火曜日, 6月 16, 2026
ホーム土浦【土浦を受け継ぐ】116年変わらぬ味守る かりんとう「九万五千石」 前島製菓

【土浦を受け継ぐ】116年変わらぬ味守る かりんとう「九万五千石」 前島製菓

【田中めぐみ】柔らかい食感にキラキラと輝くザラメ、後をひくゴマの風味が特徴的なかりんとう「九万五千石」で知られる前島製菓(土浦市真鍋)。1903(明治36)創業の老舗だ。創業者の前島憲吉さん、2代目の寿夫さん、3代目の寛誠(ひろなり)さん(65)と引き継がれ、今年で創業116年目になる。初代から「味を変えてはいけない」、「原料を変えてはいけない」と言われ、116年間味を守り続けている。昨年は市が認定する第1期土浦ブランドにも選ばれた。

しっとりとした食感が特徴のかりんとう「九万五千石」

前島製菓は創業当初からかりんとうや駄菓子などを販売してきた。戦時中は海軍から支給される小麦粉と油、砂糖などを用いてかりんとうを作り、青森県むつ市の大湊警備府(日本海軍の軍港)に一斗缶で納めていたという。砂糖や油をたっぷりと使ったかりんとうは高級品だった。

名前の由来は土浦藩

人気商品「九万五千石」は前島製菓の代名詞でもある。戦後の食料物資統制が終わった1950年ごろから本格的に作り始めたという。「九万五千石」は、江戸時代中期の土浦藩主で江戸幕府の老中も務めた土屋数直が、徐々に石高を増やし最終的には九万五千石を有したことにちなんで名付けられた。寛誠さんの父で2代目の寿夫さんが主となり考案し、1958年に商標登録した。

当初「十万石」という名にしようと考えていたが、土浦市の郷土史家永山正さんに相談したところ、正しくは九万五千石であると指摘され、それに従ったという。「石」は土地の価値を米の生産力に換算し表す単位だが、土浦城の石垣の意味にもかけて、見た目が石のようにゴツゴツとしたかりんとうを作り上げた。

昭和20年代の店頭(前島製菓提供)

「味を変えてはいけない」

創業以来、味を守り続け、1973年には第18回全国菓子大博覧会で名誉金賞を受賞した。

しかし、父である2代目寿夫さんが病で倒れ、寛誠さんに代替わりした1988年頃、一度だけ作り方の工程を変えたことがある。それまで父とかりんとうを作りながら「この工程は統一できるのではないか、簡素化しても味は変わらないのではないか」と考えており、「自分の代からは思うようにやってみよう」と変更してみた。「自分が一番かりんとうの味を分かっている。味は変わらない」という自信があったが、製法を変えた途端に売れ行きは急降下。慌てて元の作り方に戻したが、落ちた売り上げを戻すのに3年かかった。

寛誠さんは「自分よりお客さんの方がうちのかりんとうの味をよく分かっていた。うぬぼれていたことに気が付いた」と振り返る。お客さんの優しさにも助けられた。2代目が倒れたという事情をくみ、技術が足りなかった寛誠さんを気長に待ってくれた。寛誠さんは、お客さんには感謝の気持ちしかないと話す。「たくさんの品物があふれている今の時代にうちのかりんとうを選んでくれる。本当にありがたい」。

一度も褒められなかった

寛誠さんが3代目を継いで30年になる。5年前に103歳で亡くなった叔母には死ぬ前まで「初代の方がおいしかった」と言われ、一度も褒められなかった。戒めとなりありがたくはあったが、最期までおいしいと言わせられなかったことが悔しいと話す。

納得のいく味を追求し続ける。「使っている材料は変わらなくても、気温や湿度の変化や、材料の品質に微妙な違いがある」と寛誠さん。「夏と同じ物を冬食べるとかなり固くて、冬の物は夏溶けてしまう。四季折々に美味しく食べて頂きたいので、半月ぐらいの単位で同じ物に感じられるように調整している」と話す。

製造法をかたくなに守り続けようと思っているわけではない。今以上に効率的なやり方があれは変えたいと考えている。しかし「味を変えてはいけない」という原則を守るのに、今以上の作り方が見つからない。添加物を入れれば材料が扱いやすくなり大量生産が可能だが、味が変わってしまう。多く作ることはできないが、味を変えないためには製造法を守り続けるという。寛誠さんは「古いお菓子を新しいと感じる若い人もいる。大量には作れないが、全国の人にもぜひ食べてほしいと思う」と語った。

現在の前島製菓

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

つくばエリアの「独立」を考える《吾妻カガミ》220

【コラム・坂本栄】人口が増えている「つくばエリア」は人口が減っている県から独立し、独自の行政区を結成したらどうか、と私は考えています。5月、この持論を補強する情報が二つ飛び込んできました。一つは、つくば市の人口が水戸市を抜いたというニュース。もう一つは、日本経済新聞電子版の「政令市が道府県から独立…」というタイトルの記事です。 下り坂の県と上り坂のつくば つくば市の人口が水戸市を上回ったとの国勢調査速報は、皆さんご存知と思います。本サイトの記事「つくば市の人口、水戸市を抜いて…」(5月29日掲載)によれば、「つくば市の昨年10月1日時点での人口は26万8991人となり、水戸市の26万5773人を3218人上回って、県内一に…」なりました。 同じ調査で分かった県全体の人口減、つくば市の人口増(水戸とつくばの人口逆転はこのシンボリックな表現)は、水戸を拠点にして県全体を見ている県庁をおかしな行動に走らせています。少子化を踏まえて県立高のリストラを進める県が、つくばエリアの児童増に目配りせず、同エリア内での県立高新設を渋るのもその一つでしょう。 私はこういった傾向を「下り坂の県」と「上り坂の市」と定義、139「…のおはなし」(22年8月15日掲載)の中で、「県と市が置かれている状況と方向が違うのだから、つくば市は県から『独立』したらどうか」と提案しました。さらに、202「つくばの県立高問題は動く?」(25年2月17日掲載)では、「…『上り坂』のつくば市を中核とする人口50万人以上の政令指定都市を設け、『下り坂』の県から『独立』するアプローチも考えられます」と書きました。 政令指定都市による独立構想でイメージしていたのは、神奈川県における横浜市(県庁所在市)や宮城県における仙台市(同)などの大都市です。つくば市に県庁は存在しませんが、県庁所在市は政令指定都市の必要条件ではありません。 「特別市」という独立の形 驚いたのは、日経電子版の「政令市が道府県から独立、『特別市』再び議論…」(2026年5月27日19:00)という見出しの記事です。そのリードでは「地方制度調査会(地制調)は2027年度中にも『特別自治市(特別市)』の制度に関する答申をまとめる。…大都市を県から独立した位置づけにする特別市について税のあり方などを検討する」と報じています。 県内の政令指定都市(人口要件50万以上)は県の行政下に置かれますが、「特別市」の行政権限は県から切り離され、より強い形で独立できるそうです。国レベルでいえば、イタリア国内にあるバチカン市国のイメージでしょうか。川崎市(非県庁所在市)の福田紀彦市長のコメント「地域での核となる都市を成長させ、多極分散型を実現することで日本全体にも効果を還元できる」は、とても説得力がありました。 つくばエリア(県の分類では、つくば、土浦、つくばみらい、守谷、牛久、常総、下妻の7市)の人口は合計約70万ですから、政令指定都市になる条件を満たしています。でもそこにとどまらず、一気に「特別市」に移行(県から完全に独立)、北関東の「核都市」を目指すのも面白いと思います。(経済ジャーナリスト、坂本栄)

名門バレエダンサーが直接指導 子供たちが基本動作に挑戦 つくば

アジアを代表する名門「香港バレエ団」所属のバレエダンサーが直接指導する「セキショウこどもバレエ教室」が13日、つくば市天久保、筑波大学中央体育館で催され、つくば市などに住む4歳から12歳の子供たち46人が初心者クラスと経験者クラスに分かれてバレエのレッスンを受けた。 バレエを通じて体を動かす楽しさを体感してもらおうと、関彰商事(本社 筑西市・つくば市、関正樹社長)が主催した。同社とつくば市が締結している「SDGsの推進に係る包括連携協定」に基づく事業として初めて開催し、同市が後援した。 同バレエ団に所属する香港出身のへネス・ユンさん(29)と、つくば市出身の関剛多さん(25)が来日し、優雅な演技を子供たちの間近で披露したり、基本動作を手ほどきしたり、音楽に合わせて一緒に踊るなどした。 初心者クラスには30人が参加。子供たちは、両足のかかとを付けてつま先を左右に開いてまっすぐ立つ「一番ポーズ」と呼ばれる基本姿勢に挑戦したり、つま先で立って小幅で足踏みしながら回ったり、ひざとつま先を伸ばして片足を上げるなど、バレエの基本動作に挑み、最後に、基本動作を組み合わせて音楽に合わせて踊るなどした。 友達3人で参加した市立竹園西小6年の筒井英(はな)さん(12)は「Kポップのダンスをやっているので、柔軟体操に生かしたいと参加した。つま先立ちが難しかったが、やってみたら興味がもてた」などと話していた。 子どもたちとの質問の時間も設けられ「きれいな姿勢を保つこつはありますか」との子供たちの質問に、へネスさんは「毎日毎日練習していると、きれいな姿勢になってくる。きれいな姿勢をしてないと体が痛くなることもある」などと答えていた。 指導した関さんは「バレエを通して、体を動かすことが楽しいと子供たちに伝えることができたら」と語り、へネスさんは「何かに興味をもつということは、楽しみだけでなく、自分の性格を知ったり、大人になった時の自分の芯をつくるものでもあると思う」と話していた。(鈴木宏子)

2026年初夏の裏磐梯《鳥撮り三昧》10

【コラム・海老原信一】4月下旬~5月中旬の3度の裏磐梯通いが、今シーズンの高原探鳥の始まりになりました。昨冬は雪が少なめでしたが、今冬はそれ以上に少なめでした。例年なら、残雪が低木を地面に押し付け、暖かくなった陽射しで雪が緩み、木々が軽くなった雪を跳ね上げる。その「バサッ」という音で季節の変わり目を感じたものです。 ところが、今年は大分勝手が違っていました。森に残雪はなく、木々は早くも薄緑の葉を茂らせ、森の見通しは効かない―すでに初夏そのものです。そうなると、不安が頭をもたげます。これじゃ~鳥が見えない、少し距離をとっての観察ができない、葉の茂る中からひょいと現れたらレンズを向ける暇もない、と。 その上、「今シーズンの夏鳥の飛来が少ない気がするなあ」との鳥見仲間の声も聞こえてきて、不安が一層募ります。森の入り口に立つとキビタキのさえずりが響いてくるはずなのにそれもなかったし、コサメビタキなどの姿も見ない、アオジがやぶ中を歩き回る姿もなかったし、と。 肩にした機材を重く感じながら、両側の緑が濃くなりつつある森の中の野鳥を探して、定められた散策路をいつもの観察場所へと向かいます。そこは森の高台に近く、視界が開けて木々の中腹が視線の高さに近いので、野鳥たちを見上げないで観察できる「よい場所」なのです。 14年ぶりに会えたノジコ さて、3度通った結果ですが、3度とも不安がそのままの結果となりました。今回ほど鳥たちの観察数が少なかった裏磐梯通いは、初体験です。さえずり声が聞こえないのは、「飛来数が少ないから縄張り争いが必要ないのだろうか」なんて考えました。 それでも、オオルリ、クロツグミ、コムクドリと、それぞれ一度だけですが会えました。それに、キビタキ、コサメビタキ、サンショウクイ、ゴジュウカラ、アカゲラ、オオアカゲラ、アオゲラ、ニュウナイスズメなども、数は少ないなりに観察できました。一方、ウグイスの元気さは別格です。あの「ホウー、ホケキョ」を聞くと元気が出ます。身を絞るようにしてさえずる様子は、生きるための必死さを感じます。 今回の裏磐梯行で最もうれしかったのは、14年ぶりに観察・撮影できた種に会えたことです。それはノジコ。アオジによく似た種で、降雪の比較的多い平地や山地の林に生息する種で、裏磐梯以外では奥日光で観察した記憶があります。「もう会えないだろう」と思っていただけに、うれしさは格別でした。(写真家)

高校進学を考える集いの可能性《竹林亭日乗》41

【コラム・片岡英明】つくば市の高校進学を考える第7回市民の集い(つくば市の小中学生の高校進学を考える会主催)が5月24日、つくば市役所コミュニテイー棟で行われた(5月18日付)。 第1部で、筑波、サイエンス、茎崎、牛久栄進、竹園の各県立高の校長先生から、各高校の魅力などについて説明してもらった。つくば市の副市長、市議の方々、市が選挙区の県議をはじめ、約90人の参加者が熱心に聞き入る様子を見て、市内高校不足問題から始まった小さな会の運動が、新しい段階に入ったと感じた。 夏休み前に各地で高校説明会を 各校長先生による学校の魅力説明は昨年から始まった(25年6月6日付)。それは、「つくばの県立高不足の解明だけで受験生の応援になるのか」という世話人会での問いから生まれた。 2回目の今回は、5校の校長先生の説明は生徒の学びが有機的につながり、ひとつのストーリーとなっていた。そして、参加した受験生の学習スイッチも入った。話を聞きながら、生徒の学びのために、このような高校の魅力説明会を各地で開いてほしいと感じた。 以前は、中学で高校説明会を行っていた。それが夏休みに生徒個人が学校説明会に参加する形になった。そのため受験校が定まらず、説明会に参加しない高校を受験する生徒も多い。これからは、夏休み前に各地域で公私連携して高校説明会を開いてほしい。説明会を通して、学校と地域の連携が強まれば、高校も魅力アップに力が入り、生徒の学びの応援にもなる。 高校不足と定員割れの混在 5月30日公表された2025年国勢調査で、つくば市の人口が水戸市を抜いて県内1位となった。それによると、つくば市の人口は5年前の調査よりも2万7000人(約11%)増えた。TX沿線の人口増に伴い、つくば市の中学卒業者数は2023年に水戸市を超えた。今年3月の県全体の中卒者数は2万4555人だったが、つくば市はその10.4%を占め、2562人に達した。 この生徒増に見合う県立高が、つくば市に配置されているだろうか? 現在、全日制県立高は県内に84校と1分校がある。生徒割だと、つくば市には8校が必要となる。しかし、1989年の市合併時には6校41学級あったのに、現在は3校17学級と大幅に減ってしまった。この数字は、水戸市の7校50学級の約3分の1であり、大問題なのは明らかといえる。そのため、多くの中卒者が市外の高校に入学しており、通学上の問題も深刻である。 一方、市内3校のうち筑波高校とサイエンス高校の2校が定員を満たしていない。つまり、つくば市は生徒が増えているのに高校が不足している、現在ある県立高の魅力をアップさせる必要がある―という2つの課題を抱えている。「地域にとって必要な学校とは何か」を探求している街とも言える。 つくばの課題、その解決策 今回の集いでは、各校の魅力は十分に光っていた。自信を持って、もっと前に出てほしい。これからの課題は、各校の魅力をどのように地域の人たちに届けるかだ。 今回の集いでは、①TX沿線の人口増に見合う高校学級増~学級増と高校審議会資料の疑問解消②県立高の魅力アップ~地域との連携強化③スクールバスへの県の支援~全額個人負担から県の通学支援を―の必要を提案した。(元高校教師、つくば市の小中学生の高校進学を考える会代表)