月曜日, 9月 26, 2022
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「この状況では継続」 県が緊急事態宣言中間評価

県独自の緊急事態宣言が15日に発令され2週間経過したことを受けて、大井川和彦知事は29日、中間評価を発表した。新規感染者数は改善しているが、入院患者数は増加しているとして「まだまだこの状況では緊急事態宣言を(2月7日以降も)継続していく必要がある」とする見方を示した。 解除の目安として「現在、コロナ病床を県全体で560床に拡大しているが、通常医療にかなり負担をかけている」として、緊急事態宣言発令前の410床まで戻した上で病床稼働率が45%以下まで改善すること、さらに日々の新規感染者数の低下傾向が定着していることの両方を見ながら、解除の判断を決めていきたいとした。 県全体の新規陽性者数は、緊急事態宣言発令時の15日時点の1週間平均が95.7人だったのと比べ、28日時点は70.6人と改善している。一方医療提供体制は、入院患者数が15日時点は257人だったのに対し28日は269人と増加している。病床稼働率は、コロナ病床を増やしたことから15日の56.2%から28日は49.1%になった。 中間評価では新たに県内の人の動きも分析した。ドコモの位置情報データで県内の人の動きを前年と比較したところ、つくば駅、土浦駅いずれも夜の時間帯は人出が減ってきているが、昼間の時間帯は前年と変わらないことが分かった。 さらに新規感染者の職業などを分析したところ、会社員と児童生徒が多いことが分かった。年齢は20歳から59歳までの働いている人が多く、男性の感染者が女性の2倍だった。職業別で最も多い会社員の場合、感染経路不明が46%だった。児童生徒の場合は部活動で集団感染が発生したことが数字を押し上げたという。 大井川知事は「会社員の新規感染者が多く、経路不明者が多いことが問題」だとし、テレワークの一層の推進などを改めて呼び掛けている。

土浦は自粛要請を継続、つくばは14日から解除 新型コロナで知事

新型コロナウイルスの感染状況の深刻化を受け、大井川知事は12日記者会見し、土浦市など3市町は外出自粛と営業短縮の継続を要請すると発表した。これまで土浦、つくば市など13市町を感染拡大市町とし、13日まで不要不急の外出自粛や飲食店の夜10時以降の営業時間短縮を要請していたが、土浦市などはさらに20日まで1週間延長した形。一方、つくば市など10市は解除となり、14日から外出や営業時間の制限はなくなる。 大井川知事は県内の感染者について、11月14日からの2週間は535人の新規感染者があったが、直近の2週間は494人になったとした。直近の2週間のうち、前半の1週間は新規感染者が336人だったのに対し、後半の1週間は158人と、ここ1週間でようやく減少に転じた形で「予断を許さない状況だが、皆の協力で着実に成果はでてきた」と評価した。 一方、医療提供体制はこの3週間で重症病床の稼働率が37.3%、コロナ病床全体の稼働率も50%を超えており、ひじょうに高い稼働率が続いているとした。ただし直近の数日は、若干下がりつつあるとし、現在、県内全体で316床あるコロナ病床を、今月下旬までに順次416床まで拡大できるとした。 3市町の飲食店に協力金を支給 外出自粛や営業短縮要請が継続となるのは土浦市のほか、つくばみらい市、利根町の3市町。6日から12日まで1週間の人口1万人当たりの新規陽性者数は、3市のうちつくばみらい市が県内で最も高く、2.94人、次いで利根町が2.66人で、両市は国の指標で、爆発的な感染拡大が起き医療提供体制が機能不全に陥ることを避けるための対応が必要な「ステージⅣ」に相当する状況だ。 土浦市は同2.03人で、感染拡大市となった11月27日時点では国指標のステージⅣ相当だったが、12日時点では「ステージⅢ」に一段階下がった。

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5位でシーズン終える つくばFC 最終戦は黒星 

リーグ最終戦となる関東サッカーリーグ1部後期第9節、ジョイフル本田つくばFC対東京23FC(本拠地・江戸川区)の試合が25日、つくば市山木のセキショウ・チャレンジスタジアムで開催され、つくばは0-3で敗れた。つくばのリーグ成績は6勝4分8敗で10チーム中5位。来季も関東1部で日本リーグ(JFL)昇格を目指して戦う。 第56回関東サッカーリーグ1部 後期第9節(9月25日、セキショウ・チャレンジスタジアム)ジョイフル本田つくばFC 0-3 東京23FC前半0-1後半0-2 前日の台風15号による荒天から一転して秋晴れとなったこの日、会場のセキショウ・チャレンジスタジアムには今季2番目の516人の観客が詰めかけ、キックオフを迎えた。相手の東京23は現在3位で、今節の結果によっては全国地域サッカーチャンピオンズリーグ(地域CL)出場権が得られる2位以内の可能性も残されているため、激しい戦いになることが予想された。 つくばは今節、フォーメーションを変更し、宮本英明と熊谷誠也の2トップを起用。「相手がどう来ようとも自分たちが主導権を握り、アクションを起こしてしっかりボールを動かしていこう」という副島秀治監督の構想だった。 前半31分、郡紘平のドリブル突破(同)

耕作放棄地を黄色く染めたい 染色家らがプロジェクト 筑波山麓

つくば市作谷で染色体験教室「ぷにの家」を開いている飯塚優子さん(50)が提唱する「耕作放棄地をお花畑にして地球を黄色く染めよう」プロジェクトが佳境を迎えている。作谷の耕作地で、このほど第4回「お花畑を空から見てみよう~ドローンで撮影&お花つみ会」が催され、10月2日の「お花つみ&マリーゴールド染め」で最終回を迎える。 プロジェクトは、不登校児童生徒の支援などをするリヴォルヴ学校教育研究所(つくば市二の宮)が運営する地域文化スポーツクラブ「むすび場」との2団体による企画。作谷にある約2000平方メートルの畑地を耕し、6月からマリーゴールドの苗を植え、草取り、花摘み、染色など全5回の行事を積み重ねてきた。 飯塚優子さんは25年のキャリアを持つ染色家(21年10月30日付)。転勤族の親のもと様々な土地で生活してきたが、田舎暮らしへの憧れから、作谷にある祖母の暮らす築300年の家で生活を始めた。「ぷにの家」はその染色工房。「収益のためではなく、教育と地域活動の一環として」の取り組みだそうだ。飯塚さんは旧作岡小学校でPTA会長を務め、ご当地カルタを考案し、コミュニティー活動の下地をつくってきた。 飯塚優子さん 今回は「染色家なのだから、地球も染めてしまおう」と踏み出した。つくば市に13%あるとされる耕作放棄地をお花畑にすることで景観の改善を図りたい、また、持続可能な活動の重要性を子供たちに知ってもらいたいという教育的な意図から、プロジェクトを実施することにした。 しかし、実際にマリーゴールドを育ててみると、花がうまく育たない。消毒をあまりしなかったためか、ネキリムシの被害に遭った。一帯を広く黄色く染めるはずが、出来てみると5分の1の面積にしかならなかった。農薬を使いこなさないと立ち行かない農家の現実を知ることになった。「うまく花が育たないのも、自然のことだと納得した」という。

棗とナツメ《続・平熱日記》118

【コラム・斉藤裕之】今年も玄関脇の棗(なつめ)がたわわに実った。身の重さで稲穂のように枝が垂れ下がるほどだ。友人の植木屋さんによれば、うちの棗の実はかなり立派なのだそうである。参鶏湯(サムゲタン)などに使われるとか、漢方薬として体に良いとかいわれる棗だけれど、数年前に加工してビンに保存した実は一度も使ったことがない。 棗との出合いはかなり昔にさかのぼる。夏休みにまだ小さな子供たちと帰省した折、よく訪れていた公衆温泉浴場がある。海水浴に行った後などは、風呂に入れる手間がかからず安価で便利をした。 その浴場の駐車場に涼しげな木があった。それが棗だ。そのことを覚えていて植えてみた。しかし見た目にはわからなかったが、幹や枝にはかなり強烈なトゲを身にまとっていて、かなり厄介だということがわかった。特に若い枝は小さな鋭い棘がいっぱいで、不用意に触ると大変だ。なるほど、棘(とげ)という字と棗という字が似ているのは納得できる。 さて、ここに別のナツメが3つある。茶道で使うお茶の粉を入れるナツメだ。棗の実に似ているので、こう呼ばれるそうだ。これは亡き母のもので、母は茶道の先生の看板を持っていた(茶を入れたところは見たことがない。多分、日々の暮らしが忙しすぎてそれどころではなかったのだろう)。 数年前、実家を処分するときにわずかに持ち出したものの中に、このナツメがあった。恐らく、通販かなんかでシリーズものとして買ったのではないかと思われるのだが、1つは木製で黒と赤の漆が塗ってある。それから白い陶器のもの。これには梅のような花が描いてある。最後は錫(スズ)製のもので植物の蔓(つる)が彫られている。 あの3つのナツメがちょうどいい

土浦「二番橋」解体へ 古レール構造物の文化財価値不明のまま

JR常磐線をまたぎ土浦市富士崎2丁目と小松ケ丘町を結ぶこ線人道橋、通称「二番橋」が26日から通行止めとなり、架け替え工事が始まる。同じく通称「一番橋」の撤去とセットになった工事で、二番橋は22年度に撤去し、23年度の新設を待って、一番橋を24年度に撤去、25年度に工事完了となる。 2橋とも自動車は通行できない自転車歩行者用の橋で、土浦市の管理する市道。2016年の点検で、構造物の機能に支障が生じる可能性があり、早期に措置を講ずべき状態であると位置付けられた。17年度の交通量調査では、主に二番橋を周辺の住民や土浦日大生が利用している状況で、一番橋の利用者は極端に少なかった。同市はJR水戸支社や県などと調整し、二番橋は架け替え、一番橋は撤去で道路橋の統廃合・集約化を行うこととし、両側の地区にも地元説明会で理解を求めた。 工事は協定書を結んでJRの関連会社が行う。5カ年事業で総工事費は約9億9000万円を予定している。道路施設としての橋梁に係る工事費が約7億300万円。夜間工事は行わず、架け替え後も自動車は通行できない。 建設時期めぐるミステリー 二番橋付近に資材置き場が造成され、大型重機が持ち込まれた昨今、周辺の地区からの関心も引くようになった。話題の中心は、2橋の建設時期だ。同市小松の二十三夜講に集まる70代、80代のお年寄りたちに聞くと、地元育ちの全員が子供のときからあった橋だという。「汽車が来ると橋の上で煙を浴びる遊びをした。床板は枕木の廃材利用で隙間が空いていた。床板はコンクリートに変わったが、橋脚や桁(けた)は鉄骨代わりに古レールが使われた構造のままだ」 常磐線の前身、日本鉄道海岸線は1896(明治29)年に土浦・田端間で開通している。これに先立つ工事で、荒川沖駅方向から土浦市街地に抜けるルートとして小松丘陵に切り通しが出来、人道橋が架けられた。線路の敷設はその後になるはずだ。二十三夜講総代の広瀬昭雄さん(83)は「橋の原型は、鉄道建設以前にさかのぼる」と断言する。