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【台風19号】避難勧告で防災への関心高まる つくば市森の里団地

【橋立多美】大型で非常に強い台風19号の到来で避難勧告を受け、つくば市茎崎地区の住宅団地、森の里は防災への関心が高まった。19号に続いてやってきた21号の影響による大雨から一夜明けた26日、森の里公会堂で開催された消防訓練には通常の倍の住民約70人が参加した。

避難所では詳しい情報がつかめない

同団地は1970年代に計画的に整備された住宅街(面積33ヘクタール、約1300世帯)で東は小茎、西は牛久沼に注ぐ谷田川を挟んで茎崎、南は牛久沼を挟んで下岩崎、北は六斗と接している。

入居から40年。2011年の東日本大震災で地盤に液状化現象が発生したり、15年6月、1時間に81ミリの猛烈な雨が降って一部の住居が床下浸水の被害に遭ったが、団地住民は「避難」とは無縁の生活を送ってきた。それだけに避難勧告は予想外の出来事だったのではないか。地域住民の安全な暮らしが双肩にかかる森の里自治会長の倉本茂樹さんに話を聞いた。

同団地で問題となるのが東側の小茎地区との境の里山だ。高さ10メートルほどの緩やかな斜面で、同市作製のハザードマップ(被害予測地図)で土砂災害警戒区域に指定されている。

土砂災害警戒区域に指定されている森の里と小茎の境の里山

気象庁の「記録的な大雨になる」という発表を受けて11日夕方、市の危機管理課から里山に最も近い16軒の住民を対象に自主避難所=※メモ=を茎崎交流センターに設けるという連絡があった。倉本さんをはじめとする自治会役員が手分けして1軒ずつ連絡して回った。

翌12日午前9時、自主避難所だった茎崎交流センターは指定避難所となり、ペット同伴可能な避難所が茎崎中学校柔剣道場に開設された。午後2時3分に避難勧告が発令されると茎崎地区の土砂災害警戒区域の住民たちが避難し、森の里住民を含めて計154人が身を寄せた。

午後10時、暴風雨を押して避難所を見舞った倉本さんは「団地住民3人に会った。冷え込みが厳しくなかったのは幸いだった。避難所で最も知りたいのは台風の動きだがホールに行かないとテレビはなく、けたたましいスマホの緊急速報は短文で詳しい情報はつかめないと思った」と話した。

一方、自治会の事務局でもある公会堂には副会長ら5人が万一に備えて待機した。雨風が小康状態になるまで何度も電話が鳴った。防災・防犯部を兼務する副会長の松村健一さんによると「不安で心細い」という住民からの電話や、老親と離れて暮らす人が団地の状況を問い合わせる内容だったという。

森の里は水田を埋め立てた平坦な土地で、雨水は谷田川に直接ポンプで排水している。団地内に10カ所の排水施設があり、1カ所を除いて停電でも稼働する。台風19号と、21号の影響で激しい雨がまとまって降った25日も住宅が水につかる被害はなかった。

避難への質問相次ぐ

大雨が過ぎ去った翌26日午後1時30分からの消防訓練は、市南消防署茎崎分署の職員による「水害」に重点を置いた講話が行われ、集まった住民70人が熱心に聞き入った。その後「避難の判断はどう考えればいいか」「水害時の避難に車を利用するのは危険か」など、迅速な避難や対処について活発な質問が相次いだという。

防災・防犯部を代表して訓練の進行役を務めた松村さんは「昨今は想定外の災害が発生する。台風で不安な夜を過ごした人が多かったが、結果的に防災への意識が高まった」と振り返る。

倉本会長は「これまで重要視されなかったハザードマップに関心を寄せる住民が多くなり、『なくしたので欲しい』という声がある。市から入手して公会堂に置くようにしたい」と話す一方、茎崎地区の区長たちと情報交換して地区全体で災害に備えたいと話してくれた。

※自主避難所
避難勧告を発令する際に開設する指定避難所とは異なり、自主避難を希望する人が親戚宅や知人宅などの安全な避難先を確保できない場合に利用できる「一時的な避難所」。

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