木曜日, 8月 18, 2022
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イノシシ -検索結果

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つくばの市街地にイノシシ出没

つくば市の市街地にイノシシが出没している。11月初旬から12月初めに天久保4丁目、学園の森、天王台付近で相次いで目撃された。農村部ではイノシシによる農作物被害が大きな問題になっているが、街中でイノシシが目撃されるのは同市で初めてだ。市や警察は連日パトロールを実施している。現時点で被害の報告はない。 市鳥獣対策・森林保全室によると、11月4日、松塚と古来で目撃された。その後、7日に筑波大学近くの天久保4丁目の住宅地で目撃され、20日と21日には学園の森の商業施設周辺で目撃された。11月25日から12月4日には天王台で目撃された。 大きさなどは不明だ。これまで市内各所で目撃されたイノシシが同じ個体なのか、別の個体なのかなども分かっていない。 目撃場所付近では、市と警察などが巡回を続けているほか、学園の森付近では目撃場所近くにわなを設置している。3日までにまだ捕獲されていない。 「初期段階の対策重要」

野生イノシシに豚熱ワクチン散布 13市町で

茨城県畜産課は、野生イノシシに免疫をつけることで豚熱(CSF)感染を防止するため、今月19日から6月10日まで、国や市町村、猟友会などと連携し、野生イノシシに対する経口(餌)ワクチンの野外散布を実施している。 散布市町村は、栃木県境寄りにあり野生イノシシが生息している大子町、常陸大宮市、城里町、笠間市、桜川市、石岡市の6市町と、渡良瀬遊水地から利根川沿い河川敷の古河市、境町、五霞町、坂東市の4市町。 さらに豚熱感染個体が確認された守谷市、取手市、常陸太田市の3市など、県下全域に及ぶ。 経口ワクチンはイノシシが生息する山林等の土中に埋める。トウモロコシなどを材料としたビスケット状の餌の中にワクチンを封印したもので、国の食品安全委員会で安全評価された成分や食品でできているという。 既に県内では野生イノシシに豚熱感染個体が確認されている。このため県は、豚飼育施設に入る予定があり、山林に入った場合は、山林から出る際、消毒液などで靴底等に付着した土を洗い流すなどの防止策を講じてほしいと呼び掛けている。(山崎実) 経口ワクチン散布市町と作業スケジュールは以下の通り。▽守谷市=5月19日(餌付)、27日(散布)▽常陸太田市=5月25日と27日(餌付)、6月1日と3日(散布)▽大子町、常陸大宮市、城里町、笠間市、石岡市、取手市、桜川市、古河市、境町、五霞町、坂東市=6月1日、3日、8日、10日(いずれも散布)

天候不順にイノシシ被害、コロナ禍にもめげず 筑波山麓で稲刈り

【相澤冬樹】稲刈りシーズンも最終盤、つくば市神郡の「すそみの田んぼ」で26日、NPO法人つくば環境フォーラム(田中ひとみ代表)による体験学習会「谷津田と森のガイドツアー」が開かれ、市民参加の稲刈りが行われた。筑波山麓の山すそに開かれた田んぼは今年、天候不順やイノシシ被害に悩まされた上、コロナ禍から市民参加による活動もままならず、悪戦苦闘の中、収穫の秋(とき)を迎えた。 学習会で多様な生態系をアピールする田中代表=同 すそみの田んぼは「生きものと共存するコメ作り」を掲げ、同フォーラムが2006年から取り組んでいる谷津田再生事業。例年秋には多くの家族連れを集め、収穫祭を兼ねての体験学習会を開いてきたが、今回は新型コロナ対策から大人限定で呼びかけ、約10人の参加で行われた。 細草川上流の「田んぼ」には、ホタルやカエル、タガメなど水生生物をはじめとする生きものが多数生息する。乾田化することのない谷津田は、多様な生態系を維持する環境だが、大型の農業機械が入らず手間がかかるため、農業者の高齢化に伴い全国的には耕作放棄が広がっている。同フォーラムでは約0.8ヘクタールの田んぼを隣りの山林と合わせて借り、あぜ道を作り、耕起した上で、主に手植えや手刈りによる稲作を行ってきた。田んぼボランティアや田んぼオーナーなど市民参加で通年プログラムを運営している。 今季はコロナ禍で、5月上旬に行う田植えイベントから縮小を余儀なくされ、栽培スケジュールが間延びした。全面無農薬栽培による稲作を実現できたが、天候不順、特に7月の長雨、日照不足が生長に大きな影響をもたらした。稲穂の実入りが思わしくないという。 加えてイノシシの出没時期が例年より早まり、8月から活動が見られるようになった。山側からの進入に備えて鉄製のフェンスを張り巡らしたが、今季は川側から二度にわたり侵入された。特に古代米の被害は甚大という。台風の直撃がなかったことで、倒伏イネは少なかったが、天候不順とイノシシ被害から、「作況指数でいったら50に満たないのでは」(スタッフの永谷真一さん)という最悪の状況になった。

狩りガール押し立てイノシシ狩猟 県がコンテストと体験ツアー

【相澤冬樹】茨城県がイノシシ狩猟コンテストを行っている。亥年(いどし)の今季が初開催。元年度の「狩猟者登録」を行ったものが参加でき、新年2月15日まで県内で捕獲したイノシシ限定で体長の大きさを競う。 県民以外でも参加できるが、茨城県で狩猟者登録を行い、県内で捕獲した体長(尾の付け根から鼻の先までの長さ)100センチ以上のイノシシが対象になる。捕獲方法はわな猟、銃猟になるが、国の補助金が出ている有害鳥獣捕獲許可と指定管理鳥獣捕獲等事業で捕獲したイノシシは対象外となる。 参加者は捕獲したイノシシを横たわらせ、メジャーで採寸する写真を撮って応募する。コンテストは、体長に後ろ足長を加算したポイントを基準に審査し、上位入賞者を決める。第1位は最優秀狩人賞として10万円相当の副賞が贈られるのをはじめ、5位までを表彰。女性参加者の第1位には狩りガール賞(副賞5万円相当)、応募数が最も多かった者には特別賞として県猟友会長賞(副賞5万円相当)が出る。 県によれば、県内のイノシシによる農作物被害は17年度に約1億5000万円で、前年から約3割増加し、獣類全体の8割以上、鳥獣全体の約3割を占めた。さらに最近は市街地にまで出没し、通学や日常生活の安全安心の観点から看過できない状況になっている。 対策の強化が求められる一方で、捕獲の担い手となる狩猟者は20年前に比べてほぼ半減した。狩猟免許所持者の約7割が60歳以上と高齢化も進んでいるなど、全県的に担い手の確保が大きな課題となっている。 このためコンテストは、狩猟の意義や役割を広く発信し、理解を深めてもらうとともに、少しでも多くの人に捕獲の担い手になってもらう機会と位置づけ実施する。この際「大型獣を駆除するほど個体数の減少に効果があるという研究結果もある」(県自然環境課)ことから100センチ以上を対象にした。現在わな猟、銃猟合わせ延べ4000人近くが参加資格を持つという。 定員超えの狩猟ツーリズム コンテストは県の主催、県猟友会の協力で行われるが、応募や問い合わせの窓口は旅行代理店が担っているのが異色だ。同店では今季の猟期中、2回に分けて「狩りガールと行く狩猟体験ツアー」(主催は県)を企画・催行しており、第1回の「わなプラン」は今月7、8の両日、城里町で行った。 箱わなの架設見学やイノシシの解体体験に29人が参加、土浦市から3人、つくば市から1人の参加もあった。全体で20代、30代からそれぞれ2ケタの参加者があり、底辺拡大の目的は一部果たした。来年2月8、9日には第2回「銃プラン」の開催が予定されており、こちらは1月17日の締め切りを前に募集定員超え、抽選が必至となっている。 問い合わせはJTB水戸支店(電話029-225-5233)

【亥年折り返し】㊦ 昨季イノシシ500頭を捕獲 つくば市、国道125号をめぐる攻防

【相澤冬樹】つくば市では2018年1月、沼田のつくばりんりんロードで、地元住民がイノシシに襲われケガをする事件があり、4月には金田のさくら運動公園、桜中学校付近で目撃情報がもたらされ、緊張が走った。ここまでくると、学園地区とは目と鼻の距離である。 同市が、イノシシを対象とする鳥獣害被害防止計画を作成したのは2017年度。担当は農業政策課だが、猟友会などと連携した捕獲対策は環境保全課が所管する。19年度までの3カ年、毎年160頭から210頭の捕獲を計画していた。 18年前半の事故と目撃情報から、筑波山ろくの地区長を中心に駆除の要望が高まった。イノシシは11月から翌年3月までが猟期で、銃器とワナによる捕獲体制が強化された。市内には猟友会支部が3地区にあり、協力を呼びかける一方、市も山林上空にドローンを飛ばすなどして生息分布を探り、ワナの適正配置に役立つよう情報を流した。 結果、18年度の捕獲頭数は一気に500頭、計画頭数の倍以上に達した。市環境保全課は「地元にお願いした自助努力の成果が表れた」と胸を張った。筑波山ろくに並行して小田、北条を走る国道125号を越えての目撃情報もぱたり途絶えており、筑波山域への封じ込めには成功しているとみている。地元からも「被害も減っているようだ」(六所地区)と好感されている。 しかし、同課は「手放しでは喜べない」としている。農研機構のイノシシ研究者、仲谷淳さんが指摘していた「捕獲数が多い地域ほど被害も多くなる」状況の可能性を否定できないからだ。500頭もの捕獲がこの先の状況をどう変化させていくか、動向を見守りつづける必要がある。20年度からの鳥獣害被害防止計画の作成に向け、被害情報の収集、狩猟免許取得者の拡大などに取り組んでいる。 仲谷さんによると、イノシシは元来平地を好む生き物なので、山に追い込み、正面から防御すると脇から遠回りに漏れ出す生態がある。筑波山ろくの防御線は土浦市に入ると、旧新治村を通る県道つくば千代田線に変わる。しかし旧土浦市の今泉地区あたりまで侵入跡がみられることから、平地への越境はすでに始まっているようにもみえる。さらに同市東部、市街化が進むおおつ野地区でも出没したとの情報がある。 耕作放棄地や放棄果樹園などを足場に、市街地へ侵入してくると市民生活への影響も懸念される。「市街地では発砲もできず、わなも仕掛けられない。交通事故や安全対策など被害は農地や農作物にとどまらなくなる」(仲谷さん)。 土浦市農林水産課では、「筑波山域には実際、どれほどの生息数がいるのか、実態を計れないところが悩み」という。同市の防止計画はかすみがうら市と共同で19年度に策定。イノシシについては18年度の被害額439万円を21年度に307万円まで減らす目標を立てた。捕獲数の目標は年間150頭。同課によれば、15年以降、直接的な予算は年間250万円ほどで、毎年100頭前後を捕獲してきた。生息実態がつかめないため、これらの計画数値が適正かの判定もできかねているのが実情のようだ。

【亥年折り返し】㊤ フロントラインは県南にあり 農研機構イノシシ研究者が警告

【相澤冬樹】亥年(いどし)も折り返し。農作物を食い荒らすイノシシ対策の研究に長年取り組んできたつくばの研究者は、捕獲や防除柵の設置対策は、誤ると被害を増加させる可能性があると指摘する。茨城県は現在、県南の未生息地にまで分布が広がるかのターニングポイントに立っており、このフロントラインを突破されると全国1、2を争う被害県となるかもしれないという。イノシシを止める手立てはあるのだろうか。 被害が出てからでは遅すぎる 警告を発しているのは、農業・食品産業総合研究機構(農研機構)専門員、仲谷淳さん(63)。イノシシ研究歴は西日本農業研究センター、中央農業研究センターを通じ40年を超える。仲谷さんによれば、農業産出額に占めるイノシシ被害の割合(被害率)で、現在西日本は東日本の4倍程度高いが、近年は茨城、千葉の被害額が拡大しており、茨城県は2001年の30位から、17年には10位に順位をあげた。この増勢が懸念材料だ。 イノシシ対策には、猟銃や檻(おり)による「捕獲」、柵を設置しての「防除」、食物や隠れ場所を取り除く「環境整備」の3対策があるが、いずれも中途半端では被害の拡大につながるおそれがあるという。 実際、捕獲数が多い地域ほど、被害も多くなる傾向がみられる。「統計的に、檻で除去できるのは生育頭数の半数以下にとどまる。ある地域で、1年目に100頭捕獲して次の年200頭捕獲したという場合、取り逃がしたイノシシは1年目には100頭以上だが、2年目には200頭以上。コストをかけて被害を拡散させていることになる」。捕獲数の増加は単純には喜べない。生息数増加の反映とも考えられ、むしろ警戒すべきべき状況とも言える。 防除柵も、設置した場所の被害は着実に減少する。しかし、柵の設置を計画的に進めなければ、押し出すようにイノシシを里や街の中へと誘導し、被害を拡散させてしまう。「江戸時代の対馬藩では、年貢確保のため細切れに柵で囲った中へのイノシシを追い込み、駆除する殲猪令(せんちょれい)という強硬手段で絶滅を図った」(仲谷さん)というが、島の中だからできたことだし、現代社会ではここまでの徹底は難しい。 近年、耕作放棄地が増えて、イノシシは山間から山里へと勢力を拡大し、平地まで下りてきている。全県的にみるとこの分布生息域は行方市や潮来市、稲敷市などに広がって目撃や捕獲例が見られるようになり、放置すれば県南都市部へ進出する勢いという。そのフロントラインがつくば市だと旧筑波町の筑波山ろく、土浦市では旧新治村域を超えて今泉地区あたりに達している。 仲谷さんは「そこを突破されると被害は農作物にとどまらず、対策費も増大する一方となる。予防対策こそ重要で、そのラインに合わせて、捕獲・防除・環境整備の3つの基本対策を連携して徹底的に実施する必要がある」とアピールする。すなわち、被害が出てからでは遅すぎる、見つけ次第捕獲、除去する早期対策が望まれるという。 しかし、被害が出ていない段階で、行政が予算措置を講じて対応に動くのは容易でなく、問題提起にとどまってしまいがちだ。(つづく)

初日の出イメージし赤いイノシシに 筑波学院大で年賀状コンペ

【橋立多美】筑波学院大学(つくば市吾妻)の来年の年賀状デザインを決める2019年賀状コンペの表彰式が17日同大で行われた。グランプリに輝いた経営情報学部2年の小松崎匠さんと、準グランプリの菅野萌々子さん(同学部2年)に大島愼子学長から賞状が授与された。 同コンペは同大の師走行事で、今年で6回目。グランプリ作品は同大の年賀状に用いられるという。学長、学部長らが審査にあたり、親しみやすく新年の明るさがあり、大学の年賀状にふさわしい作品が選ばれる。今回は11人の15作品の中から選ばれた。 グランプリを獲得した小松崎匠さんは「初日の出をイメージして丸っこいイノシシを赤にした。グラフィックデザイナーを志望しているが受賞したことで公共に関する作品づくりに自信がついた。大学の年賀状に使われることは光栄で、襟を正していきたい」と話した。 準グランプリの菅野萌々子さんの作品は、画像データに変換した和紙を背景に12頭のウリ坊が輪を描く。「紙の暖かさが好きでバックに和紙を用いた。ウリ坊は1頭ずつ歩き方に違いを持たせ、輪で『和』を表現して新年への思いを込めた」と話してくれた。 経営情報学部ビジネスデザイン学科の高嶋啓准教授は「来年の干支のイノシシをモチーフに、親しみやすい大学のイメージを伝えるデザイン性の高さが買われた」と受賞作を評価した。

犬からイノシシへ 東筑波ユートピアで干支引き継ぎ式

【斉藤茂】石岡市吉生の動物園「東筑波ユートピア」で20日、今年の干支の戌(いぬ)と来年の亥(い)=イノシシ=の引き継ぎ式が行われ、同園のマスコット犬「りく」(柴犬)と、この夏同園で生まれたというイノシシが仲良く式に臨んだ。 式典は同園のエントランスに祭壇を設けて行われ、2頭が他の動物を代表して筑波山神社(つくば市)と神名神社(石岡市)の宮司から幸せと健康の祈願を受けた。 2頭は終始、おとなしくして式典に臨んだ。式典後、同園オーナーの小川高広さん(80)が2頭の頑張りに感謝して両脇に抱きかかえると、互いに鼻を突き合わせてそれに応えるなどほほえましい光景も。取り囲んだ報道陣や見物客らが盛んにシャッターを切っていた。 同園ではテレビ放映をきっかけに全国の大勢の動物ファンから寄せられた募金約5800万円を元に現在イノシシランドを整備しており、来年3月には約40頭のイノシシを一般公開する予定。 小川高広さんは「動物園の運営は決して楽ではなく、赤字続きで何度も止めようと思ったが、今年は全国から励ましの声が届き、若いスタッフたちも意を強くしている。来年はイノシシが活躍してくれることを期待している」と、笑顔で今年を振り返っていた。

イノシシランド開設へ 東筑波ユートピア

【斉藤茂】石岡市吉生の動物園「東筑波ユートピア」が来年のえと亥(い)=イノシシ=にあやかり、イノシシ専用の放牧場の整備に乗り出している。来春オープンを目指している。 東筑波ユートピアは旧八郷地区の小高い山の中腹にあり、13㌶の園内にはニホンザルやクマ、ポニー、クジャクなど約30種類の動物が飼育されている。目玉のお猿の演芸ショーをはじめ、近年はウサギやドックラン、猫カフェなど小動物との触れ合いコーナーに人気が集まっている。 イノシシランドが設置されるのは動物園の頂上部の傾斜地で、かつてニホンザルを飼育していたエリア。しかし管理小屋や周囲のフェンスが老朽化したため、閉鎖状態が続いていた。今回はこの施設を大幅にリフォームし、現在40頭ほど飼育しているイノシシを公開する一方、子供のウリボウとの触れ合いなども楽しんでもらう方針。 具体的には1㌶の外周を囲う古いフェンスを新調し、入園者の周遊路や監視小屋、休憩所、ふれあい広場などを整備する。一帯は国定公園に指定されているため施設の配色や音、構造などに配慮。神経質なイノシシの生態も考慮し、自然に近い飼育環境を整えていく。 工費約5000万円は全額が寄付金。今年に入って数回、テレビの動物番組で同園が紹介され、これをきっかけにクラウドファンディングを立ち上げたところ、全国から寄付の申し出が殺到した。 オーナーの小川高広さん(80)は「これまで毎年赤字続きだったが、来年こそは入園者を増やし、経営を安定させたい。3月にはイノシシの元気な姿をお披露目させたい」と語り、農家にとっては厄介者の存在に大きな期待を寄せている。 ◆入園料は大人1200円、子供720円。年中無休。

《くずかごの唄》22 異常気象の夏 野生のイノシシも異常に

【コラム・奥井登美子】「異常気象が治まりますように」。オゾンの神様、二酸化炭素の神様、いろいろな神様にお祈りしなければならないと思ったけれど、どうしていいか解らないので、桜川市真壁の五所駒瀧神社にお参りにいってみた。 この神社は歴史のある神社で、巨木の森に囲まれ、敷地の中の苔むした石が千年の歴史を語っている。ここへ来ると、いつも自然の懐に抱かれたような、しみじみした豊かな気持になれるのであった。 しかし、今回は違っていた。苔むした大小の石がいたるところに乱雑に散らばっていて、苔がむき出しになってしまっている。広い境内の中が何か異常なのだ。宮司の奥様、桜井まゆみさんが説明してくれた。 「今年の夏の異常気象で、山の木の実がいつもと違うのでしょう。イノシシが子供を連れて、こちらの生活にお構いなく出てきて、田んぼの稲は全滅。境内の石をひっくり返して、中のミミズを採って食べたり、柿の実をもいだり、メチャメチャです」 「こんなに、イノシシに荒らされた年は初めてで、何だかとても怖いです。野生のイノシシだけに、何か地球の異常を感じているのかしら」 とうとうクーラーに頼る 今年の夏は、1946年の気象観測以降、最も暑い夏だったそうである。私も生れて初めて体温より高い気温を体験し、今まで自宅には外壁にツタを這わせてクーラーをつけずにがんばってきたのに、生命の危険を感じて、とうとうクーラーをつけてしまった。テレビのニュースでも、熱中症の危険をしつこく報じていた。 日本人の老若男女すべての人が、生命を守るために、異常気象と防災を意識しながら生活しなければならない時代に入ってしまった。これは日本の歴史始まって以来はじめてのことである。オゾン層の破壊、海水温の変化など、地球全体を視野に入れて行動しなければならない。 もうすぐ、つくばで「世界湖沼会議」が始まる。われわれは日常生活の中で何をすればいいのか真剣に考えなければならないと思う。(随筆家)

みんなが協力しての文明生活 《遊民通信》27

【コラム・田口哲郎】 前略 以前から、今の生活水準を維持するのに必要な文明の利器は何だろうか?と考えていました。それは電力、水道、気密性の高い住居、空調、温水洗浄便座だと思います。電力と水道水さえあれば、たとえこの地上にたったひとり取り残されても、家にこもればなんとかなりそうです。空調と温水洗浄便座はぜいたく品でしょうが、一度使ったら空調・温水洗浄便座以前には戻れません。科学技術が人間生活を快適にしましたが、その基盤は電力と水道水が築いたものです。でも、人はたったひとりでは、どうにもなりません。 ヒストリーチャンネル制作の「人類滅亡 Life after people」という番組があります。コンセプトは人類が突然消滅した想定で、その後の都市の様子をシミュレーションするというものです。なんとも不気味な設定ですが、いろいろ考えさせられる内容でもあります。 人類消滅の翌日からさまざまな変化が起こり、自然が都市を侵食し始めます。植物がはびこり、ペットが野生化し、かつての都会は動植物王国になる。そして消滅後50年後あたりからランドマークが次々と崩壊します。たとえば、ロンドンだとビッグベンやロンドン橋が、ワシントンだとホワイトハウスが、フランスだとエッフェル塔が無残にも崩れ落ちるのです。 現実にはあり得ないことが次々に映し出され、目が離せません。最後はだいたい人類消滅後300年後の街がただの森林になってしまうという結末です。CGがリアルでまるでそこにいるような感覚になります。 人はひとりでは生きられない 人間がいなくなってまず起こることは、停電です。その停電に復旧はありません。これは大問題です。明かりがなくなります。とりあえず、発電機を確保するでしょうが、近くのガソリンスタンドは電力がなければ燃料補給の役に立たないでしょう。 水道も止まります。スーパーマーケットをはしごして水や食料を得ることで当面はしのげると思います。でも住む場所を移していかねばなりません。10年もすると川にかかる橋は崩落するでしょう。すると移動もできなくなります。定住して農業をすると言ってもノウハウがありません。野犬やイノシシにおびえながら暮らすのです。 絶対の孤独の中で、沈む夕日を眺めながら思うことでしょう。みんながいての自分なのだと。見知らぬ人が電気をつくり、水をつくり、科学技術を発展させてくれているからこその今の生活です。 岸田首相が所信表明演説で「早く行きたければ1人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」ということわざを引用しました。先達が築き上げてきた快適な生活のありがたさをかみしめつつ、人間が厳しい自然の中で生きていくこととは何か? 人間が集団で社会を築く意義は何か? を考えることは、今こそ大切なのかもしれません。我々は、普段気にしていませんが、実はとてももろい文明の中で生きているのです。ごきげんよう。 草々(散歩好きの文明批評家)

みんなが協力しての文明生活 《遊民通信》27

【コラム・田口哲郎】前略 以前から、今の生活水準を維持するのに必要な文明の利器は何だろうか?と考えていました。それは電力、水道、気密性の高い住居、空調、温水洗浄便座だと思います。電力と水道水さえあれば、たとえこの地上にたったひとり取り残されても、家にこもればなんとかなりそうです。空調と温水洗浄便座はぜいたく品でしょうが、一度使ったら空調・温水洗浄便座以前には戻れません。科学技術が人間生活を快適にしましたが、その基盤は電力と水道水が築いたものです。でも、人はたったひとりでは、どうにもなりません。 ヒストリーチャンネル制作の「人類滅亡 Life after people」という番組があります。コンセプトは人類が突然消滅した想定で、その後の都市の様子をシミュレーションするというものです。なんとも不気味な設定ですが、いろいろ考えさせられる内容でもあります。 人類消滅の翌日からさまざまな変化が起こり、自然が都市を侵食し始めます。植物がはびこり、ペットが野生化し、かつての都会は動植物王国になる。そして消滅後50年後あたりからランドマークが次々と崩壊します。たとえば、ロンドンだとビッグベンやロンドン橋が、ワシントンだとホワイトハウスが、フランスだとエッフェル塔が無残にも崩れ落ちるのです。 現実にはあり得ないことが次々に映し出され、目が離せません。最後はだいたい人類消滅後300年後の街がただの森林になってしまうという結末です。CGがリアルでまるでそこにいるような感覚になります。

ハチマンタロウにやられた? 《続・平熱日記》91

【コラム・斉藤裕之】今年は庭のブルーベリーが驚くほどの豊作だ。ところが、喜び勇んで実を採っていると、枝の間に入れた腕を何者かにチクチクと刺される。その痛みは独特で尋常ではない。とはいえ、次々と熟す実は収穫しなくてはならない。なにせ、袋いっぱいの実は知り合いのカフェのスイーツの材料として引き取られ、ランチと引き換えの手はずになっているのだから。 「ハチマンタロウにやられた?」と、カフェのマスター。茨城ではそう呼ぶらしい。毛虫の仕業ということはわかっていたが、イラガという蛾(が)の幼虫で、虫を触らずとも全身から毒液や毒針を発射するらしい。「デンキムシ」とか「ヒリヒリガンガン」とか、いろんな呼ばれたりするらしいが、洗ったり薬をつけてもなかなか痛みが治まらない。 目に見えないほどの毛虫の毒液とあっては避けようがない。だから、手袋と手甲をして完全防備で摘み取ることを覚えた。それにしてもハチマンタロウとは、たかが毛虫にしてはたいそうな名前で気に入った。 そこで思い出すのが「キンタロウ」だ。故郷山口の日本海側。萩や長門あたりの海沿いを走っていると、このキンタロウに出会うことができる。炭火の上で焼かれる、小ぶりの赤い魚がキンタロウの正体だ。一夜干しにしてあって、とてもおいしい。カミさんは今でもたまに「キンタロウ食べたい!」とつぶやくことがあるほど。正式名称は「ヒメジ」という魚。多分流通にはのらない雑魚だが、こちらもかわいらしい名前だ。 オッコトヌシとキンタロウ! ここまでくると、もう一丁「〇〇タロウ」といきたいところだ。いろいろ考えてみるが、古くは漫画の主人公、食べ物のチェーン店などに多く、またワクチン担当のタロウやボルサリーノをかぶったタロウなど、やはりタロウは伝統と安定感があるのか、政界では割と好まれるらしい。 そういえば、前総理のお父さんも「シンタロウ」だったか。私の場合は、母親によく「寝タロウ」と言われていたことを思い出す。しかし、3年寝たあとにお金を儲ける寝タロウとは違って、私は「プータロウ」となってしまうのだが。 さて話は戻って、恐らく、毛虫が「ハチマンタロウ」と呼ばれるようになった理由があるはずだ。何かのきっかけで、ある限られた地域や家族の中でしか通じない呼び名が使われることがあるように。 最近耳にして気に入っているのが、弟の嫁さんが魚のカワハギの頭につけた呼び名「オッコトヌシ」。アニメに出てくるイノシシの親分だが、なるほどそっくりである。酢醤油でいただくと、イノシシ同様、ほほ肉は美味だとか。まずは尾頭付きのカワハギをさばいて料理をしなければ、出会うことはないと思うが。 「今日の夕飯は?」「オッコトヌシとキンタロウ!」。ことばひとつで、暮らしは楽しくなる?(画家)

ハチマンタロウにやられた? 《続・平熱日記》91

【コラム・斉藤裕之】今年は庭のブルーベリーが驚くほどの豊作だ。ところが、喜び勇んで実を採っていると、枝の間に入れた腕を何者かにチクチクと刺される。その痛みは独特で尋常ではない。とはいえ、次々と熟す実は収穫しなくてはならない。なにせ、袋いっぱいの実は知り合いのカフェのスイーツの材料として引き取られ、ランチと引き換えの手はずになっているのだから。 「ハチマンタロウにやられた?」と、カフェのマスター。茨城ではそう呼ぶらしい。毛虫の仕業ということはわかっていたが、イラガという蛾(が)の幼虫で、虫を触らずとも全身から毒液や毒針を発射するらしい。「デンキムシ」とか「ヒリヒリガンガン」とか、いろんな呼ばれたりするらしいが、洗ったり薬をつけてもなかなか痛みが治まらない。 目に見えないほどの毛虫の毒液とあっては避けようがない。だから、手袋と手甲をして完全防備で摘み取ることを覚えた。それにしてもハチマンタロウとは、たかが毛虫にしてはたいそうな名前で気に入った。 そこで思い出すのが「キンタロウ」だ。故郷山口の日本海側。萩や長門あたりの海沿いを走っていると、このキンタロウに出会うことができる。炭火の上で焼かれる、小ぶりの赤い魚がキンタロウの正体だ。一夜干しにしてあって、とてもおいしい。カミさんは今でもたまに「キンタロウ食べたい!」とつぶやくことがあるほど。正式名称は「ヒメジ」という魚。多分流通にはのらない雑魚だが、こちらもかわいらしい名前だ。 オッコトヌシとキンタロウ! ここまでくると、もう一丁「〇〇タロウ」といきたいところだ。いろいろ考えてみるが、古くは漫画の主人公、食べ物のチェーン店などに多く、またワクチン担当のタロウやボルサリーノをかぶったタロウなど、やはりタロウは伝統と安定感があるのか、政界では割と好まれるらしい。

銘酒をつなぐ伝統の水戸線 《茨城鉄道物語》11

【コラム・塚本一也】茨城県を最初に通った鉄道は東北線であり、県内で最初に開業した鉄道も実は常磐線ではなく、水戸線であることは以前お話ししました。昔は、茨城県民は水戸線を使って小山回りで東京へ行っていたようです。水戸線の歴史は古く、2019年1月16日で開業130周年を迎え、JR水戸支社では当時、盛大にイベントを開催しました。そんな水戸線の沿線は、歴史に裏打ちされたように、県内有数の酒蔵がラインナップされております。 茨城県は日本有数の酒どころであり、大小合わせると県内に約45の酒蔵があります。茨城県酒造組合の資料によれば、北から久慈川水系、那珂川水系、筑波山水系、鬼怒川水系、利根川水系と、5つのカテゴリーに分類されるようです。その酒蔵地帯を、那珂川水系から筑波山水系を経て、鬼怒川水系へと県を横断するようにつないでいるのが水戸線なのです。 例えば、始発の水戸駅近辺には、私の好きな「一品」を造る吉久保酒造、明利酒造、木内酒造があります。少し走ると、笠間の須藤本家、笹目宗兵衛商店があり、稲田に着けば「稲里」の磯倉酒造があります。さらに筑西市に入ると、来福酒造、真壁の村井酒造、西岡本店などが軒を連ねます。そして終点に近づき、結城駅周辺にはこれまた私の好きな銘酒「武勇」を造る武勇と結城酒造が控えております。 お座敷列車で日本酒をチビチビと… このように、沿線にこれだけ数多くの酒蔵がそろっている路線は大変珍しく、これを観光に生かせないものかと思慮しているところであります。夏になるとビール列車を走らせるという企画は、地方ローカル線でニュースになることがあります。しかし、「日本酒列車」では酔いが回るのが少し早すぎるような気もするので、お座敷列車でチビチビとやりながら、のんびりと旅行するような企画がよいのかもしれません。 また、お酒にはそれに合ったつまみが、ご当地の食文化としてもてはやされます。ブルーチーズと赤ワインのように、お互いを引き立てる地元の名産品をセットで用意すべきでしょう。昨今話題となっているジビエ料理で、何か開発はできないでしょうか? イノシシのジャーキーなんかは、辛口の日本酒に合うような気がするのですが、私の好みになってしまいますね。(一級建築士)

銘酒をつなぐ伝統の水戸線 《茨城鉄道物語》11

【コラム・塚本一也】茨城県を最初に通った鉄道は東北線であり、県内で最初に開業した鉄道も実は常磐線ではなく、水戸線であることは以前お話ししました。昔は、茨城県民は水戸線を使って小山回りで東京へ行っていたようです。水戸線の歴史は古く、2019年1月16日で開業130周年を迎え、JR水戸支社では当時、盛大にイベントを開催しました。そんな水戸線の沿線は、歴史に裏打ちされたように、県内有数の酒蔵がラインナップされております。 茨城県は日本有数の酒どころであり、大小合わせると県内に約45の酒蔵があります。茨城県酒造組合の資料によれば、北から久慈川水系、那珂川水系、筑波山水系、鬼怒川水系、利根川水系と、5つのカテゴリーに分類されるようです。その酒蔵地帯を、那珂川水系から筑波山水系を経て、鬼怒川水系へと県を横断するようにつないでいるのが水戸線なのです。 例えば、始発の水戸駅近辺には、私の好きな「一品」を造る吉久保酒造、明利酒造、木内酒造があります。少し走ると、笠間の須藤本家、笹目宗兵衛商店があり、稲田に着けば「稲里」の磯倉酒造があります。さらに筑西市に入ると、来福酒造、真壁の村井酒造、西岡本店などが軒を連ねます。そして終点に近づき、結城駅周辺にはこれまた私の好きな銘酒「武勇」を造る武勇と結城酒造が控えております。 お座敷列車で日本酒をチビチビと… このように、沿線にこれだけ数多くの酒蔵がそろっている路線は大変珍しく、これを観光に生かせないものかと思慮しているところであります。夏になるとビール列車を走らせるという企画は、地方ローカル線でニュースになることがあります。しかし、「日本酒列車」では酔いが回るのが少し早すぎるような気もするので、お座敷列車でチビチビとやりながら、のんびりと旅行するような企画がよいのかもしれません。 また、お酒にはそれに合ったつまみが、ご当地の食文化としてもてはやされます。ブルーチーズと赤ワインのように、お互いを引き立てる地元の名産品をセットで用意すべきでしょう。昨今話題となっているジビエ料理で、何か開発はできないでしょうか? イノシシのジャーキーなんかは、辛口の日本酒に合うような気がするのですが、私の好みになってしまいますね。(一級建築士)

アライグマ対策追い付かず 捕獲数13年で166倍超、防除は住民任せ

茨城県の「第2次アライグマ防除実施計画」が31日に期限を迎える。特定外来生物に指定されるアライグマは、「生態系への被害防止のため最終的には野外からの完全排除を目標として防除を行う」とする県の説明の一方で、防除対策は住民に任され増加に歯止めはかかっていない。次年度以降の対策はどうなるのか。県は「4月中旬頃を目安に正式な公表を予定」していると説明する。 9頭が1499頭超に 2月末の段階で、今年度に県全体で捕獲されたアライグマは1499頭。増加傾向が顕著になった2007年度は、わずかに9頭だった。茨城で初めて野生のアライグマが観測されたのが1994年。個体数の増加とともに生息域も広がった。 国により2009年「特定外来生物」に指定されたアライグマは、生態系への影響が強く危惧され、対策の緊急性が高いことから、2016年には「緊急対策外来種」のリストにも載った。県内ではつくば市、土浦市を含む12自治体が、最もアライグマが定着しているとの想定から「重点防除対応地域」になっている。「防除」とは、「予防と駆除」を同時に行うことを意味する。 県によると農業関連の被害額は、2019年度が約855万円。被害が顕著なイノシシによる被害額が9000万円であることに比べるとまだ少ない。全国的には2000年に3600万円だったものが、2018年は3億7500万円に増えている。 県は2010年、アライグマ防除実施計画を策定し対策を進めてきた。2016年には改めて5カ年間の「第2次アライグマ防除実施計画」を再策定した。その間も、捕獲された個体数は増加の一途をたどっている。

《邑から日本を見る》73 安倍政治を検証する(3) 農業・沖縄に冷たかった!

【コラム・先﨑千尋】安倍政治は農業、農民にとってどうだったのか。安倍前首相はかつて「美しい日本」という表現を使った。その美しい日本は、自然豊かな風景と農山村、風光明媚(めいび)な海岸線などから形作られている。そこには昔から人が住み、農業、林業、漁業をなりわいとして生きてきた。江戸時代には「百姓は生かさぬように殺さぬように」という言葉があったが、民百姓はその中身はともかく、生きてきた。 今はどうか。ここで細かい数字を挙げることは控えるが、第1次産業といわれる農業、林業、漁業いずれでも、専業で暮らしている人はほんのわずかしかいない。理由は簡単だ。それでメシが食えない、生活できないからだ。それだけではない。山間部では「挙家離村(きょかりそん)」によって集落が消滅しているところも出てきている。 現日本郵政社長の増田寛也氏は、その著『地方消滅』で、864の市町村が消滅すると警鐘を鳴らしているが、田畑、山林が荒れ、イノシシなどが跋扈(ばっこ)し、小さな漁港も消えてしまっている。それを「美しい国」と言うのか。「美しい日本」を維持するために安倍政治は何をしたというのだろうか。自分の故郷を見よ。 安倍前首相は「岩盤規制にドリルで穴を開ける」と豪語した。そして農業つぶし、農協つぶしに走った。国会の議決によってではなく、規制改革推進会議という首相のお仲間の人たちが農業現場の声を無視し、大規模化や生産・流通の自由化、農業への企業参入、農協制度の見直しなどを進めていった。 とどめは、環太平洋経済連携協定(TPP)に反対した全国農協中央会(全中)を解体してしまったことだ。「美しい」という言葉とはまったく逆のことを安倍政治はやってきた。 安倍政権が「岩盤」と言う農村社会は、人々が弥生時代から山野を切り開き、作物を育て、家畜を飼い、自然と共生しながら文化を育み、地域社会を維持してきた。それをズタズタにしたのが安倍政治だ、と私は断罪する。 「地方自治体に抑圧的な政権」 安倍政権は地方の声を拾い上げることもしてこなかった。その典型は沖縄であろう。世界一危険な普天間飛行場を名護市辺野古に移設する計画に対して、沖縄県民は県民投票や相次ぐ国政選挙でノーの声を上げ続けてきた。 しかし、安倍政権は「辺野古が唯一の選択肢。それ以外は国の安全保障に反する」と言うだけで、議論を封殺し、他の選択肢を与えない。すり寄ってくる知事や自治体には予算の大盤振る舞いをし、反対の声を上げ続けた翁長知事には面会すら拒否した。 「丁寧な説明をする。県民に寄り添っていく」と言い続けながら、実行されたことはなかった。「歴代で最も沖縄に冷たい首相。これほど地方自治体に強権的、抑圧的な政権はなかった」と沖縄の識者たちは訴えている。 沖縄、そして日本のために政権がやるべきことは、わが国にとって屈辱的な日米地位協定の改定だ。首都東京上空の制空権はいまだにアメリカが持っている。コロナ患者の米兵がこの国に自由に出入りしている。米兵が犯罪行為をしても、基地内に逃げ込めば、わが国は手出しできない。 お隣の韓国や北朝鮮には強いことを言い続けていながら、武器の爆買いなどでもわかるように、アメリカには先方の言いなり。これで独立国と言えるのか。悲しいことだ。(元瓜連町長)

《邑から日本を見る》73 安倍政治を検証する(3) 農業・沖縄に冷たかった!

【コラム・先﨑千尋】安倍政治は農業、農民にとってどうだったのか。安倍前首相はかつて「美しい日本」という表現を使った。その美しい日本は、自然豊かな風景と農山村、風光明媚(めいび)な海岸線などから形作られている。そこには昔から人が住み、農業、林業、漁業をなりわいとして生きてきた。江戸時代には「百姓は生かさぬように殺さぬように」という言葉があったが、民百姓はその中身はともかく、生きてきた。 今はどうか。ここで細かい数字を挙げることは控えるが、第1次産業といわれる農業、林業、漁業いずれでも、専業で暮らしている人はほんのわずかしかいない。理由は簡単だ。それでメシが食えない、生活できないからだ。それだけではない。山間部では「挙家離村(きょかりそん)」によって集落が消滅しているところも出てきている。 現日本郵政社長の増田寛也氏は、その著『地方消滅』で、864の市町村が消滅すると警鐘を鳴らしているが、田畑、山林が荒れ、イノシシなどが跋扈(ばっこ)し、小さな漁港も消えてしまっている。それを「美しい国」と言うのか。「美しい日本」を維持するために安倍政治は何をしたというのだろうか。自分の故郷を見よ。 安倍前首相は「岩盤規制にドリルで穴を開ける」と豪語した。そして農業つぶし、農協つぶしに走った。国会の議決によってではなく、規制改革推進会議という首相のお仲間の人たちが農業現場の声を無視し、大規模化や生産・流通の自由化、農業への企業参入、農協制度の見直しなどを進めていった。 とどめは、環太平洋経済連携協定(TPP)に反対した全国農協中央会(全中)を解体してしまったことだ。「美しい」という言葉とはまったく逆のことを安倍政治はやってきた。 安倍政権が「岩盤」と言う農村社会は、人々が弥生時代から山野を切り開き、作物を育て、家畜を飼い、自然と共生しながら文化を育み、地域社会を維持してきた。それをズタズタにしたのが安倍政治だ、と私は断罪する。

ニホンジカ情報提供呼び掛け つくばでも15年に捕獲

【山崎実】明治から大正時代に茨城県内から絶滅したとされるニホンジカが近年、県内各地で目撃されている。県と市町村は、ニホンジカの情報提供を呼び掛けている。 県は昨年7月、県境を超えて「福島・茨城・栃木連携捕獲協議会」を設立した。県内でも今年2月に「県ニホンジカ情報連絡協議会」を設立するなど、ニホンジカ侵入の厳戒体制に入った。 農作物などへの被害対策としては、イノシシ捕獲が行われているが、ニホンジカは農作物だけでなく、樹皮剥ぎなど森林にも被害を及ぼすことが報告されている。 特に近年は、過疎化や狩猟者の減少などから、イノシシ、ニホンジカなどの野生生物の生息域が拡大傾向にあるという。 県内では、2015年11月につくば市内でオスが捕獲された情報がある。昨年5月には結城市内でオスが、11月には県北の久慈川支流・里川周辺を中心に目撃情報があった。今年1月には龍ケ崎市でオスが目撃されている。 生息域の拡大は、まず最初にオスが入り、その後メスが入ってきて繁殖するパターンで、一気に増加するという。茨城県の場合、捕獲または目撃された個体がすべてオスであることから、侵入は初期段階と見られている。

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明治初めの悪疫除け節《くずかごの唄》114

【コラム・奥井登美子】古い引き出しの中から、「悪疫除けひとつとや節」「明治12年7月9日虎列刺(コレラ)病予防商議として出縣申付候事 茨城縣」の2枚の紙が一緒に出てきた。 明治12年に茨城県にコレラ病が流行して、その時に皆が口ずさんだ「ひとつとや節」なのかも知れない。読めない字ばかり、ギクシャクしながら、何とか読んでみると、143年前なのに、今のコロナにも当てはまる部分がチラチラ。 そのころの日本人は流行病も唄にしてしまっていたのだ。テレビで、コロナの「ウイルス除けひとつとや節」をやれば、面白いに…。 悪疫除けひとつとや節(作者 清水近前人) 1つとや ひとをそこねるコレラ病 撲滅(ぼくめつ)させるはじん力ぞ 2つとや ふだん注意を怠るな 喰物(くいもの)衣類を清潔に

つくばのパスタ専門店「ルーク」 《ご飯は世界を救う》50

【コラム・川浪せつ子】新しい飲食店巡りがスキです。今回は、ズゥ~と前から気になっていたお店「ルーク パスタリストランテ」(つくば市台町)。ファサード(建物の正面)がとてもカワイイので、訪ねたかったのですが、4車線の右折道路を超えないと入れない場所。我が家からだと、とても行きにくいお店でした。 でも今回、意を決して、遠回りして右折しなくてもよいようなルートで。11時半からというので、開店5分前に行くと、先客さんの車2台。店主さんお1人でやっている、インテリアも良い感じの空間でした。 スパゲティーは日替わりと定番メニュー。絵を描く、そして、舌を満足させる。描くのは難しいけど、大好きな「カルボナーラ」を注文! ネットの黒板には白墨の絵 ルークさんに行く前に、ネットで下調べ。そうしたら、毎日、ブラックボードに白墨(はくぼく)で、絵が描かれているのを見つけました。なかなか良い感じ。こういうセンスって、お料理にも出ますね。 食後、ちょっと店主さんとお話。7年前に開店したことや、コロナで大変だったことなど。頑張ってほしいお店でした。

市長リコール請求を断念 署名集まらず つくばの市民団体

つくば市が旧総合運動公園用地(同市大穂、46ヘクタール)を外資系物流不動産会社、グッドマンジャパンに一括売却する問題(6月21日付)で、売却に反対し五十嵐立青市長のリコール(解職)を求める署名運動を実施(7月8日付)していた市民団体「つくば市長リコール住民投票の会」(酒井泉代表)は16日記者会見し、署名が1028筆(15日時点)しか集まらなかったとして、リコール投票の請求を断念すると発表した。 同会は7月11日から8月10日までの1カ月間、署名を集めていた。リコールの賛否投票を請求するには、有権者数の3分の1以上の6万4658人以上の署名が必要だった。 酒井さん(73)は「(売却は)議会も通さず、市民の意志表示の機会がなかった」とリコール運動を実施した理由を改めて話し、署名が集まらかった原因については「自分の住所、氏名、生年月日などの個人情報をさらけ出すことに抵抗もあったと思う。6万筆なんて集まるはずないのに、負け戦に参加することに恐怖もあったと思う」とした。 さらに「これまで新聞にちらしを3回折り込んだが、1割くらいしか読んでおらず、(売却により)学園都市がなぜ存亡の危機か、ほとんどの人が理解してなかった。理解している人でも、リコールまでやる必要はない、全市的な問題ではないという意見もあった。110億円で売れたからいいじゃないという話も随分聞いた」などと述べ、「問題提起をするのが役目だったが、我々の役目が足りなかった」と話した。 酒井さんは「私が中学生の時(筑波研究学園都市の)用地買収がスタートし、その時の地元の苦悩を見ている。反対が多かったが地元が受け入れたのは、世界に遅れないよう研究学園都市をつくるという明確な理念が国にあったから。その後、成田闘争があったが、当時つくばが成田闘争のようなことになっていたら、研究用地を売却することなどできなかったと思う」と振り返り、「(研究学園都市建設から)たった50年で研究用地を売却するとはどういうことか。研究用地の売却は工業団地の売却とは違う」「50年経って、そもそも研究学園都市がどんな理念でつくられたかを知る人は、我々の世代しかいなくなっているのかと思う」とし「市民に気付いてもらう努力はこれからも続けたい」と語った。 今後については、用途地域の変更などつくば市が今後実施するさまざまな法的手続きに意見を言っていくほか、つくば市と係争中の、売却の違法性を訴える住民訴訟に力を注ぎたいとした。リコール運動についても「(状況によって)何度でも繰り返しやる」と強調した。

コーヒーの花が咲いた《続・平熱日記》116

【コラム・斉藤裕之】妻が亡くなった。長い間の闘病の末、最後は自宅で娘たちと一緒に過ごし眠るように旅立った。この数年は妻と毎週のように出かけ、相変わらず口ゲンカをしたりもしたが、彼女は残された時間を知っているかのように身の回りを片付け、子供達の喪服まで買いそろえ、公共料金の支払いの口座からネットフリックスの解約のことまで事細かに「パパへの申し送り」として書きまとめていた。 良き医者にも恵まれ自宅療養を選んだ妻。ちょうど夏休みに入って最後の1カ月は寝起きを共にしてやれた。そしてアトリエにベッドを置いて寝たいというので、猛暑の中アトリエを片付けて希望通りにしてやった。ある朝、アトリエからトイレに行くのに少しだけ敷居があってつまずきそうになるので、ベッドをアトリエから隣にあるリビングダイニングへ移動した。しかしその後、妻はトイレに行くことはなかった。 親兄弟だけのささやかな葬式。娘たちは花の好きだった妻をたくさんの花々で飾り、妻の好きだった曲をブルートゥースで流した。私は何も棺の中に入れてやるものを思いつかないでいたが、その朝探して見つけたつゆ草の青い花を入れてやった。 葬儀の前夜。にぎやかにお酒を飲みながら、思い出話をしているときのことだ。長女が話し始めた。「パパのどこが好きなの? あんなクソジジイなのにって聞いたの」。すると妻は答えたそうだ。「いろんなことがあるけど、パパの絵を見ると許せるの。ママはパパの絵が大好きなの」。 その言葉を聞いた瞬間、涙があふれてきた。芸大の同級生であった妻は、私の絵について今まで一言も口を出したことはない。すぐそばでずっと見ていただけ。これまでの不甲斐(ふがい)ない人生がこの瞬間に報われた気がした。絵を描いていいんだと思った。人生最高の宝物となったこの言葉を胸に。 白犬「ハク」と、妻と行った場所へ