月曜日, 4月 12, 2021
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【語り継ぐ 戦後75年】③ 物言わぬ証言者 予科練生の遺品を収集

予科練戦没者の遺品や遺書を保管、展示する「雄翔館」が、阿見町青宿、陸上自衛隊武器学校内にある。第2次世界大戦中、予科練生を訓練した土浦海軍航空隊があった場所だ。特攻隊員として出撃した少年らを訓練し、約1万9000人の死者を出した。 陸上自衛隊事務官として武器学校に勤務する行方滋子さん(48)は10年ほど前から、インターネットオークションなどで予科練の遺品を自費で収集している。 2009年、武器学校広報援護班に異動となり、雄翔館の案内を担当したことがきっかけ。来館者にきちんと伝えたいと予科練について勉強し、10代後半の予科練生たちがどう生きたのか、真実を正しく伝えたいという思いを強くした。 これまでに収集した遺品は、人間魚雷「回天」の特眼鏡(潜望鏡)、予科練で使用された教科書、日の丸の旗に書かれた寄せ書き、割られた杯(さかずき)、当時のアルバムなど240点に及ぶ。杯は、水杯として出征時に割られ神社境内に埋めたものを、後日、母親が掘り起こして金継ぎし保管していたものだという。「母親は、割った杯を継いで元に戻せば息子が帰ると信じていたのだと思う」と行方さん。 予科練にまつわる全国各地の戦跡を回り、生存者や遺族なども訪ね歩いた。「回天」の訓練基地だった山口県大津島、米軍の機銃掃射を受け貨物船に乗船していた予科練生82人が犠牲になった兵庫県淡路島、特攻隊の出撃基地だった鹿児島県知覧や鹿屋などを訪ねた。 さらに生存者や遺族15人ほどの証言を集めた。初めて証言を聞いた元予科練生は、2013年に96歳で逝去したかすみがうら市の角田和男さんだった。太平洋戦争時、撃墜王と呼ばれた海軍中尉で、戦争末期には特攻機を目的地まで援護する役割の直援機でたびたび出撃した。戦後は開拓農民として農業に従事する傍ら、遺族を訪ねたり、南方で慰霊を行うなどした。

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なでしこ2部での初戦飾れず つくばFCレディース

プレナスなでしこリーグ2部、つくばFCレディース対バニーズ群馬FCホワイトスターの試合が11日、ひたちなか市新光町の市総合運動公園陸上競技場で開催された。つくばは0-2で敗れ、2部昇格の初陣を飾ることはできなかった。 プレナスなでしこリーグ2部、第1節つくばFCレディース 0-2 バニーズ群馬FCホワイトスター 今季、初のプロリーグ「WEリーグ」が創設されるなどドラスティックな動きを見せている女子サッカー。昨季なでしこチャレンジリーグに属していたつくばFCは、今季から、なでしこ2部に戦いの舞台を移した。 前半9分、左サイドからクロスを上げる高田莉緒(撮影/高橋浩一) 初戦の相手はバニーズ群馬FCホワイトスター。昨季なでしこ2部で活動していたバニーズ京都と、関東女子1部で活動していた群馬FCホワイトスターが一つになって再始動したチームだ。

桜の開花と宇宙天気キャスタ 《食う寝る宇宙》83

【コラム・玉置晋】今年はコロナ禍だったこともあり、お花見は犬の「べんぞうさん」とのお散歩で終わってしまいました。茨城県では3月下旬に満開となり、4月上旬には葉桜になっております。最近の桜の開花は随分早くないですか? 僕が小学校に入学した時(1985年4月)の思い出は、入学式では桜はつぼみ、数日後に教室から見た校庭の満開の桜があまりにきれいで、よく覚えています。 気象庁のデータベースから茨城県水戸市の桜開花日グラフを作成しました。 僕が小学校に入学した1985年、水戸市の桜の開花日は4月7日でした。水戸市の小学校の入学式は4月6~8日となりますので、入学式の桜はつぼみだったという僕の記憶は確からしいことがわかりました。 また、年により開花日にはバラつきがあって、僕の一つ上の学年(1984年入学)は4月20日が開花日で、一つ下の学年(1986年入学)は4月10日が開花日でした。もしかしたら、入学年によって入学式の思い出の風景が異なるのかもしれませんね。

全国初 摂食嚥下障害の「特定認定」看護師を養成 県立医療大

茨城県立医療大学(阿見町阿見)は、これまで開講してきた摂食嚥下(えんげ)障害看護分野の認定看護師教育課程を4月から、厚労省認定による「特定行為を組み込んだ新たな認定看護師教育課程」(通称・B課程)に移行させた。 高度かつ専門的な知識、技能が必要とされる行為(特定行為)について、医師の補助を行ことができる「摂食嚥下障害看護分野における特定認定看護師」の育成に乗り出した。 食べ物などが食道でなく、気管に入ってしまうことを誤嚥という。これらの摂食嚥下障害は、脳卒中や神経難病だけでなく、咽頭部のがんをはじめとする疾患、術後などさまざまな病態でみられ、特に高齢者ではこの障害による誤嚥性肺炎が問題になっている。 猛スピードで到来する超高齢社会を想定するとき、この領域の認定看護師に対する期待は、病院だけではなく、在宅療養、在宅看護を行う家族をはじめ、地域社会で水準の高い看護(実践)が求められるようになる。 同大学の資料によると、今年度の受講生は11人。摂食嚥下障害看護分野におけるB課程開講(特定行為を組み込んだ新たな認定看護師教育課程)は全国初。 摂食嚥下障害看護認定看護師には、摂食・嚥下機能の改善のほか、嚥下性肺炎予防、化学療法、放射線治療中の口腔トラブル予防、改善などの役割が期待されている。(山崎実)

学童疎開の思い出 《くずかごの唄》83

【コラム・奥井登美子】私は土浦市立真鍋小学校の学校薬剤師を何年か勤めた。この学校には、校庭のまん真ん中に、昔寺子屋だったときの名残の桜の古木がある。入学式の日は、6年生が新入1年生をおんぶして満開の桜を一周する。 初めてこの光景をみたとき、私はどういうわけか、涙があふれて、あふれて、止まらなくなってしまった。私にとって小学6年生は生涯で一番忘れられない年なのである。 昭和19年の夏休み、私たち小学生は空襲時に備えて、3年生から6年生まで東京から強制疎開しなければならないことになった。縁故のある人は縁故疎開。ない人は学校ごとの学童集団疎開。成績順にクラス分けしていたので、1番組の男の子は3中(今の両国高校)、女の子は7女(今の小松川高校)を目指していた。 仲良しだったクラスメートとバラバラに別れてしまう。そのとき、皆で「3月12日の都立の受験日には帰ってくる」堅い約束をしてしまった。 父も母も京橋生まれで、田舎に親戚のない私と3年生の妹は、集団疎開を選ぶしかなかった。上野駅に送りに来た父は「困ったことがあったら、すぐ連絡してください。迎えに行くから」と言ってくれた。 山形から長野へ再疎開