火曜日, 4月 7, 2026
ホームスポーツ【霞ケ浦を遊ぶ】女性に人気のSUPヨガで土浦の魅力発信 開放感たっぷり、癒やしに

【霞ケ浦を遊ぶ】女性に人気のSUPヨガで土浦の魅力発信 開放感たっぷり、癒やしに

【田中めぐみ】水に浮かべたボードの上でヨガをする「SUP(サップ)ヨガ」が女性を中心に人気を集めている。ゆらゆら揺れる水面で行うため体幹を鍛えるエクササイズとしての効果が高いといわれる。ヨガを体験したことがある記者も数年前から興味を持っていた。今回、霞ケ浦で「SUPヨガ」のクラスが開講していると聞きつけ、早速参加してみた。

講師は石岡市出身の滑川織美(あやみ)さん。プロのボディーボーダーでSUPヨガインストラクターだ。霞ケ浦は海と違って波や風が穏やかなため、初心者も難なく楽しめるという。女性に人気のSUPヨガで、霞ケ浦の魅力を発信したいと考えている。

土浦駅東口近くに今年3月オープンしたばかりの「りんりんポート土浦」(同市川口)で待ち合せた。コインロッカー、シャワー室、トイレなどを完備し、無料駐車場がある主にサイクリスト向けの休憩スペースで、屋上には展望スペースもあり、県外客や市民の憩いの場になっている。滑川さんは「りんりんポートは土浦インターから約20分と交通アクセスが良い場所にある。トイレやシャワーが利用できるので、手ぶらで来て体験しシャワーを浴びて帰れる」と話し、この「りんりんポート」を自転車ばかりでなく、SUPヨガの拠点にできればという。

りんりんポート土浦の室内=土浦市川口

SUPヨガの「SUP」とはスタンド・アップ・パドルボードの略で、ボードの上に立ってパドルをこぎ水面を移動していくアクティビティ。ゆっくりとした動きで進むため、初心者でも簡単に楽しめるのが特徴だ。

この日、SUPを初めて体験する私のために、滑川さんは初心者向けでバランスの取りやすいボードを用意してくれた。ボードはレンタルできるので手ぶらでOKだという。ただし水に落ちたときに備えて水着着用が条件。水着さえ着てくれば、SUPヨガ用のウェアも貸し出してくれる。

体験場所は、ボードに乗って水に入りやすいスロープがある土浦新港。岸壁に囲まれ波が穏やかだ。

スロープがある土浦新港。ここからSUPで出発する

まずSUPの操縦の仕方、基本動作の説明があり、その後準備運動を行ってからボードに乗る。最初は座った状態でこぎ出し、ボードが進み出してから立ち上がるのだが、落ちるのではという恐怖感がありうまく立つことができない。行きたい方向を見る、遠くを見るといったコツを教えてもらい、パドルの使い方についても指導を受けると徐々に慣れてきた。

確かにコツをつかめば簡単で、パドルの使い方に慣れたころには恐怖感は一切なくなっていた。湖面はとても静か。滑るように進むボードの上で徐々に気持ちが穏やかになってゆくのを感じる。目線を遠くにやると、土浦港を出入りするボートやヨットで遊ぶ人も目に入る。開放感たっぷりだ。

滑川さん(右)にSUPのこぎ方を教わりながら恐る恐る進む田中記者(左)

港湾の真ん中までこぎ出し、いよいよヨガのレッスン開始。まずはボードをまたぎ、足を水に浸けて水温を確認する。この日の気温は高めで汗ばむ。水温も温かく気持ちがいい。透明度も意外と高く、パドルで確認してみると80センチ程度の深さまで見えるようだ。水に落ちて泳いでみてもいいかなという気分になる。

最初に四つんばいになりポーズをとる。陸上で行うヨガと同じポーズも、水の上では体幹の強さが必要で、体幹がかなり鍛えられるのが分かる。続いてお尻を空に突き出して足と腕とボードで三角形を作る「犬のポーズ」。水面ではぐらぐらするのでいつも以上に集中力が必要だ。呼吸を整えることを忘れず、心地よい風を感じながらゆっくりとヨガの動作を行う。最後は立ちポーズにもチャレンジ。合掌であいさつして終わった。

SUPは愛犬と一緒に楽しめるのも醍醐味。滑川さんの愛犬も途中からボードに乗って霞ケ浦を満喫していた。水辺が好きなワンちゃんが居たらぜひ一緒に楽しみたい。

レッスン後はりんりんポート土浦に戻り、シャワーで汗を流す。シャワーは30分200円。ドライヤー、ボディーソープ、シャンプーもあり、快適だ。

滑川さん(右)の指導を受けながら湖上でヨガをする田中記者ら

◆SUPヨガはSUPボード、パドル、ウェアのレンタル込みで2時間4000円。レッスンは予約制で、毎週日曜日と月曜日に開講している。霞ケ浦は海と比べて穏やかだが、天候によっては中止する場合もある。予約・問い合わせは電話080-2370-9848(滑川さん)。メール 2019.beach.life@gmail.com。フェイスブックhttps://www.facebook.com/ayami.namekawa。インスタグラムhttps://www.instagram.com/ayami_namekawa/

◆土浦新港を使用する場合は許可が必要。問い合わせは指定管理者のラクスマリーナ(電話029-822-2437)

◆りんりんポート土浦は土浦市川口2丁目13番25号、開館時間は午前9時から午後6時。

➡「霞ケ浦を遊ぶ」シリーズの過去記事はこちら

➡りんりんポート土浦の過去記事はこちら

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里山に響く若者たちの声《宍塚の里山》134

【コラム・齋藤桂子】宍塚の里山には、月1回、法政大学のサークル「キャンパス・エコロジー・フォーラム(略してキャンエコ)が通ってきています。初めて来たのが2002年11月と聞いていますから、今年で24年になります。私がキャンエコと活動するようになってから10年になります。私の体力は少しずつ低下する一方で、学生たちのエネルギーはますます々アップしているように感じます。 最近の参加人数は、平均すると30人ほどですが、50人に達することもあります。具体的な活動内容は、外来魚や外来植物の駆除、雑木林での落ち葉かき、増え過ぎた植物の伐採や抜き取り、竹細工、溝さらいなどですが、彼らの表情はいつも明るく楽しそうです。 最近は、学生たちからの「〇〇をやってみたい」という提案で始める活動が増えています。提案は、学生の代表から出る場合もありますが、1年半前から実施している活動後のアンケート結果から生まれることもあります。その結果、生き物調査、里山ダンスの創作、山道の階段づくり、森の看板づくり、森づくり、ピザづくり、竹炭づくりなどの活動が進行しています。 これらは、全員でやるよりも数人で取り組んだ方が効率が良いので、希望者を募ってプロジェクトチームを結成して進めています。 階段づくりプロジェクトチームは5人で結成し、昨年11月からの3回で二つの階段を造り上げました。仲間と試行錯誤しながら仕上げたときの達成感は、この上ない喜びとなったことでしょう。寒い中で顔を真っ赤にして汗を流す彼らの表情は、喜びと充実感がみなぎっていました。活動後の反省文に「またこのようなプロジェクトに参加してみたい」とありました。 今日は一番楽しかった さまざまなプロジェクトは、まだ始まったばかりですが、細分化されればされるほど私1人の力では動かすことが難しくなります。しかし、宍塚の会の方々はみなさん協力的で、学生の気持ちに寄り添いながらサポートしてくれます。里山に集まってくる人たちは、やさしさも一緒に連れてくるような気がするのは、私だけの感覚でしょうか。 学生たちの活動が活性化しているもう一つの要因は、彼らが上手にSNSを使っていることだと思います。アンケート調査と集計はネットでやっています。また、事前に私から活動内容を受け取ると、代表が参加者の希望を聞きながらグループを決め、里山に到着した後、すぐに活動に入れるようになっています。 キャンエコ代表の任期は、10月から翌年の9月までです。昨年10月、新代表が初めて35人のメンバーを連れて里山にやってきました。代表としての初日、さぞかし緊張しているのだろうなと見守っていましたが、活動後のあいさつで「代表になって初めての活動でしたが、今日は今までで一番楽しかったです」と、ニコニコ顔で話した瞬間、みんなの拍手が里山に響き渡りました。(宍塚の自然と歴史の会 会員)

切り捨て《短いおはなし》

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