《邑から日本を見る》24 このごろの農村風景


【コラム・先﨑千尋】Aさん ご無沙汰しております。あの暑かった夏を無事乗り越えられたでしょうか。親友のM君は熱中症になり、数日間点滴を打ってしのいだようで、他人事ではありません。今日、別便でわが家の新米、栗、ミョウガを送ります。ご賞味ください。

知っての通り、わが家の田んぼは5反歩。谷津田で、水は天水。「五反百姓」と自称しています。この40年余、化学肥料を一切使わないできました。収量は周りよりも落ちますが、食味は一味違うと思っています。いつもは5月の連休に植えて、彼岸前後に刈り取りなのですが、今年は夏の異常な暑さのために1週間ぐらい早くなりました。

栗は縄文時代の常食だったようですが、朝に1時間くらい拾っています。ミョウガは、冬に木の葉(落ち葉)をたっぷりかけるので、鮮やかな紅色が自慢です。

落ち葉と言えば、かつてはこの辺りでは木の葉さらいは冬仕事の一つで、堆肥にしていたのですが、140軒あるこの集落で、木の葉さらいをやっているのはわが家だけになりました。だから山は荒れ放題、イノシシのすみかになってしまっています。枯れた松が林道をふさぎ、奥の山には入れなくなりました。

イノシシは近くの田んぼに侵入し始め、しばらく前から、お盆前にネットを張り巡らしています。電気柵をやっている家もあります。ネットはイノシシが押し倒したらひとたまりもありません。気休めです。作付けしなくなった田んぼも増え、広がっています。

作付けしないといえば、畑も同じです。子どものころは、秋に麦をまき、春は陸稲やサツマイモ、葉タバコなどを作っていました。養蚕をやっていた農家もありました。それが今はカラ畑。麦や陸稲の値段があまりにも安く、イノシシがサツマイモを食い荒らすので、それも作れなくなりました。わが家では、干し芋用のサツマイモを人家に近いところに作っているので、辛うじて被害を免れています。

山野は縄文時代に逆戻り?

Aさん、農村の風景で変わったことはまだあります。

この辺りの農家はどこでも梅、柿、ユズなど家庭果樹を植えているのですが、梅の実が色づいても取らない。柿やユズの実が黄色くなってもそのまま。私は、もったいないなと思いながら通り過ぎます。梅干しを作らなくなった、子どもが柿を食べなくなった、ユズの木にはトゲがある。農村の食生活が大きく変わってしまったからでしょうか。

田んぼや畑、山林が荒れ、冬は砂塵が舞う。イノシシがワガモノ顔でのし歩く。このままでは、山野は縄文時代に逆戻りしてしまうのではないかと思ったりします。

どうしてこうなってしまったのでしょうか。原因はいろいろ考えられますが、つまるところ農業では食えない、生活できないからです。林業も漁業も同じです。

スイスを旅した時、アルプスの景観に酔いしれましたが、スイスの農業は政府の手厚い補助によって成り立っています。あのアメリカですら、農業への補助はすごいものです。農業は土地から離れられない弱い産業。国、というより国民が、命の源である食料を国内で自給していこうという機運が盛り上がらない限り、農業は滅びていく。そう思いながら日々を過ごしております。(元瓜連町長)