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【速報】当選の24人決まる 土浦市議選2019

任期満了に伴う土浦市議選の投開票が21日行われた。前回(2015年)から定数4減の24議席に31人が立候補していた。開票の結果、政党別では公明4、共産2は変わらず、新人4、元職1人が当選した。当日有権者数は11万6168、投票率は43.43%、前回を5.0ポイント下回った。

◆土浦市議選(定数24-31)選管確定

当 矢口 勝雄 55 無新 2791.541
当 勝田 達也 55 無現 2668
当 吉田千鶴子 66 公現 2637.446
当 島岡 宏明 60 無現 2419
当 今野 貴子 61 無現 2352
当 目黒 英一 49 公新 2214
当 海老原一郎 65 無現 2142
当 矢口  清 74 無現 2020.458
当 奥谷  崇 48 無新 1971
当 福田 一夫 63 公現 1928
当 田子 優奈 32 共新 1920
当 平石 勝司 48 公現 1891
当 吉田 博史 61 無現 1829.553
当 久松  猛 75 共現 1669
当 柏村 忠志 75 無元 1534
当 寺内  充 66 無現 1522
当 内田 卓男 73 無現 1508
当 下村 寿郎 63 無現 1484
当 鈴木 一彦 55 無現 1449
当 柳沢  明 68 無現 1436
当 小坂  博 62 無現 1341
当 塚原 圭二 57 無現 1312
当 柴原伊一郎 77 無現 1238
当 篠塚 昌毅 63 無現 1222
坂本 繁雄 70 無新 1059
田中 義法 49 無新 1046
中川 敬一 77 無元 1010
川原場明朗 81 無現  933
石引  潔 66 無新  483
小野  勉 57 無新  336
四栗  治 51 無新  268

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傘がない《短いおはなし》51

【ノベル・伊東葎花】 電車を降りると雨だった。しかもかなり降っている。カバンに入れたはずの、折りたたみ傘がない。困ったな。タクシーは行列ができている。コンビニまで走って傘を買うか。だけどちょっと走っただけで、ずぶぬれになりそうな雨だ。 迷っていたら女が隣に立って、傘を広げていた。じっと見ていたら目が合った。 「傘をお忘れですか?」 「ええ、そこのコンビニで買おうと思っています。しかし、この雨では」 「よかったら、コンビニまでご一緒しませんか?」 「えっ、いいんですか。肩が濡れてしまいますよ」 「構いませんよ。困ったときはお互いさま。さあ、どうぞ」 女が開いた傘は、僕の傘にとても似ていた。どこにでもあるチェック柄だけど、僕の傘には柄のところに「M」の文字が刻まれている。僕の名前の頭文字だ。 「僕が持ちますよ」 そう言って傘を受け取って柄を見ると、「M」の文字が刻まれている。 「あの、これはあなたの傘ですか?」 「違います。電車の中で拾ったんです」 「拾った? じゃあやっぱり、これは僕の傘だ。かばんから落ちてしまったんですね」 「まあ、そうでしたか。届けようと思ったんですけど、この雨でしょう。つい、持ってきちゃって。ごめんなさい」 「構いませんよ。返してもらえたら」 「コンビニに着いたらすぐにお返します。本当にすみません」 女はすまなそうにうつむいた。かわいい人だ。彼女に拾ってもらえたのは、もしかしたら運命かも。 それにしても、カバンに入れていた傘が、どうして落ちたんだろう。何かを取り出したときに落としたのかな。ウトウトしているあいだに落ちたかな。ぜんぜん気づかなかった。 ふたりで並んで歩いた。かなり密着している。長い髪が腕に触れるたび、いい匂いがした。早くなる鼓動を気づかれないように歩いた。あっという間にコンビニに着いた。 「ありがとうございました。では私は、傘を買って帰ります。本当にすみませんでした」 「こちらこそ、あなたに拾っていただけてよかった」 「雨が強くなってきました。さあ、早く帰ってください」 「また会えるかな」 「同じ電車を利用しているんです。きっと会えますよ」 女は笑いながら手を振って、店に入った。そうだ。これが運命なら、きっとまた会える。 歩き出してから、冷蔵庫に何もないことを思い出した。 「弁当とビールでも買うか」 引き返してコンビニに行くと、女がレジで金を払っているところだった。「あれ? その財布」 似ている。色、マーク、表面のキズ。紛れもなく僕の財布だ。「あの、それは、あなたの財布ですか?」 女が振り向いて、にこやかに答えた。 「違います。さっき拾いました」 (作家)

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