水曜日, 3月 18, 2026
ホームつくば夏休みの子育て家庭に食品寄付を 8月1日受け付け つくば子ども支援ネット

夏休みの子育て家庭に食品寄付を 8月1日受け付け つくば子ども支援ネット

【川端舞】学校給食がなくなる夏休み中の家庭の経済的負担を少なくしようと、つくば市の子育て支援団体「つくば子ども支援ネット」(山内ゆかり代表)が、夏休みがスタートする8月1日と2日、余っている食品の寄付を受け付ける「フードドライブ」と、寄付された食品を経済的困難を抱える家庭に無料で配布する「フードパントリー」実施する。

同会によると、新型コロナウイルスの影響で経済的に困難を抱える家庭が増加している。夏休み中は学校給食がなくなり、子育て家庭の食費や光熱費の負担が増え、経済的困難を抱える家庭はさらに厳しい状況に追い込まれることから実施する。

つながっていない家庭にも

同会は、市内の子ども食堂や無料の学習支援団体などをつなげ、寄付された食品や文具の分配などを行っている。

子ども食堂や学習支援団体も日頃から、食事提供など経済的な支援をしており、支援団体につながっている家庭はさまざまな支援の情報も手に入りやすい。一方、支援団体につながっていない家庭は、支援を受ける力「受援力」が弱いことが多い。

この状況を改善しようと同会は、企業や家庭から寄付された食品や文具などを、市内の支援団体に分配すると共に、経済的に困難な状況にあるのに支援団体につながっていない家庭にも直接、届けようとしている。

当初は来年度に本格的な活動を開始する予定で、市内の子ども食堂「竹園土曜ひろば」の副代表である山内ゆかりさん(48)を中心に準備を進めていたが、新型コロナウイルスの影響で経済的に困難を抱える家庭が増加したため、活動の拡大を早めた。

「助けて」と言える場がある

「一般家庭から広く寄付を受け付けることで、ボランティアは大げさなことではなく、ご近所におすそ分けする感覚でできるということに気づいてもらいたい」と、同支援ネット代表の山内さんは語る。

さらに「経済的に困難な状況になるのは、長い人生の中で誰にでも起こりうることであり、恥ずかしいことではない。行政が行う支援の対象になっていても、つながるタイミングがなかったり、世帯収入は基準以上で、行政支援の対象外であっても、様々な事情で経済的に困窮していたりする家庭も多いはず。そのような家庭でも身構えずに『助けて』と言える場が地域にあることを知ってほしい」と山内さんは語る。

すでに他の団体から支援を受けている家庭でも、足りない場合は利用してほしいという。また、今回は都合が悪く参加できなくても、希望者がいれば、できるだけ早く次の機会を設けるので、まずは連絡してほしいと話す。

マスク1枚、鉛筆1本でも

食品以外でも、日用品や文具の寄付も受け付けており、8月2日の配布会で希望者に食品とともに配布する。

新型コロナウイルスの影響で生活必需品となっているマスクもその1つ。現在、市内の支援団体につながっている家庭にはマスクも支給されているが、つながっていない家庭ではマスクの常備も心配ではないかと、山内さんは危惧する。

寄付を受けるマスクは、市販品でも手作り品でもよいが、衛生的配慮から、包装されているものに限る。また、寄付はマスクに限らず、鉛筆1本やノート1冊でも、寄付してもらえれば、必要な家庭に配布するという。

フードドライブとフードパントリーを呼びかけるチラシ

◆寄付は8月1日午前10時から午後3時に竹園交流センター(同市竹園)で受け付け、翌2日に食品を無料で配布する。寄付できる食品は、原則、賞味期限が8月15日以降の未開封のもの。翌日に配布されるため、野菜や生鮮食品も受け付けるが、事前に連絡が必要。

2日に食品を配布する場所は希望者にだけ伝える。受け取りたい家庭は電話(070-4451-6328)かメールkodomoshien.net.tsukuba@gmail.com、LINE公式アカウント(「つくば子ども支援ネット ホッとライン」(LINE ID:@971stxgf))で事前連絡が必要。支援を必要とする人専用(子ども本人でも可)のLINE公式アカウントは、登録もメッセージの送受信も他人からは見えないようになっている。

詳しくは「つくば子ども支援ネット」ホームぺージへ。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

キンカン、ヒヨドリ、アゲハチョウ 《鳥撮り三昧》11

【コラム・海老原信一】自宅玄関を出て右側、小さな庭の隅にある花壇に樹高2メートル弱のキンカンが植えてある。冬から春にかけてのこの時季、多くはないが黄色い実を付けてくれている。このキンカン、実は2代目。1代目は母親が存命中に鉢植えにしていたものを花壇へ地植えにして育てていたが、母の没後5年目ぐらいに元気がなくなり、枯れてしまった。 面倒見の悪い息子のせいかなと責任を感じて掘り起こしてみると、息子のせいばかりでないと判明。鉢植え時に絡み合った根の処理をあまりせず、そのまま植え付けたようで、複雑に絡み合ってしまい根が枯れてしまった様子。仕方がないと諦めたが、ある理由から新しく植えようと思い始めた。 ある理由とは、母親は網をかぶせて許さなかったが、ヒヨドリが実をついばみ、アゲハチョウが産卵しその幼虫が葉を食べると知ったから。母の没後、その楽しみを知った息子は彼らのなすがままにさせ楽しんでいたわけで、「新しく植えるか」との結論に。ホームセンターへ出向き、接ぎ木した部分が直径2センチ程の鉢植えを求め、1代目がいた場所へ、根の状態に気を付けながら地植えした。 それから7年ほど経つだろうか。2センチほどだった部分が10センチぐらいまで太くなり、かなりたくましい様相をしている。その割に樹高が2メートル弱なのは、小まめにせんていし、伸び過ぎないように抑えてきたから。 朝、玄関を出ると、キンカンの葉が揺れる。水道の凍結防止カバーを外しながら見ると、ヒヨドリが小さく泣きながら近くの電線へと飛び去る。キンカンの樹下には、半分ほどつつかれた実がいくつか落ちている。黒い糞(ふん)も落ちている。そのころにはナンテンの赤い実は無くなっている。 そして、キンカンが食べごろになるという寸法。よくしたものだと感心する。たまには息子も一つ二つ食べてみる。今年のキンカンはとても甘みが強い。結実の時季が暖かかったせいだろうか。 イモムシ=新幹線 この実が無くなり暑くなり始めると、次の白い小さな花が付き出す。そうなると次の客人がやって来る。アゲハチョウだ。カラタチやキンカンなどの柑橘(かんきつ)類が食草らしく、柔らかそうな葉の先に、金色の1ミリにも満たない卵を産み付ける。しばらくすると、見た目が小鳥の小さな糞のような幼虫が生まれる。結構な数が葉についている。 糞のような幼虫が葉を食べ続け、気付くと、黒っぽかった体色が緑色に代わり、太さ1センチぐらい、長さ4センチぐらいのイモムシが。我が家では「新幹線」と名付け、毎朝楽しんでいる。それらがいつの間にか見えなくなる。羽化に備え、サナギになるため目立たない場所へ移動するのだ。 どこへ? そう思いながら探すが見つからない。ある朝、羽化した個体に気付く。そこは雨戸の敷居の下陰。薄暗い場所に、羽化直後のアゲハチョウが美しく輝いている。幼虫の数からすれば、もっと成虫の姿があってもいいはずだが、厳しい自然界なのだろうか。だからこそ「きれいだな」との思いが強くなる。(写真家)

葛城地区周辺11カ所440ヘクタールを区域指定 つくば市 住宅供給に期待

TX沿線開発地区周辺で初 つくば市は6日付で、つくばエクスプレス(TX)沿線開発地区の葛城地区周辺おおむね1キロの11カ所計440ヘクタールを区域指定した。同周辺地区は市街化を抑制する市街化調整区域のため、これまでは特定の要件を満たした土地所有者しか住宅を建てることができなかった。指定により、土地があればだれでも住宅などを建てることができるよう都市計画法上の位置づけを変えた。TX研究学園駅周辺の葛城地区(約484ヘクタール)に匹敵する面積となる。 同市がTX沿線開発地区周辺で区域指定を実施するのは葛城地区周辺が初めて。今後、他の沿線地区周辺でも区域指定を実施するかどうかについて、市開発指導課は、葛城地区の区域指定後の住宅の貼り付き状況などをみて検討したいとしている。 今回の区域指定によって建築できる建物の用途は住宅や店舗などで、高さは3階建てに相当する10メートルまでなど。11カ所440ヘクタールは現在すでに集落や住宅、店舗などが立地し、空き地や畑などが混在している。TX沿線は地価上昇が続いている中、今後は区域指定エリアの空き地などに住宅が建ち、より買い求めやすい住宅が供給されることが期待されている。 区域指定制度は、2000年の都市計画法改正で既存宅地制度廃止に伴って新たに設けられた制度。県内では猶予期間を経て06年に既存宅地制度が廃止され、つくば市では07年度から運用が始まった。運用開始に伴って同市は市内全域を調査し、①40戸以上の宅地が連続して建っている②市街化区域から概ね1キロの範囲内にある③人口が減少している集落内にある④宅地率が概ね40%以上である⑤道路や下水道が整備されているーなどの要件がある地区を対象に、これまで市内で計約1900ヘクタールを区域指定してきた。 一方、TX沿線開発地区についてはこれまで、区画整理事業が進んでいたことから区域指定から除外していた。葛城地区では2014年度に換地が実施され、18年度に区画整理事業が完了、現在、住宅が8割以上貼り付いていることなどから、「つくばに住みたいと思っても住めないという声を踏まえて」(市開発指導課)区域指定を実施した。 一方で、土地区画整理事業で開発された葛城地区は、道路や公園、公共施設や学校用地が確保されるなど公共投資により計画的なまちづくりが進められてきた。これに対し区域指定エリアへの新たな公共投資は予定されておらず、民間投資で開発を実施することになる。(鈴木宏子)

コマ回し《デザインを考える》30

【コラム・三橋俊雄】昨年のことですが、小学校で行われた「昔の遊びボランティア」に参加しました。この行事は、地域の大人や保護者が小学1年生に「コマ回し」「けん玉」「メンコ」「羽子板」などの遊びを伝える活動で、私はコマ回しを担当しました。 現代の子どもたちはタブレットやゲームに触れる機会が多く、指先の操作が中心の世界で育っています。デジタルが身近になった分、身体全体を使って覚えるような体験は、以前より少なくなってきているように感じます。だからこそ、昔ながらの遊びが持つ「からだの感覚を働かせる遊び」は、子どもたちにとって新鮮で貴重なものになっています。 1年生は最初、コマがなかなか回らず、何度も失敗しながら、少しずつコツをつかんでいきます。コマ回しは、ひもを巻く力加減、投げる瞬間の手首の返し、投げるときの身体の向きなど、感覚と動きを総動員する遊びです。頭で理解するだけではできず、挑戦を重ねる中で自然と身についていきます。 そうして練習を続けていると、ふとコマが回る瞬間が訪れます。そのときの子どもたちの表情は驚きと喜びに満ちています。こうした身体を通して身につけていく学びこそ、デジタル時代に失われつつある大切な体験だといえます。 また、昔の遊びを教えることは、単なる体験的活動ではなく、世代を超えて受け継がれてきた技が次の世代へと渡されていく、文化の継承でもあります。 絶滅危惧動作 コマ回しの時間には、ゆっくりとした空気が流れ、失敗してもまたやってみようという空気が生まれます。地域の大人と子どもたちが向き合い、励まし合いながら挑戦する姿は、まさに世代間交流の原点であり、今の時代だからこそ必要なことではないでしょうか。 日常生活の中ではほとんど見られなくなり、このままでは消えてしまいそうな身体の動きを「絶滅危惧動作」と言います。 コマにひもを巻いて投げる動作も、まさにそのひとつです。かつては当たり前のように行われていたのに、いまでは日常からすっかり姿を消しつつあります。「お手玉」のリズムを刻む手つき、「あやとり」の細やかな指の動き、「けん玉」の連続した所作なども、同じように現代では触れる機会が少なくなった「絶滅危惧動作」です。 そうした昔の遊びが、子どもたちの手の中でふたたび息を吹き返す瞬間。その場に立ち会えることは、とてもうれしいものです。遊びを通して伝わる身体の感覚や、世代を超えた交流、そして文化が受け継がれていく様子を思うと、昔の遊びを伝える営みは、今の時代だからこそ大切だと感じます。(ソーシャルデザイナー)

全国の「色川さん」集う つくば・土浦でサミット開催

全国の「色川」姓の人々が交流を深める「色川姓サミット」が14日から15日にかけて、つくば市と土浦市で開かれた。色川姓発祥の地とされる和歌山県那智勝浦町色川地区の住民や茨城県内の関係者による実行委員会が主催し、宮城から和歌山まで9都府県から52人が参加した。色川サミットは2014年に色川地区で初めて開催されたのを皮切りに、16年、19年、24年と同地区で開かれ、今回が5回目となる。サミットが和歌山県外で開かれたのは初めて。 ルーツたどる 色川姓は茨城や宮城に多い一方、発祥の地とされる和歌山県の色川地区には現在、同姓の住民はいない。伝承では、平清盛の孫、維盛(これもり)を祖とする清水姓の一族が色川に住み、のちに関東や東北に移り住んだとされる。茨城では、筑波山麓にある現在のつくば市小田を拠点に、鎌倉時代から戦国時代にかけ約400年にわたり常陸国南部一帯を支配した小田氏の家臣となり、その後、土浦に土着。江戸時代の国学者、色川三中(みなか)や明治時代の政治家で土浦の水害対策に尽力した色川三郎兵衛などの人物を輩出した。 サミット開催のきっかけは、ルーツを調べていた色川姓の人が、長年かけて調べた資料を基に色川地区を訪ねてきたことだった。色川地区に住む田古良元昭さん(90)がその思いに共感し、関係者らと「色川姓サミット」を企画。全国の色川姓の人々と色川地区をつないで、歴史や文化を学びながら交流を深めることを目的として始まった。2019年の第3回では、色川神社の脇に「色川発祥の地」と刻んだ石碑も建立した。全国で唯一とされる「色川」という地名の由来を後世に残すとともに、色川姓の人々のよりどころとする思いを込めた。 今回のサミットでは、14日に筑波山中腹のホテル「青木屋」で講演会と懇親会を開催。土浦市立博物館元副館長の木塚久仁子さんが「関東に下った色川家」をテーマに講演し、和歌山から関東に移住した色川氏と小田氏の歴史と、江戸後期の土浦で薬種業や醤油製造業を営み国学研究に取り組んだ、色川三中の歩みを解説。「三中は自身の祖先を知りたいと思っており、『色川』が和歌山の色川出身だということを強く意識していた」と語った。懇親会では参加者は自己紹介を行いながら親睦を深めた。 15日は、小田城跡(つくば市小田)や土浦市立博物館、土浦城址(同市中央)、色川三中の墓がある神龍寺(同市文京町)など、色川氏ゆかりの史跡を巡った。 思わぬ再開 サミットでは思わぬ再会もあった。東京都から母親と参加した色川初恵さん(57)は十数年前、勤務先で行われたAED(自動体外式除細動器)講習で「色川さん」と呼ばれる消防士を見かけたことを覚えていた。珍しい姓のため記憶に残っていたという。今回の懇親会で隣に座った、千葉県から参加した消防士の色川晃平さん(46)が、講習に参加した「色川さん」だった。「縁というものは不思議」と初恵さん。晃平さんも「以前からサミットは知っていたが和歌山までは行けなかった。ルーツをたどりたくて参加したが、こんな奇跡が起きるとは」と笑顔を見せた。 宮城県から妻と参加した色川健一さん(77)は、和歌山で開かれた第2回からサミットに参加している。「先祖の始まりに興味があり以前に色川地区を訪れたのがきっかけ。同じ姓の人が全国から集まり歴史を共有することで絆が生まれる。貴重な経験」と話した。東京・浅草の老舗うなぎ店「雷門 うなぎ 色川」の北村紀子さんは、母親の色川幸子さんと参加。「店には東北や茨城からの『色川さん』が多く来店する。今日その理由がよく分かった」と語った。 続けていきたい 和歌山から訪れた実行委員会会長の浦勝良さん(75)は「関東や東北に色川姓の方が多く、和歌山での開催は距離的な負担もあった。より多くの人に知ってもらおうと関東開催を企画した。土浦やつくばには色川家にとって重要な歴史が残っていると実感した。今後も交流の輪を広げていきたい」と話した。サミットが始まるきっかけを作った田古良さんは「多くの方に参加してもらい、色川地区と色川姓の絆を深めることができた。今後もサミットを続けていきたい」と語った。 色川地区は、和歌山県那智勝浦町にある人口300人ほどの山村で、色川村と呼ばれていた。かつては銅鉱山や農林業が盛んで1950年代には3000人が暮らしていたとされる。現在も、色川茶の産地として知られている。約50年前から移住者を積極的に受け入れてきた歴史があり、現在、住民の半数余りが移住者だという。自身も移住者で集落支援員として活動する実行委員の家村直宏さん(41)は、「色川地区は自然が豊かな土地で、私も5年前に、自然と、地域に愛着を持ち暮らしている地域の方々に一目惚れして家族で移住した。ぜひ、多くの方に関心を持ってもらい、実際に色川に足を運んでいただければ」と語った。(柴田大輔)