木曜日, 5月 28, 2026
ホーム土浦【土浦を受け継ぐ】116年変わらぬ味守る かりんとう「九万五千石」 前島製菓

【土浦を受け継ぐ】116年変わらぬ味守る かりんとう「九万五千石」 前島製菓

【田中めぐみ】柔らかい食感にキラキラと輝くザラメ、後をひくゴマの風味が特徴的なかりんとう「九万五千石」で知られる前島製菓(土浦市真鍋)。1903(明治36)創業の老舗だ。創業者の前島憲吉さん、2代目の寿夫さん、3代目の寛誠(ひろなり)さん(65)と引き継がれ、今年で創業116年目になる。初代から「味を変えてはいけない」、「原料を変えてはいけない」と言われ、116年間味を守り続けている。昨年は市が認定する第1期土浦ブランドにも選ばれた。

しっとりとした食感が特徴のかりんとう「九万五千石」

前島製菓は創業当初からかりんとうや駄菓子などを販売してきた。戦時中は海軍から支給される小麦粉と油、砂糖などを用いてかりんとうを作り、青森県むつ市の大湊警備府(日本海軍の軍港)に一斗缶で納めていたという。砂糖や油をたっぷりと使ったかりんとうは高級品だった。

名前の由来は土浦藩

人気商品「九万五千石」は前島製菓の代名詞でもある。戦後の食料物資統制が終わった1950年ごろから本格的に作り始めたという。「九万五千石」は、江戸時代中期の土浦藩主で江戸幕府の老中も務めた土屋数直が、徐々に石高を増やし最終的には九万五千石を有したことにちなんで名付けられた。寛誠さんの父で2代目の寿夫さんが主となり考案し、1958年に商標登録した。

当初「十万石」という名にしようと考えていたが、土浦市の郷土史家永山正さんに相談したところ、正しくは九万五千石であると指摘され、それに従ったという。「石」は土地の価値を米の生産力に換算し表す単位だが、土浦城の石垣の意味にもかけて、見た目が石のようにゴツゴツとしたかりんとうを作り上げた。

昭和20年代の店頭(前島製菓提供)

「味を変えてはいけない」

創業以来、味を守り続け、1973年には第18回全国菓子大博覧会で名誉金賞を受賞した。

しかし、父である2代目寿夫さんが病で倒れ、寛誠さんに代替わりした1988年頃、一度だけ作り方の工程を変えたことがある。それまで父とかりんとうを作りながら「この工程は統一できるのではないか、簡素化しても味は変わらないのではないか」と考えており、「自分の代からは思うようにやってみよう」と変更してみた。「自分が一番かりんとうの味を分かっている。味は変わらない」という自信があったが、製法を変えた途端に売れ行きは急降下。慌てて元の作り方に戻したが、落ちた売り上げを戻すのに3年かかった。

寛誠さんは「自分よりお客さんの方がうちのかりんとうの味をよく分かっていた。うぬぼれていたことに気が付いた」と振り返る。お客さんの優しさにも助けられた。2代目が倒れたという事情をくみ、技術が足りなかった寛誠さんを気長に待ってくれた。寛誠さんは、お客さんには感謝の気持ちしかないと話す。「たくさんの品物があふれている今の時代にうちのかりんとうを選んでくれる。本当にありがたい」。

一度も褒められなかった

寛誠さんが3代目を継いで30年になる。5年前に103歳で亡くなった叔母には死ぬ前まで「初代の方がおいしかった」と言われ、一度も褒められなかった。戒めとなりありがたくはあったが、最期までおいしいと言わせられなかったことが悔しいと話す。

納得のいく味を追求し続ける。「使っている材料は変わらなくても、気温や湿度の変化や、材料の品質に微妙な違いがある」と寛誠さん。「夏と同じ物を冬食べるとかなり固くて、冬の物は夏溶けてしまう。四季折々に美味しく食べて頂きたいので、半月ぐらいの単位で同じ物に感じられるように調整している」と話す。

製造法をかたくなに守り続けようと思っているわけではない。今以上に効率的なやり方があれは変えたいと考えている。しかし「味を変えてはいけない」という原則を守るのに、今以上の作り方が見つからない。添加物を入れれば材料が扱いやすくなり大量生産が可能だが、味が変わってしまう。多く作ることはできないが、味を変えないためには製造法を守り続けるという。寛誠さんは「古いお菓子を新しいと感じる若い人もいる。大量には作れないが、全国の人にもぜひ食べてほしいと思う」と語った。

現在の前島製菓

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

給食の米飯350食分を廃棄 振替休日を連絡し忘れ つくば市立中学校

つくば市は27日、市内の市立中学校1校が4月27日(月)を振替休日とすることを市給食センターに連絡するのを忘れ、同日の学校給食の米飯約350食分、約5万6000円相当を廃棄したと発表した。 市健康教育課によると、同中学校では4月25日(土)に授業参観を実施し、27日を振替休日としていた。学校行事などで給食の提供を中止する際は、各学校が前月の5日までにそれぞれ給食センターに連絡することになっているが、学校からの連絡が漏れたという。 同市の給食は、委託業者が米飯を炊き、一人分ずつ器に入れて各学校に直接配送している。おかずは学校給食センターが調理し各学校に配送している。4月27日午前10時ごろ、委託業者が同中学校に米飯を配送したところ、休校だったことから給食センターに連絡し廃棄とした。一方、給食センターで調理した350人分のおかずは、配送する前だったため、他校に割り振った。 同課は、市内の各学校と幼稚園などに対し、給食の中止や人数の変更が発生する場合は適切に報告するよう改めて周知し、再発防止に努めるとしている。

在来大豆「タノクロ豆」を守り受け継ぐ《宍塚の里山》136

【コラム・小関緑】宍塚には大粒でとてもおいしい大豆があります。地元では通称「タノクロ豆」。田の畦畔(けいはん)などで作られてきた在来大豆です。近年は作る方が減少しましたが、この大豆を守りつないでいきたいと、地元の方から種を分けていただき、種継ぎを続け20年以上になります。大豆は味噌(みそ)に加工し、宍塚の方々と里山保全に取り組む人たちで分けています。 里地里山文化の象徴 大豆は、味噌、醤油(しょうゆ)、豆腐、納豆の原料であり、畑でとれる貴重なたんぱく源。日本人の食に欠かせない食料です。それぞれの地域で、その土地の気候風土に順化した在来大豆が作り継がれてきました。田んぼの畦(あぜ)は、陽当たり風通しがよく、根を伸ばせば水に届く―そんな環境が大豆にはちょうどよく、畦畔での栽培が行われていました。 自然資源を持続的に循環利用し、気候風土に適した作物のタネをとり、持続的に食料を生産する―そのような生業(なりわい)の在り方が里地里山の文化の要だと考えています。私にとって在来大豆は、そんな里地里山文化の象徴です。 お味噌に加工して配付 20年以上前、当時の及川ひろみ会長が会報配付に集落各戸を回った際、おいしい煮豆をごちそうになったのが、出会いでした。その方の作業を手伝わせていただくことから、栽培が始まりました。 栽培は、土地の資源を生かすこと、先人の知恵を生かすことが基本。聞き書きでも畑作や大豆栽培について聞いており、播種時期、麦間を利用した栽培、脱穀や調整の道具などが記録されています。当会では、落ち葉を畑にすきこむ方法や、裏作の麦との二毛作などに取り組んでいます。ただ近年は草管理が行き届かず、気候変動に伴う生育不良にも苦戦しているところです。 タノクロ豆の存在を知ってもらうため、できた大豆は味噌にして地元の方と里山保全に係る人たちで分けています。味噌作りも最初は地元の方に教わり、宍塚伝来のレシピで作っています。糀(こうじ)の米もなるべく宍塚産にし、当会の田んぼ塾の谷津田米や宍塚の農家が生産したお米を使用。煮炊きには里山保全作業で出た材をまきに使っています。里山の恵みをぎゅっと絞った雫(しずく)のようなお味噌です。 唯一無二だから種をつなぐ 宍塚の風土に順化し、生業文化に根差して作り継がれてきたタノクロ豆。これは、世界に唯一無二です。本来は地元の人たちによって受け継がれるのがベストですが、現代の社会構造では難しくなっています。ここで途切れさせてはならない、タネをつながなければならない―ほぼよそ者で構成される当会がそのつなぎ役になれればと考えています。 幸い、本当の地元住民であり、会員としても活躍くださっている方が、栽培をしてくださっています。このつながりに感謝し、今後も細々ではありますが継続していきます。(宍塚の自然と歴史の会 会員)

傘がない《短いおはなし》51

【ノベル・伊東葎花】 電車を降りると雨だった。しかもかなり降っている。カバンに入れたはずの、折りたたみ傘がない。困ったな。タクシーは行列ができている。コンビニまで走って傘を買うか。だけどちょっと走っただけで、ずぶぬれになりそうな雨だ。 迷っていたら女が隣に立って、傘を広げていた。じっと見ていたら目が合った。 「傘をお忘れですか?」 「ええ、そこのコンビニで買おうと思っています。しかし、この雨では」 「よかったら、コンビニまでご一緒しませんか?」 「えっ、いいんですか。肩が濡れてしまいますよ」 「構いませんよ。困ったときはお互いさま。さあ、どうぞ」 女が開いた傘は、僕の傘にとても似ていた。どこにでもあるチェック柄だけど、僕の傘には柄のところに「M」の文字が刻まれている。僕の名前の頭文字だ。 「僕が持ちますよ」 そう言って傘を受け取って柄を見ると、「M」の文字が刻まれている。 「あの、これはあなたの傘ですか?」 「違います。電車の中で拾ったんです」 「拾った? じゃあやっぱり、これは僕の傘だ。かばんから落ちてしまったんですね」 「まあ、そうでしたか。届けようと思ったんですけど、この雨でしょう。つい、持ってきちゃって。ごめんなさい」 「構いませんよ。返してもらえたら」 「コンビニに着いたらすぐにお返します。本当にすみません」 女はすまなそうにうつむいた。かわいい人だ。彼女に拾ってもらえたのは、もしかしたら運命かも。 それにしても、カバンに入れていた傘が、どうして落ちたんだろう。何かを取り出したときに落としたのかな。ウトウトしているあいだに落ちたかな。ぜんぜん気づかなかった。 ふたりで並んで歩いた。かなり密着している。長い髪が腕に触れるたび、いい匂いがした。早くなる鼓動を気づかれないように歩いた。あっという間にコンビニに着いた。 「ありがとうございました。では私は、傘を買って帰ります。本当にすみませんでした」 「こちらこそ、あなたに拾っていただけてよかった」 「雨が強くなってきました。さあ、早く帰ってください」 「また会えるかな」 「同じ電車を利用しているんです。きっと会えますよ」 女は笑いながら手を振って、店に入った。そうだ。これが運命なら、きっとまた会える。 歩き出してから、冷蔵庫に何もないことを思い出した。 「弁当とビールでも買うか」 引き返してコンビニに行くと、女がレジで金を払っているところだった。「あれ? その財布」 似ている。色、マーク、表面のキズ。紛れもなく僕の財布だ。「あの、それは、あなたの財布ですか?」 女が振り向いて、にこやかに答えた。 「違います。さっき拾いました」 (作家)

パスカルズ つくばで初コンサート 30日カピオで

おもちゃの楽器やピアニカ、弦楽器などを用いた独特のサウンドで、ユニークな音楽を繰り広げるアコースティック・オーケストラバンド「パスカルズ」が30日、「パスカルズをききながら」と題して、つくば市で初のコンサートを開く。当日は、筑波山麓で知的障害者と共同生活をしながら有機農業や表現活動に取り組む「自然生(じねんじょ)クラブ」(柳瀬敬代表)が「自然生サーカス」と題し前座を務める。 企画したのは、共生社会を目指し県南地域で多様な芸術文化活動を企画・運営する「ウォーミングアップ(warming up)アートプロジェクト」(つくばみらい市)代表の野口修さん(70)だ。野口さんは1979年から2000年までつくば市内天久保でライブハウス「クリエイティブハウス アクアク(AkuAku))」を運営し、ジャズピアニストの山下洋輔さんを始め多くのアーティストが演奏した(23年12月8日付)。パルカルズリーダーのロケット・マツさんとも親交があり、今回、実行委員会をつくってコンサートを企画した。 パスカルズはキーボード奏者のロケット・マツさんを中心に1995年に結成された13人編成のバンド。多様なメンバーが様々な楽器を使い、変幻自在な音楽を繰り広げる。テレビドラマや映画の劇中伴奏音楽も手掛け、自然生クラブも出演した映画「日日(にちにち)芸術」(2024年)の音楽も担当した。同映画のロケでは一昨年、メンバ―がつくば市神郡を訪れ、自然生クラブと共に撮影に臨んだ(24年5月23日付)。 ​メンバーの一人、石川浩司さんは、1990年のヒット曲「さよなら人類」で知られる「たま」のパーカッション奏者で、1年間だけつくば市松代の国家公務員宿舎で暮らした経験があるという。メンバーはほかに、エッセイスト、漫画家、版画家など多彩な顔触れだ。欧州ツアーも行い国際的にも高く評価されている。 野口さんは「パスカルズの音楽は未就学児までも観客に含める。大人は経済や信条で戦争を起こす。子供の視点というのが大事で、パスカルズの音楽を聴いて世界が平和になってくれれば」と話し、「『パスカルズをききながら』というタイトルは、『もし今の世界が失敗だったら、神さま、次はパスカルズをききながら世界をつくってください』という漫画家のしりあがり寿さんの言葉をいただいた。パスカルズの音楽は、そんな思いが満ちてくる」と語る。 パスカルズのリーダー、ロケット・マツさんは「つくば市でコンサートをするのは初めて。僕たちは器楽曲中心のグループ。説明が難しいが、聴いているとなんだか風景が見えてきて、体が気持ちよく揺れて、いろいろな感情が浮かぶ、よくわからないけど聴いてみたくなる、そんな音楽。どうぞいらしてください」と来場を呼び掛ける。(榎田智司) ◆パスカルズコンサート「パスカルズをききながら」は30日(土)午後5時~、つくば市竹園、つくばカピオホールで開催。開演は午後4時30分。入場料は一般前売り4500円(当日5000円)、学生・障害者4000円(当日4500円)、中学生以下前売り2500円。問い合わせは電話090-8580-1288(warming upアートプロジェクト)へ。 ◆翌日の31日(日)午後6時から、同市天久保の「aNTENA」で、パスカルズのメンバー、知久寿焼さんのコンサートが催される。問い合わせは電話090-8580-1288(同)。