木曜日, 1月 15, 2026
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特別支援学校の設置基準策定を 7団体が県議会に請願

【山崎実】全国障害者問題研究会茨城支部(寺門宏倫支部長)、NPO茨城の専攻科を考える会(船橋秀彦理事長)など関係7団体は共同で、県議会に「特別支援学校の設置基準の策定を求める意見書提出に関する請願」を提出した。

県立特別支援学校の幼児、児童、生徒数はこの10年間で694人増加、2019年度は3963人(09年度の約1.2倍)となっており、普通教室の不足数は89教室(知的障害校81教室、肢体不自由校8教室)に及んでいるとしている。

中でもつくば特別支援学校は、09年度の児童、生徒数が356人(知的障害242人、肢体不自由114人)で、学級数は100クラスに達する。そこで同校では教室確保のため、一つの教室をパーテーションで分割して使ったりしている。

一方県は「県立特別支援学校教育環境整備計画」(いばとくプラン)を発表し、今後の具体的な取り組み内容を明らかにしているが、例えば「校舎増築」など対症療法的な対策しか示さず、国も小中学校、高校、大学、専門学校などすべての学校に設置基準(学校設置に必要最低限の基準)を設けているのに、特別支援学校には設置基準がない。

このため北海道根室市議会、同余市町議会議長、静岡県沼津市議会など、地方自治体から設置基準の策定を求める意見書の提出が相次いでいる。

全国的な動きに、文科省も「新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議」を設置。特別支援学校設置基準の策定に前向きな姿勢を見せ始めているという。

請願を提出した関係者は「県議会でも特別支援学校の在り方については議論が交わされており、全国的な動きと相まってぜひとも設置基準の策定を実現させたい。今が最大のチャンスだと思う」と話している。

県立特別支援学校教育環境整備計画(いばとくプラン)の今後の具体的取り組み内容

学校名現状・課題取り組み概要
水戸飯富慢性的な教室不足通学区域の一部を内原へ変更
内原高等部がない校舎を増築、高等部を設置
つくば慢性的な教室不足校舎を増築、学校近隣の用地取得も検討
鹿島2021年度末に仮設校舎契約切れ校舎を増築
その他教室不足への対応が必要となる可能性がある教室の利用見直し、既存教室の改修

➡特別支援学校に関する過去記事はこちら

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