《留学生エッセー》4 前向きに生活 日本人の優しさのおかげ

一時帰国して透明なフブスグル湖を訪れたザヤさん(2015年撮影)

経営情報学部経営情報学科4年
ダバドルジ・アムガラン・ザヤ

私はモンゴルの首都ウランバートル生まれのダバドルジ・アムガラン・ザヤです。5年前の22歳の春、モンゴルから直線距離で3070㎞離れた成田空港に1人で到着しました。インターネットで探した取手市の日本語学校で2年間日本語を勉強し、2015年に筑波学院大学経営情報学部ビジネスマネジメント学科に2年生から編入しました。4年生になり、就職活動中です。

■日本の漫画読み興味

私が日本に興味を持ったのは、高校生の時にモンゴル語に翻訳された日本の漫画を読んだことです。その後、国際コミュニケーションを学ぶ大学に入学して日本のことを勉強。日本に留学したいという気持ちが大きくなり、両親が支援を約束してくれました。

日本の事情を知ったつもりでしたが、来日して困ったのが医療のかかりかたと携帯電話の入手でした。モンゴルの病院では日常的な病気や軽いケガなども診てくれます。日本でも同じだろうと、生理痛が辛くて総合病院に行ったらクリニックを利用するように言われました。また、心配している両親に連絡したいと携帯ショップに行きましたが、言葉が通じない上にプランが複雑で契約できず、日本語学校の先生が間に入ってくれました。手に入れるまでの3週間はとても不便でした。

日本語の上達と生活するために工場やコンビニ数店でアルバイトをしました。工場では何度でも仕事を教えてくれ、コンビニではお客さんが怒ると店のスタッフがかばってくれたりと、日本人の優しさのお陰で前向きに生活を送ることができました。

様々な国の留学生と出会い、一緒に大阪や京都などの観光地を見学し、日本の文化や歴史が分かるようになりました。どこに行っても治安が良く安心して旅が楽しめました。

■守る人でき強くなった

一昨年秋、霞ケ浦観光の船上にて撮影

2年前につくばで働くモンゴル人と結婚しました。モンゴルでは家族をとても大切にします。だから大好きな母国と家族から離れて留学するのは人生での大きな冒険でした。今は多くの国の中から日本を選んで良かったと思えるし、守らないといけない家族ができて強くなったと思います。

私は兄と弟との3人きょうだい。一人娘の私の留学を許してくれた両親にありがとうの気持ちでいっぱいです。これからも日本で働いて生きていきます。私はもう大丈夫。