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宇宙ビジネス参入促進を つくばで8月に第2回サミット

【山崎実】将来の成長分野と期待されている宇宙ビジネスの創出、支援強化に取り組んでいる茨城県は、8月につくば市で、宇宙飛行士の若田光一さんを招き、昨年に続き2回目の「宇宙ビジネスサミット」を開催する。宇宙ビジネスをリードする企業、研究者、投資家、学生などが集うイベントとなり、振興施策のテンポアップを図る。

昨年8月、県が立ち上げた宇宙ビジネス創造拠点プロジェクトが国の推進自治体の選定を受けたことで、県は12月につくば市で初の「宇宙ビジネスサミット」を開催した。ワンストップ相談窓口を設置したほか、県独自の補助制度を創設し財政支援を行うなど、積極的なビジネス創出に向けた体制の強化を行っている。今年4月には、県内企業やJAXA(宇宙航空研究開発機構)、関係研究機関など43団体で構成する「いばらき宇宙ビジネス創出コンソーシアム」を設立した。

今年度は8社12事業に補助支援

特に、補助支援事業は、研究機関などの試験設備の利用料補助(県外施設も対象)、衛星データを活用したソフトウェア開発費補助など、事業化、製品化に向けた本県独自の施策として事業者から好評だ。

この補助制度で、昨年は5社が選定されビジネスに弾みをつけたが、今年度はさらに8社(12事業)が支援補助事業に決定した。うち、つくば市のOUTSENSE(アウトセンス)とSAgri(サグリ)、牛久市の日豊の3社は、県内に新たな拠点を設置した。行方市のサンテクノは宇宙ビジネスに新規参入した。

各社の事業内容も個性的だ。OUTSENSEは折り紙を応用した技術で宇宙に家を建てることを目指す。SAgriは衛星データを用いたスマート農業支援ソリューションの開発に向け、土壌分析試験に取り組む。日豊は、地殻変動に対応した四次元高精度位置情報解析ソフトを開発する。医療機器を製造するサンテクノは、金属加工技術を活かして衛星部品分野に参入した。県はこれらの研究成果を、事業化に向け支援していく。

また、県内の中小企業が宇宙ビジネスに参入するよう働き掛けを行う一方、8月のサミットに続き、今秋には都内で、企業、研究機関、投資家などとのマッチング会を計画する。

今後の取り組みについて県科学技術振興課は「宇宙関連企業の誘致については、個別に企業訪問を行い、全国トップクラスの企業誘致施策や、本県における科学技術の集積の優位性などを積極的にアピールしていきたい」と意気込んでいる。

◆いばらき宇宙ビジネスサミット2019
8月5日午前10時から、つくば市吾妻のオークラフロンティアホテルつくばで開催。シンポジウム、セミナーのほかマッチングなどが実施される。問い合わせは県科学技術振興課(電話029-301-2515)、または日本宇宙フォーラム内いばらき宇宙ビジネスサミット2019事務局(電話03-6206-4902)。

 

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映画「倭文-旅するカジの木」を見て《邑から日本を見る》190

【コラム・先﨑千尋】先月7日、東京都練馬区の大東文化会館で国際シンポジウム「旅するカジの木、旅する神々-静御前と倭文(しづり)」が開かれ、その中で北村皆雄監督の映画「倭文-旅するカジの木」が上映され、北村監督の講演などがあり、筑紫舞、大和高田の白拍子舞などが披露された。 倭文ないしは倭文織は古代の織物の名称で、常陸国風土記や万葉集、日本書紀、延喜式などの古典に登場するが、現物が発見されていないので、“幻の織物”と言われている。その素材はコウゾやカジの木などの自然繊維で、神事に使う幣(ぬさ)、手纏(まとい)、鞍(くら)などに使われていたようだ。 私は那珂市静に鎮座している常陸二の宮静神社のすぐ近くに住んでいることもあって、かなり前からその織物に関心を持って、史料も集めてきた。常陸国風土記には「まだ織物がなかった時代に倭文部(しどりべ)という織物の技能集団が静周辺に来住し、倭文を織った」とある。静神社の主祭神は、織物の神様・建葉槌命(たけはつちのみこと)だ。 「衣食住」という言葉 北村監督は映画上映の前に「衣食住という言葉があるが、衣が最初で、食、住と続く。それはなぜなのか。人が生まれてきて最初に産着(うぶぎ)を着ける。布は第二の皮膚と言われ、人間しか着けない大事なものだ。倭文という謎の織物を手掛かりに、衣の持つ呪術性を探ってみたいと考えて映画を製作した。何もないものを作るのは大変なことで、5年もかかった」と話した。 映画は最初に、日本の原始布が残る徳島県旧木頭村を訪ねるところから始まる。ここではカジの木やコウゾで織る太布(たふ)が現在でも織られている。次に、糸を使わない布、タパが登場する。カジの木の樹皮をたたいて伸ばす。撮影隊は、タパを作っているパプアニューギニアに向かい、人類最古に当たる植物繊維の衣服が今でも作られている有り様を伝える。 カジの木の原産地は中国南部から台湾。そこから4000年にわたってフィリピン、インドネシア、オセアニア、日本などに伝わったという。北村さんらは正確を期するために各地でDNA鑑定を行っている。茨城県内にはコウゾはあるが、カジの木はほとんど見かけない。コウゾはカジの木とヒメコウゾの交配から生まれたものだ。 この映画を作るために、国内の4人の織物作家(山口源兵衛、石川文江、西川はるえ、妹尾直子)が帯や幡(はた)、紙布を作る。その苦労する過程が克明に映し出される。 映画の最後は、日立市の大甕倭文(おおみかしず)神社にある宿魂石上(しゅっこんせきじょう)で、神話に出てくる倭文神「建葉槌命(たけはづちのみこと)」(大和朝廷側)がまつろわぬ星の神「香香背男(かがせお)」を、倭文織を使った呪術的な力で圧倒する場面。この場面だけがフィクションである。 冒頭に戻る。今回のシンポジウムのタイトルに「静御前と倭文」とある。静御前が鎌倉鶴岡八幡宮で歌ったという「しずやしず 倭文の環(おだまき) くりかえし 昔を今になすよしもがな」から採ったと思われるが、静御前と倭文の関係について、今後の研究に期待したい。(元瓜連町長)