土曜日, 7月 2, 2022
ホーム コラム 《沃野一望》19 伊東甲子太郎の3 御陵衛士隊長伊東甲子太郎

《沃野一望》19 伊東甲子太郎の3 御陵衛士隊長伊東甲子太郎

【ノベル・広田文世】

灯火(ともしび)のもとに夜な夜な来たれ鬼

我(わが)ひめ歌の限りきかせむ  とて。

新選組のなかで「参謀」というナンバー2の地位をあたえられた伊東甲子太郎は、ひとつの隊内勢力、いわば伊東派を構築していったが、甲子太郎の野望は、そこにとどまるものではなかった。新選組全体を掌中(しょうちゅう)におさめ、尊王攘夷へむけ天下を動かす組織ののっとりをねらっていた。

しかし、もともとが京都守護職松平容保(かたもり)支配下の武闘殺人集団の新選組が、伊東甲子太郎の独断を容認するはずがなかった。とくに、もう一方のナンバー2、武闘派筆頭土方歳三は、ことあるごとに甲子太郎を排斥し、その旨を局長近藤勇へ注進した。

「このままでは新選組は、あやつに牛耳られてしまいます。斬りましょう」

近藤勇は、思案した。土方の憤懣(ふんまん)はもっともだ、さりとて、甲子太郎の組織力と舌鋒(ぜっぽう)は使い方次第だ。近藤は、他人を論破してゆく弁舌への秘かな憧れをいだいている。

そんな折も折、孝明天皇が崩御された。御山陵(ごさんりょう)が東山に築かれた。御陵を守備する兵が必要とされた。

ふってわいたこの役目に、裏で薩摩藩と連絡をとりあっていた伊東甲子太郎がとびついた。朝廷に、衛士の大任を志願した。

慶応三年六月、朝廷より拝命が下される。

伊東甲子太郎は、同志15名とともに新選組を“脱退”し、京都東山高台寺月真院(こうだいじ げっしんいん)へうつった。俗に「高台寺組」とよばれる。御陵衛士隊長伊東甲子太郎の誕生だった。

事実上の新選組脱退

新選組は、武闘殺人集団の性格上、組織維持のため、脱退者に極めて厳格な処分、すなわち、追撃し惨殺をもって対処する方針を堅持してきた。しかし、伊東甲子太郎たち15名にたいしては、当座の表面上、何の咎(とが)めもしなかった。

甲子太郎は、近藤勇に釘をさして去った。

「朝廷より、われらにたいし御陵衛士のご下命がありました。新選組を脱退するものではありません。高台寺で衛士の役目を務めるものです」

「仕方ないでしょう」

江戸深川から同志8人で新選組へ加盟した伊東甲子太郎は、新選組隊内活動で、あらたに賛同をえた者もふくめ、新組織の首領として京で動きだす。朝廷との連絡、薩摩藩との連携など、組織の基盤作りにぬかりはなかった。

しかし、大儀名分はどうあれ、事実上の脱退にちがいはない。土方歳三は、許せなかった。理屈をかざし脱退してゆく者を認めてしまえば、新選組はなりたたない。

さらに、隊内に残った隊士のなかにも「高台寺組」と連絡をとりあっている者の存在が発覚した。土方は、それらの者を、有無をいわせず斬り捨てた。

「伊東という黒幕を斬らねば、第二第三の裏切り者がでる。新選組は内部崩壊する」

土方の強腰に、局長近藤勇がおれる。

「わしにまかせろ。わしが始末をつける。隊内には、極秘だ」(作家)

誹謗中傷するコメントはNEWSつくば編集局が削除します。
0 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る

陽性確認者数(公表日ベース)の推移

つくば市

土浦市

スポンサー

注目の記事

最近のコメント

最新記事

挫折経験を強みに活躍するチームリーダー 土浦市 池田あゆみさん【ウーマン】3

土浦市田村町在住、池田あゆみさん(42)は、明治安田生命保険(本社・東京)つくば支社土浦南営業部に勤務して8年目の支部マネジャー。チームリーダーとしての仕事に「楽しくてやりがいがある」と笑顔で話す。余裕を感じさせる姿勢は、食いぶちを稼ぐための水商売を振り出しに、幾多の失敗や困難で得た経験によって培われた。 16歳で家出して水商売に 陸上自衛隊の自衛官だった父親の霞ケ浦駐屯地への異動で、小学6年のときに阿見町中央に引っ越してきた。4人きょうだいの末っ子。しつけが厳しく過干渉な母親から逃げたくて、中学3年になるとプチ家出を繰り返すようになった。 「夕方家に帰りたくなくて公園にいることが多かった。お腹が空いて、公園に隣接したコンビニが食べ残しの弁当を裏手の物置に入れるのを見ていたので、こっそり持ち出して食べました。(人の食べ残しに)抵抗はなかった。冬は学校のジャージだけで寒くて辛かった。行く当てはなくて翌朝には家に帰りました」 高校生になっても家は息が詰まり、週末は友だちと土浦の中心街に出かけるのが常だった。当時は駅前通りに大型店の小網屋や西友、丸井があって賑わい、路上でワゴン車に積んだ倒産品などを売る30代の男性、ノリさんと顔なじみになった。 何度もノリさんに「自分で稼いで食べていきたい」と訴え、夏休みが終わる頃、家出してノリさんの住む東京・小岩の高級クラブで働き始めた。クラブを経営していたママはノリさんの知人で、ママが衣装を貸してくれた。年齢は4歳サバを読んで20歳で通した。

「キーパーソン」 《続・気軽にSOS》112

【コラム・浅井和幸】「キーパーソン」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。病院への入院や介護施設に入所するときの手続きや連絡先などの協力をする人を指すことがあります。家族などが担うことが多いですが、身寄りがない方の場合は弁護士や施設の職員などが担うこともあるようです。 それ以外に、地域福祉でも支援時に課題解決のカギを握っている人という意味で使われることがあります。例えば、コミュニケーションの取れないひきこもりの方への支援としてのキーパーソンとして、接する機会が多い家族や友人、すでに支援をしているワーカーなどが挙げられるでしょう。 「悪いのは自分ではない、社会の方だ」という信念から、支援者とは会いたくない、何をされるのか分からずに怖いと感じている方は多いものです。支援を受けるなんて迷惑をおかけして申し訳ないと考えて、かたくなに支援を拒む方もいます。 良い悪いではなく人は支え合い、その多様性の中で生きていくものです。生活上で何か支障があれば、頼れるところを頼ることは大切なことです。 しかし、頼ることに慣れていない人が、そうそう簡単に支援者を利用することを選択できないことは当たり前のことです。心身にある程度の余裕がなければ、新しいことを始めることがさらなるストレスになり、避けたくなるのは不思議なことではありません。 そのようなときに、新しいことを取り入れることができる、周りの少しでも余裕のある方に関わってもらうことは、事態を変化させることにポジティブな影響を与えます。いろいろな関わり方のできる人が周りにいることは、複数の選択肢を得ることになります。

あまり話さない息子と、あまり話さない私《ことばのおはなし》47

【コラム・山口絹記】あなたは、生まれてはじめて自分が発したことばを覚えているだろうか。 まぁ、覚えていないだろう。でも、親であれば自分のこどもが初めて発した意味のある(と思われる)ことばは覚えているのではないだろうか。我が家の上の娘も、最初は「まんまんま」とか「わんわん」とか、おそらく統計的にもよくあることばから話し始めていた。 しかし、下の1歳になる息子があまり話さない。 今年から保育園に通い始めたのだが、ついに保育園の先生に「あまり話さない」ということで心配されてしまっていた。普通はそろそろ「ママ」とか「わんわん」とかいうんですけど、ということらしい。かわいそうに、2人目のこどもということで、だいぶ適当に育てられている彼。母子手帳に書かれているような発育具合のチェックも適当になっていて気が付かなかった。 とはいえ、特に心配していなかったのには一応理由があった。保育園の先生にはなんとなく言えなかったのだが、すでにいろいろボキャブラリーがあったのだ。 一つは「でてって?(出ていけの意)」。何か気に食わないことが起きたり、私の帰宅時に飛び出すひとこと。これは姉のマネである。

日本はプーチンのロシアになるのか 《ひょうたんの眼》50

【コラム・高橋恵一】プーチンのロシアの理不尽なウクライナ侵攻を見て、日本の危機と防衛力の強化が叫ばれている。よくメディアに登場する「専門家」は、防衛省関係者・自衛隊幹部OB、あるいは旧大日本帝国の残影が残る関係者が大半だ。 「専門家」の解決策は、ロシアを押し返して、妥協できるところで停戦するシナリオだろうが、それまでにどれだけのウクライナ人が死ななければならないのだろう。ロシアの兵士は何万人死ぬのだろうか。世界の穀倉地帯の混乱で飢餓に陥る人々は16億人を超すとも予測されている。 プーチン大統領は、核兵器使用もいとわないという、無茶ぶりだ。NATO欧州加盟国は、防衛費をGDPの2%に増額するという。長期戦略として効果的かどうかも疑わしいが、少なくとも今のウクライナには間に合わない。 現在の日本の防衛予算は世界第8位。取りざたされているGDPの2%になれば、米国、中国に次いで、世界3番目の軍事費大国になる。 プーチンの侵略行為が、先の大戦のナチスドイツや大日本帝国軍の行動によく似ていることを考えれば、日本の防衛力強化は軍国日本の復活ともとられ、世界や日本国民が受け入れるとは思えない。世界は、そう見るのだ。 当然、中国もロシアも北朝鮮も、対抗して防衛力を強化する。それどころか、日本を警戒する意味で、韓国、台湾、フィリピンなどとの緊張も高めてしまうかもしれない。米国も、軍事産業部門以外からは、歓迎されないのではないか。