水曜日, 12月 1, 2021
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つくばセンターでシン旧住民のレジスタンス 《映画探偵団》44

【コラム・冠木新市】6月1日。つくば市役所で「つくばセンタービルのエスカレーター設置計画等の見直しを求める要望書」を小久保市議会議長に手渡した(6月1日付)。そのあと懇談し、「センタービルは、つくばが未来に引き継ぐ日本と世界の文化遺産なので、ぜひ守ってほしい亅とお願いした。飯野副市長とも面談、リニューアル計画の進め方や市民広報のあり方など、いくつか提案させてもらった。 6月2日。センタービルを歩いていて、ふと「ソトカフェ」の黒テーブルとイスのそばにある鉄製プレートに目がとまった。よく見ると、「桜村」の文字が刻まれている。これまで気付かなかったとは不覚だった。その文字を眺めながら、当時の人はどういう気持ちでこの文字を刻んだのだろうかと想像した。 側溝のふた(グレーチング)に刻まれた「桜村」の文字 6月3日。NEWSつくばの「市議会・中心市街地まちづくり調査委員会」の記事(6月3日付)を見て驚いた。ホテル側の北エスカレーター1基設置が無くなると出ていたからだ。これまで2基設置を主張していた市議が、1基ヘと意見を変えたからである。あとで某市議に聞いたら、我々の要望書は委員会当日に市議に配布されたが、その前から2基を1基にすると決まっていたようだ。 本欄でセンタービル問題を書いてきたが、最近議会では、エスカレーターは不要だ、見直すべきだ―との声が大きくなっている。市民の声が届いたというより、いったん沈静化を図ろうとしていると考えるのが自然だろう。意見を変えた市議たちは、センタービルは老朽化した建築物だから、どうしようと自由だと考えていたのだ。 6月5日。つくばセンター研究会。私は、この問題は要望書提出で一区切りと思っていた。しかし、総合運動公園建設反対を推進した方から「30年前から住んでいるが、センタービルが文化財であることに初めて気がついた。市民にどんどん語っていかなくてはいけない」と、逆にハッパを掛けられてしまった。

「つくばセンター」に見る満映の影 《映画探偵団》43

【コラム・冠木新市】「広々とした大野原の中に、魔術の如(ごと)く聳(そび)え立つ、豪華な建築—寛城子(かんじょうし)を見た直後なので、狐(きつね)につままれたやうだ。宮殿の如く、銀行の如し」(徳川夢声)。 岩下志麻主演『極道の妻たち』 つくばセンターを象徴する映画は『仮面ライダー』シリーズだとずっと思い込んできた。しかし最近では、同じ東映の『極道の妻たち』シリーズではないかと揺れ動いている。この映画はセンタービル誕生3年後の1986年に公開され大ヒット 。ビデオも売れ、テレビ放映の視聴率も高く、関係者を仰天させた。 日下部五朗プロデューサー、高田宏治脚本、五社英雄監督―このトリオと、題名から受ける印象で誰もがヤクザ映画と信じていた。ところが、任侠・実録ヤクザ映画ブームはすでに終わっている。 岩下志麻主演でその後10年以上続くこのシリーズは、対立組織との抗争で性根の定まらない男性を支える、女性を描いた作品との理解が深まる。つまり純粋な女性映画だったのである。 東映映画史を振り返ってみよう。

シン・住民がやって来る 《映画探偵団》42

【コラム・冠木新市】1993年、「今度つくばに引っ越して来た新住民です」と地元の方に挨拶したら、「新住民は私で、あなたは新新住民ですよ」と訂正された。つくばの歴史を実感させられた瞬間である。だからか、2005年につくばエクスプレスが開通し、移住してきた人を見たとき、「あ、新新新住民だな」と思った。2021年の現在、中心市街地はマンションと住宅の建設ラッシュだ。私は次に来る人たちは、シン・住民なのだと考えている。 シン・住民は、AI中心のスマートシティやスーパーシティを期待する人か、自然中心の自給自足リサイクル社会を志向する人か、気になるところではある。だがそれよりも、シン・住民にとって、センタービルは老朽化した建物に映るか、歴史的文化財アートに映るか、どのように見えるのだろうか。 1983年、世界的注目を集めたつくばセンタービルの住所は、新治郡桜村大字花室字千上前1364番地で、村の中に建っていた。40年ほど前の村人はセンタービルをどう眺めたのだろうか。村の誇りと感じたのか、それとも無関心だったのか。このあたりが調査不足で盲点だった。 三船敏郞主演『七人の侍』 急に『七人の侍』(黒澤明監督)を見る気になったのは、それがきっかけだった。村人の思いを知りたかったからだ。少し見るつもりで見始めたのだが、結局3時間27分全編を一気に見てしまい、改めて世界映画史上の名作だと思った。 『七人の侍』は、戦国の世に百姓たちが侍を雇い、村を襲う野武士の群れと戦う話だ。侍のリーダーは負け戦さ続きの不運な初老の男・勘兵衛(志村喬)。他の6人もしがない浪人暮らしである。この侍たちが金にも名誉にもならない命懸けのボランティア仕事を引き受ける。表向きは侍が主人公だが、物語上は百姓が主人公といえる。侍は戦いのアドバイザーであり、戦いの主体は百姓たち。百姓たちの描写がリアルなため、侍たちの魅力が一層引き立つ仕掛けである。

《映画探偵団》41 いま、つくばは「西部劇」の舞台

【コラム・冠木新市】記念すべき第1回アカデミー賞授賞式は1929年5月16日、米国ロサンゼルスのルーズベルト・ホテルで開催され、玄関には彫刻家コディ・ヒューストン作のブロンズ像が飾られた。この像は西部劇の撮影を表現したもので、ジョン・フォード監督や14人のカウボーイスターの雄姿が彫られてある。長い間、多くのファンに愛された彫刻物だが、いまは米国には残っていない。どこに消えたのか。 実はつくば中心市街地の市民ギャラリー休憩所に無造作に置いてある。説明プレートの右上は欠け落ち、全体を白いテープで止めてある。私が『つくつくつくばの七不思議 サイコドン』(ACCS)でロケしたときには、ゴキブリの死骸を片付けて撮影した。米国から寄贈されたアート作品をこのままにしておいてよいのだろうか。 つくば市民ギャラリーに置いてある西部劇の撮影を表現したブロンズ像 C・イーストウッド監督・主演『許されざる者』 第1回アカデミー賞の翌年1930年の5月31日、後の大スターで名監督クリント・イーストウッドが生まれた。現在90歳になるが、監督・主演の新作に取り組んでいて生きる映画史ともいえる。イーストウッドは日本、欧州で映画作家として認められ、米国では遅れて評価された。最後の西部劇と言われた『許されざる者』(1992)で第65回アカデミーの作品賞と監督賞を授賞した。この作品は正義とは何かをめぐって一筋縄ではいかない内容となっている。

《映画探偵団》40 つくばセンタービルを展望する

【コラム・冠木新市】「今日、真に躍動している中心的存在は科学と政治である。アートと建築は端の方に追いやられ、あたかも余分なもののように感じられる」(世界的建築家・アレッサンドロ・メンディーニ) 世界的な建築写真家・二川幸夫が「つくばセンタービル」にほれ込み、完成から10年後に全40ページの写真集『GA69』(1993年刊)を出版した。18~19ページに見開きで、ノバホール側から見たセンター広場とホテルの全貌が写しだされている。そして、ページ真ん中の奥の方にポツンと小さな「展望塔」が見える。 中心市街地の松見公園に立つ高さ44.4メートルの展望塔は、菊竹清訓の設計で1976年6月1日に開設された。外観から地元では「栓抜き」と呼ばれていたが、展望塔という素っ気ない名称になり、40数年前のつくばの雰囲気をよく伝えている。 この塔に登ると、筑波山とつくばセンター地区が一望できる。不思議なのは、センター地区のセンタービルに視線が向いてしまうことだ。展望塔が出来てから7年後、1983年6月10日に完成した高さ44.85メートルのセンタービル。この2つは一直線でつながっている。同じ時期の6月に完成、ほぼ同じ高さ、素っ気ない名称から、設計者・磯崎新は展望塔をリスペクトして、センタービルを構成したことが理解できる。 『GA69』には、メンディーニが文を寄せている。「何世紀もの歴史が凝縮した未來主義的エジプトスタイルが、たった一つの広場の回りに集められて、建築史の百科事典的シンボルになっている。それは俯瞰(ふかん)的な広い視野の中で作り上げた『信念』のユートピアと言うべきもので、そのユートピアは、現代の不安定さと混沌から類型的、様式的、制度的に保証する限りなく権威ある流れに反するものである」。 市川崑監督『おはん』の2人で1人

《映画探偵団》39 中心市街地はAIそれともaI?

【コラム・冠木新市】10年前に流行していたまちづくりのキーワードは「コンパクトシティ」だった。それが数年前から「スマートシティ」へと変化。さらに昨年からは「スーパーシティ」となった。次は「ムーンショット計画」だそうである。難しいことは分からないが、要はAI(人工知能)を中軸にしたまちづくりらしい。つくば市は、中心市街地をその象徴にしようと考えている様子がうかがえる。だが本当にそれがふさわしいのだろうか。 つくばセンタービルの出入口付近には4つの奇妙な彫刻物が存在する。オレンジ色のaIの文字で、センタービルと広場を象徴する形になっていて、石の堅固な建築に対しポップな彫刻が温かみを感じさせてくれる。 センタービルはL字形(ただし反転文字)だ。広場の楕円形はO。ホテル内の階段は下から見ると平行なのに上から見おろすとVの形。野外ステージ階段を下から見上げるとEの形。つまりセンタービルと広場にはLOVEの文字が隠されているのだ。だからaIは、アイ(愛)であり、遊歩道をアイアイモールとはよく命名したものである。以前、野外ステージで行われていた結婚式を見たことがあるが、神秘的に映りとても感動させられた。 つくばセンター広場ペデストリアンデッキのaI オープンハウスで見たイメージ映像 新型コロナウィルス第3波が襲う年末。つくば駅前のBiVi2階イベントスペースで、中心市街地に関するオープンハウスが2週間にわたって開催された。市民はずいぶんと待たされたわけだが、ほとんど誰もやっていることを知らなかったのではないだろうか。会場にはパネルが飾られ、市民の質問に市担当職員2名が答えるシステムだった。中心市街地とセンタービルに愛着を持つ私は3日も通ってしまった。

《映画探偵団》38 中心市街地で運動公園問題を考える

【コラム・冠木新市】12月6日。ある市議と出会ったので、つくばの中心市街地を運営する予定の「まちづくり会社」について、どうなっているのか尋ねてみた。すると市議は「他の市民からも聞かれているが、自分もまだ市から知らされていない」と答えた。そして、「最近では『まちづくり会社』に疑問を持つ市議が増えている」とも教えてくれた。 同日午後1時。TBSテレビ『噂の!東京マガジン』を見た。「つくば市総合運動公園」の特集だったからだ。約20分の構成は、5年前に運動公園計画に反対し住民投票で白紙撤回させた「つくば市民の会」代表2人への取材と、その後の経過報告。次に東京ドーム10個分の運動公園予定地跡をどうするのか、市議へ質問。①土地売却と活用案の併用②条件付き売却③防災拠点活用案―の意見が紹介された。 そして、番組コメンテーター清水国明氏が、つくば市にRVパーク(キャンピングカーで車中泊ができる場所)を造ったらと提案し、防災拠点にもなると語った。その後リモート出演した市長は「一部は防災倉庫に活用して残りは民間に売却したい」との考えを話した。 これらの話を聞くうちに、私には、中心市街地で行われたイベントの記憶が蘇ってきた。2018年、中央公園の雑木林での「手ぶらでバーベキュー」。2019年、中央図書館隣の空き地での「つくばVAN泊」(キャンピングカーが集まった)。 あのときは、他にいくらでもよい場所があるのに、どうして中心市街地でやるのか不思議だった。しかし、今回のテレビ番組で謎が解けた。これまでの企画は、「総合運動公園跡地利用」への宣伝効果を狙ったものだと考えると一本の線でつながるからだ。 初めて知った「防災拠点=RVパーク」(?)計画と「売却」が悪いのではない。中央メディアで発表する前に、市議や市民へ知らせるべきではなかったかと言いたいのだ。だから私には、土地とキャンピングカーとテント用品などを売るビジネス計画に見えてしまった。

《映画探偵団》37 中心市街地活性化 変わる議論の方向

【コラム・冠木新市】『つくつくつくばの七不思議』と題して、2014年、筑波学院大学コミュニティ講座で話をした。テーマは「伝説と文化を活用したまちづくり」である。「中心市街地つくばセンタービル吾妻篇」では、イタリア人映画監督フェデリコ・フェリーニの『甘い生活』(1960)を例に取り上げた。 『甘い生活』の「ヴェネト通り」 この作品は、作家志望のジャーナリスト・マルチェロ(マルチェロ・マストロヤンニ)が、取材対象を追ってローマをさ迷う話で、街が主役ともいえる3時間の大作だ。深夜、トレビの泉にマルチェロがグラマー・スター(アニタ・エクバーグ)と一緒に入るシーンは、流れ落ちる水の音と相まって神秘的なまでに美しい。 また、ローマの高級レストランやホテルが並ぶヴェネト通りが魅惑的に描かれる。道路には車が駐車、カフェには美女や文化人がたむろし、深夜までにぎやかな場面が映る。誰でも一度は行ってみたいと思わせるような場所に見えてくるのだ。 事実、映画が公開されると、フェリーニに何人もの外国人から電話がかかり、ヴェネト通りに連れていってほしいと懇願されたという。だがフェリーニ自身もめったに行かない場所だった。実は、ヴェネト通りは一部分を除き映画のセットとして建てられたもので、現実とはまるで異なる通りだった。架空の場所に近いといってもよい。 ところが、「映画の『甘い生活』に応じて本物のヴェネト通りが一変してしまい、私が映画のなかで与えたヴェネト通りに迫ろうと猛烈な努力をしたのである」(フェリーニ著『私は映画だ』)。つまり映画のイメージが現実のヴェネト通りに影響を与え、映画のような光景になってしまったわけだ。

《映画探偵団》36 センタービル改造資金13億円の使いみち

【コラム・冠木新市】つくば市議会の9月定例会で、1人の市議が「つくばセンタービル改造計画」に疑問を投げかけた。議会が終了して数日後、「いがらし立青活動報告第8号」(9月19日付)がポストに入っていた。表紙には「ソトカフェ始まりました!」、裏には「中心市街地に関する取り組み/センタービル・センター広場のリニューアル」との記事が出た。 次は、「広報つくば10月号」(10月1日付)に、初めて内容を発表するかなと想像した。しかし「ソトカフェ」と「中央公園の噴水」のことしか出ていなかった。 議会で質問した市議のチラシ(10月2日付)が投げ込まれた。「今年度中につくば市は市税6000万円投入」「アイアイモールの場所と地下市営駐車場(資産価値14億~16億円)を現物出資してまちづくり会社を設立し、貸しオフィスを運営させる予定です。まちづくり会社の経営収支も工事内容も明らかになっていません。市民の意見を取り入れ再考を!」とあった。 10月2日(金)と3日(土)の夕方5時から8時過ぎまで、ソトカフェに行き友人とビールを飲んだ。人はまばらだった。三密を避けるのだからそれはよい。しかし、あまりにも暗い空間だ。せめて照明を用意するとか、広場を囲むようにイスとテーブルを配置するとか、もうひと工夫あってもよいのではないかと思った。ビールの店も早々と店じまいしてしまった。そんな暗い空間である映画を思い出した。 マーロン・ブランドの『ゴッドファーザー』 美人の娘をレイプされた父親が、犯人のチンピラを殺して欲しいとマフィアのボス、ビト・コルレオーネ(俳優はマーロン・ブランド)の暗い書斎で懇願する。外では、陽光の下コルレオーネの娘の結婚式が盛大に開かれている。庭と家の中の明暗の対比が絶妙な効果をあげていた。これはマフィアの権力闘争と家族史を描いた有名な『ゴッドファーザー』(1972)の導入部である。

《映画探偵団》35 つくばにはモンローがよく似合う?

【コラム・冠木新市】20年前、女子短期大学で講師をしていたとき、『モンローとヘップバーン』をテーマに取り上げた。マリリン・モンローは1926年、オードリー・ヘップバーンは1929年の生まれ。2人は同時代に活躍し共通の映画人たちと仕事をしている。初めのうち、学生の好みはヘップバーンが多かったが、講義終了時になるとモンローファンが急激に増えていった。モンロー作品の変遷を追い、演技に対する真摯(しんし)な姿勢を知ると、馬鹿な娘役は高度な演技であることが見えてくるからだ。 つくば市のイメージキャラクターに、2人のどちらかを選ぶとしたらどうだろうか。『ローマの休日』(1953)で王女に扮(ふん)したヘップバーンを大多数の人が選ぶことだろう。だが、市の中心市街地に建つセンタービルには、さりげなくモンローのイメージが組み込まれているのだ。 モンローカーブと呼ばれる外壁の曲線はいくつもある。ホテル棟のドアの取っ手のくねっとした形は、モンローを模している。また、ロビーに無造作に置かれた黒い椅子は背もたれが波うち、モンローチェアと呼ばれている。そのほか、滝の流れ落ちるステージにもモンローカーブがある。きっと、建物内部にも思わぬ所にあると思う。 ビル設計者の磯崎新は、なぜこんなにもモンローにこだわったのか。映画探偵としてこの疑問を考えてみた。モンローの代表作を俯瞰(ふかん)すると、《水》と関連している作品が多くあることに気付く。 《水》:《滝》《海》《河》 『ナイアガラ』(1953)は、腰を振って歩くモンローウォークが有名だが、物語の背景は雄大な《滝》である。『紳士は金髪がお好き』(1953)は豪華客船が舞台で、《海》の旅が描かれる。『帰らざる河』(1954)は、西部劇で不実な恋人を追い、《河》をさかのぼる話だ。『七年目の浮気』(1954)は、名無しのCMガールと中年男が主人公で、モンスター映画『大アマゾンの半魚人』(1954)の、川のイメージを活用して語られている。

《映画探偵団》34 仮面ライダーの聖地を守れ!

【コラム・冠木新市】1971年に始まったTV映画『仮面ライダー』シリーズは、来年で50周年目を迎える。この間、何度か映画化もされ、世界中に多くのファンを獲得してきている。仮面ライダーとは、世界征服をたくらむ秘密組織ショッカーが、本郷猛という青年を科学技術で改造しようとした怪人である。しかし、完全に改造される前に脱出、逆にショッカーと戦う正義のヒーローとなった。 仮面ライダーを作画した漫画家・石森章太郎は、バッタの目玉と髑髏(どくろ)を混ぜ合わせた顔をもつ不気味なキャラクターに仕立てた。放映当初の人気は今一つだったが、本郷猛が腕を高く上げ、「変身トゥーッ!」の気合いで仮面ライダーとなり、サイクロン号のバイクに乗り、自分と同類の奇っ怪な敵をライダーキックで倒すうちに、子どもたちに爆発的な人気が出た。 その後、仮面ライダー2号、V3と続々仲間が誕生し、現在に至っている。これらの仮面ライダーと怪人たちが戦いを繰り広げるロケは、30年ほど前から幾度となく、つくばセンタービルで行われきた。原始的でもあり近未来的でもあるセンタービルは、善と悪が陣地取りするのには絶好の背景なのだ。 私も『仮面ライダー』の撮影現場を度々目撃している。いや撮影だけではない。仮面ライダーは「まつりつくば」などのショーにも出演し、センタービルと一体感のあるお馴染みのキャラクターとなっている。また仮面ライダーのゲームにも、リアルに描かれたセンター広場やノバホールが出てくる。つくばで暮らす私には、現実と虚構が溶け合った奇妙な空間となっている。 特撮ファンは、茨城県魅力度最下位の報道に接したとき、おかしいと感じたはずである。センタービルは仮面ライダーの聖地として全国で認知されていたからである。 センタービル秘密改造計画が進行中?

《映画探偵団》33 つくばセンタービル 磯崎新の設計思想

【コラム・冠木新市】東京ディズニーランドのシンボル、シンデレラ城が新型コロナウイルスで休園中に改修された。シンデレラ城は、ドイツのバイエルン国王ルードウィッヒⅡ世によって創られたノイシュバンシュタイン城をモデルにしたものである。東京ディズニーランドと同じく1983年に完成した「つくばセンタービル」も、実はノイシュバンシュタイン城の影響を受けて創られている。 「狂王ルードウィッヒが純粋に快楽のために建設したこの折衷主義のあだ花、キッチュの権化ともいうべきノイシュバンシュタインは、いまでは確実にポピュリズムの核心にある。《つくばセンタービル》の複合体が独自の象徴作用をなすためには、私はキッチュ的な要素の使用も辞すまい、と考えたことも事実である」「私はノイシュバンシュタイン的なものへ接近する道を歩んでいたのかもしれない」(磯崎新編著『建築のパフオーマンス』PARCO出版局) 「こんな面白いところが、入場料もとらずに開放されているなんて、信じられない」と言った人がいた。私も30年ほど前から、毎日のようにセンタービルを眺めてきたが、見飽きないし、少しも古びないのは驚きである。晴れた日には、3棟のビルの表面がきらきら輝き、美しいかぎりだ。さらに、1000人以上入るホールがあるのに、巨大さを感じさせないのはなぜだろうか。 なかでも中央の楕円形の広場、いや、庭は実に刺激的だ。何もない空間だからである。だが、東洋的なこの庭は、西洋的な3棟の建物を際立たせている。しかし、権力、財力、名誉を求める人にとっては、廃墟をイメージするような空間は腹立たしさを覚えるのに違いない。力を暗示するシンボルが存在しないからである。 霞ケ浦を模した階段から流れる水は、つくば市の位置に相応する中央へと流れ落ちる。センタービルの空っぽの庭は、創造性を触発する器であり、水が主役なのである。私などは、崩れかけたような岩山に大魔神が埋め込まれているのではないかと、つい想像してしまう。 大映の『大魔神』ドーム屋根案を踏み壊す?

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吾妻鑑に見る常陸守護、八田知家 《ひょうたんの眼》43

【コラム・高橋恵一】都道府県魅力度最下位・茨城県の地元ひいきの立場からすると、鎌倉時代から戦国末期まで、筑波地方を支配した小田氏の祖、八田知家(はった・ともいえ)の知名度を上げる必要があると思う。 知家の茨城での評価は、出自不明で旧来の支配者、大掾多気(だいじょうたけ)氏をだまして領地を奪ったなどとする評価がつきまとっている。知家の親は、宇都宮座主(ざす)の八田宗綱(むねつな)で、領域南端の五行川と小貝川が合流する手前(旧下館市)の「八田」に居館(きょかん)を置き本拠の地としていた。 源義朝(みなもとのよしとも)が下野守(しもつけのかみ)であったこともあり、八田宗綱や小山政光(おやま・まさみつ)と源義朝とのつながりは深く、小山政光の妻(寒河尼=さむかわのあま=八田知家の姉)は、頼朝の乳母になっており、知家は、保元の乱で源義朝に従って少年武者として戦闘に参加している。頼朝(よりとも)の挙兵に、小山一族や宇都宮一族がいち早く駆け付け、頼朝から信頼される御家人となった。宇都宮・八田氏一族と小山氏一族は連携して、鎌倉幕府を支える強力な勢力を保った。 頼朝は、富士川の戦いに勝利すると、まず、関東を抑えることを優先した。当時、常陸国は平氏の知行国であり、大掾多気氏を本宗(ほんそう)とする常陸平氏一族と那珂川以北を治める佐竹氏は、平家の家人として頼朝追討の指示を受けており、反頼朝あるいは日和見の立場にあった。 頼朝は、常陸国の国府まで出向いて、佐竹氏を降伏させ、鎌倉への帰途に「八田館」に立ち寄った。吾妻鑑(あずまかがみ)には、「小栗重成(おぐり・しげなり)の小栗御厨(おぐりのみくりや)の八田の館」とあるが、御厨の荘官が小栗氏であり、御厨エリアの中にある八田氏の舘を指していると読むのではないか。小栗氏は小栗に館を持っており、極めて近い八田に別の舘を持たないであろう。源頼朝が立ち寄ったのは信頼度の高い八田氏の居館とするのが自然だろう。 奥州攻めの東海道大将軍に

絶滅危機と観測継続に立ち向かう 国立環境研 寄付金専用サイト立ち上げ

国立環境研究所(つくば市小野川)は30日、寄付金受け入れのための専用サイトをリニューアル公開、特に「絶滅の危機にひんする野生生物の遺伝資源保全」と「全国の調査員を募集して行う生物季節モニタリング」の2つのプロジェクトに注力する。研究力強化、社会貢献、環境人材の育成などを目的に、8月に寄付金制度を改正、研究テーマなどから使途をあらかじめ特定し、一般に支援を呼び掛ける募集特定寄付金が設けられたことから、先行する2プロジェクトで活用を図った。 このうち生物季節モニタリングは、日本全国に市民調査員を募集し、気象庁が行ってきた生物季節観測を継承しつつ、現代的な形で発展させるネットワーク構築を目指している。モニタリング調査員の募集は、8月から始まっており、すでに392人が応募している。寄付金は、調査道具や旅費の支給など多くの調査員に参加してもらえるような体制つくりや自動観測技術の開発に役立てる考えでいる。 生物季節観測は、季節の遅れ進み、気候の違い・変化を的確に捉えることを目的に、観測方法を統一して気象庁が1953年に開始し、全国の気象台・測候所58地点で57種の動植物を対象に開花や初鳴きなどを観測してきた。しかし、近年は気象台・測候所周辺の生物の生態環境の変化から、標本木の確保や対象種を見つけることが困難となるなどして、2021年以降、植物6種目9現象だけを残してその他の観測が廃止された。継続しての調査は各方面から望まれたことから、国立環境研究所は気象庁、環境省と連携して、新たな「生物季節モニタリング」を立ち上げた。 環境研気候変動適応センターの辻本翔平特別研究員は「一度は無くなってしまった全国規模での観測体制をぜひ再構築して次の世代につなげたい。気候変動から継続が難しくなったものだが、気候変動だからこそ観測し続ける意義がある」と研究所の動画チャンネルに出演して寄付を呼び掛けている。 「野生生物の遺伝資源保存」寄付金募集のページ=同 もう1つの「野生生物の遺伝資源保存」は絶滅危惧種の細胞(体細胞や生殖細胞)を生きている状態で凍結保存するプロジェクト。これによって絶滅危惧種の生理機能や遺伝情報を安定的な状態で将来に残すことを目指している。

長大など4社グループに決定 つくば・洞峰公園の整備運営事業者

パークPFI制度(公募設置管理制度)を活用して洞峰公園(つくば市二の宮、約20ヘクタール)を整備・運営する事業者を公募していた茨城県(8月15日付)は、2022年度からの整備運営事業者を、大手総合建設コンサルタント会社、長大(東京都中央区)を代表法人とする「洞峰わくわく創造グループ」に決定した。 構成法人は▽イベント企画運営会社「TSP太陽」(東京都目黒区)▽会員制総合スポーツクラブ運営会社「東京アスレティッククラブ」(東京都中野区)▽現在、指定管理者として洞峰公園を管理・運営している「筑波都市整備」(つくば市)の計4社。 選定委員会(委員長・町田誠公園財団常務理事)が10月25日、最終決定した。募集のコンセプトである「研究学園都市にふさわしい総合公園として、自然樹林や洞峰沼を生かしつつ、スポーツや様々なレクリエーション活動が楽しめる拠点」にふさわしい提案だと評価された。応募は、わくわく創造グループのみだった。 事業期間は来年4月1日から最長20年間。10年間で更新する。 ドッグラン、BBQ、グランピングも 創造グループの事業コンセプトは「新たな洞峰公園ライフの創出~すべての講演利用者がわくわくできる公園づくり」。これまでの豊かな自然や美しい景観など既存ユーザーに愛され続ける公園づくりに加え、にぎわい創出による新たな利用者層を誘致できる公園づくりに取り組む。

黄色いイチョウ、翡翠色のぎんなん 《土着通信部》47

【コラム・相澤冬樹】銀杏を「いちょう」と読めば街路樹、「ぎんなん」と読めば農作物になる。前者はほぼ雄(オス)の木が並木を作り、後者は雌(メス)の木が畑に植わっている。雌雄異種といい、公園や社寺の古木は雌雄入り乱れる(?)形だ。イチョウ栽培歴30年、農事組合法人、つくば銀杏生産組合(石岡市半田)代表の櫻井和伯さん(66)にウンチクを含め語ってもらった。 組合名にある銀杏は「ぎんなん」。櫻井さんが土浦、石岡の圃(ほ)場で栽培しているのは久寿、喜平などの接種済銀杏樹木(接ぎ木で繁殖した雌木)で、販売もしている。これまでに県内外に1万本近くを植えてきた。かたや自宅わきの加工場で生産しているのは「実」の方、食用の部分は種子の中にあり、厳密に言えば「胚乳」という。9月半ばになると櫻井さんの植えた銀杏畑から、栽培農家が果肉を削いだ銀杏の種子を持ち込んでくるので、蒸して殻を割り「実」を取り出した上で選果する。 加工後の色合いが特徴的。「翡翠銀杏(ひすいぎんなん)」と呼んで商標登録している。最上級ランクの「特選翡翠」は鮮やかなグリーンをしている。黄味が加わるほどに「翡翠(ライトグリーン)」「シャトルルーズイエロー」と並ぶラインアップ。分かりやすいたとえでいうと「枝豆から大豆への色合いの変化に似ている」、味は未熟感に好みが分かれるが「まろやかさ」が身上という。 蒸して冷凍保存で緑色を保つ翡翠銀杏 鮮やかなグリーンや未熟感にはわけがある。ぎんなんは実が青いうちに、落果を待たずに収穫してしまうのだ。機械で一気に実を落とす。今年の場合で9月18日ごろから摘み取りが始まり、特選翡翠は最初の10日間が勝負、次の10日間だとライトグリーンになってしまう。手早く収穫し、蒸す加工で黄化にストップをかけ、冷凍保管して出荷を待つ形だ。 市場出荷はしておらず、スーパーや小売店では購入できない。櫻井さんによれば「固有名称は勘弁してほしいが、高級ホテル、レストランを中心に取り引きしている」そうだ。翡翠銀杏は素揚げや天ぷら料理などで提供されているという。高級食材だ。