《世界に生きる》1 無くなる仕事 これまでも これからも

成田空港

大島愼子さん

【コラム・大島愼子】AI(人工知能)時代には現在の仕事の何割も無くなるといわれている。これは現在始まったことではなく、私の職業人生でも多くを見聞きしている。私はドイツの航空会社に長年勤務したが、1970年代から21世紀までに実に多くの仕事が消えた。

まず、航空会社の背景は軍需産業であったこともあり、1960年代から国際航空運送協会(IATA)の国際電話回線(SITA)を通じて、テレックスでコミュニケーションをしていた。スケジュール変更から乗客の情報、社内文書、予算折衝なども瞬時で海外や国内支社、また航空他社間で交信していた。テレックスオペレーターは専門職で、我々の文書をテレックス用に印字していたが、コンピューターが各自の机に導入された70年代に、この職種が消えた。自分で現在のパソコンのように英文入力すれば、通信は容易になったのである。

インターネットのメールが登場する20年も前である。同時に管理職付の秘書やタイピストも消えた。スケジュール管理や書類制作が各自で可能になったからである。航空会社の専門職では、航空券の料金計算、特に海外の都市を含むと複雑な料金であり、これは職員の特技であったが、コンピューターが自動計算し、ついでに航空券の発券の必要も無くなり、発券課は消えた。

ルフトハンザの航空券

生産性と効率を追求する世界企業

驚きなのは、90年代に私の勤務していたルフトハンザドイツ航空は、予約課を縮小し、全世界で4つのセンターに統合した。世界初である。日本は、日本事務所に電話をすると自動的に電話回線がメルボルンに飛び、現地の6時になると電話はロサンゼルスに飛ぶ。企業にとっては超過勤務手当を支払わなくても、顧客にとっては24時間営業となった。

メルボルンにアジアのセンターが出来た理由は、それまで極東を統括している日本で英語能力を求めると、アルバイトでも時給が高いからである。同時に、ドイツ本社の財務の中心は、インドに移された。ヨーロッパと時差が少なくインド人は英語が堪能、IT能力が高いからである。

グローバル企業は、必要な仕事を最適な地域に移して生産性と効率性を求めるのである。航空会社は格安航空会社(LCC)が80年代に登場したことにより、90年代末にはアライアンス(包括提携)を結び、空港業務も縮小した。成田空港の第1ターミナルはスターアライアンスであり、全日空がルフトハンザやユナイテッドという他社の業務を請け負う。

AIと言わなくても、縮小、廃止されている仕事は沢山ある。では、どう生き延びるか。生き延びる力のある人材をどう育てるか。この課題を追求しながら次回には教育を語る予定である。(筑波学院大学 学長)

【おおしま・ちかこ】米DePauw Univ.を経て、早稲田大学第一文学部卒。同大学院経営学修士。ルフトハンザドイツ航空客室乗務員、人事担当、広報室長を経て、2006年に筑波学院大学教授。12年から学長。筑波技術大学監事、日本広報学会理事、日本インターンシップ学会理事、日本国際観光学会前副会長、NPO法人Japan Now観光情報協会理事長。専門は航空政策・観光政策。著書に「ドイツおいしい物語」「飛翔へのロマン」(東京書籍)など。