金曜日, 9月 30, 2022
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梅の土産品ピンチ 筑波山梅林、収量大幅ダウン

観梅の名所、筑波山梅林(つくば市沼田)で収穫された実は例年、梅酒や梅干しに加工され、土産物として販売されているが、今季は大幅な収量ダウンが必至の様相だ。コロナ禍による「筑波山梅まつり」の開催中止に続くダブルパンチに見舞われている。 関東甲信地方の梅雨入りが伝えられた6日に予定されていた梅の実落としは雨のため中止、7日以降に順延となった。 6次産業にも影響 筑波山梅林は筑波山の男体山西側、標高約250メートル付近の斜面地に広がる。涸(か)れ沢沿いの約4.5ヘクタールに筑波石とよばれる班れい岩の巨石が散在し、約1000本の白梅・紅梅が咲き競う。 6月に入り、梅林ではアジサイの花が咲き出したものの、客足はほぼ途絶えている。散策しても梅の木に実はほとんど無く、落ちて転がる実も見られない。このまま梅の実落としをしても、「成果」は期待薄の状況だ。 梅林管理のつくば観光コンベンション協会によれば、例年協会スタッフの5~6人が出て、梅の実落としを行ってきた。低い枝からは手でもぎ、高い場所の実は棒で払って落とした。1日の作業で200~300キロの収量があったという。

江戸時代の梅酒 《県南の食生活》25

【コラム・古家晴美】この時期、店頭にはチラホラと青梅が姿を見せ始めている。昨夏は梅の土用干しについて記したので(20年7月22日付)、今回は梅酒について見てきたい。現在、水割りや炭酸割梅酒が手軽に飲めるサイズで販売されているが、それでも自家製のものをお作りになる方もいらっしゃるだろう。 以下は「梅酒」の作り方についてしばしば引用される、江戸時代前期に著された『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』の一節である。著者は、庶民の日常生活に用いる食に関して記したと述べている。 「痰(たん)を消し、渇きを止め、食を進め、毒を解し、咽痛を止める。半熟の生梅の大ならず小ならず中くらいのを、早稲草の灰汁(あく)に一晩浸し、取り出して紙で拭き浄め、再び酒で洗ったものを2升用意する。これに好い古酒5升・白砂糖7斤を合わせ拌勺ぜ(かきまぜ)、甕(かめ)に収蔵める。20日余を過ぎて梅を取り出し、酒を飲む。あるいは、梅を取り出さずに用いる場合もある。年を経たものが最も佳い。梅を取り、酒を取りして、互いにどちらも用いる」(人見必大著・島田勇雄訳注『本朝食鑑2』 平凡社東洋文庫 1977年) 現代との違いは、いわゆる薬酒として用いられているが、焼酎ではなく、3年物の古酒の使用を勧め、あく抜きに藁(わら)の灰汁を使用している。慶安期の引き札によると、薩摩焼酎が1升500文なのに対し、酒が40~60文(古酒はこれよりは高いだろうが)で、焼酎は高価だ。庶民にとって、手頃な価格で火入れの技術が発達していなかった当時、3年間腐敗を免れた古酒は、果実酒作りにふさわしかったとの指摘もある。 かなり甘く濃厚 酒というより薬

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茨城ロボッツを応援しよう!《令和楽学ラボ》20

【コラム・川上美智子】スポーツには疎い方ですが、小学3年生の孫に誘われて「茨城ロボッツ」を応援するようになりました。保育園のころにサッカーでつまずいた孫が、小学生になってから茨城ロボッツのスクールに通うようになり、すっかりバスケットファンになってしまいました。 昨シーズンも、アダストリア水戸で行われたホーム試合は全て応援に行き、さらにYouTubeでそれぞれの試合を何度も何度も観戦して、試合運びを分析するほどの熱の入れようです。休みの日には、敷地内の小さな中庭のバスケットゴールで腕をみがいています。 そのような折、ロボッツから試合後の選手に提供するリカバリー弁当の話が舞い込みました。私がオープニングでプロデュースのお手伝いをした「レストランAOYAMA」(水戸市赤塚)のオーナーシェフ青山雅樹さんから、メニュー作成と監修の依頼がきたのです。そんな形でお役に立てればうれしい話と、早速、前職場の茨城キリスト教大学の教員に声をかけ、ロボッツの西村大介社長と詰めに入りました。 昨シーズンが始まり、ロボッツがなかなか勝てなかった時期の話で、昨年12月に6者協定の話がまとまり、年明けから「茨城ロボッツ・スポーツニュートリション 6者連携プロジェクト」がスタートしました。この取り組みが功を奏したのか、この後は、ロボッツが勝利する試合が多くなりました。 「食」の応援プロジェクトは3本柱 このプロジェクトの内容は、以下のようなものです。

不登校の子どもや保護者と支援者つなげたい 30団体がつくばで初の合同説明会

不登校など学校に悩みを抱える子どもや保護者と、支援者をつなぐイベント「不登校・多様な学び つながる“縁”日」が10月15日、つくば市流星台の桜総合体育館などで開催される。支援団体などでつくる「不登校・多様な学びネットワーク茨城つくばエリア」が主催する。支援団体による合同説明会と講演会などが催され、合同説明会は今回が初の試みとなる。 主催団体の石田佳織さん(43)は「支援につながれていない人が圧倒的に多い。複数の支援団体が協力し、より多くの人に支援を届けたい」と語る。 つくば市や近隣からフリースクールや親の会など約30団体が相談ブースを設置する。不登校の小中学生の居場所「つくし広場」を運営するつくば市教育相談センターもブースを設ける。ほかにフリースクールに通う子どもたちが企画ブースを設け来場者と交流を図る。発達心理学の専門家で恵泉女学園大学学長の大日向雅美さんによる講演会も予定されている。 支援者いると知ってほしい 「誰にも相談できずに苦しむ人は多い」。不登校の子どもの保護者を支援する「竹園学園”教室や学校に行きづらい子ども”の親の会」共同代表の中村規乃さん(47)が、当事者の声を代弁する。同団体は、同ネットワークに参加する団体の一つだ。 中村さん自身、不登校の子を持つ当事者。学校に行けない自身を責める子どもの気持ちを知り「学校に行って欲しいという思いと、学校に行かない子どもを認めたいという思いの間で苦しんだ」と当時を振り返る。

インターナショナルスクールを誘致 県、旧筑波小跡地に

秀峰筑波義務教育学校(つくば市北条)の開校に伴い2018年に廃校となった9小中学校の1つ、旧筑波小学校(同市国松)にインターナショナルスクールの誘致計画が浮上している。跡地利用についての意見交換会が9月に、2回にわたって同市沼田の働く婦人の家で開かれた。 開設を表明しているのは、東京都江戸川区で「グローバル・インディアン・インターナショナル・スクール(GIIS)」名で3つの学校を運営しているグローバル・スクールス・ファウンデーション(GSF、本部・シンガポール)。誘致しているのは、茨城県庁で国際渉外などを手がける営業戦略部。つくば市の経済部産業振興課を通じ学校跡地を貸借できないか打診してきた。 2回目の意見交換会は26日開催された。GSFの日本法人(株式会社組織)であるグローバル・インディアン・エデュケーション(GIE)から3人の関係者が説明に訪れ、県、つくば市の担当者らと、地域住民らの質問に答えた。約25人が参加した。 県によれば、つくば市周辺では半導体メーカーのTSMCジャパン3DIC研究開発センター(同市小野川)など世界的企業の進出が次々と決まり、外国人子弟の教育環境ニーズの高まりがあるとして支援する構えを見せている。「日本人生徒も数多く学ぶ学校で、地域への移住促進にもつながる」と誘致に動いた。 開設の意向を示したGSFに対し、県は市と調整し今春、校舎の耐震基準などを満たす市内3カ所の適地を紹介。夏までに旧筑波小跡地に絞り、今後の交渉を進めることになった。市は「地域に受け入れらなければ進められる問題ではない。今回の開催は説明会ではなく意見交換会。きっちり意見を聞いて、貸与について検討したい」との構えだ。 2018年に廃校となった旧筑波小

今、何をしているのですか? 前土浦市長の中川清さん【キーパーソン】

土浦市長を4期16年務め、現在は企業グループの「総帥」に復帰している中川清さん。市長を退いてから3年。新しい事業を考えているとの話が耳に入り、グループの会社が入る延増第三ビル(土浦市真鍋)を訪ね、いろいろと聞き出した。「経営者市長」は元の経営者に戻り、意欲的に経営戦略を練っている。 グループ主要社の社長と会長に復帰 中川グループ11社の主な会社は中川商事と中川ヒューム管工業。両社とも不動産管理会社・延増興産が所有するビルに本社を置く。年商は、商事が約230億円、ヒューム管が約100億円。今、中川さんは、商事の社長、ヒューム管の会長(社長はおいの喜久治氏=土浦商工会議所会頭)、興産の会長(社長は長男の弘一郎氏)に就いている。 グループの創業者は1922年に中川商店を起こした父の延四郎氏。先の大戦前、1部門として「鉄(筋)とセメントで造る」ヒューム管の事業を立ち上げ、戦後間もなく、中川商店を法人化して中川商事に改めた。今年は中川商店スタートから100周年になる。 農業、太陽光発電、ドローンに挑戦