日曜日, 4月 5, 2026

スイス選手団13日つくば入り 8月2日まで筑波大などで事前合宿

東京オリンピックに出場するスイス選手団の第1陣が13日深夜、事前合宿地のつくば市に到着する(6月2日付)。8月2日まで、マウンテンバイク、陸上、柔道の選手27人とコーチら計51人が市内のホテルに宿泊しながら、筑波大学陸上競技場や柔道場などで練習する。 市オリンピック・パラリンピック推進室によると、第1陣として13日来日するのは、マウンテンバイクの選手1人とコーチ、運営スタッフ、シェフら計6人。夕方、成田空港に到着し、検疫で新型コロナ陰性を確認後、つくば市に向かう。夜11時ごろ市内のホテルに到着する予定という。選手は14日から練習し、18日につくばを離れ、選手村に入る。 第2陣は、陸上の選手23人とコーチら12人の計35人が、競技種目ごとに16日から順次、来日し、筑波大学陸上競技場などで事前合宿を行う。陸上の選手らは種目ごとに8月2日までに順次、選手村に入る。柔道も選手3人とコーチら計10人が16日来日し、21日まで、大学の柔道場で練習などを行い選手村に向かう。 ホテル公表せず 選手団と、付き添いの筑波大スタッフ、市職員、ホテルスタッフは毎日、PCR検査を実施する。選手団はホテルと練習会場を往復するだけで、外出も買い物もしないという。 宿泊するホテル名は公表しない。ワンフロアを貸し切り、食事はホテル内の専用の調理室でスイス人シェフが調理したものを、専用の部屋でとる。ホテルの出入りは、同行する市職員やホテルスタッフらが、一般の宿泊客と接触しないよう注意を払うという。 部活動と区切り設置 練習会場となる筑波大は、新型コロナ対策のため、事前合宿期間中、構内への入場は関係者のみとする。公開練習なども実施しない。一般学生がスイス選手と接触しないよう、動線や施設使用の区域を分けるなどする。 大学の担当者は取材に対し「春学期の期間中ではあるが体育実技の授業はなく、一般の学生が練習場に入ることはない。また練習場所に区切りを設けることによって、部活動で練習場を使用する学生とも接触を避けるようにしていく」と感染対策を示す。 大学構内での移動についても「選手団は決まった経路のみを利用することにしている。アテンド(付き添い)の者が選手とのソーシャルディスタンスをとりつつ同行し、学生との接触がないよう注意喚起を行う」としている。 「歓迎したいが複雑」 人間学群の男子学生(22)は「スイス選手団が来ることそのものを知らなかった」と話した。比較文化学類の女子学生(20)は「スイス選手団が来る話は聞いたことはあったが、今来るのかと驚いた。オリンピックが目の前に迫っているという感覚が全くない。大変な時期にわざわざ来るのだから歓迎したい気持ちはあるが、なんだか複雑な気持ち」だと話した。 学生とスイス選手団の交流イベントについて大学は「対面でもオンラインでも、今のところ実施の予定がない」と話した。 事前合宿はもともとは6競技の選手らが予定していた。体操、フェンシング、トライアスロンの3競技は事前合宿を取り止め、直接、選手村に入るという。(山口和紀)

「ボーン ディス ウェイ」 《続・平熱日記》89

【コラム・斉藤裕之】「先生、どうやって学校に来てるんですか」「車」。すると隣の男子がすかさず、「軽トラ!」というツッコミ。春先に買った中古の軽トラはその後期待通りの活躍をしているのだが、実はもうひとつの役割があったのだ。「実はねえ、長女が子供を産むためにうちに帰ってきているものだから、いつも乗っている乗用車を娘夫婦に貸しているんだよ。それにしても、なんで私が軽トラで来ているのを知ってるの?」「だって見たもん!」 別に隠すこともないが、冷やかされるのも面倒くさいと思って、生徒たちが大方登校し終わったころを見計らって、軽トラで校門を通過するようにしていたのだが…。しかし、たまたま遅刻気味のこの生徒に目撃されていて、「軽トラ先生!」と冷やかされるはめになった。 高校生だったころ、古典のK先生はセピア色の軽自動車に乗って学校に来ていた。先生のご自宅の近所に住む合田君は、「K先生の家は米屋で、あの軽自動車でよく米を配達するんよ」と教えてくれた。カラカラというやや非力なエンジン音が聞こえると「お、K先生の米屋カーじゃ!」と冷やかしていた。先生はそんなことを気にもなさらず、さっそうとしておられた。余談だが、K先生のご子息が1学年下にいて、確か現役で赤門をくぐられた。 それから、もう1人思い出すのが筑波大学の芸術系のある先生。とてもきさくでユーモアのセンスに富んだ方で、教え子の方々からも厚い信頼を得ておられたようだ。ある日、その先生がやや薄汚れた軽自動車から降りて来られるのを目撃した。地位も名誉もあるのに、メンツや外聞を気にしない。そんな先達のたくましい姿を思い出しつつも、「でもやっぱ、さすがに軽トラはねえな」。なにしろ、私の見てくれは明らかに工事関係者。 チャイルドシートが届いた さて、大きな荷物が届いた。チャイルドシートだ。若い夫婦は早速それを私の車に取り付けた。もうすぐこのシートに乗って赤ん坊が帰ってくる。とにかく元気な子であってほしいと願うばかりだが。 登校時間の校門には生徒を乗せてくる車が次々とやって来る。国産車に交じって、高級な欧州車も少なくない。その間隙をついて、その日も軽トラで校門を通過。梅雨の晴れ間で、朝から気象予報士が「洗濯日和」を連呼していた。午後1時過ぎ。帝王切開にて3700グラムの男児を無事に出産という知らせ。すぐに動画が届いた。元気な産声を上げる立派な赤子と安心したような顔の長女。「でかした!」 待てよ、軽トラにはチャイルドシート付けられないなのかなあ。軽トラのモノラルラヂオから、ややこもり気味にレディ・ガガの曲が流れた。「ボーン ディス ウェイ」。(画家)

コールド勝ちでつくば秀英、常総に続く【高校野球’21】

第103回全国高校野球選手権茨城大会は4日目の12日から2回戦に入り、5球場で10試合が行われた。つくば・土浦勢では常総学院がつくば工科に6回コールド勝ちし、つくば秀英も投手2人で緑岡をシャットアウト、7回コールド勝ちした。土浦湖北は延長10回サヨナラ負け、土浦一は常磐大に及ばなかった。 救援の檜垣力投で零封リレー つくば秀英は3回裏、遠山剛史が右前打で出塁し、西山悠人の左前打で1死一・三塁とすると、佐藤慈恩主将のスクイズで1点を先制。5回には金井田豪が左翼へ2点適時打を放つ。6回には3四死球から佐藤の左前打などで2点を加え、7回には桐原未来が右翼へ2点二塁打。これで7点差としてコールド勝ちが成立した。 緑岡はつくば秀英の先発・遠山に対し毎回走者を出すものの、3回1死一・二塁のダブルプレーなどでチャンスを広げられず、5回途中からは救援の檜垣力渡の前にノーヒットで終わった。 「真っすぐが好調で、コントロールも良かったので思い通りの投球ができた。緑岡打線は3、4番が長打があるので一発を警戒した。先輩の夏を絶対に壊さない、何としても抑えてやるという強い気持ちで投げた」と檜垣。 先頭打者で3安打1打点と打線を牽引した西山悠人は「初戦の難しさはあったが、先発の遠山が頑張っていたのでチャンスを作ることができ得点につながった。常総学院には秋に悔しい負け方をしたのでリベンジしたい。甲子園に向かって一戦必勝で全力で戦う」と誓った。 先制のスクイズやその前の送りバントについて、森田健文監督は「常総との対戦ではバントミスから1-0で負けたので、今日は送るときは送るなどしっかりと小技でつなぎ、一人一人が役割を果たせた」と振り返った。次の常総学院戦については「第1シードの相手に対し、挑戦者の気持ちで思い切りぶつかる」という。(池田充雄) 湖北は終盤追い付くも延長で力尽く 土浦湖北は8、9回に3点差を追い付く粘りを見せ、延長に持ち込んだが、10回裏に力尽きた。 1-4で迎えた8回、土浦湖北は2死一塁から代打攻勢をかけ、1人目の清水俊介が四球を選び、2人目の野口彗太が左翼線への適時打で1点を返した。9回には四球と敵失、犠打で1死二・三塁の好機をつくると、稲葉悠太の内野安打と福田雄大の内野ゴロで同点とした。だが10回裏、先頭打者の中前打で無死三塁のピンチをつくると、次打者への5球目が暴投となり、無念の幕切れとなった。 敗戦投手となった塙康介主将は「外角への直球を投げるつもりが、力んで引っ掛けてしまった。スクイズも頭にあった」と振り返った。捕手の野口は「自分のせい。どんな球でも止められないといけない。ああいう形になって3年生に申し訳ない」とくちびるを噛んだ。 塙は投手経験はなく初の公式戦登板。エース紺屋憲人の故障により急遽1か月前から練習を始めたばかりだった。先発を務めた古川拓海は6回に疲れから制球が乱れ、一度は紺屋につないだもののやはり無理があり、8回からは塙がマウンドを守っていた。 「古川にはあと2イニング行ってほしかったが、暑さでスタミナが切れてしまった。コロナ禍で例年のような合宿や遠征などができず、苦しい場面で踏ん張る経験を積ませられなかった。内面的弱さが残っている世代で、それが大事なところで出てしまった。下級生には勝負の厳しさを感じてもらいたい」と、小川幸男監督は振り返った。(池田充雄)

濃厚接触はサッカー部の土浦市職員ら12人 聖火リレー担当者感染で

東京オリンピックの聖火リレーで交通規制を担当していた土浦市の30代男性職員が新型コロナウイルスに感染していた問題(10日付)で、男性職員の濃厚接触者は、7日夜に市役所サッカー部で一緒に練習した市職員10人と外郭団体職員2人の計12人であることが分かった。 男性職員は7日夜8時から9時30分まで実施されたサッカー部の練習に参加した。プレー中はマスクをはずして練習したという。 市広報広聴課によると、12人は10日から自宅待機しており、12日から順次、最寄りの保健所でPCR検査を受ける。陰性が判明するまで自宅待機となる。12日時点で、症状が出ている職員はいないという。 男性職員が所属する市役所4階の下水道課を含め、市役所では12日から通常通り業務が実施されている。 一方、市スポーツ振興課によると、男性職員は、聖火リレーが実施された5日午後4時10分から6時まで、ゴール地点の市役所から約500メートル亀城公園寄りの裏通りで、車両の進入を規制する交通規制を担当していた。聖火リレーのルートとなった駅前通りの沿道には当時、大勢の市民が集まったが、沿道の交通規制は担当しておらず、聖火リレーでの濃厚接触者はいないという。

立花隆と橘孝三郎 《邑から日本を見る》91

【コラム・先﨑千尋】「反骨精神持つ水戸っぽ」「知の巨人」と言われた立花隆(本名:橘隆志)さんが4月30日に80歳で亡くなった。長崎市で生まれ、親の仕事の関係で中国に移り、戦後は水戸市で育った。2年時に水戸一高から都立上野高校へ転校したので一緒に学んだことはないが、立花さんは元水戸市長の佐川一信さんと仲が良かったようで、本とモノ書きが大好きな私は、レベルは格段に違っても勝手に先輩、兄貴分だと思い込んでいる。 よく知られているように、立花さんを一躍有名にしたのは、1974年に月刊『文藝春秋』に「田中角栄研究-その金脈と人脈」を発表し、田中角栄首相が失脚するきっかけを作ったことだ。ウィキペディアでは、立花さんの職業を「ジャーナリスト、ノンフィクション作家、評論家」としているが、そういう一般的な分類ではとらえ切れない人だった。 立花さんの著作は、田中角栄や日本共産党、農協、天皇と東大、宇宙、脳死、インターネットなどあらゆる分野にまたがり、私にはとても読み切れない。自分ががんと診断され、手術を受けたときは、そのことすら叙述の対象とした。『立花隆の書棚』(中央公論新社)を見ると、歴史、政治、文学、聖書、哲学、自然科学など10万冊を超える蔵書は、「すごい!」の一語に尽きる。関心のあるテーマについて徹底的に調査、分析して、社会に伝える手法を採った。万巻の書はそのために必要であり、それらを丹念に読み込んだ。 現在、佐川文庫を主宰する佐川一信さんの姉、千鶴さんは「茨城新聞」の取材に「本が体にくっついているような子だった」と述べているが、その本の読み方も、書棚の端から順に全部を読んでいたという。同紙には「(水戸市の)川又書店に弁当持参で行った」ということも書いてあり、本に対する執着は並大抵、尋常ではなかったようだ。知りたいという欲求は、性欲や食欲と並ぶ重要な本能的欲求だと位置づけている。 歴史に呼ばれて生まれてきた 立花さんの逝去に対しては多くの人が追悼文を書いているが、その中では『サンデー毎日』7月11日号の保阪正康氏の「立花隆は歴史に呼ばれてこの世に生まれてきた」がよかった。「(日本の運命は)ほとんど滅びるのが確実」という立花さんの見方を紹介し、同世代の責任として「自らの世代が背負い込んだこの時代の人類史上の問題を抽出し、次代の人たちに書籍として残す。人間本来の存在を、歴史上の哲学者や思想家の解明を整理し、新しい視点を浮かび上がらせて、人類上の方向性を示す」ことを課題とした、と書いている。モノを書く一人として肝に銘じなければ、と思う。 右翼の思想家・橘孝三郎は、立花さんの父親のいとこで、ごく近い関係だ。だが、千鶴さんは、立花さんとは孝三郎や愛郷塾の話はタブーだったと言う。先の『立花隆の本棚』には、明治維新や二・二六事件の本は出てくるが、五・一五事件を含めて愛郷塾や孝三郎の本は少ない。「ぼくの親戚には五・一五事件の関係者がいます。橘孝三郎といって」とあるのみだ(527ページ)。保阪氏の追悼文には「農本主義者の橘孝三郎」には触れているが、立花隆との関係については書かれていない。他の人の評伝を見ても2人の関係を誰も書かない。なぜなのか、私には分からない。この際、改めて孝三郎に光を当ててみるのも面白いと思う。(元瓜連町長)

土浦三、5回コールド発進【高校野球’21】

第103回全国高校野球選手権茨城大会3日目の11日、3球場で1回戦6試合が行われた。J:COMスタジアム土浦では、序盤から打線が勢いづいた土浦三が14-1の大差を付けて玉造工に大勝した。大会は12日から2回戦に入り、常総学院など強豪校が登場する。 土浦三は1回に藤田寛大の三塁打を皮切りに打線が爆発。続く薄田匠篤が二塁打を放った上に、主将の田口雄大の三塁打などが続き、打順が一巡しても勢いが止まらず計8点を先取した。 土浦三が2回、3回と安定して得点を重ねる一方で、マウンドに立った前田隼利や土浦三守備陣が玉造工の打線を抑え、4回終了時までは14-0と無失点で試合が進んだ。 5回、玉造工に失点を許す場面があったものの大勢には影響なく、そのままコールド勝ちを収めた。 坂本佑真監督は「バッティングのチームなので、いい形で先制できた。うまく(流れに)乗ってくれた。(今回は)点数を取り過ぎたところはあるけど、(境との)次戦は細かいところまでしっかりとやって、一球一球集中してやってくれれば」と語った。 田口雄大主将は「初回を無失点で抑えた中で、初回の攻撃も走塁ミスやプレーミスも無く常に先の塁を狙ってプレーすることができたので、その結果初回に8点取ることができたのかな」と振り返った。 今回で初めて先発投手として登板した前田は、5回の失点について「前の回に最後のバッターだったので休憩ができずに体力を欠き、最後に球が浮き始めて捕まった。変化球が浮き気味だったので、変化球でカウントを取れるようにしていきたい」と次戦に向けての改善点を示した。(崎山勝功)

コロナ禍 県内の障害者雇用5年ぶり減少

コロナ禍で障害者雇用が厳しい状況になっている。厚労省茨城労働局(水戸市)がまとめた県内のハローワークを通じた2020年度の障害者の就職件数は、前年度比5.3%減(114件減)の2049件で、2016年度以来、5年ぶりに減少に転じた。 就職件数を新規求職申込件数で割った就職率も、0.5ポイント下がり50.7%と、2年ぶりの減少となった。 コロナ禍の就職戦線は当分、困難が続くとみられ、関係機関は障害者雇用促進法の積極的な順守を呼び掛けている。 就職件数を障害別にみると、最も多い精神障害者が18.9%減(210件減)の899件、身体障害者は13.5%減(72件減)の462件だった。知的障害者は4%増(18件増)の467件だった。 産業別でみると「医療・福祉」が876件(構成比42.8%)、「製造業」が251件(同12.2%)、「卸売・小売業」が200件(同9.8%)ーなどでの就職件数が多くなっている。 また職業別(具体的な仕事の内容)では「運搬・清掃・包装等の職業」が805件(構成比39.3%)で最も多く、次いで「事務的作業」が508件(同24.8%)、「生産工程の職業」が236件(同11.5%)と続いている。 障害者の解職者数は14人だった。(山崎実)

「つくバブル」崩壊は杞憂だ 《茨城の創生を考える》19

【コラム・中尾隆友】つくば市の不動産業や住宅販売業は、もともと全国でも屈指の好環境にある。住環境に優れ、東京都心に1時間で行けるメリットが大きいからだ。この10年間で、TXつくば駅や研究学園駅から徒歩30分圏内には、手ごろな価格で購入できる住宅用地はほとんどなくなった。 それがコロナ禍によって、いっそう好環境に拍車がかかっている。テレワークの広がりによって、首都圏から地方へ移住するハードルが下がっているのだ。大手企業やベンチャー企業では、場所にとらわれない働き方を推奨しているところが多い。 その結果として、つくば駅や研究学園駅から徒歩60分かかる区画整理地でも、万博記念公園駅やみどりの駅に近い分譲地でも、住宅用地が飛ぶように売れている。 不動産業や住宅販売業に従事する人々の最大の関心事は、「つくバブル」がいつはじけるのかということだ。こんな異常な状態が続くわけがないと考えている人が多いのは、肌感覚でも理解できる。 テレワーク導入企業は今後も増える しかし私は、「つくバブル」は意外にはじけないのではないかと考えている。日本の雇用形態がこれから10年、20年単位の時間をかけて、ジョブ型(職務内容や労働時間を定め、成果で評価する雇用形態)に切り替わっていかざるをえないからだ。 日本企業の圧倒的多数が採用するメンバーシップ型(職務に限定がない雇用形態)では、ジョブ型を採用した企業と比べて、従業員のモチベーション低下が著しい。在宅勤務でも十分に評価されるテレワークを導入する企業は、これからも増え続けていくだろう。 そういった意味では、つくばのポテンシャルは下がりにくい。かつてのバブル崩壊のように、土地価格が急落するという心配は杞憂(きゆう)なのではないだろうか。(経営アドバイザー)

県西4校連合、土浦工 敗れる【高校野球’21】

第103回全国高校野球選手権茨城大会2日目の10日、5球場で1回戦10試合が行われた。土浦・つくば勢は、県西4校連合(筑波・真壁・明野・石下紫峰)が麻生に1-31と5回コールド負けを喫した。土浦工は那珂に3⁻6で敗れた。 4校連合、筑波高の小松崎が得点 笠間市民球場の第1試合は県西4校連合⁻麻生。4校連合唯一の得点は、小松崎誠至(筑波高3年)が挙げた。2回表1死三塁の場面、カウント2⁻2と追い込まれた後のインコース寄りの直球を振り抜き、ショートとレフトの間に落ちる幸運なヒットとなった。「自分のバッティングができ、ランナーを返せて良かった」との感想。 小松崎は前の回、2つのセンターフライを処理したことでリズムに乗った。先頭打者の高いフライに対しては「前へ突っ込めば捕れると思い、試したらうまくいった。練習の成果があった」とのこと。3番打者のフライは難しいバックハンドでのシングルキャッチだったが、これもうまく処理した。 合同チームについては「最後に連合のみんなと野球ができて楽しかった。やっていくごとに楽しい雰囲気になった。先生方にはよく怒られたが、おかげで目の前のプレーに集中できるようになった。その集中力が今日の試合にも生きた」と振り返った。 4校連合の投手は3人の継投。このうち2人目を務めたのが筑波高のアルダヒール・フセイン。183センチ98キロの恵まれた体格から、120キロ前後の糸を引くような直球を繰り出す。ストライクを入れるため5~6割の力で投げたそうだが、6四死球と6暴投が惜しまれた。 父が日本で自動車販売の会社を始めたのを機にイラクから来日。吾妻中ではバスケでNBAを目指していたが、筑波高校にはバスケ部がなく、迷っているときに田嶋一彦監督(当時)に誘われ入部した。 「野球はイラクにはないスポーツ。見たこともなかったが、とにかく遊びでやってみようかと思い、気付いたら半年経っていた」 コロナ禍で一時帰国したこともあり、野球を経験できたのは正味1年ほど。人数もそろわず満足な練習ができない中、昼休みのシャドーピッチングなど努力を重ねてきた。 「人一倍向上心がある。1年でこんなにうまくなる子を見たことがない。最初の頃を知っているので、今日は涙が出るくらい。良いごほうびになったのでは」と田嶋前監督。今2年生だが18歳なので高校野球は今大会で卒業だそうだ。 土浦工、1勝の夢は来季へ 笠間市民球場の第2試合、土浦工-那珂は、3-6で土浦工が競り負けた。6回に飯嶋柊太の2点適時打などで一度逆転するが、エース倉持直輝が8・9回に計5点を失い、再逆転を喫した。 倉持は初回、相手の要注意打者・岩崎快にソロ本塁打を浴びたが、その後はヒットは許すものの失点は許さず、粘り強いピッチングで味方の反撃を待った。 しかし打線は、相手先発投手の荒れ球に狙いが絞れず、5回までノーヒット。「あわててボール球に手を出さず、甘い球を狙おうと伝えた。だが相手もここぞというときはいい球を投げ、チャンスを広げられなかった」と小林悟樹顧問。 そして6回に好機到来。増田康太の右前打がチーム初ヒットになると、富施幸太らが3連続四球を選び、押し出しで1点を獲得。なおも1死満塁から、飯嶋が右翼への二塁打を放った。「先輩がつないでくれたので、しっかり打ってチャンスを生かそうと、ややアウトコース気味のまっすぐを逆らわずセンター方向へ打った。長打は必要ない、1点ずつ返そうと低くて強い打球を意識した」と飯嶋。 だが8回、球数が100球を超えた倉持が打ち込まれる。「序盤から高めに荒れたことが後半の疲れにつながった。負け続けているチームなので、3年生のためにも1試合は勝ちたいと思っていた。また秋にリベンジしたい」と、悔しさをにじませた。 毎年、選手層の薄さに悩んできた同校だが、今年は2年生が9人、1年生も11人入り、練習試合などでは上級生と遜色ないプレーを見せている。同じ出身中学の子たちが誘い合って入り、活気が生まれたことがさらに活気を呼ぶ好循環につながったようだ。 「笑顔で一つ一つのプレーを楽しもう」と、フレンドリーな雰囲気づくりでチームを引っ張ってきた富施主将は、来季のチームに望みを託す。「実力はあるので、チームワークやコミュニケーションを高め、アドバイスにしっかり耳を傾ければ大丈夫。勝利の報告を期待している」(池田充雄)

土浦市職員が新型コロナ 聖火リレーで交通規制

土浦市は10日、同市役所4階の下水道課に勤務する30代男性職員が同日、新型コロナウイルスに感染したことが分かったと発表した。職員は5日に市内で実施された東京オリンピックの聖火リレーで、午後4時10分から6時まで、車の進入を規制する交通規制を担当していた。 男性職員は翌6日、通常勤務した。7日は休暇を取得し、同日夜8時から9時30分まで市役所サッカー部の練習に参加した後、午後11時30分ごろ発熱した。翌8日からは自宅待機しPCR検査を受け、10日に陽性が判明したという。 職員は窓口業務には携わっていないという。同課は10日に消毒を実施し、週明け以降、通常業務を予定している。 職員の感染経路は不明。市は、サッカー部の練習に参加していた職員と下水道課周辺の職員を自宅待機とし、濃厚接触者のPCR検査を実施するとしている。

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