場に屋根を掛けて改修したり、マネジメント組織を設立して運営する計画を立案した(20年6月26日付同6月28日付)。屋根を掛ける案はその後、取り止めになった(20年12月4日付)。

五十嵐市長は内山氏について、まちづくりに知見があり、会社を起業し経営の実績がある、地域運営会社のリーダーとして必要な条件を満たす人だとした。

内山博文氏

内山氏は筑波大学体育専門学群卒。横浜市の横浜みなとみらい造船ドッグ跡地のリノベーションや、金沢市のビルをリノベーションしシェア型ホテルとして運営する再生事業を手掛けた。社長の任期は2年間。

内山氏は記者団の取材に「つくばセンタービルは建築的にも名がある。かなり老朽化していたり、今の時代にそぐわない設備もあるが、一部ハードの改修をしっかり行うことで、その後の運営をスムーズにつなげていきたい。市民や市の将来にとって有意義な結果をもたらすような運営形態をとって、地域や市民に開いた施設にすることで、様々な方々のコミュニケーションのきっかけを構築する場にしていきたい」とし、「市中心部でいろいろな起業家や地元企業が活躍しやすい環境を取り戻していきたい。市民活動や働いている方々をサポートしていくようなプラットフォームになる」などと抱負を話した。現在都内で会社を経営しているため、つくば市には最低限、週1回は来て、指揮を執るという。

新会社の取締役は4人で、専務は市学園地区市街地振興室の小林遼平係長(38)が派遣される。ほかに関彰商事と市から社外取締役が就任、沼尻商事から監査役が就任する予定。設立時の専任職員は4人で、市、関彰商事、沼尻産業から1人ずつ派遣されるほか、1人を直接雇用するとしている。

「不明な点多く説明不十分」

まちづくり会社の役割について市は、つくばセンタービル1階のアイアイモール部分約2500平方メートルを改修してシェアオフィスやコワーキングスペースとして運営するほか、中心市街地にわくわくする場をつくったり、人がつながる場をつくったり、情報を発信したり、ゲストハウスをつくったり、シェアハウスをつくるなどして中心市街地を活性化するとしている。

市が昨年12月に示した収支計画によると、当初の施設改修費は約2億7300万円、人件費や運営コストなど年間維持管理費は約6830万円。一方、収支計画で示されたのは、改修費や貸しオフィスの運営費などだけで、中心市街地をどう活性化していくのか、具体的な事業や収支計画はまだ示されていない。現在開会中の3月議会一般質問でも「不明な点が多く説明が不十分」「経営が厳しくなったらどうするのか」などの意見が出された。

まちづくり会社の今後のスケジュールは、4月以降、つくばセンタービル施設内の一部解体や設計を実施し、その後改修工事に着手する。2021年度末か22年度始めごろ第1期をオープンし、22年度中に第2期、23年度に第3期をオープンさせる計画。内山氏は「半年から1年かけて改修し、事業を本格的に立ち上げるのは1年後になる。目に見えて成果が出るには2年か3年かかる」と話している。

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阿見町、2027年の市制移行ならず《文京町便り》50

【コラム・原田博夫】2027年11月に市制移行を予定していた阿見町は、3月11日、市への移行を見送ると発表した。昨年10月の第22回国勢調査(簡易)の結果、総人口が4万9689人(速報値)となり、市制移行要件の5万人を下回ったためである。 阿見町は、2023年11月の常住人口(直近=この場合は20年=の国勢調査人口を基準に、毎月の住民基本台帳の増減により集計)が5万人を超えたことで、25年10月の第22回国勢調査で5万人達成は可能と見て、市制施行への準備を進めてきた。25年10月1日現在の常住人口も5万637人だった。 しかし、2026年2月27日、第22回国勢調査の結果(速報値)が通知され、要件を下回ったことが判明した。阿見町としては、市制移行を前提に、26年度当初予算に関連費約1590万円を計上していたが、これを減額修正することになった。国勢調査の結果によるとはいえ、関係者の落胆ぶりがうかがえる。 国勢調査の歴史と特徴 そもそも国勢調査(センサス)は、公的統計の中でも基幹統計と位置付けられ、統計法第61条で、回答拒否や虚偽報告に対しては罰金50万円以下の罰則が規定されている。 歴史的には、1902(明治35)年に制定された「国勢調査ニ関スル法律」にさかのぼるも、当初予定された調査(1905=明治38=年)は日露戦争で、さらに第1次世界大戦(1914~18年)などで実施が延期され、第1回調査は1920(大正9)年まで実施がずれ込んだ。 現状では、①住民を対象に調査が実際に行われ、住民基本台帳など他資料を集計した業務統計は含めない②ある地域に住む人全員を対象にする③調査票を用いて対象の住民が自ら回答する④調査時点(10月1日)を定め、規則的に(西暦が0年では大規模調査、5年では簡易調査)に実施される―などの特徴がある。 社会構造が変化⇒調査手法を刷新? 国勢調査の回収率は、国民性のためか、かつては非常に高かった。しかし、近年は低下していて、特に大都市部では顕著である。 期間内に調査票の回収が困難な場合は、近隣住民からの情報を基に自治体が住民票のデータで補う「聞き取り調査」を行うが、この調査の世帯割合は、2000年調査では全国4.4%(うち東京都5.9%)、05年4.4%、15年13.1%、20年16.3%に急増している。その背景には、大都市部を中心にした高層・大型マンションのオートロックシステムや不在世帯の増加、地方圏では空き家の増加など、社会構造の変化が関連している。 かつては有効だった全数調査も、DX化や社会関係の希薄化が顕著な現代では、その限界が顕在化している。新たな調査手法が求められているのかもしれない。(専修大学名誉教授)

「霞ケ浦導水事業」を歩く《日本一の湖のほとりにある街の話》36

【コラム・若田部哲】1月末、霞ケ浦導水事業の見学会に参加しました。霞ケ浦を利根川-那珂川と結び、広域で水を融通する構想として昭和50(1975)年代に始まったこの事業の背景には、水需要の増大や水質への懸念、渇水時への備えといった、当時の社会的課題がありました。その後、長い年月の中で、事業を取り巻く状況や環境への向き合い方は変化を重ねていきました。 今回見学したのは、そのうちの一部、小美玉市の玉里立坑と、そこから地中に伸びる石岡トンネル。午前10時の集合時間には、親子連れや年配の方など、多くの参加者が集まっていました。 ヘルメットを着用し、全員で集合写真を撮影したのち、いざ、直径18メートル、深さ約45メートルの玉里立坑の縁へ。地上からのぞき込むと、円筒状の巨大な空間が足もとに垂直に落ち込んでいます。 5メートルごとに数字が記されたその光景は、想像を超えるスケール! ワイヤーメッシュの籠状の工事用エレベーターに乗り込み、ドアが締まると、歯車がきしむ音を響かせながらゆっくりと地下へと降下し、自然と緊張感が高まります。 底部に降り立つと、両側に大きく口を開ける「石岡トンネル」は、よく見ると直径が異なっており、片方は4.5メートル、もう片方は3.5メートルとのこと。計画や技術の変遷が、断面の違いに現れているのを感じます。 湖と人、技術と暮らしをつなぐ トンネルは、巨大な円筒形の「シールドマシン」によって掘り進められると同時に、工場製作のコンクリートの壁である「セグメント」を組み立てていく工法だそうです。全長31.5キロという数字に、その積み重ねの大きさを感じ、めまいを覚えます。 圧倒的なスケールの余韻を抱いたまま地上に戻り、見学会が終わろうとしたその時、これまでの工事を記録した映像が上映されました。 掘削、セグメントの組み立て、測量、機械の点検─さまざまな工種の作業員の方々が、真剣な表情で現場に向き合うその姿。巨大な土木構造物も、突き詰めれば一人ひとりの手仕事の積み重ねという、その確かな事実に改めて心を打たれました。 霞ケ浦導水事業をどのように受け止めるかは、人それぞれでしょう。ただ少なくとも、現場には確かに、人の手と時間が積み上げてきた現実があります。湖と人、技術と暮らしをつなぐ、長い対話の一端に触れることにより、この事業を「遠大な構想」ではなく、「目の前の風景」として思い描けるようになった取材でした。(土浦市職員)

琉球の希少植物と暮らしを紹介 筑波実験植物園で企画展

絶滅危惧種など150種 琉球列島由来の希少な植物を知ることができる企画展「琉球の植物−南国を育む植物たち」が20日から、国立科学博物館 筑波実験植物園(つくば市天久保、遊川知久園長)で始まった。展示されているのは、同植物園が保有する琉球列島の植物約400種類の中から、自然界では日本に1株しか残っていなかったり、自生地ではすでに絶滅してしまった希少種など、絶滅危惧種に指定されている約110種を含む150種あまり。 琉球の植物の展示は2019年以来7年ぶりとなり、豊かな自然が育んだ「琉球文化」の紹介にも力を入れる。展示を担当した同植物園研究員の國府方吾郎さん(57)は「琉球列島の豊かな自然とともに、たくさんの植物を有効活用してきた地元の人たちの暮らしを知る機会になれば」と来場を呼び掛ける。会期は29日まで。 展示会場は、多目的温室と研修展示場の2カ所。温室では、海岸、海岸林、山地林、低地林、渓流沿いなど琉球列島にある五つの自然環境の自生種を展示する。葉の裏側に赤い小さな花をつけるハナコミカンボクは沖縄本島の1カ所にしか自生していない。ナガミカズラは西表島で1株の自生が確認されている。小指の先ほどの白い花をつけるオリヅルスミレは自然界では絶滅してしまった。新種のアマミマツバボタンは國府方さんが2013年に発見した。 國府方さんは、「(奄美諸島、沖縄諸島などからなる)琉球列島は種の多様性が高く、単位面積あたりの植物種の数は日本本土より45倍多い」とし、背景には三つの理由があるとする。一つ目は、本土に当てはめると青森から高知までに相当する広い緯度差と多様な自然環境だ。「北琉球」とされる屋久島、種子島は本土と同じ温帯で、それ以南は亜熱帯に属する。その中にも乾燥地、湿地、標高の高低などの違いがある。 二つ目は、島ごとの交流が限られることで生まれた独自の進化だ。かつて大陸と地続きだった時代から、島々が分離した時期によっても種の違いが生まれた。大東島に限っては一度も他の土地との接続がない。 三つ目は、沖縄の言葉で、混ざり合うことを意味する「チャンプルー」だという。遺伝的にオーストラリアにある植物と近い種は、北へ向かう渡り鳥が種を運び分布するようになったと考えられている。その他、動物や人の移動、海流などにより、日本本土や東南アジア、台湾、ユーラシア大陸など世界各地とのつながりが確認されている。國府方さんは「その様子は、アメリカや日本、中国と関わり合ってきた沖縄文化のよう」だと話す。 文化を自然科学的に研究する必要ある 自身も沖縄出身だという國府方さんが今回力を入れたのが、研修展示場で紹介する琉球列島の植物と共に営まれてきた「人々の暮らし」だ。 地域に自生するキク科の野草 ホソバワダンは白和えなどにして食べられている。商品として流通するのは葉の大きい栽培品種だ。自生種との遺伝的な違いを國府方さんが調べると、意外なことが分かった。流通する品種と遺伝的に近い種が、海を超えた奄美や屋久島、平戸、対馬にあったのだ。 「近い種が沖縄の自生種ではなかった。元になるのは一つの株だということも分かった。昔、おいしいホソバワダンと出合った誰かが株をひとつ持ち帰った。近所の人にも食べさせたいと思い、株を分け合った。そんな様子目に浮かぶ」と笑顔を浮かべる。 このほか、「どこの学校にもあった」という大きく枝を広げるガジュマルの木と、そこに宿るとされる精霊のキジムナーの物語、葉を編んで草履にしたアダン、扇や笠にしたビロウ、赤い実が飢饉を救い、味噌にも用いられてきたソテツなど、琉球列島の人々の暮らしを支え、文化をもたらしてきた身近な植物も丁寧に紹介している。 「文化というのは自然から生まれたもの。私たち研究者も、文化を自然科学的に研究する必要があると思っている」とし、文化を自然科学的に研究しようというプロジェクトも進行中だと話す。「琉球の植物に関するクイズもあり、特製のポストカードのプレゼントもある。お子さんにも楽しんでもらえたら」と話す。(柴田大輔) ◆企画展「琉球の植物ー南国を育む植物たち」は20日(金・祝)~29日(日)の10日間、つくば市天久保4-1-1 国立科学博物館 筑波実験植物園で開催。開園時間は午前9時~午後4時30分(入園は4時まで)。入園料は一般320円、高校生以下と65歳以上は無料。詳しくは同植物園のホームページ、問い合わせは電話029-851-5159(代表)へ。