木曜日, 4月 3, 2025
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さよなら牛乳瓶《くずかごの唄》148

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イラストは筆者

【コラム・奥井登美子】配達の牛乳屋さんから、「牛乳瓶が無くなって、ポリ瓶になります」という通知。森永乳業系は昨年から、明治乳業系は4月から瓶が消える。牛乳瓶を手でなでながら、なぜか涙が出てしまった。

東京の新富町で生まれて育った私の父は、近所にあった芥川龍之介の実家の牛乳屋へ、毎日、瓶の牛乳を買いに行ったという。近藤信行さんが山梨文学館の館長のとき、芥川龍之介展に誘われて行ってみたら、龍之介の小学生時代の手書きポスターに「牛乳を飲みましょう」というのがあって、皆で大笑いした。

102年前の関東大震災で家が焼け、我が家は新富町から郊外の荻窪に引っ越した。当時の荻窪は、震災で焼け出された人達にとって、とてもよい住宅地だった。

子供好きの父は、慶應の学生時代から近所の子供たちを集め、絵本を読んだり、水泳をしたりしていたらしい。母は震災の中、芝公園で兄を出産し、震災ノイローゼ。母の実家も焼け、6人の弟(斎藤茂吉の家に書生として入りアララギ派に貢献した小暮政次も弟の1人)たちを残して母親が亡くなり、精神的にも不安定で、なかなか子供が出来なかったらしい。

10年目に私が生まれてホッとしたらしく、次に妹、次に弟(加藤尚武元京都大学教授=環境倫理学)と、立て続けに出産している。私は1歳のとき、ジフテリアにかかって緊急入院。命は何とか取り留めたものの、ジフテリアの後遺症で喉が弱く、痛くて何も食べられないとき、父が作った牛乳ごはん(堅く炊いたご飯に牛乳を入れたおかゆ)が唯一の食べ物だった。

牛乳ごはんが私の常食

荻窪の家の隣にはノラクロ漫画の田河水泡氏のアトリエがあったが、父は、同じ荻窪区域内で、私を助けてくれた小児科勤務医の飯島先生の隣に引っ越してしまった。

夜中、私が40度近くの熱を出すと、父は私を抱いてタクシーを呼ぶ。飯島先生も乗って新宿の淀橋病院に行く。2~3日入院して、熱が下がったら帰る。その繰り返しだった。家に帰って来てからも喉が痛く、牛乳ごはんが私の常食だった。

土浦に嫁いで来て、私を救ってくれた飯島先生が牛久の飯島家出身ということを知り、びっくりした。龍之介の実家以来、牛乳瓶は私の食のシンボルだったのである。(随筆家、薬剤師)

29年春に「まち開き」 研究学園駅南の大規模開発 大和ハウス工業

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安全祈願をする村田誉之 大和ハウス副社長

6月の本格着工前に安全祈願

大和ハウス工業(本社・大阪市)は、つくばエクスプレス(TX)研究学園駅の南側隣接地(つくば市研究学園南2丁目)で進めている大規模複合開発「つくば学園南プロジェクト」の本格着工を前に2日、総面積15.5ヘクタールの用地内で安全祈願祭を行った。本格工事は6月から始まり、2029年春に「まち開き」を予定している。

同用地は日本自動車研究所(JARI)が保有していたが、23年12月、大和ハウスが142億円で取得した。同社によると、総戸数602戸の分譲マンションのほか、中高一貫校「茗渓学園」や学習塾「思学舎グループ」などの教育施設、スーパーマーケット「カスミ」などの商業施設、研究機関などの事業施設が入る。開発費は総額650億円。

「つくば学園南プロジェクト」完成イメージ(大和ハウス提供)

全用地の3割は茗渓学園

研究学園駅から徒歩9分の場所に建つ分譲マンションは地上15階建て。6月に着工し、27年7月完成の予定。間取りは2LDK~4LDKから成り、ワーキングルーム、パーティーラウンジ、筑波山が望める屋上デッキなどの共用エリアを設ける。

開発の目玉は、旧東京教育大や筑波大学のOB組織「茗渓会」が経営する茗渓学園(つくば市稲荷前)が移転してくること。大和ハウスは同学園誘致のために、全敷地の28%に相当する4.3ヘクタールを確保した。同学園は帰国子女や留学生が多く寄宿舎が充実し、国際色が強いのが特徴。26年夏から新校舎建設に入り、学園創立50周年に当たる29年の春に新校舎に移る。

「つくば学園南プロジェクト」鳥瞰イメージ(大和ハウス提供)

中央に3000平米の広場

安全祈願の神事が終わった後、五十嵐立青つくば市長の祝辞のほか、大和ハウスの村田誉之副社長、八友明彦茨城支店長、茗渓学園の宮崎淳校長・理事から説明があった。五十嵐市長は「市内の駅前に、このようにまとまった土地は残されていない。しかも、15.5ヘクタールと広く、人気がある研究学園駅から徒歩圏。この開発は駅南だけでなく、市全体のまちづくりにつながる」と、歓迎した。

大和ハウス側は「この規模の複合施設開発は当社でも最大規模。弊社、つくば市、筑波大学の産官学で開発し、29年春にオープンしたい」(村田副社長)、「商業施設と茗渓学園の間に3000平方メートルの広場を設ける。市民が集う場所として利用してもらいたい」(八友茨城支店長)などと述べた。

宮崎校長は「私学の良否を決めるのは、クオリティ(学校の質)、コスト(授業の経費)、アクセス(通学の利便性)の3つだが、新学園は駅から徒歩5分のところに位置し、アクセスは申し分ない。移転情報がすでに広く伝わり、これまで1500人で推移してきた学生数が最近では1600人に増えた。これを機に寄宿舎の収容力を増やし、1室2人から個室にする。学内の設備も大学並みに整える」と、意欲を見せた。(坂本栄)

「茨城いいね」って思えるチームに 新代表が抱負 アストロプラネッツ

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大井川知事(中央)を表敬訪問する小谷野宗靖社長(左端)、秋川正佳選手(左から2人目)、山田大河投手(同4人目)、河西知之球団代表代理(右端)

知事を表敬訪問

5日の開幕戦を前に、プロ野球の独立リーグ、BCリーグに所属する「茨城アストロプラネッツ」(球団事務所・笠間市)新球団代表の小谷野宗靖社長らが2日、県庁を訪れ、大井川和彦知事を表敬訪問した。小谷野代表は「選手にチャレンジする土台をつくって、NPB(日本プロ野球)入りの夢をかなえるサポートをしてあげたい。野球だけじゃなく生活指導、感謝、気遣いも大事。私たちが見本になって『茨城いいね』って思えるチームになりたい」と抱負を語った。

同球団は昨年12月2日、茨城県民球団から、スポーツプロモーションやアスリート支援などを展開する「ケーダッシュセカンド」(東京都新宿区、小谷野社長)に事業譲渡された。

2日は小谷野新代表のほか、河西知之球団代表代理、秋川正佳選手、山田大河投手の4人が県庁を訪れた。

大井川知事と話す小谷野宗靖球団代表

大井川知事は「(茨城アストロプラネッツは)これまでにもNPBに選手を送り出している。(ドジャースの)大谷の活躍もあり、野球人気がある。茨城県のプロ球団として活躍を期待している。頑張って下さい」とエールを送った。

今季から加わった土浦市出身の秋川正佳選手(常総学院ー駒澤大学)は「茨城で生まれて野球に感謝し、野球を通して夢と希望を与えたい。フルスイング、長打力が持ち味でホームラン王、日本一を取り、NPB入りを目指す」と意気込みを語り、かすみがうら市出身の山田大河投手(霞ケ浦高校)は「すべての球種で勝負できるので最優秀防御率を獲得したい」と力を込めた。

今年は3月4日から14日まで宮古島でキャンプを行い、その後は笠間でオープン戦を行った。開幕戦は5日にノーブルホーム水戸で栃木ゴールデンブレーブスと対戦する。

茨城アストロプラネッツは、飲食、農業、福祉事業などを展開するアドバンフォースグループの茨城県民球団が2017年に創設。19年にBCリーグに参入し、5年連続で選手がNPBにドラフト指名されるなど実績を残した。一方コロナ禍の2020年以降、観客動員数が減少し、その後もコロナ前の水準に戻すことができず、昨年12月、事業譲渡された。(高橋浩一)

あるだけ使っちゃう《続・気軽にSOS》160

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【コラム・浅井和幸】小遣いをあるだけ使ってしまう。おやつをあるだけ食べてしまう。そのようなことで、子供のころに親に怒られた経験は誰にでもあると思います。ですが、大人になってもその癖(くせ)はなかなか治らない。

それどころか、優秀な人が集まっているはずの官僚制を俯瞰(ふかん)した法則で、パーキンソンの法則が70年ほど前に提唱されました。英国の官僚制の話らしいですが、予算や人や時間がある分だけ、官僚たちは増長していくという法則です。

具体的には2つの法則が提唱されました。第1法則:仕事の量は完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する。第2法則:支出額は収入の額に達するまで膨張する。税金は、年度区切りの短期的な考え方、その年の収入は使い切るとの考えがあるからかもしれません。

私が法人や個人で対応している生活困窮者でも、短期的に物事を捉えて月の収入をその月で使ってしまい、数年に一度の車検やアパートの更新料、突発的な病院代が払えなくなる人がいます。また、毎日のガソリン代は工面できるけれど、家賃は払えなくなる人もいます。

さらに、月収をその月に使い切るだけでなく、給料の週払い・日払い、そして来月の収入を見越したクレジットカード払い、借金、給料の前払いになります。お金の計算は結構難しいもので、なかなか教育されない分野です。

まじめにやっていればよいというイメージだけで金銭収支を捉えている人も多いことでしょう。このように考え、借金は悪として受け入れない、上記とは反対の間違いにはまってしまっている人も多いはずです。財務諸表などの中の資産と負債の勉強まではなかなか手が出ないものですよね。

タイムパフォーマンス

話をパーキンソンの法則に戻して、皆さんも日々の動きに当てはめて考えてみてください。お金をあるだけ使っていないでしょうか。時間もあるだけ自分の意図しない使い方をしていないでしょうか。この法則の中では、1時間で終わる会議を2時間に設定すると、同じ内容で2時間使ってしまうとも言われているようです。

「タイパ」という言葉を使う方もいます。時間に対する満足度=タイムパフォーマンスの略です。映画や動画を3倍速で見る若者は、そこで浮いた3分の2の時間を何に使っているのでしょうか。もちろん、それが楽しい時間であればよいと思います。浮いた時間で、嫌な人のことや嫌な仕事のことを考え続けるよりはずっとよいでしょう。

短期・中長期的に、自分も周りも笑顔になれるような時間の使い方は何かと悩む時間をつくるとよいかもしれません。(精神保健福祉士)

成田山書道美術館を訪ねて《ふるほんや見聞記》3

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髙橋利郎さん

【コラム・岡田富朗】このほど、大東文化大学教授で成田山書道美術館(千葉県成田市成田)の非常勤学芸員を務めている髙橋利郎さんを訪ね、お話を伺いました。同美術館の開館は1992年ですが、髙橋さんが学芸員に着任したのは1999年のことです。

着任したころの収蔵点数は約2000点程度で、古いものでも江戸時代の作品でした。その後、近現代の書道作品を収集している美術館が少ないことを踏まえ、いずれ近現代書家の作品が必要になると見越して、今日まで収集してきたそうです。

収集作品には、作家が資料として持っていた古筆など、貴重なものも含まれており、現在では収蔵点数が約7000点に増加しました。近現代書道の重要性を浮き彫りにしたコレクションは、同美術館の大きな特徴になっています。

代表的な作品としては、古写経手鑑『穂高』、青山杉雨の『書鬼』、小山やす子の『伊勢物語屏風』、貫名菘翁の『茶香酔趣』、赤羽雲庭の『凛厳』などが所蔵されています。「赤羽雲庭の『凛厳』はその美しさで有名で、急いで引き取りに行った」とのことです。

「書道の技術は身体的な経験を通じてこそ知り得る。機械で美しい文字を再現するのとは大きく意味が異なり、人の手の動きや字を書く技術が、プロセスとして作品を見る人に感じさせることができる。日本では学校で書道の授業があり、一度は書を書く経験をした人が多いからこそ、書を見て美しいと感じられる文化がある」

成田山書道美術館

書道への造詣が深かった漱石

最近、書道がユネスコの無形文化遺産候補として正式に提案され、その重要性が認められました。書道は、芸術作品にとどまらず、生活美術として日常に深く結びついています。

髙橋さんは「書道が歌舞伎や能などの伝統文化のようになってしまうのは違う。より身近なものであり、各家庭にさりげなく飾ることが日常であるような、書道文化として日本に残っていってほしい」と話してくれました。

近年、前衛書と呼ばれる書家たちの中で、井上有一や篠田桃紅などの作品は、美術市場における草間彌生などの作品と同様、世界的に注目が高まっています。

最後に、夏目漱石の書道への造詣の深さを示す本として、漱石の代表作『草枕』を教えてくれました。この本では、文房四宝(ぶんぼうしほう=筆、すずり、紙、墨)について触れられています。最近、カナダのピアニスト・作曲家のグレン・グールドを扱ったラジオ番組で、彼も漱石の『草枕』を愛読していたことを知りました。(ブックセンター・キャンパス店主)

◆「幕末明治の下谷文人展」が4月26日~6月15日 、成田山書道美術館で開催されます。

Astemoリヴァーレ茨城 ホーム最終戦 勝利飾れず

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第2セットでスパイクを決める筑波大学出身のリヴァーレ茨城、高間来瞳選手(赤のユニフォーム)=30日、ひたちなか市総合体育館

チャンピオンシップ進出決定

バレーボールの最高峰カテゴリーSVリーグ女子のAstemo(アステモ)リヴァーレ茨城は29、30日の2日間、ひたちなか市総合体育館でホーム最終戦を行い、今季からSVリーグに加わった群馬グリーンウイングスと対戦した。1日目の29日は群馬をセットカウント3ー0で破り、レギュラーシーズンの上位8チームによるチャンピオンシップ進出を決めた。2日目の30日はセットカウント2−3で敗れ、ホーム最終戦を勝利で飾ることが出来なかった。Astemoリヴァーレの通算成績は22勝20敗。レギュラーシーズンの順位は8位。

大同生命SVリーグ2024-25女子 2025年3月30日@ひたちなか市総合体育館
Astemoリヴァーレ茨城 2-3 群馬グリーンウィングス
21ー25
25ー11
25ー20
15−25
7ー15

第1セット、巧みなトスを上げる筑波大学出身のセッター倉田朱里

2日目30日のホーム最終戦。Astemoリヴァーレは、前日の29日にチャンピオンシップ進出を決め、「試合内容を含め明日頑張らないといけない」(中谷宏大監督)と試合に臨んだ。対する群馬は35戦目で初勝利し3連勝して勢いに乗り挑んだ。29日は敗れ、連勝がストップした。

第2セット、サーブを決める鹿嶋市出身(日本ウェルネス高校)の生井澤美海華

Astemoリヴァーレは第1セット、一進一退の接戦の末に群馬に先取を許した。第2セットは、鹿嶋市出身(日本ウェルネス高校)の生井澤美海華がサービスエースを決め、筑波大学出身の高間来瞳がアタックを決めた。その後もサーブから点差を広げ25ー11で2セットを取った。第3セットは高間がブロック、キャプテン上坂瑠子やマッケンジーメイがアタックを決め、最後は高間が決めて連取した。

第2セットで得点が決まり喜ぶAstemoリヴァーレの選手たち(中央は高間)

しかし第4セットは群馬の攻撃とブロックに苦しめられ、ミスもありセットを落とすと、最終第5セットも相手に傾いた流れを止めることができず連取された。

第4セットでスパイクを決めるキャプテンの上坂瑠子(奥)

試合後、Astemoリヴァーレの中谷宏大監督は「ゲームの初めからうまくかない展開が多く続き、勝敗以上に内容としては完敗だった。数字では見えない勇敢さ、大胆さとか、両チームを見ると相手の方が圧倒的に押しているように見られた」とし。「1年間チャンピオンシップで勝つことを目標にやってきた。チャンピオンシップでは自分たちがやらなくてはいけないことをやり、相手に立ち向かいベストを尽くしてやり尽くさないと勝てない。やり尽くす準備をみんなでやり遂げたい。はいつくばっでも最後までしがみついて勝ちをもぎ取りたい」と力を込めた。

筑波大出身のアウトサイドヒッター 高間は、今季3年目の40試合に出場し210得点を挙げた。今シーズンを振り返り「個人的には波があるシーズンだった。準備していたのをしっかり出せた時もあるし準備してきたのに出せなかった時もあった。来シーズンは波のないような安定したシーズンにしたい」と話し、「(チャンピオンシップで4月19日から対戦する)大阪マーヴェラスは(レギュラーシーズに優勝するなど)強いチーム。みんなでコミニケーションをとって練習し、粘り負けない強いチームをつくっていきたい」と意欲を話した。

試合終了後ファンに挨拶をするキャプテンの上坂瑠子(中央)

筑波大出身で2年目のセッター 倉田朱里は「スキル、気持ちの面でも変化があるシーズンだった。昨年は出場機会が少なく今シーズンは大幅に出場機会を増やすことが出来てセッターとしてどうゲームメークしていくかだったり、スパイカーとのコミニケーションだったり、試合を通していろんなことに気づけたシーズンだった。自分のキャパを知ることが出来たので、スキル、気持ちの部分でも来シーズンの取り組み方につなげていけるシーズンだった」と述べ、チャンピオンシップでは「チーム力として全力でプレーし、試合に向けて勝つイメージをチームで持ちながら練習に取り組んでいきたい」と意気込みを語った。

レギュラーシーズンの最終戦は4月5日、6日にアウェーの上尾市民体育館で行われ、埼玉上尾メディックスと対戦する。

試合前にスタンドに向かって整列するリヴァーレの選手たち

レギュラーシーズンは最終戦を前に大阪マーヴェラスの優勝が決まり、Astemoリヴァーレの順位は8位。チャンピオンシップはトーナメント方式で実施され、Astemoリヴァーレの対戦相手は優勝した大阪マーヴェラスに決定した。4月19日からアウェーのグリーンアリーナ神戸で対戦し、先に2勝したチームが準決勝に勝ち進む。(高橋浩一)

男性消防士を休職処分 つくば市消防本部 不同意わいせつ罪で起訴 

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つくば市役所

つくば市消防本部の男性消防士(26)が2月20日、不同意わいせつの疑いで逮捕された事件(2月20日付)で、市消防本部は28日、男性消防士が不同意わいせつの罪で起訴されたことを受けて、3月27日から判決が確定するまで、同消防士を休職処分としたと発表した。

男性消防士は昨年10月24日午前2時ごろ、市内の消防施設で当直勤務中、20代の女性消防職員にわいせつな行為をした疑いで、今年2月逮捕された。逮捕時、容疑を否認していた。

市消防本部消防総務課によると、男性消防士は3月12日に不同意わいせつの罪で起訴され、今後公判が開かれる。現在、罪を否認しているか否かについて市消防本部は、把握していないとしている。

男性消防士は逮捕後の2月20日から出勤していないという。同消防士に対する市消防本部としての処分は、判決が確定してから改めて判断される。

有機イチゴの成果、成熟へ 地元農場と連携 農研機構

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イチゴ「恋みのり」を収穫するファーム実習生=つくば市手子生

イチゴは洗わず口に入れる人が多い。観光摘み取り園でもそのまま食べることに抵抗がない。だから化学農薬や化学肥料を使わない有機イチゴが、全くといっていいほど栽培されていないのが現状と聞くと驚かされる。甘くて大きい品種の開発に国内産地がしのぎを削るイチゴ王国ニッポンだが、実は現在の栽培法では欧米諸国に輸出できない作物なのだ。有機栽培という新たなアプローチで技術開発に取り組んだ農研機構(つくば市観音台)の研究が、地元の民間農場に実装されようやく結実しようとしている。

農作業が一年中続く作物

つくば市手子生のふしちゃんファーム(伏田直弘社長)、事務所脇に立ち並ぶ幅7メートル、長さ42メートルのビニールハウスでは畝(うね)による土耕でイチゴ栽培が行われ、収穫の最盛期を迎えている。品種は「恋みのり」、ハウスに一歩足を踏み入れると暖気と甘い香りに包まれる。

従来コマツナやホウレンソウなどを手掛けていた同ファームは2021年に、イチゴの有機栽培に着手。今季はハウスを3棟から11棟に増設、計25アールの広さで本格的な生産体制を整えた。しかし昨年の猛暑の影響から12月の収穫ができず、最大の商機となるクリスマス需要を逃した。25年に入っての厳冬期には燃料代がかさむ事態にもなったが、最近の気温上昇で生育のスピードも上がってきた。

農場長の大友遼平さんは「200グラム入りのパックを毎日2000パックつくる計画だが、今の時期は3000パック出荷できている」という。出荷先は主に都内のスーパー。通常のイチゴづくりを「慣行栽培」といい、「有機栽培」と区別する。「関東には他に生産者がおらず、有機というだけで、スーパーでは慣行栽培に比べて倍近い値段がつけられる。農場の実入りは倍にはならないが」、収量、価格とも手応えのある展開となった。

イチゴの収穫は5月ごろまで続き、暖かくなるこれからは病害虫対策に気が許せない。価格、収穫量とも年々上昇しているイチゴ栽培だが農家数が減少しているのは、農作業の大変さのためだ。有機イチゴともなると、育苗や農地の太陽熱消毒などに手間がかかり、丸々1年働き詰めとなる。この間、猛暑があったり寒波が襲ったり、病害虫の発生など自然現象との闘いに明け暮れる。

有機栽培の付加価値で収益性向上を目指したいが、ここにもハードルがある。国には「有機JAS」の検査認証制度があり、農薬や化学肥料などの化学物質に頼らないことが基本。イチゴでいえば土耕栽培が条件だし、プランター栽培に比べると労働負荷は大きい。収量向上のための二酸化炭素発生装置をハウスに設置することもできない。

既存技術を組み合わせ体系化

有機イチゴ栽培に取り組む農研機構の須賀有子上席研究員=つくば市観音台

農研機構の中日本農業研究センター有機・環境保全型栽培グループの須賀有子上席研究員らは、有機イチゴの安定生産に向けた技術体系の確立に取り組んだ。2021年から5カ年かけての技術開発で、所内に約1ヘクタールのビニールハウスを建て栽培試験を行ってきた。

農研機構の成果である病害や害虫の抑制技術、土壌消毒による土壌管理など既存の技術を組み合わせて導入し、体系化を図る。ハウスでは定植の翌年5月まで収穫できる条件で、目標収量を10アール当たり4トンに設定した。病害虫被害が発生すると以降の収穫はストップする。

ハウスの中には紫外線ランプがつるされ、照射によりうどんこ病やハダニを防除する。畝に敷いた光反射シートは紫外線をイチゴの葉の裏に当てる装置という。

害虫抑制では天敵昆虫を利用した「バンカー法」が試され、効果を上げた。ハウスの一画にあらかじめオオムギの株を植え、イチゴに無害なアブラムシの飼育場所とする。ハダニやアザミウマなどの害虫がハウス内に入り込んでくると待ち構えていた天敵による捕食で防除される仕掛けだ。

これらにより23年度は大きな病害虫被害が発生することなく24年5月末まで収穫でき、2つの品種(恋みのり、よつぼし)で目標収量を達成できた。24年度は目標を上方修正している。須賀上席研究員によれば、今後、有機育苗や有機肥料による施肥管理技術に取り組み、有機イチゴ栽培のマニュアルを作成、普及を図る考えだ。

一連の研究成果を実装する圃場が同ファームという位置づけで、農研機構の研究員が隔週で病害虫調査をし、その結果をもとに栽培指導に当たっている。

そもそも「恋みのり」は農研機構九州沖縄農業研究センターで育成されたイチゴ(2018年品種登録)。比較的大粒で形、着色、艶など果実の揃いが良いので、選別やパック詰めの調製作業を軽減できるという特長がある。皮が硬めで傷みにくく、日保ちするため広域流通にも向いている。同ファームでは、有機JAS認証も取得。有機であることが必須となる将来の輸出戦略も視野に入れている。(相澤冬樹)

キース・へリングとエミール・シオラン《令和樂学ラボ》34

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県近代美術館で開かれている「キース・へリング展」の様子(写真は筆者)

【コラム・川上美智子】小学5年生の孫が、すごく面白かったとラインで知らせてきたキース・へリング展に足を運んだ。4月6日まで茨城県近代美術館で開かれている。心引かれて、2回目はさらにじっくり鑑賞した。

彼は1980年代にニューヨークでポップなストリート・アーティストとして脚光を浴び、1990年に31歳の若さでHIVによる肺炎で亡くなった。画歴はわずか10年であったが、チョークや筆で描かれた単純な線画や色使いが我々に訴えるものは大きい。彼が表現し、人々に発信したかったのは人間の根源、生への憧れと死の恐怖である。

健やかな体を失った彼は、人間に死をもたらす愚かな戦争や暴力など、死への恐怖を表現し続けた。一方で、無限の未来を「光り輝く生」、無垢(むく)な赤ん坊の姿「ラディアント・ベイビー」やお腹の大きな女性で表現している。彼が取り戻したかったのは、この輝く未来ある生(せい)だったのだろう。

子どもたちにアートに触れる機会をもってもらうために、青、赤、黄といった原色の色を使い、単純でわかりやすい絵や立体、玩具(がんぐ)、絵本を残している。子どもの心に響くこれらのアートは、彼が伝えたかった「みんなのためのアート」として、私たち大人にも地球上で繰り広げられる戦争の惨劇の愚かさなどを強烈に伝える。

大相撲の3月場所で新入幕を果たし、見事、敢闘賞を受賞したウクライナ出身の安青錦(あおにしき)が、平和を願ったキース・へリングのアートを化粧まわしにしたのはうれしいニュースだった。

尊敬していた金井裕先生

最近、気になったもう一人がルーマニアの作家、思想家エミール・シオランである。NHKは、昨年末のラジオ深夜便でシオランの『絶望名言』を取り上げている。また、先日、テレビでもシオランに影響を受けた若き日本の哲学者を主人公にした特集ドラマ『どうせ死ぬならパリで死のう』(伊吹一脚本)が放映された。

シオランは、人間の生そのものを悲劇と考える悲観主義者(ペシミスト)で、「ただひとつの、本物の不運、それはこの世に生まれ出るという不運だ」と言い放つ。ルーマニアでの楽しい幼少時代を過ごした後、文学、哲学を学び、26歳でフランスのパリに渡り、ルーマニア語とフランス語による著作を残し、84歳パリで没した。

そのほとんどが、彼の思索から生まれた短い言葉でつづったアフォリズム(人生に関わる教訓、箴言、名言)である。ドラマでは、彼の1997年の著作『カイエ(CAHIERS)』の分厚い翻訳本が使われていた。「私は生を嫌っているのでも、死を願っているのでもない。ただ生まれなければよかったのにと思っているだけだ」と生きる意味に悩み、「この世の誰かにとって必要な人間になるくらいなら、わが身を生贄(いけにえ)にささげたほうがましだ」と記している。

このシオランの存在を教えてくれたのが、茨城キリスト教短期大学勤務時代に尊敬していた金井裕(金井裕吉)先生だ。京都大学仏文科卒で、短大ではフランス語を教えていた。知性派のニヒリストである先生は、私が勤務を始めた頃はロジェ・カイヨワの著作を、1990年代に入るとシオランの翻訳を手がけた。

シオランの大半の日本語訳は金井先生の手によるもので、テレビでみた『カイエ(CAHIERS)』の分厚い翻訳本も先生のものであった。

霞ケ浦畔の家で生涯、翻訳に没頭された先生が、生と死をどう捉えていたのかを伺うことなく亡くなられたのは心残りである。今回取り上げた偉人たち、いずれも「表現」という形で生きた証しを残している。生の意味の答えは、きっとそこにあるのであろう。(茨城キリスト教大学名誉教授、関彰商事株式会社アドバイザー)

日本国際学園大4年の犬嶋美雨さん 拡張体験デザイン協会賞を受賞

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(左から)グッド体験デザイン学生賞を受賞した犬嶋美雨さんと、拡張体験デザイン協会の大山潤爾 産総研主任研究員

仮想空間と現実空間の触覚の認知を研究

日本国際学園大学(つくば市吾妻)経営情報学部メディアデザインコース4年の犬嶋美雨さん(22)がこのほど「拡張体験デザイン協会」(会長・持丸正明 産業技術総合研究所人間拡張研究センター長)による2025年のグッド体験デザイン学生賞(Good Experience Design Student Award)を受賞した。犬嶋さんの卒業研究だったバーチャル空間での体の感覚の研究で、これまできちんとデータをとった実験が無かったことから、高く評価された。

メタバースなど仮想空間の中に入り込んだ感覚になる、ゴーグルのようなヘッドマウントディスプレイという装置を頭に装着して実験した。仮想空間の中と現実空間とで同時に、手で触った対象物表面のでこぼこの感触が異なる場合、脳が自分の体をどう認識するかを研究した。何度も繰り返して、異なる触覚の対象物を手で触ると脳は、目で見える仮想空間の中にある手が触った触覚を、現実の自分の手の触覚と一致させようとして、仮想空間の方の映像でつくられた手を、自分が実際に感じた触覚だと認識してしまうようになることを具体的なデータで示した。

卒業研究の実験を再現する犬嶋さん(左)。右はヘッドマウントディスプレイを装着して、表面のでこぼこの感触が異なる2枚の木の板を触る大山運営委員長。奥のディスプレイの映像は大山さんに見えている仮想空間

27日、同協会運営委員長の大山潤爾 産総研主任研究員が同大を訪れ、犬嶋さんに賞と盾を手渡した。2025年の学生賞の受賞者は全国で2人。同賞は2023年から授与しており犬嶋さんは7人目。

犬嶋さんは「まさか受賞できるとは思ってなかったので、ひじょうに光栄」と語る。卒業後は介護職として働く予定で「卒業研究で体の認知に関することを調べたので、就職後も高齢者の体に関する認知についての知見を深めるのに役立てていければ」と話していた。

東京大学名誉教授で同大の横澤一彦教授の指導を受けながら実験を重ね、日本心理学会注意と認知研究会でも発表した。

横澤教授は「日本国際学園大学に移ってから(犬嶋さんの学年が)初の卒業生になった。仮想空間の中の人間はどのような行動をするのか調べたいと思っていた。学会で発表し多くの質問が出て、新しい挑戦ができたと思う」と話した。

同協会の大山運営委員長は「バーチャル空間というと一般的に視覚と聴覚だが、これからは触覚や匂いなども加えた研究が進んでいく。視覚と触覚が同時にある体験について、ちゃんとデータをとって本当に効果があるかを調べることが大事。そういう研究を奨励したいということで選ばれた」などと述べ、「触覚がある方が体験がリアルになるといわれているが、どれくらいの精度でどれくらいの触覚を再現すれば、よりリアルで楽しい仮想空間になるかが分かるようになるのではないか」と話している。(鈴木宏子)

つくば駅前の複合施設が完成 大和ハウス工業

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4月1日にオープンする商業棟

28日から順次オープン

大和ハウス工業(本社・大阪市)がつくばエクスプレス(TX)つくば駅前に建設していた複合施設(同市吾妻2丁目)がこのほど完成し、27日竣工式が催された。3つの施設で構成されており、店舗などが入る商業棟は4月1日、グループ会社などが入るオフィス棟は4月28日、付属の立体駐車場は3月28日、それぞれオープンする。

完成した複合施設の敷地面積は7639平方メートル。学園中央通りと市立吾妻小学校に挟まれた場所に建てられ、TXつくば地下駅の真上に位置する。トナリエクレオ(元西武百貨店)などトナリエつくばスクエアの商業施設とは陸橋でつながる。音楽施設ノバホールやホテル日航つくばなどに近く、TX始発終点駅周辺のにぎわいづくりに寄与しそうだ。

商業棟の2階テラス歩道

商業棟1~2階に16店舗

大和ハウスによると、中央通り沿いの商業棟「ディールつくば」(延床面積1万0190平方メートル)は地上5階 地下1階建て。1~2階には、クリニック、学習塾、保育施設など16店舗が入る。3~5階は最大36区画に分割できるオフィス床になる。現時点で、全スペースのうち80%の賃貸先が決まっている。

中央公園に面するオフィス棟「大和ハウスつくば駅前ビル」(延床面積3339平方メートル)は地上4階建て。大和ハウス茨城支店のほか、大和リビング、大和ハウス賃貸リフォーム、大和ランテックなどのグループ会社が入る。グループ会社の従業員約200人が勤務する予定という。

4月28日にオープンするオフィス棟

商業棟とオフィス棟の裏手に位置する駐車場「ダイワ・パーキング」(延床面積7403平方メートル)は地上5階建て。最大353台の自動車が駐車できる。料金は30分200円(24時間最大800円)。

複合施設完成を歓迎、市長

竣工式が終わった後、五十嵐立青つくば市長、高吉忠広 同社執行役員東関東支社長、八友明彦 同社茨城支店長が記者会見。五十嵐市長は「つくば市にとって(複合施設周辺の)中心市街地への取り組みが非常に大きな課題だった。この地区のど真ん中にマンションを建てないで、こういった複合施設ができたことを歓迎したい」と、完成を喜んだ。

大和ハウス側は「資材不足などで予定よりも竣工が遅れたが、市当局や市民のご支援でオープンできた」(高吉執行役員)、「このような大規模な複合施設がこのエリアにできるのは、1990年以来35年ぶりのこと」(八友支店長)と、3施設の役割を強調した。(坂本栄)

文豪風入院日記⑤《遊民通信》109

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【コラム・田口哲郎】

前略

ついに退院の許可が医師から下りた。私は天にも昇る気持ちであった。退院は明後日ということになった。まずは心配している家族にラインを送った。家人が迎えに来てくれるという。ありがたいことだ。

退院できるとなるとソワソワして、昼寝どころではなくなった。個室ではないが、ベッドとベッドの間には、クローゼットとテレビが載っている、引き出しの付いたサイドボードがあり、仕切りの役割を果たしている。

家族が持ってきてくれた本、筆記用具、パソコンや、洗面道具、タオルや綿棒などの衛生用品が引き出しに入っている。短い入院でも、こんなに生活の証しが広がるものだと驚いてしまった。まだ明日1日は病院にいるのに、もう整理整頓と片付けをしてしまう。

読書も手につかず、落ち着かずに過ごしていると、もう夕食が配られ始めた。ゆっくりかんで食べることを教えてくれた病院食も、残すところあと5回となると、食い意地の張った私は急に惜しくなった。

退院後の食事の模範にしようと、スマートフォンで写真を撮った。野菜中心の献立。毎食、魚か肉がメインで付いて、白ごはんはきちんとした量が出る。入院前には考えられない理想的な食事である。私は一口一口を味わって、有り難くいただいた。

病室という守られた空間

食べて寝る。動物としての人間の基本を教わった入院は貴重な体験であった。

会計を済ませて、それなりの大荷物を抱えて外に出た私は、自由を感じたが、それは病室という守られた空間があったからこそのものだとも思った。一度この世に生を受けたら、母の胎内には戻れないように、できれば病室には戻らないほうがよいだろう。

でも、この入院体験を「ふるさと」として忘れないことは、今後の私の生活に必要だと、冷たい空気を吸いながら思ったのである。ごきげんよう。

草々

(散歩好きの文明批評家)

「救急隊に過失なかった」つくば市第三者委が調査報告 3歳男児 搬送されず重度の障害

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検証結果報告書について記者会見する市救急隊不搬送事案検証委員会委員長の関健太郎弁護士(左から3人目)と五十嵐立青つくば市長(同4人目)、青木孝徳市消防長(右端)=つくば市役所

高熱を出したつくば市の3歳男児(当時)が2023年4月16日未明、救急車で病院に搬送されず、その後、急性脳症と診断され重い障害を負った事案で、市が設置した第三者委員会「市救急隊不搬送事案検証委員会」(委員長・関健太郎弁護士)が26日、検証結果をまとめ、「男児は緊急搬送の必要性がある状態になく、救急隊には搬送義務があったとは言えず、過失はなかった」などとする報告書を出した。

報告書によると、男児は1週間ほど前から体温が上がったり下がったりし、同年4月15日、医療機関を受診した。かぜと診断され、せき止め薬などを処方された。その日の夜中、男児の体調が悪化し、翌16日午前0時50分、家族は119番通報して救急車を呼び、40.8度の熱があり、けいれんのような震えが止まらないこと、ぐったりして受け答えができない状態であることなどを伝えた。

午前1時ごろ救急車が到着。父親が男児を抱きかかえ両親は玄関の外で待っていた。屋根下に移動し、救命士はそこで男児を観察、男児は発熱しているが、意識、呼吸、脈拍、顔色などに異常はなく、震えはけいれんではなく発熱や寒さからくるものであるから救急搬送の必要はないと判断した。救命士は、家族が自家用車で向かうのであれば病院を選定することを家族に伝え、病院に電話連絡し、現場を引き上げた。

家族は自家用車で病院に向かい、午前1時30分ごろ到着した。到着後、男児は呼び掛けにも反応がなく、けいれん発作などが繰り返し起こるけいれん重積などと判断され入院。20日に急性脳症と診断された。

男児の家族は不搬送とした救急隊の判断を問題視し、つくば市は24年3月、第三者による検証委員会を設置した。救急隊に過失があったか、救急隊の活動規程や隊員の教育・訓練に過失はなかったかなどついて1年間にわたり計7回、委員会を開き調査した。救急活動記録、各病院の診療記録のほか、救急隊員と男児の家族にそれぞれ聞き取りなどをした。搬送しなかったことと、男児が重度の障害を負ったことの因果関係については検証対象ではないとしている。

検証方法は、救急搬送について、県が定める救急搬送と医療機関の迅速な受け入れについての基準と、15歳以下の小児・新生児の救急搬送・受け入れの実施基準に基づいて、救急隊に過失があったかなどを検証した。

けいれんだったと認定できない

検証結果は、救急隊員と家族との間で男児の状態に対する供述が異なっているとしながら、男児の意識レベルについて、救命士は現場に到着した際、子供の泣き声を聞き、病院の診療記録にも救急車が到着したときに一度泣いたという記載があることなどから、救急車到着時点では男児に重度の意識障害はなく、ぐったりまたはうつろな状態ではなかったとした。男児に震えがあったことについて「(救急搬送の必要がある)けいれんであったとの認定はできなかった」とし、小児・新生児救急観察基準票に基づいても「救命士が観察した時点で救急搬送が必要とされる状態にあったとまでは認定ができない」と結論づけた。

一方で救命士は、脈拍数、体温、血圧、酸素飽和度の測定をしていなかったと指摘しながら「観察に不備がなかったわけではないが、一通りの観察はしており、不備のない観察をしたとしても救急搬送が必要とされる結果にはならなかった」とした。

検証結果について委員長の関弁護士は「コメントが難しい。議論が多岐にわたる事案で、冒頭に検証委員会として何をやるかを提示している。話をし出すといろいろなところまで波及してくる。救急業務は病院、医師、全体として成り立っている。そういう意味でもコメントがしずらい」と話した。

検証結果について五十嵐市長は「過失の認定には至らなかったが、当時の救急活動に問題がなかったとは思っていない。観察項目の省略があったと報告を受けた。結果に影響を与えなかったとはいえ、本来丁寧に行うことが必要だと思っている。消防は誰からも頼りにされる存在である必要があるので、今回の事案を教訓として今後適切な救急活動が行われるよう管理者として努めていきたい」と話した。

青木孝徳消防長は「過失はないものとされたが、当時の救急活動によって検証委員会を設置することになったこと、相手様にご負担を生じさせたこと、市民の皆様の信頼を損なう結果となったことに対しては反省している。今後は同じことを繰り返さないよう職員教育を徹底して、市民に信頼される消防行政を目指したい」と述べた。

家族「納得いかない」

一方、検証結果は同日、家族にも報告された。市消防本部によると「(家族として)納得いかない。ありえない」との意見が出されたという。(鈴木宏子)

コロナ禍、住居確保給付金を誤支給 つくば市

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つくば市役所

5世帯に約31万円

離職や解雇、やむを得ない休業などで生活に困窮する人を対象に家賃相当額を給付する「住居確保給付金」について、つくば市はコロナ禍の2020年度から22年度の間、誤って5世帯に計31万円を支給していた。

同給付金は原則3カ月間支給され、コロナ禍、休業で収入が減少した人も対象となるなど対象者が拡大された。支給額は、世帯の人数に応じて定められた基準額に、実際の家賃月額を足した金額から、世帯月収合計を差し引いた額などが支給される。ただし家賃の支給上限額を超える分は支給対象外となる。

市社会福祉課によると、申請時に窓口が作成した申請者のチェックリストに、本来、家賃の上限額を記載べきところ、実際の家賃額を記載してしまったため支給額を誤って算定したとしている。

誤支給分については今後、対象世帯に返還を求めるとし、同課は対象者に連絡を取るなど返還手続きを進めているとしている。

同市はコロナ禍の2020年度から23年度まで4年間、新規で計353世帯に住居確保給付金を支給した。

愛しのベジタブル《短いおはなし》37

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イラストは筆者

【ノベル・伊東葎花】

僕はひどいあがり症だ。
人前で話すだけで顔はまっ青、足はガクガク。
そんな僕が、留学先の高校の演劇大会で主役に抜てきされてしまった。

「先生、無理デス。ボク留学生ダシ、日本語モ下手デス」

「大丈夫だよ。セリフ少ないから」

「緊張シテ、上手ク出来マセン」

「客を全員野菜だと思えばいい。ほら、かぼちゃとか白菜とか」
「無理デス。ダッテ人間ダモン」

「じゃあ、人が野菜に見えるおまじない、教えてやろうか」
「オマジナイ?」

「先生の後に続いて唱えてみなさい」

先生は高らかに声を張り上げて「ラブリー・ベジタブル」と呪文を唱えた。
僕も真似して、同じように唱えた。

「ラブリー・ベジタブル、ラブリー・ベジタブル」

すると、目の前の先生が突然ピーマンになった。
小道具を運ぶ女子はダイコン、演出の男子はゴボウ。

「スゴイデス、先生」

「よし、じゃあ頑張れ」

おかげで舞台は大成功だった。何しろ客席はカボチャやサツマイモやニンジンたち。
少しもあがらない。僕たちのクラスは最優秀賞をもらった。
ところが、舞台を降りてもずっと、呪文が解けない。
ホームステイ先のおばさんはキュウリ、おじさんはジャガイモ。

「今日の舞台よかったわよ。おばさん感激しちゃった」

「なかなか堂々とした演技だったぞ」

「アリガトウ」と言いながら、キュウリとジャガイモに言われても…と思った。

翌日も魔法は解けない。
先生は相変わらずピーマンのまま。ピーマンの授業は中身がない。
となりの席の山田君は玉ネギ。見ているだけで涙が出る。
いちばん人気のエリカちゃんはトマト。
学級委員は頭でっかちのカリフラワー。
みんな野菜だから楽に話せる。ぜんぜん緊張しない。

だけど困ったことに、野菜が食べられなくなってしまった。
ホームステイ先の家族はベジタリアンだから、食卓は野菜料理ばかり。

「ジャガイモをすりつぶしたスープよ」

と言われると、おじさんの顔を見てしまう。
キュウリのサラダはおばさんが身を削っているようで切なくなる。
耐えられなくなって、故郷のママに連絡した。

「ママ、このままじゃ僕、栄養失調になっちゃうよ」

「まあ可哀想。だから留学なんて反対だったのよ。すぐに帰ってきなさい」

そんなわけで僕は、志半ばで故郷に帰ることになった。

「故郷に帰っても、私たちの顔を忘れないでね」

クラスメートは言うけれど、人間だったころの顔はもはや憶えていない。
それでも別れは悲しいもので、涙をこらえて宇宙船に乗り込んだ。
故郷の『ナスビ星雲第3惑星ナガナス星』に向けて全速力だ。
ああ、地球人との交流って、難しいけど楽しかった。

地球の教室では…

「ナスビ君、帰っちゃったね」

「演劇大会のゾンビ役は最高だったな。メイクしなくても顔が紫だから」

「茄子(なす)を見るたびにナスビ君を思い出すわ」

ホームステイ先では…

「ナスビくんが帰ったから、心置きなくナスが食べられるわね」

「うん。やっと焼き茄子(なす)が食える」

(作家)

【お詫び】26日午前6時に掲載した短編小説「恐竜の星」を差し替えました。「恐竜の星」は2024年7月24日付で掲載したものでした。関係者にお詫びの上、差し替えます。

自然災害など課題研究を一層推進 気象研と環境研が協定 つくば

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署名した協定書を手に環境研・木本昌秀理事長(左)と気象研・中本能久所長

気象庁気象研究所(つくば市長峰)と国立環境研究所(つくば市小野川)は25日、研究の連携と協力を促進するための基本協定を締結した。気象研の気候変動予測に係る知見と、環境研の環境影響評価や気候変動適応の知見を融合させることにより、自然災害などの課題に関する研究をより一層推進する。

協定締結式には気象研の中本能久所長、環境研の木本昌秀理事長が出席し、協定書に署名した。筑波研究学園都市の研究機関同士の包括的な連携協定は、環境研が一昨年に防災科研(つくば市天王台)と結んだのに次ぐ2例目、気象研は初めての締結という。

両研究所は学園西大通りをはさんでほぼ正対する立地にあり、これまでも多くの研究プロジェクトで研究者個人レベルでの連携は行われてきた。

一例をあげると、環境省は温室効果ガス観測技術衛星(GOSAT)を打ち上げて、宇宙から地球の二酸化炭素濃度の測定などできる観測を行っており、そのデータ整理を環境研が担当している。気象研との連携ではモデルを融合して、どの国からどのくらいの二酸化炭素が出ているのか、気候変動問題に関する国際的な枠組みであるパリ協定に基づく削減の度合を測る研究に着手している。

「こうした連携の積み重ねがあったから今回の協定に至った」と気象研の中本所長。「地球温暖化や気候変動予測の研究成果を共有し、環境影響評価や適応に生かしていければ将来の持続可能性に対してもデータを提供していけると考えている」という。

「計算のメッシュが粗すぎるデータは地域で利用できるよう細かくするダウンスケーリングの技術を用いるなど、ユーザーが使いやすく分かりやすい形での情報発信につなげていきたい」(木本理事長)ともしている。(相澤冬樹)

春の里山ゴミ拾い大作戦《宍塚の里山》122

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写真は筆者

【コラム・富嶋稔夫】認定NPO法人宍塚の自然と歴史の会(土浦市宍塚)では、春になると毎年、里山のゴミ拾いをしています。今年も3月20日の春分の日の午前中、16名の方(うち子ども3名)に集まっていただき、ゴミ拾いを行いました。前日は雨、筑波山はうっすら雪化粧していましたが、お彼岸のこの日は、風は冷たいものの晴れ上がり、絶好の野外活動日和。

ゴルフ練習場からコンビニに抜ける未舗装の通り(通称鎌倉街道)を中心に、大池堤防辺りのゴミも拾うことができました。鎌倉街道沿いは例年より少ないようでしたが、少し里山に分け行ってみると、家電類少々、一斗缶も多量に出てきました。

当会のホームページを見ると、最初の里山のゴミ拾いのは2001年2月11日です。今から24年前になります。記録には「他の里山に比べると大池はゴミが少ないとはいえ、集めてみるといまさらながらゴミの多さに愕然(がくぜん)としました」とあり、大池周辺の弁当や飲み物類、鎌倉街道沿いの家庭ゴミのほか、洗濯機やクーラーといった家電、廃材、タイヤ、ドラム缶などの粗大ゴミを回収したと書かれています。

以後2005年まで、大量のゴミを回収した様子がつづられていますが、2006年になると「ゴミの量が少なくなってきた」とあります。継続して行ってきた効果が現れてきたものと、当時の書き手は評価しています。

ゴミ拾いの名称も、最初は単に「ゴミ拾い」だったものが、2005年に「里山クリーン大作戦」となり、その後「ゴミ拾い」に戻ったりしていますが、2018年から現在の「春の里山ゴミ拾い大作戦」になりました。ここ数年、回収量は軽トラにして3~4台分程度と、以前に比べれば落ち着いていると言えるでしょう。

とはいえ、一見きれいな里山ですが、実地にやってみると、意外とゴミが捨てられていることに改めて気づかされます。

うさぎ追いしかの山、

2025年3月号の「図書」(岩波書店のPR誌)に、解剖学者・養老孟司氏が「環境と自己」という題名で次のように書いていました。「『うさぎ追いしかの山、小鮒(ブナ)釣りしかの川』は本来自己を構成するものだったが、外部的、客観的な世界に移った。私は子どもたちには、田んぼや畑、里山は将来の君たちだよ、と教える。食物が体を作るからである」 。身近な里山が外部的・客観的な世界となり、ゴミの捨て場になってしまったが、巡り巡って将来の自分になるのだと思えば、そうそうゴミを捨てられなくなるはず。ではありますが、現状ではゴミ拾いをしなくて済む日は容易には来そうにありません。日ごろの里山への感謝を込めて、これからも春の里山ゴミ拾いを行っていけたらと思っております。(宍塚の自然と歴史の会 会員)

2年ぶりに福島第一原発周辺地域を歩く《邑から日本を見る》180

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休校中の双葉高校を見る

【コラム・先﨑千尋】14日、友人から誘われて2011年3月に事故を起こした東京電力福島第一原発周辺を回ってきた。2年ぶりだ。これまでは、「脱原発をめざす首長会議」のメンバーと一緒に事故原発の間近まで行ったり、中間貯蔵施設や漁業者の話を聞いたりしてきた。今回はJR双葉駅、双葉高校、大野駅再開発地域など、これまでに行かなかったところが中心。

ナビゲーターは、原発事故賠償訴訟群馬県原告団代表で楢葉町にある「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ伝言館」の事務局長を務める丹治(たんじ)杉江さん。

丹治さんは、14年前の事故の後、いわき市から群馬県に一時避難した。東電に賠償を求める群馬での訴訟の原告代表を務めながら、事故の実相を訴える活動を続け、3年前に原発事故を語り継ぐ伝言館の運営を託され、全国からの来訪者に、事故を起こした原発周辺を案内している。

最初に行ったのは、浪江町に残されている震災遺構の請戸小学校。海のすぐ近くにある。15.5メートルの津波が押し寄せたが、校長らの指示で児童82人、教員13人が1.5キロ離れた大平山に避難し、全員助かった。以前に訪れた石巻市立大川小学校では、すぐ目の前に避難できる山があったが、津波が襲ったときに、児童74人、教員10人が逃げずに亡くなったのと対照的だった。想定外の事故にどう対応したらいいのかを考えさせられた。

双葉駅周辺は、帰還困難区域の一部の避難指示が解除となり、駅が再開され、周辺に住宅が整備されたが、診療所と郵便局、コインランドリーがあるものの、学校やスーパーなどのインフラは未整備。周辺は依然として帰還困難区域だから、立ち入りができず、うかつに散歩もできない。

駅近くにある双葉高校は100年の伝統があり、甲子園にも3回出場している古豪。しかし17年度から休校になり、校内は立ち入りができず、荒れ放題だ。実質廃校だが、廃校にすると原発事故との関連を言われるので、休校にしておくのだと丹治さんは話してくれた。周辺の道路は除染されているので放射線量は少ないが、除染されていない道路脇で線量を測ると一桁違い、立ち入ることはできない。

周りは高線量の帰還困難区域

大野駅前は事故を起こした第一原発から2キロ。高線量の帰還困難区域の中に、復興のシンボルとして立派な商業施設や産業交流施設ができている。近隣住民やエリアを訪れる人が買い物を楽しんだり、憩いのひとときを過ごしたりできると言われているが、周りは高線量の帰還困難区域。のんびり楽しむことなどできるのかなと思った。

大熊町には56億円かけてできた「学び舎夢の森」がある。町立の7つの幼・保・少・中学校が統合して生まれた、フェンスもチャイムもない一貫校。子どもの数は68人。家族と一緒に会津若松から戻った子どももいれば、体験入校をきっかけに関東や関西から家族とともにやってきた子どももいるそうだ。ここでの教育が移住・定住の選択肢の一つになっているが、一歩外に出れば放射線量が高く、近づけない区域。そこで学んだ子どもは将来どう成長するのかが気になる。

全体として2年前と比べてハードの事業は進んでいるように見えるが、戻ってくるのは年寄りばかり。住民は、高齢者、行政職員と工事関係者がほとんど。これで「復興」と言えるのか。

もう一つ、除染作業や工事関係者、この地域に住む人、働く人たちの放射能による被害はどうなのかが気になった。道路1本で、居住可能な区域とそうでない区域を機械的に分けることにも違和感を覚えた。(元瓜連町長)

高安、決定戦で初優勝逃す 地元土浦で約200人が声援

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優勝決定戦で高安が敗れ、大きなため息が漏れたパブリックビューイング会場=土浦市役所1階

大相撲春場所は23日、エディオンアリーナ大阪で千秋楽を迎えた。3敗で並んだ土浦市出身の元大関で前頭4枚目の高安(35)=田子ノ浦部屋=は、優勝決定戦で大関の大の里(24)=二所の関部屋、阿見町=に敗れ、惜しくも初優勝を逃した。高安が優勝に絡むのは9回目。高安の地元の土浦では、駅前の市役所1階でパブリックビューイング(PV)が催され、約200人の市民らが、応援の横断幕やうちわを掲げながら大きな声援を送った。

高安は取組で、小結の阿炎(30=錣山部屋)に落ち着いて対応し、立ち合いで変化した相手に左上手をガッチリつかんで土俵に投げつけ、上手出し投げで勝つと、土浦の会場は大いに盛り上がった。

高安が阿炎を土俵に投げつけ盛り上がる会場=同

千秋楽結びの一番で大の里が琴桜(27)=佐渡ケ嶽部屋=に勝ち、高安との優勝決定戦が決まった。初優勝への望みをつないだ高安に向けて、土浦の市民らから大きな拍手が起きた。今度こそという大きな期待がかかったが、念願はかなわず、大の里の圧力に屈し、送り出しで土俵を割ると、会場からは大きなため息と悲痛の声が漏れた。

今度こそはと応援

観戦席の最前列で声援を送った「高安土浦後援会」会長の中川清・元土浦市長(79)は「今度こそはと思って応援したが、かなわず、とても残念だった。20年も相撲をとっているのだから優勝してほしかった。また頑張ってほしい」と語る。

安藤真理子市長は「高安関の正々堂々とした取組は、地元土浦に勇気と元気をもたらしてくれた。惜しくも優勝を逃したが、これからも自分を信じ精進し、ますますの活躍を期待しています」とコメントした。

水戸市から来た加富昭子さん(75)は「家族7人で応援に来た。今日は勝つシーンもあり楽しかったが、最後、優勝が出来なかったので、とても残念で、力が入らない」と話していた。

高安は技能賞を受賞した。優勝した大の里は横綱昇進に向けての第一歩となった。(榎田智司)

23日開通 圏央道つくば西スマートIC

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式典で圏央道つくば西スマートICでテープカットとくす玉割りに臨む関係者

つくば市と東日本高速道路(NEXCO東日本)関東支社が整備を進めてきた圏央道(首都圏中央連絡自動車道)つくば西スマートインターチェンジ(IC)が23日午後3時に開通した(24年12月13日)。ETC(電子料金収受システム)専用で24時間利用可能。これに先立ち同日午前10時から開通記念式典が催された。

式典には関係者ら約90人が出席。五十嵐立青つくば市長は「このスマートICはただの出入口ではなく未来への扉だと思っている。この場所から始まるつくばの物語を共に紡いでいきましょう」とあいさつした。NEXCO東日本の松崎敏博関東支社長は「県内の圏央道では初のスマートIC。今回の開通によりつくばのアクセスは当然向上するが、それに伴いつくば市そのものが持っているポテンシャルが県土全体に行き渡り、県全体の発展に大きく寄与していくのではないか」と期待を述べた。

あいさつする五十嵐市長

つくば西スマートICが設置されたのはつくば市島名地内。圏央道つくば中央ICから西へ約4キロ、同常総ICから東へ約7キロの地点にあり、埼玉方面に向かう内回り線は県道つくば真岡線バイパスに、成田方面に向かう外回り線は県道土浦坂東線バイパスに接続する。

これまで、つくば中央IC-常総IC間は圏央道の中でも2番目に長い区間とされていた。つくば西スマートICが開通したことで、つくばエクスプレス(TX)沿線の上河原崎・中西地区や島名・福田坪地区、また周辺の工業団地などから圏央道へのアクセスは飛躍的に向上する。同ICに10分以内で到達できる圏域の人口増加は、将来推計で約1万人に達すると見込まれている。

記念式典に続いて行われた安全祈願で「交通安全祈願」の文字をお神酒でなぞる関係者

TX万博記念公園駅からも約1キロ圏内と近く、周辺には住宅や商業施設などが隣接し、物流のみならず通勤通学や生活道路として利用されている一般道路が複数交差する。

観光では、筑波山には年間200万人を超える来訪者があるが、県外から筑波山周辺地域を訪れる際に、同ICを経由したルートが加わることで、市中心部の主要渋滞箇所を回避した周遊ルートが可能になり、筑波山までの所要時間も短縮される。

鬼怒川・小貝川の水害に対する備えでは、浸水想定区域内にある常総ICに代わり、第1次緊急輸送路である圏央道から指定避難所へのアクセスを容易にすることで、救援活動や緊急物資輸送を迅速化し防災機能の強化にも寄与するとされる。

整備については2017年8月に事業化され、22年8月から工事が進められてきた。県内では友部サービスエリア、水戸北、東海パーキングエリア、石岡小美玉に次ぐ5カ所目のスマートICになる。(池田充雄)